蒼穹のファフナー HEAVEN AND EARTH ~まだ私は、ここにいる~ 作:鳳慧罵亜
「ぐはっ!!」
切断される右腕。腕から滴る赤い液体は、その深紅の体をより、鮮やかに染める。ルガーランスを持った右腕が、地響きを鳴らし地に落ちる。
―――――さよならの時くらい微笑んで―――――
金色の敵を前に崩れ落ちる紅の巨人。
フェストゥムはその体から無数の触手を放出し、島に取り付こうとする。
「やらせるか……島には、母さんが!レイが!!」
彼女が思想するのは出撃前の出来事であった。
――――
アルヴィスの内部。パソコンの画面に映し出されたファイルを見たカノンは驚きの声を上げた。
「これは……!」
其処に在ったのは、マークドライツェンの設計図だった。
構想、理論共に搭乗者の戦闘パターンに合わせた徹底的なチューニング。使用するにあたり考えられる戦闘パターンにそれに合わせた最適な駆動方式。どれもそれらすべてが、羽佐間カノンのために作られたものであることは、見るものが見ればすぐにわかる。
彼女はそれを見て、悟った。
「レイ……私の為に、か」
2年という時間の中、設計が可能な時間は少ないだろう。なにせ設計のあとに機体を作り上げなければならないのだ。そして、現在この機体はすでに完成し、カノンの新たな剣となっている。
短い時間の中で、此処まで徹底的な設計は見事だというほかない。
思わず目頭が熱くなる。でも、涙は出てこなかった。かわりに、新たにここに誓いを立てる。
「レイ……必ず、必ず……!」
―――必ず、助ける!!
――――
「ぬああああああ――――」
少女は跳んだ。高く、高く、残った左腕は、大腿部から、射出されたマインブレードを手に取る。
ファフナーの標準装備であるそのナイフは、フェストゥムに致命傷は愚か、有効打を与えられすらしないだろう。だが、そんな武器でもコア、フェストゥムを中枢である心臓部を破壊できれば、倒すことは出来る。
だから彼女は、少しでも威力を高めるために、高く、高く、跳んだ。フェストゥムのコア―――心臓部に確実に突き刺すために、
―――――最後かもって……知ってるよ―――――
「―――ああああああああああああああああああああああああ!!!」
フェストゥムの金色の体に穿たれた刃は、敵のコアがある場所に正確に突き刺さる―――だが、コアには、僅か、長さにして恐らく60㎝もないだろう。
とどかなかった。
―――――「与える喜び」を呑み込めば―――――
触手は島の奥へと侵攻する。目指す場所は、唯1つ―――
ファフナーブルグ、マークザイン。
「な……!?」
「なんだ!?」
存在の名を冠する巨人を侵していく。その白銀の身体から、緑色の結晶が出現する。まるで、何かが、這い出てくるかのように。
―――――心配しないで 充足の時―――――
――――
「お願いです。彼女だけが、ミールに伝えることが出来る」
アルヴィスの一室、来栖の身体を借りた、「彼」が、その場に居る全員に語る。少年は、固唾を呑み、女性は口元を手で押さえ、男は、真剣なまなざしで見届ける。
「彼らの言葉で―――」
不意に、来栖の表情が変わる。
「やめて総士!君が消えてしまう!!」
―――――先に逝くだけだよ すこしだけ―――――
身体の支配権が来栖に戻ったのか、声が元の彼に戻る。だが、その直後にはまた、「彼」の表情になる。
―――――迷わないように ねえ、微笑んで―――――
「すまない、一騎」
「彼」は一騎の方へ顔を向ける。一騎は真剣な顔をし、「彼」を見据えた。
「総士!」
「僕らが封じた『もの』に、彼らが届く」
また、彼に移る。
「もうやめて!何でそんなに苦しむの!?君たちのミールがそう命令してるの!?」
虚空を見上げ、自らの身体を抱きしめるようにする来栖。その表情は、怒り、悲しみ、焦り、困惑。彼は何故「彼」が自ら苦しむことが理解できず、ミールに命令されているのかと問いかける。
―――――ねえ受け取って 命のバトン―――――
一騎はそんな彼の肩をつかみ、口を開いた。
「っぐう!」
「みんなが生きる場所をみんなが護って、俺は其処にいられるんだ!」
一騎は顔を近づけ、畳み掛けるようにしていった。
「お前が総士を護ってきたのは、ミールの命令か!?」
「ッ!?」
来栖は、顔を伏せ、消え入るような声で「違う」と言った。
「ただ、彼に消えて欲しくなくて……」
刹那、来栖は両手で、顔を押さえ込んだ。
「だめだ……俺を呼んでるっ……っ」
その頬に、汗がつたう。両足が崩れかけた。まるで、『何か』に必死に耐える様に。
一騎は、彼の肩つかんだまま、彼に叫ぶ。
「お前の神様に逆らえ!来栖!!」
だが、一騎の叫びも虚しく―――
「ッアア゛!!」
来栖は、掻き消えるように、どこかへ行った。
来栖が来たのは、ファフナーブルグ。マークザインの眼前。瞬間、マークザインから紫闇のドロッとした『何か』が這い出るようにして、来栖を飲み込んだ。
その『何か』は柱のように、ブルグの天井を破壊し、佇み、形を変える。
「ごほっごほっ……っは!?」
室内は暗くなり、赤いランプとブザーが鳴り響く。多数の職員が避難する中、彼、小楯保はその姿をその眼で、捉えた。形は少し変わったが、
忘れはしない。その翼のようなワイヤーアンカー、両肩のホーミングレーザー、刺刺しく変化した外見と色、緑色の水晶のようなパーツは、暗くなった室内の相俟って、あの日の恐怖を呼び寄せる。
「『マークニヒト』だと……!」
――――
マークニヒト、コアブロック内。
来栖操は目を開けた。そこは、他のファフナーのなんら変わりない操縦席。眼を開けるのと同時にファフナーの視界からの情報が、リアルタイムで、周囲に映し出される。
相違点は彼の腕、ニーベルリングと呼ばれる搭乗者とファフナーを繋ぐ部分が、結晶で覆われていることだ。
「このために……俺をヒトの姿にしたの……?」
問いかける来栖。その返事は返ってくることはなかった。
――――
一騎は、部屋から出ると一目散に走り出した。史彦が名を呼ぶ頃には、既にかなりの距離が出来ていた。
史彦は、自身の足元を見た。右足のズボンの裾が誰かに引っ張られたからである。史彦の視線の先には、美羽がズボンの裾をつかんでいた。
「みわもっとおはなしできるよ」
その言葉に史彦は、「彼」の言った、希望に島の望みを託すことを決めた。彼女の目線に合わせるように、屈む。幼少時子供特有の、何処までも純粋な目をしっかりと見据える。
「行こう。君にしか出来ない……!」
史彦の背後で、容子は手にしていたカバンを開く。その行動は、隊員たちからは死角になっていて、彼女の行動に気づくことは出来なかった。
ぱさり、という軽い音と共に彼女は史彦に迫る。手にしていたのは、銃だった。
「やめなさい!」
「止まるんだ!!」
隊員の制止を無視し、容子は史彦へと迫る。史彦は、臆することなく、彼女から眼をそらさずにゆっくりと後退した。
銃を持つ彼女の手は震えていたが、その眼はしっかりと史彦を捉えてていた。瞳には、覚悟と、恐怖が混在して複雑な色を垣間見せる。
「美羽をどこに連れて行く気ですか……!」
史彦は、迫られた時後退こそしたが、銃口から身体をずらそうとすることは無かった。それは、彼には容子の気持ちが痛いほどわかっているからである。
彼女が夫を亡くしたように、彼も、妻を亡くし、一騎を育ててきた。妻の忘れ形見を戦場へ駆り出さなければならない。
苦痛は、どんなに辛かったか。彼には彼女の気持ちがわかるから彼女から顔を背けることはしなかった。
「私から美羽を奪わないで!!」
容子の悲痛な叫びと共に引き金は引かれた。
――――
―――そうだ、ずっと一緒に『アイツ』を封じてた。俺とお前で―――総士
崩れ、機能を殆ど失ったファフナーブルグ。暗く、非常用のランプと所々で散る火花とスパークが眩しい場所で、静かに佇むマークザインの前に立つ一騎。
殆ど見えない眼には、しっかりと、白銀の巨人が映し出されている。
「俺がやる。お前が望むなら」
――――
「っぐうううう……!」
ニーベルリングに指を入れ、ファフナーと一体化する。その過程で、身体の各部に激痛が走る。そして、一騎の身体に、緑色の結晶が生える。それは、同化現象の進行の証だ。
―――搭乗すれば、確実に命をおとします―――
そう、彼は通告された。だから今まで、彼は戦いには参加できなかった。
だが、そんなものは関係ない。一騎には、そんな痛みより、同化による「存在の消滅」の恐怖よりも優先すべきことがあるのだから。
彼の居場所を守るため、自分と共に戦った仲間の場所を守るため、自分を育ててくれた大人達の場所を守るため、彼は翔ぶ。
感想、意見、評価、お待ちしています