グリモア~私立グリモワール魔法学園~ つなげる想い 届けたい言葉 作:春夏 冬
プロローグ
梅雨も明け、徐々に夏を感じさせる暑い日が続く中、授業のない休日の朝に僕は部屋で一人アルバムを広げていた。
今日はこれから予定があるのだが、それまでの時間で部屋を整理しようとし始めたのがつい先ほどの話。
「いやぁ…こういうのってついつい見入っちゃうよね」
つまりはアレである。掃除をしている時に懐かしいものを見つけると感傷に浸りたくなるあの現象。
誰に向けるわけでもなく一人言い訳の言葉を口にする僕は、ふとある一枚の写真に目が留まる。
これは、たしか……?
「お~い、転校生。何してるんだよ? ん、写真…? ま、まさか女子たちのあられもない姿がそこに…!」
と、その時部屋に学園のマスコットを自称する兎ノ助が現れる。
見た目可愛いうさぎのぬいぐるみの姿をしながら、その中身は煩悩にまみれたセクハラ指導員というなんとも言い難い校内でもトップクラスの有名人。
「なぁ、転校生。お前今なにかすごく失礼なことを考えてるだろ?」
「ははは。いきなり現れて何を言ってるのさ兎ノ助。それで、氷川さんに連絡すればいい? それとも水瀬副会長?」
「なんでだよ! 俺はただ転校生が暇してるかなって遊びに来ただけだって」
そんな兎ノ助は、
「なんだそっか。…ついに僕の部屋の窓が運動部の女子たちの姿を覗くことが出来るベストスポットだとばれたのかと思ったよ」
「マジか! ちょ、ちょっと確認させてくれ……ってこんな手に騙されないぞ俺は!! …い、いや、一応確認しておくべきだろう。学園生たちの父として!!」
うん。全然懲りてないね。
「それにしても、兎ノ助。最近よく僕の部屋に来るよね」
「ん? …おう。俺だって本当は女子たちのところに行きたいさ! でもさ、最近は近づくだけでセクハラだのエロい目で見られただのって風紀委員が駆けつけてくるんだよ! 俺は何もしてないのに!」
「ふぅん。それで?」
「…いやぁ。お前の所になら誰かしら女の子がいそうじゃん? だから合法的にお近付きになれるんじゃないかと思って」
「……兎ノ助。自分で言ってて寂しくならない?」
「やめろ! そんな目で俺を見るんじゃない! …寂しくなるだろ」
「えぇっと…うん、ごめん」
さきほどまでの明るい雰囲気はどこへやら、一転してどんよりとした空気が流れ始めたため話題を変えることにする。
どうしたものかと考えていた矢先、さきほどまで写真を見ていたことを思い出す。
「ほら兎ノ助、写真だよ写真。部屋を片付けてたら懐かしい写真がいっぱい出てきてさ」
「ん。…おう、本当に懐かしいな!これとか転校生が来たばっかりの頃のじゃないか?」
兎ノ助が見つけたのは夏海に初めて取材を受けたときに撮られた写真だ。
あのときはなんて強引な女の子だと驚いたものだが、結局のところ全くその通りだったことに今さらながらに苦笑いしてしまう。
「あとは……これとかさ、懐かしいよね」
「あぁ、これは
あのとき。
それは、僕たちが…そして世界中が生涯忘れることの無いであろう時間。
僕たちが霧の魔物との長きに渡る戦いに終止符を打つことが出来た、あの頃のこと。
『霧が晴れた』
その言葉の通り、世界から”霧”の脅威は去った。
理解は進んだものの未だ残る魔法使いと一般人の溝や、僅かながら動きの見えるテロリストの残党など、まだ解決しなければならない問題は残っているものの、魔物を脅威に怯えずに済むという事実は世界各地で大騒ぎになってもなんら不思議なことではない。
また、それはここ、私立グリモワール魔法学園も例外ではなかった。
絶望の中から希望を掴み取り、全員が一丸となって挑んだからこそ切り開いた未来。
そして、幾多もの奇跡の上に成り立った平和な世界。
そのことを大いに喜んだのはもしかしたら僕たちグリモアの学園生たちだったのではないかと、そう思えるほどにみんなで連日お祭りのように大はしゃぎしていたのは今でも記憶に真新しく残っている。
そんな中で風紀委員長である水無月さんが、その騒ぎをどう扱っていいものかと頭を抱えていたことは記憶によく残っている。
素直に喜ばしいことではあり気持ちも分かるのだが、だからといって風紀を乱していい理由にはならないという意見こそが彼女の”正義”だ。…うん。あの時は大変だった。
と、その一方で、僕たち魔法使いにとってある転機が訪れることとなる。
『どうやら世界から”魔力”が減っているみたいね』
それは、宍戸さんの発見から始まる、魔力の消失、という事件だった。
と言っても、すぐに魔法が使えなくなるということでもないらしい。
例えば意図して大量の魔力を消費しようとしなければ、十数年、何十年と魔法を行使することが出来るとの見立てだそうだ。
現に、いまのところ魔力が無くなったという事例は発生していないようであり、僕に至っては未だ底なしの魔力量を有したままである。
しかし、一方で新たな魔法使いが誕生していないのもまた事実。
ただ、僕はそれが【役目を終えた】ことへの帰結のように感じている。
それは悲観的な考え方にも通ずるのだが、強大な脅威であった魔物がいなくなった今、『魔法使い』の存在理由はなきに等しい。
しかし、それでもそんな”不必要”となった力を、むやみに取り上げるのではなく共存させてくれる点なんかは、神様の粋な計らいというやつなのかもしれない。
そんな風に
「…あれ? もうこんな時間なの!?」
どうやら思いの外時間が過ぎていたらしい。というよりも、これはヤバい。待ち合わせに遅れてしまう!
「ごめん兎ノ助。僕これから用事があるからまた今度遊ぼうね!」
「用事? …あぁ、いつものか。ちくしょう、羨ましいぞ! このっ! このっ!」
「痛い! 痛いよ兎ノ助!」
「……はぁ……。俺も可愛い彼女が欲しいもんだぜ。いや、俺の魅力があれば一人や二人……って、あっ!」
まぁ、彼女じゃないんだけどね。
そんな言葉と共に小さくため息を吐きつつ身支度を済ませ兎ノ助と共に部屋を出る。
後ろで何かを言ってる気がするのだが時間がない。また後で聞くよ兎ノ助!
届かない言葉を背中越しに声掛け、僕は急いで待ち合わせ場所へ向かう。さて、どんな言い訳なら彼女に通用するのだろうか。
「なんだよ。行っちゃったじゃん」
声を掛けたが余程急いでいたのか振り返ることなく走り出していった転校生。
つい手に持って部屋を出てしまったのだが、さてこの
「ん~、仕方ない。帰ってくるまで俺が預かってるか!」
そう言いながら、無人となった廊下を一人歩く兎ノ助は、次にどこに遊びに行こうか頭を悩ます。
「調理部…散歩部…天文部…うっひょー! 選り取り見取りとはこのことか! グリモア最高だぜ!」
そんなことばかり言っているからこそ、日々風紀委員に目を付けられることになるのだが、それこそがある意味兎ノ助らしいとも言える。
そして、その楽しそうな生き方は、かつて過酷な戦いに身を置いた少女たちの心の支えとなっていた。
そんな”始まり”の兎は、ふと立ち止まり先ほど手に取った写真をもう一度眺めながら、転校生と出会ったばかりの、昔のことを思い出す。
学園生活を楽しめ
そして信頼できる仲間を作れ
「…だから言ったろ? やっぱり青春は楽しくなくっちゃな!」
それは、つい最近盛大に開いたパーティの、最後を飾った学園生たちの集合写真。
転校生たちは元より風紀委員である水無月や氷川、普段はあまり表情を表に出さない宍戸や水瀬など、珍しく全員が楽しそうに笑っている、ある意味でとても貴重ともいえる大切な一枚の写真。当然兎ノ助自身も中に入っている。
見ているだけでこちらまで気分が高揚してくるような、そんな大事な写真を手に持つと、兎ノ助は次なる遊び場へと歩き始める。
ふと廊下の窓から空を見上げるとそこには雲一つない青空が広がっていた。
そんなありふれた景色がただただ嬉しくて、ニカッとした笑顔で鼻歌交じりに進みながら、そしてそっと一言を呟いた。
ありがとなっ、転校生
つなげる想い 届けたい言葉 ~アフターストーリー~
このシリーズは幾つもの”未来”を綴っていく物語となります。
霧の魔物という大きな障害を乗り越えて少し大人になった学園生たち。
そして、安らぎを得られたことから始まる運命の物語。
転校生を中心とした、少女たちとの恋のお話を、うまく表現できたらな、と思います。
それでは、”本編”共々、どうぞよろしくお願いいたします。