グリモア~私立グリモワール魔法学園~ つなげる想い 届けたい言葉   作:春夏 冬

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梓ちゃん、転校生に困惑する。
梓ちゃん、転校生に困惑する。


「もー、いいんちょーも人使いならぬ忍者使いが荒いッスねー」

 

 いつもならば授業が開始される時間に、しかし閑散とした学園の廊下で小さく響く自分の声。

 せっかくの休みだというのに風紀委員の集まりがあることに一度、風紀委員長である風子からMOMOYAが定休日のため風飛の街まで買い物に行って欲しいとパシらされるはめになったことで二度、不満の声を漏らしそうになった梓だが、

 

「ま、自分そういうの嫌いじゃないッスけど・・・・・・。ん?あれは・・・・・・せんぱーいっ!」

 

 廊下を抜け校門へと近づいた時、前を歩く面白い人物(・・・・・)を発見したことで、梓は三度と表情を変化させる。

 忍とは感情を露わにしない存在である、などという概念を真っ向から切り捨てるかのように表情豊かな彼女の声は、今まさに学園を出ようとする”彼”を振り向かせるには充分すぎるものだった。

 

「おはようございます先輩!・・・こんな時間からお出掛けッスか?」

「おはよう服部さん。うん、これから風飛に向かうところ」

「おー、自分も同じくッス!・・・いやー、いいんちょーに頼まれてひとっ走りしなきゃなんですが・・・あっ、でもぴゅーっと走ってさっと帰ってくる。これって、こう・・・忍者らしいパシらされ方じゃないッスかね?」

「ん?いや、全然」

 

 ”彼”・・・転校生は自分の元まで走ってきた梓の話を聞きつつ、不満顔から途端にドヤ顔で決めてくるあたりがなんとも彼女らしいと苦笑いを浮かべる。

 一方で梓は否定されたことに納得いかないようで、ただ言葉とは裏腹に楽しそうな様子で「忍者らしさ」を主張し続ける。ならばこれでどうッスか!えぇっと・・・・・・。んもぅしょうがないッスねぇ。・・・うん、まぁ・・・・・・。

 そんな延々と続けられそうなやり取りをしていた二人だったが、ふと本来の予定(・・・・・)を思い出した転校生がデバイスを手に取り時間を確認し、もう出発の時間だと言わんばかりに話を切り出す。

 

「ごめん服部さん、待ち合わせがあるからそろそろ行かなきゃ。・・・そうだ。良かったら一緒に行かない?」

 

 そんな風に急いでる割にはのんびりとした話を切り出す転校生に今度は梓が「らしさ」を感じつつ、少し考えてから断りを入れることにする。

 推測にすぎないが確信に近い。彼の予定とはつまり・・・・・・。

 

「あー、先輩とデートしたいのはやまやまなんッスけど・・・自分もあんまりゆっくりはしてられないんで遠慮しときます。遅くなるといいんちょーに怒られちゃうッスからね。・・・それに先輩、女の子との待ち合わせに違う女の子を連れていくのはやめといたほうがいいんじゃないかと」

「それもそうだね・・・・・・って、なんで分かったの?」

 

 むしろ彼の予定に女の子が関わらなかったことがあっただろうか。そんな疑問を抱きつつ、軽い挨拶を交わした後、梓は風飛へと向かい駆け出した。

 

「朝から先輩に会えたし、一日のスタートとしては悪くないッスね」

 

 現存している世界で唯一の魔法使い兼忍者は、常人では目で追うことさえ敵わない速度で走りつつ、にやけ顔でそんな言葉を呟くが・・・しかし、そんな彼との出会いが後の災難の始まりとなることを、今の梓にはまだ知る由もなかった・・・・・・。

 

 

 

 

 梓ちゃん、転校生に困惑する。

 

 

 

 

「よっし、ちょうどいいタイミングッスね!それじゃ、まずは・・・っと」

 

 せっかくだから修行の一環とばかりに風飛までの道のりを全速力で走りきった梓は、到着すると同時に次々と店が開店していく様子を目に映すと満足げに頷きながら風子から指示された商品を探し始める。

 デバイスに送られてきた商品のリストを見る限りいくつかの店を回らなくてはならないため時間は掛かりそうだが、せっかく街まで出向いてきたので自分の買い物や食事まで予定に組み込むことにする。

さきほど転校生には急いでいると言ったが、当の風子からは午後からの会議までに揃っていればいい(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)と言われているため特にその必要もない。

 

「どうせなら先輩と遊びたかったけど・・・ま、仕方ないッスね」

 

 そう言えば彼は誰と待ち合わせをしていたのだろうか・・・・・・。

 そんな名前も知らぬ女の子のことが少しだけ気になりつつも、まずは買い物を済ませようと歩き出した梓だったが、それは思わぬ形で明かされることとなる。

 

「ん・・・あれは、南先輩と・・・・・・先輩・・・・・・!」

 

 結局待ち合わせ時間に遅れたのか頭をぺこぺこ下げる転校生に、気にしていないから大丈夫だと逆に困った顔を見せる智花。

 少し離れた場所でそんな二人の姿を見つけた梓は声を掛けようかと迷ったが、せっかくのデートに水を差すのも悪いと遠慮することにする。

 

「(南先輩も最近積極的だからなぁ・・・これは他の人もうかうかしてられないッスね)」

 

 転校生に好意を抱く女の子たちの中で最も警戒されているであろう智花の行動に、面白くなってきたと言わんばかりの笑みを浮かべた梓は、彼らに見つからないようにその場を後にした。

 

 ・・・・・・そして、この時の梓はまだおかしな点(・・・・・)に気付くことは出来なかった。

 

 

 

 

 一つ目の買い物を終えた梓は、次に家電量販店へと向かう。

 

「電池って・・・これ明日にMOMOYAで買うのとかじゃだめなんッスかね・・・・・・?」

 

 ふと抱いた疑問を抱いた梓は、退屈しのぎに風子の考えを推理してみることにする。

 MOMOYAが電池を切らせている可能性を考慮し、ついでに買い物リストに加えた・・・・・・いや、そもそも備品管理に厳しそうな氷川先輩がいるのに本当に風紀委員の在庫が切れているのか・・・・・・あるいは、私的なお願い・・・・・・というか、乾電池って何に使うんだろう・・・・・・。

 そんな答えが出る由もない”遊び”を楽しんでいた梓は、しかし目的地である店を前にして意識を現実に戻すこととなる。

 

「・・・あれ・・・・・・岸田先輩と・・・・・・先輩・・・・・・?」

 

 そこで見たのは、トレードマークであるカメラを手に抱えながらお目当ての物がなかったのか憤慨する夏海と、力無く笑いながら彼女に手を引っ張られていく転校生の姿。

 つい先ほどまで智花と一緒にいたはずの彼がなぜ夏海と一緒に行動しているか気になるところだが、彼らの仲の良さを考えれば三人で一緒に買い物に出掛けているだけなのかもしれない。

 

 そんな風になんとなくな理由をつけ、梓は特に深く考えることなく店の中へと入っていった。

 

 

 

 

「あら、服部さん。あなたも買い物ですか?」

 

 次に向かった文房具屋では、同じ風紀委員である冬樹イヴと出会った。

 昔を考えれば声を掛けてくること自体があり得ないことで、この人も随分と丸くなったもんだと内心で小さく笑いながら彼女と挨拶を交わす。

 

「いいんちょーに買い物を頼まれちゃったんッスよ。・・・冬樹先輩は?こっちまで来るのって珍しいッスよね」

「そう・・・お疲れ様。私は書店に用事があってこちらまで出向いてきたの。・・・本当はもう帰りたいのだけれど、()がここに寄りたいというものだから・・・・・・」

「・・・・・・”彼”・・・・・・?」

「・・・・・・いえ、なんでもないわ。それでは、私はもう行くわね。・・・また後で委員会で」

 

 なにやらデバイスを操作しながら足早に店を出る言葉を交わせる異性(・・・・・・・・・)が1人しか思い浮かばない大人びた少女を、梓は呆然とした表情で見送ることとなった。

 

 

 

 

 喫茶店にて。

 

「先輩っ!ここ、ここのお店がとっても美味しいんですよっ!えっ・・・も、もうっ!からかわないで下さいよー!」

 

 ・・・・・・。

 

 

 

 

 ブティック。

 

「ほら、みんなのアイドル絢香ちゃんのファッションショーなんて贅沢なことなんだからちゃんと付き合ってよね!・・・あっ。ねぇねぇ、さっきのとこっちの、どっちが可愛いかな?」

 

 ・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 大通り。

 

「ちっ!あの野郎、前より逃げ方が上手くなってるな・・・・・・っ!だが、このあたしから逃げられると思ったら大間違いだ・・・・・・待っててね秋穂、今お姉ちゃんが見つけてあげるからねっ!・・・・・・おらーっ、出てこいやぁぁぁっ!」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 

 

 

 魔法学園。

 

「買い物、どーもご苦労さんでした。・・・・・・なんか珍しく疲れてるよーですが大丈夫ですか?・・・・・・平気?・・・・・・そーですか、ならいーんですが・・・・・・。あっ、そうそう。いえね。さっきまで一緒にいたんですが、転校生さんを見なかっ・・・・・・服部?・・・・・・どこに行くんですか!・・・服部!・・・・・・はっと

 

 

 

 

「いやいやいやいやいや・・・・・・・・・・・・!!」

 

 え、なに?なんなんッスか!?

 一日の予定をすべて終え、自分の部屋に戻った梓は混乱する頭を落ち着かせようとして、しかし考えれば考えるほどに困惑していく。

 そもそも、冷静になって思い返してみれば最初の時点でなにかがおかしかったことに気が付くべきだったのだ。

 

 学内でも最速を誇る梓が全速力で学園から風飛に向かった。

 それは紛れもない事実であり、つまりあの時点で学園にいた人間(・・・・・・・・・・・・)が、ましてや学園でも下から数えた方が早い転校生の身体能力じゃとうてい追いつけるはずはない・・・・・・にも関わらず、梓は街に到着して間もなく転校生と智花が一緒にいる場面に遭遇している。それはつまり、転校生が梓と同等以上の速度で移動したか、それ以外のなにか(・・・・・・・・)があったとしか考えられない。

 

「(いや、問題はそれだけじゃないんッスよねー・・・・・・)」

 

 そう。おかしな点は他にもある。

 仮に、智花との件は置いておくとして、まぁ夏海と行動していた点についてはまだ何とか分かる。だが、イブ、もも、絢香、瑠璃川姉妹まで来るともう何が何だか分からなくなり、さらには学園で風子と一緒にいたとかいう謎のアリバイまで登場する始末。

 さらにはそんな梓の心境などお構いなしとばかりにけろっとした表情で風紀委員の会合に参加している転校生の顔を見たら、なんだか自分一人が困惑していることに虚しさすら覚えてしまった。

 

 とはいえ、こうまで振り回されてたのであれば梓としても引き下がるわけにはいかない。

 

「こうなったら、意地でも先輩の秘密を暴いてやるッスよ!・・・・・・ふっふっふ、本気になった忍者がどれだけすごいのか・・・今に見ててくださいね先輩!」

 

 ある種の大仕事に臨むかの如く、決意表明を口にした梓は早速今夜から行動を開始するべく準備し・・・・・・。

 

 

『おい、今日は負けたけど来週は絶対にボクが勝つからな!・・・・・・予定?そんなのボクが知るもんかっ!いいか?今日と同じく一日付き合ってもらうからな!』

 

 

 ・・・・・・廊下から聞こえる声より膨れ上がった、先行きの見えない謎を前に、自分の頬が引きつるのを自覚する。

 

「(・・・あー、なんかやめといたほうがいいかなー・・・・・・)」

 

 始める前から折れそうになる膝を奮い立たせ、今日の所はゆっくり休もうと早めの就寝を決め込む梓。

 

 

 ・・・・・・そして、後に止めてけば良かったと後悔することになる梓の挑戦が幕を開けることとなる・・・・・・。

 

 

 

《続く》




 全編コメディ色な話となるため、真面目なオチには繋がりません。
 というか、原作の転校生の行動力は実際こんな感じかな。

 それではまた後編で。

 梓は果たして転校生の謎に迫れるのか・・・・・・きっと駄目でしょう。

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