グリモア~私立グリモワール魔法学園~ つなげる想い 届けたい言葉   作:春夏 冬

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梓ちゃん、後悔する。

 晴れ渡る空に白い雲、見上げれば太陽からの視線が心地よく、熱すぎず寒すぎずな気温もまた、”過ごしやすい快適な一日”を演出している。

 だが、そんな晴れ晴れとした環境の中でさえ、なによりも自分の気持ちが高揚しているのは、今日これから意中の相手と二人で街に遊びに行く・・・つまりはデート出来ることに他ならないということを少女は自覚していた。

 

「いやー、本来の目的から少し逸れている気はするんですけど・・・。まぁ役得ってとこッスかねー」

 

 呆れているようなぼやいているような、そんな話口調にも関わらずにやけ顔を隠せずにいる少女・・・服部梓は、珍しくいつもの制服ではない可愛らしい私服を着こなし、待ち合わせ時間より大幅に早く到着してしまった事を後悔することもなく校門の前にて”彼”を待っている。

 そして、そんな時間さえも楽しく思ってしまうことに少しの気恥ずかしさを感じつつ、それゆえかトレードマークともいえる手裏剣型の髪飾りを手でいじりながら今日にいたるまでの出来事を思い返すことに決める。

 ”任務”のため、はたまた別の理由につき・・・そんなことすら考えることもなく、梓はこの忙しかった一週間に想いを馳せる。

 

 

 

 

 梓ちゃん、後悔する。

 

 

 

 

 常日頃からあちらこちらと引っ張りだこな彼のことだから、きっと再び同じような状況に出くわすに違いない・・・・・・そう考えた梓は、まず転校生の観察を始めることにしたのだが、これがなかなか上手くいかなかった。

 

「うーん・・・特に何も無し・・・ッスかねー」

 

 先日とは異なり授業のある平日だということもあってか、これといって目立った動きもなくいつも通りの彼の姿しか見ることは出来ない。

 とはいえ、それでも転校生に暇がないのは明白であり・・・・・・、

 

「ほらほらっ!この前独占インタビューに協力するって言ったじゃない・・・・・・えっ、そうだっけ?・・・・・・まぁまぁ、ほらとりあえず部室に行きましょ!」

 

「あっ、転校生君。これから歓談部のみんなとお菓子を食べるところだったんだけど、これから一緒に行かない?」

 

「ちょっとアンタ!最近なんで精鋭部隊の訓練に出てこないのよっ!・・・ふんっ。ほら、今日こそツクの方が優秀だって証明してやるんだから。さぁ行くわよっ!」

 

 

etc・・・etc・・・・・・。

 

 

 

 それは、日々パシられている梓をして思わず呆然としてしまうような光景だった。

 

「(・・・・・・いやー。改めて見るとすごい人気ッスね、先輩。・・・でも・・・・・・)」

 

 ただ、それ以上に感心させられたのは、それらの予定をすべてこなしてしまう転校生の行動力についてだ。

 無茶、とまではいかずともそれなりに過酷なスケジュールをこなしつつ、あのいつもの頼りなさげな笑顔を絶やさないところなどは本当に凄いと思う。

 そういうところもポイント高いんすよねー。などと呟きながら、長期戦になりそうな気配を感じた梓は、彼の評価を改めると共に次なる手段へと変えることにする。

 

 

「おっ。せんぱーいっ!こんなところで奇遇ッスねー!」

「こんにちは服部さん。・・・いや、ここ教室なんだけどね」

 

 次に梓が選んだのは転校生から直接あのときの”事実”を聞き出すという方法だった。

 姿を見せずに目標を観察する隠密もさることながら、会話の中で気付かれることなく情報を入手する技術も、忍者にとって重要なスキルであり、また常日頃から生徒会や執行部、風紀委員に遊佐鳴子など、数多の強敵たち相手に情報戦をこなしている梓としては学園に転入してから特に上達した技術であり得意とする分野でもある。

 

「そう言えば先輩聞いてくださいよっ!この前の休みの日なんですけど・・・・・・」

 

 さらりと偶然を装いあくまで自然に・・・・・・そんな会話へとつなげようとした梓は、しかしことをうまく運ぶことは出来なかった。

 

『えぇ~校内放送校内放送。サンフラワー組の服部梓さん、サンフラワー組の服部梓さん。先生からのお呼び出しです。この放送を聞きましたら至急職員室までお願いします。繰り返します・・・・・・』

 

「・・・えぇっと・・・・・・行ってくるッス・・・・・・」

「あっ、うん・・・なにしたの?」

 

 いやいや怒られること前提ッスか?そうだねごめんね。あははは。と、そんな会話を交わしつつ職員室に向かう梓はそのタイミングの悪さに小さくため息を吐く。

 ・・・ちなみに呼び出された原因は授業中に居眠りをしていた件だったため、やっぱり梓は怒られた。

 

 その後も、なんとか転校生に接触しようと奮闘する梓だったが、今度はなぜか彼の元までたどり着くことさえできずにいた。

 

 

「あっ、先輩っ!ちょっとさっきの話の続きなんですけど・・・・・・」

プルルル・・・・・・プルルルル・・・・・・・・・・・・。

「・・・・・・すみませんッス。また今度・・・はい。じゃあまた・・・・・・」

 

 

「いたいた!せんぱー・・・・・・」

「おや、服部さん。ちょうどあなたに用事があるところでしたの。先日依頼した調査についての報告に不明な点がありまして・・・・・・」

「えっ、このタイミングッスか!?」

 

 

「・・・せんぱ・・・・・・」

「あーっ!いたーっ!」

「ようやっと見つけたぞ。ほれ、今日は天文部で買い物に行くのを忘れとったのか?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 

「・・・・・・せ」

「ちょっと服部さん!なんですかこの前の放送はっ!同じ風紀委員たるもの見過ごすことは出来ません!これから風紀委員室まで来てもらいますからね!」

「もぉぉぉ!なんなんッスかーっ!」

「な、なんですか急にっ!ほら、委員長も待ってますから行きますよっ!」

「うわぁ!連れて行かれる!・・・・・・せーんぱーいっ!聞こえてますかっ!せんぱーいっ!せーんぱーいっ!」

 

 

 最早なにか特別な力が働いているのではないかと疑いすら抱き始めた梓は、転校生に聞き出すのはもう不可能だと悟るとやむを得ず再び策を変え、まずは転校生がダメなら当日一緒にいた少女たちに話を聞こうと探りを入れるも誰もかれもが違和感を覚える事はなかったと話し、ならば転校生のスケジュールを確認すればいいと内心で謝罪しながらも彼の居ぬ間に手帳を拝見すると、そのあまりにも書き込まれ過ぎて当人以外は読む事の出来ないようなページを前に膝を折る。

 

「はぁ・・・自分もまだまだッスねー。・・・いやー、どうしよっかなー・・・・・・」

 

 まさかここまで手こずるとは思っておらず自分の今後のスケジュールを思い返してももう時間はそれほどない。さらにはなんだか探ってはいけないのだと言われているような気さえしてきた梓は、もう諦めようかと心が折れかかったその時ふと思いついた案を最後の悪あがきとばかりに実行してみることにする。

 

 

『ねぇ先輩っ!今週末って暇ですか?』

 

 

・・・・・・・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 それまで接触も難しかった相手に、これまた珍しく”デート”の誘いが成功したことに驚きながら、梓は最後の策をもう一度脳裏の中で確認する。

 手帳の内容を把握することは出来なかったが、見た感じだと今日もいくつかの予定があった様子であった。ならば、一日中自分が転校生の傍に居れば、いずれは”移動”せざるを得なくなる。そしてそのタイミングを見逃さないように注意を払い、彼の謎に迫る。

 せっかくのデートなのに十全に満喫できないのは残念・・・本当に残念だがこれも任務の為だと自分を律する梓は、しかしどこか浮かれた雰囲気を隠せないままに約束の時間が来るのを笑顔で待つ。そして・・・・・・。

 

「・・・おっ。せーんぱーいっ!こっちッスよこっちっ!・・・もうっ、遅いッスよー!・・・・・・へへっ」

 

 

 

「ふっふっふ。さぁ先輩!勝負ッスよ!」

 

 風飛の街を訪れた二人がまず入ったのはいつものゲームセンター。

 てっきり買い物に向かうものだと思っていた転校生だが、梓の「荷物が邪魔になる前に遊び倒しましょう!」と大変に彼女らしい言葉に苦笑いしつつ同意の頷きを返す。

 店内に入った二人はぐるりと一周・・・格闘ゲームにクレーンゲーム、音楽系統にクイズものまで色々な種類を眺めていく中で、梓が目を付けたのは二人で協力しながらゾンビを倒していくという、いわゆるガンシューティングゲームだった。

 ゲームセンターでは定番な機体であり、同時にクリアすることはとても難しいと言われているゲームだが、天文部のメンバーと訪れたときはミナが画面のゾンビを怖がるためプレイしたことはなく、言ってしまえば転校生が相手だからこそのチョイスだと梓は感じていた。

 

「へぇ、これか・・・・・・」

「おや?さすが先輩。もうプレイ済みッスか?」

「うん。何度かね。・・・・・・よしっ、たまにはいい所を見せるとしましょうか!」

「おぉ!珍しく頼りがいのある顔に!・・・んふふっ、それじゃあせっかくだし何か賭けるッスかね?」

「その言葉、後悔しないでよね。・・・・・・それじゃあ昼ご飯、とかどうかな」

「じゃあそれで!・・・先輩こそ後悔しないで下さいよっ!」

 

 

 

・・・・・・・・・・・・。

 

・・・・・・。

 

・・・。

 

 

 GAME OVER

 

「よっわ!まさかの弱さにさすがの梓ちゃんも驚きを隠せないッス!」

「いやいや、服部さんも人のこと言えないからね!というか僕よりも先に負けてるから!」

 

 自信満々に挑んだ二人の勝負だが、転校生は慎重になりすぎて射撃量が足りず、梓は熱が入りすぎたせいか残弾の補充を怠ったせいで隙を突かれてあえなくHP0、といったよくあるような光景で幕を閉じることとなった。

 

「そもそも残弾がなくなるってダメダメッスね。戦場に出るなら準備は万全に備えてこそでしょう!」

「うん。全然言い訳になってないからねそれ」

 

 ゲームの熱が覚めぬままに興奮する二人はやいのやいのと言い合いながら、次なる勝負を探し始める。

 あの結果ではどちらが勝ったとは決められない。そんな結論を合意した二人は周囲へと目を配らせ、そして・・・・・・。

 

「・・・・・・あぁ。今日はこっちだったんだ・・・・・・」

 

 梓は転校生の小さなつぶやきを耳にした。

 急に変わった声のトーンに違和感を感じたため彼の目線を追うと、そこには格闘ゲームのコーナーがあり、その中で一人こちらを見ている少女を見つける。

 

「・・・・・・あれは、もしかして・・・・・・」

 

 なぜか変装をしている様子のその少女は転校生を見つめ、そして梓のことを見ると慌てて姿を隠すかのようにその場を去っていく。

 

「・・・・・・ごめん服部さん。ちょっとだけ待っててもらえるかな?ちょっとだけ用事を思い出しちゃって・・・・・・」

 

 そんな彼女の姿を見送った梓は、不意に掛けられた転校生の声に戸惑いつつも「自分もはしゃぎ過ぎたんでちょうど外の空気を吸いたかったところなんッスよ!」と返事を返す。そして、そんな彼女の言葉を受けた転校生は「ごめんね」と一言告げ、足早に店の外へと向かっていった。

 

「あれは・・・鳴海先輩だったッスよね・・・・・・」

 

 意図せず巡ってきた転校生尾行のチャンスだが、別に謎でも何でもないとどこか不満げな表情で否定しながら彼の後を追うこともなく素直に店の外で待つことにする。

 

「・・・ふーんだ。先輩のばーか・・・・・・」

 

 店の外にまで流れてくる騒がしいゲームの音楽にまぎててか、梓のつぶやきは自分自身にすら届くこともなく空へと消えた。

 

 

 その後、あまり時間が経たないうちに戻ってきた転校生の謝罪を受けつつ、梓はアクセサリーショップへと向かう。

 

「ほら先輩。可愛い梓ちゃんにプレゼントしてくれてもいいんッスよ?そうッスね・・・・・・あれなんかどうでしょう?」

「どれどれ・・・・・・たっか!指輪ってこんな値段するんだね・・・・・・」

 

 せっかくの転校生とのデートなのだからつまらないことを気にするのはもったいないと思った梓は、いつものように彼を振りまわして遊ぶことに決め、その反応を見て楽しむことで気持ちを切り替えることに決める。

 

「うん。こうしてみるとやっぱり服部さんも女の子なんだって実感するよね」

「おぉっと、先輩。さっきの勝負の続きッスか?負けたら今度は女装でもしてもらいましょうかね」

「えぇ!?いや、その・・・・・・あははは」

 

 不覚にも自分で発した「さっきの勝負」の部分で少しの寂しさを感じてしまったものの、再び転校生と騒ぎ立てる時間に楽しさを見出し、店内を回りながら会話を弾ませる。

 正直に言えば忍者として生きる自分には邪魔なアクセサリーは不要な存在なのだが、やっぱり女の子としてみれば着飾ってみたいのもまた本音である。特に、気になる異性の前では・・・・・・。

 

「(・・・なぁんて言ったって、当の本人は気が付かないんでしょうが・・・・・・)」

 

 そんな想いを知ってか知らずか辺りを見回しながらなにやら考える素振りを見せている転校生に、ふとちょっかいをかけたくなった梓が声を掛けようと思ったその時、カバンの中にしまっていたデバイスの震えを感じた。

 相手を確認すると休日にもかかわらず執行部からの連絡であり、なんだか水を差されたような気持ちに眉をひそめつつ、その場を離れ電話に応じることにする。

 

「すみませんッス先輩。ちょっと電話をかけてきますね」

 

 そんな様子を見ていた転校生の「ここで待っているから」との言葉を背に受け、店の外、静かな場所で次なる任務の内容を説明される。

 内心で愚痴を言いつつもしっかりと内容を頭に叩き込み、やがて用事を済ませた後店の中に戻った梓は、ふと転校生の姿が見えないことに気が付いた。

 

「あれ?先輩どこに・・・・・・あっ、まさかっ!」

 

 ついに来たか。

 まさか梓が離れている内に誰かとの用事に向かったのではないか。そう思った梓は周囲の気配を探り転校生を探し始めるのだが・・・・・・。

 

「あっ、いたいた。服部さん!」

「へっ?・・・なーんだ。自分を置いてどっかに行っちゃったのかと思ったじゃないッスか」

「えっ、なに?」

「いーえ。なんでもないッスよ!」

 

 なんとも簡単に見つかったその姿に拍子抜けしつつ、なんですぐに見つからなかったんだろうと気になった梓だは、今一度本日の”任務”を意識しながら次なる目的地へと足を運ぶことにした。

 

 

 その後も梓の気苦労が絶えることはなかった。

寄った喫茶店ではももがバイトをしており、街を歩けば学園生に会い一言二言挨拶を交わす。

 一度気になるとすべてが怪しく思えてきた梓は、ついには転校生がトイレだと席を離れたことすらも疑問を抱くようになっている自分に気が付き、そんな姿に小さくため息を吐く。

 そしてそんな彼女の姿を、物陰からそっと転校生は見つめていた・・・・・・。

 

 

 一日かけた”デート”も日没と共に終わりを迎える。

 ほんの少しの寂寥感を覚えつつ、暗くなる前に帰ろうと学園への帰路に着く梓だったが、転校生の提案により途中にある公園で、残り少しだけ休んでいくことにする。

 

「んー。楽しかったね。風飛には結構遊びに来てるのになかなか飽きないよ」

「はぁ、ダメッスよ先輩。そこは梓ちゃんと一緒だから、なんて言葉があればポイントがぐーんと上がるのに!」

「あはは。うん、覚えとくよ」

「ほらっ!もー、またそうやって流すんですからっ!」

 

 周りに誰の姿もない静かな公園で、小さなブランコに腰掛ける二人は今日の出来事に想いを馳せるつつも、笑ったり文句を言ったりと、そんな気兼ねないやり取りを繰り返す。

 しかし、その中で時折感じさせない程度にも暗い表情が混ざってしまうことを梓は自覚している。

 なにかがあったわけでもなく、むしろ「なにもなかった」と言ってもいいくらいだ。

 転校生と二人で過ごす時間は確かに楽しかったのだが、結果として「謎」が解明されたわけでもなく、にも関わらず彼とのデートを100%満喫できたのかと言われればそうではない。

 それらのような複雑な感情が絡み合い、その楽しそうに話す表情とは裏腹に内心で落ち込んでしまう。

 

「(結局のところ、自分は今日なにをしにここまで来たんですかね・・・・・・)」

 

 そんな自問するも答えを出すことも出来ずに悶々としていた梓は、その時突然に声を掛けられ驚くこととなる。

 

「・・・服部さん、大丈夫?」

「えっ?・・・なんッスか先輩。まさかこの梓ちゃんが疲れてるとでも言いたいんッスか!」

「うん。そうだね」

「当然ッスよ!なんたって・・・・・・え?」

 

 いつもは押しに弱い頼りない少年の不意に見せる優しい表情に戸惑う梓に、転校生は言葉を伝える。

 

「服部さんはさ、いつも誰かの為に頑張ってくれていて・・・その中には僕のことだって含まれているわけだからさ。こういう時くらいゆっくり休んだ方がいいんはないかな、ってさ」

「い、いや。先輩がなにを言ってるのか分からないんッスけど・・・。ほら、梓ちゃん的にはそういうところに忍者としての美学を感じてるっていうか・・・・・・」

 

 なんだか見透かされているような気持ちで、ただそれに対し梓は嘘偽りのない言葉で答える。「忍者として」それは自分が何よりも誇りに思っている事であり、決して疲れるなんて言葉など・・・・・・。

 

「だいたい、疲れてるっていうなら先輩の方じゃないッスか?今日だって自分以外の人と予定があったはずじゃ・・・・・・あっ」

 

 しまった・・・・・・思わず口を滑らせてしまった。

 自分にあるまじき失態に深く反省しつつ恐る恐る転校生の反応を伺うと、彼はよく分からないとばかりにきょとんとした表情を浮かべていた。

 

「よく知ってるね・・・・・・。んー・・・でも、今日は他に予定はないよ」

 

 今度は彼の言葉に頭を捻る梓だったが、その意味を理解すると共に驚きの声を挙げる。

 

「えっ、じゃあ今日は自分とだけッスか!いつも女の子と一緒にいる先輩が!?」

「・・・なんか気になる言われ方なんだけど・・・・・・一応そういうことなんじゃないかな」

 

 そして、転校生は少しだけ優しい笑みを浮かべ、その”理由”を告げた。

 

「最近服部さんが疲れてるみたいだったからさ。僕相手に息抜きが出来るんだったら、それが一番かな、って思ってさ。・・・・・・悪いとは思ったんだけど他の予定は全部キャンセルしちゃったんだ。・・・・・・それと、これ。服部さんに僕からのプレゼントってことで・・・・・・」

 

 次々と明かされる話に呆然としていた梓は、そのプレゼントを受け取ったことでさらに混乱する姿を見せる。

 

「・・・これは・・・・・・うわぁ・・・・・・なんでっ・・・・・・!」

 

 手渡されたのは綺麗に包装された小箱。そして、その中には小さな指輪が一つ。

 

「いや、さっき指輪を欲しがってたからさ。あの高いやつは無理だけど、僕でも買えるものの中で一番服部さんに似合うかなと思って・・・・・・うん。ちょっと恥ずかしいね」

 

 そんな風に顔を赤くしながら話す転校生の言葉は、しかし嬉しさと恥ずかしさと、他にも色々な想いが込み上げてきてそれどころではない梓には届かない。

 そうして、そんな不思議な沈黙を経た後、顔を俯むけた梓はようやく頭が動き出したかのように言葉を紡ぐ。

 

「あーあ。なんだかもうどうでも良くなっちゃったッスよ。まったく、全部先輩のせいですからねっ!」

 

 下を向いたまま面を上げない彼女の言葉に、しかし転校生はなにも言葉を返さない。

 

「ってことはアレッスね。今日の自分の気苦労は全部無意味だったってことになるわけで・・・・・・あー、せっかくの先輩とのデートだったのにー!・・・・・・ってことで先輩っ!」

 

 なぜならば、言葉などなくとも彼女が次に何を言わんとしているのかはよく分かっているからだ。

 

「今からもう一度遊びに行くッスよ!大丈夫!まだまだ時間はいっぱいありますからっ!」

「そっか。それじゃあ、もう一度行こうか!」

 

 どちらともなく笑い合い、そして顔を上げ時間が惜しいとばかりに風飛の街へと戻る梓と転校生。

 

「あっ、ちょっと待って下さい・・・・・・へへっ。どうッスか?自分に似合うッスかね?」

 

 と、その足を止め、梓は転校生から貰った指輪を右手の薬指にはめる。

 

「うん。服部さんによく似合ってるよ。・・・・・・僕にも見る目があったってことかな?」

 

 どうッスかね?えぇー・・・。そんな楽しげな会話を繰り広げる二人だったが、ふと何かを思いついたかのように梓が不敵な笑みを浮かべ話を切り出す。

 

「あー・・・そうそう。実は自分が疲れていた原因って先輩のせいなんッスよ」

「え、そうなの!?」

「そうなんッスよ?・・・だから、一つお願いを聞いてもらわないといけないッスねー」

 

 その梓の意地悪な表情に、あはは・・・と頼りない笑みを浮かべる転校生は、その後彼女の「お願い」を聞き届けることとなる。

 

「服部さんだと他人行儀でいけないッスよね!だから・・・・・・」

 

 それは、後悔から始まる小さな一歩。

 

 少しの間を置いた後顔を真っ赤に染める少女は、握りしめた手の中で大切な宝物の温かさを確かに感じていた・・・・・・。

 

 

 

さぁ行きましょうっ!せーんぱいっ!

 

 

 

《了》




 サイドストーリーのつもりが、気が付けば服部梓編になっていたという謎の現象。

 じつのところ、少し前に「コメディ」としての話は完成したいたのですがどうにも「キャラを押さえつけてしまった感」はあり、それならばと”二人”を動かした結果がこの有り様。さすが忍者きたない。
 
 なんて冗談は抜きにして、そんな走り回ってくれた彼女の今後の活躍にぜひとも期待していてください。

 ちなみに、これも設定の一つなのですが、基本的に”本編”は「共通ルート」のつもりです。
 なので、前回の冬樹姉妹、今回の服部梓の「変化」が他の話で見られる可能性があるという話なわけで・・・・・・。まぁ、そこら辺はおいおい気が付かれることもあるのでしょう。

 と、そんなところで・・・次回は再び間をおいて、今度は「服部梓 アフターストーリー」でお会いしましょう。
 可能な限り一本でまとめたいと思いますので、ぜひともお待ちくださいまし・・・・・・。

 それでは、また。

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