グリモア~私立グリモワール魔法学園~ つなげる想い 届けたい言葉   作:春夏 冬

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2017年5月2日加筆修正


雪解けのオルゴール エクストラ

 いつもとは少し雰囲気の違う学園に、暗いそこから響くような鐘の音が、延々と鳴り続けている。

 

 不謹慎かとは思うが、もはや聞きすぎて耳に馴染んでしまったと言ってもいいその音は、しかし初めて聞いた時よりも確実に小さくなっている。そして、故にもうすぐ”別れの時”が訪れることを予期させる。

 

「もう、大丈夫かな?」

 

 部屋の窓から外を眺めつつ、そう問いかける僕に二人の女の子は対照的な反応を示す。

 明るい笑顔が良く似合う妹は笑いながら頷き、知的な雰囲気を醸し出す姉は表情こそ変えないものの口元に小さく笑みを浮かべる。

 僕はそんな彼女たちを見て思わず苦笑いしてしまう。なぜなら、この姉妹は互いのことが見えていないのに、まるで相手の動きが分かっているかのような仕草を見せるのだ。

 そして、それはこの部屋、「冬樹さん」の部屋の中でも同様で、まるで打ち合わせをしたかのようにそれぞれの位置(・・・・・・・)に着いた。「冬樹さん」は椅子に、「ノエルちゃん」はベッドの上へと、それが昔から決められていた当たり前のことかのように。

 

 

『ねぇ、お兄さん。わたしたちの声は、あの子たちに届いたかな?』

『ねぇ、転校生さん。私たちの想いは、彼女たちに通じたのかしら?』

 

 

 まただ。彼女たちは本当に同じタイミングで話をすることがある。

 

 そんな偶然を面白く感じたことが顔に出たのか、二人はそれが気に入らないかのように抗議する。

 

「ご、ごめん……悪かったって。……くっ……はははっ!!」

 

 分かっている。この世界の終わりとは、すなわち彼女たちの”終わり”と同義に違いない。

 それは僕だけが知っている「事実」なのだが、もしかしたら彼女たちも薄らと分かっているのかもしれない。

 だからこそ、僕は笑うことにする。この世界が消えるまで、彼女たちが……”冬樹さん”と”ノエルちゃん”がいなくなる、その最期の時まで。

 

 「そうだ。ちょっとこれを見てよ」

 

 ふと思いだしたことがあり、僕は手に持っていたものを二人の前に差し出す。

 綺麗に顔を寄せる二人の姿に、また表情にでないようにと必死に堪えつつ、僕は「それ」の蓋を開ける。

 

 冬樹さんにもらったプレゼントが、夢の世界なだけに音が鳴るのか不安はあったがそんな心配も杞憂に終わり、三人の傍聴者を前に綺麗な旋律が奏でられる。

 

 最初は驚いていた様子の彼女たちは、その音楽に聞き入るかのように目を閉じる。僕はといえば、そんな二人の姿を静かに見つめながら、今一度あの日々に想いを馳せた――――。

 

 

 

 

 雪解けのオルゴール エクストラ

 

 

 

 

 勘違いしないで。私たちの関係は変わらない。

 変わらなくたって、これくらいはできるというだけの話。

 

 

 ……うん……でも、嬉しい……ありがとう!

 

 

 ……ええあなたが満足したなら、それでいいわ。

 

 

 ……ねぇ、お姉ちゃん。あたし負けないから!!

 

 

 ……えっ……?

 

 

 ……絶対に、負けないからねっ!!

 

 

 

 

「きゃっほーいっ!! お兄ーさんっ!! おーまたせーっ!!」

 

 見渡す限り一面に、白い雪が降り積もっている。

 銀世界、なんて言葉が似合うような、そんな景色を前にして元気な笑顔がトレンドマークの女の子が姿を現した。

 

「いや、ノエルちゃんこそ早いね。まだ待ち合わせの30分前だよ?」

 

 約束の時間より早く来ているのは僕も同じだが、その実、ちょうど今来たばかりである。

 彼女を待たせるわけにはいかないと早めに来て正解だったようだ。

 

「もうっ!! さてはお兄さんってばっ、かわいいノエルちゃんとのデートを楽しみにしてたなっ!! この幸せものめーっ」

「ははは。よし、じゃあ行こうか」

「えーっ、なんで話をそらすのさーっ!!」

 

 いつも通りのやり取りになんとなしの満足感を覚えつつ、彼女の後ろを見ると散歩部の部員たちが見送りに来ていることに気が付いた。

 

「いいなぁ。わたしも転校生さんと一緒に街までおでかけしたかったですぅ……」

「だ、だめだよさらちゃん!今日はノエルちゃんにとってたいせつな日なんだから!」

 

 先に声を挙げたのが部長の仲月さらちゃん、次いで彼女を止めようとしたのが瑠璃川秋穂ちゃん。

 この二人にノエルちゃんが加わると、学園名物の一つ、散歩部が全員集合となる。

本当に、いつも一緒で仲が良さそうだ。

 

「ごめんね。さらちゃん、あきほちゃん。うん、今度またみんなでお兄さんとデートしようねっ!! ふっふっふ……こんなにかわいい女の子が揃ってるんだから、きっとお兄さんも断れないはずだよっ!!」

 

 いつの間にか勝手にデートの約束をさせられた僕は苦笑いを浮かべつつ、しかし彼女たちの楽しそうな姿を微笑ましく思っていた。

 そこには当然、笑顔のノエルちゃんも含まれている。

 

 

 

 

『お姉ちゃん……これ!……あたしからのプレゼントっ!!』

 

 去年のクリスマス、ノエルちゃんは勇気を出して冬樹さんの元までたどり着いた。

 怖かっただろう。辛かっただろう。近づいても離れていき、声を掛けても見向きもされない。しかし、そんな風に拒絶されながらも、彼女は諦めることなくクリスマスプレゼントを渡すことができた。

 それは果たして、どれほどの努力の積み重ねが実を結んだ結果なのか、僕には知る由もない……。

 けれど、彼女は僕のお陰だと感謝していた。喜んで、涙を流していた。

 そして、そんな彼女の姿を見たときからだろうか。僕は、このすれ違う二人の少女たちを助けたいと思うようになった――――。

 

 

「なんかね。最近よく昔の夢を見るんだ……。不思議でしょ? ずっと同じような夢なの」

 

 歩いて風飛の街に向かう僕たちは、道中でそんな会話を繰り広げていた。

 その理由(・・・・)を知る僕としては反応に困る内容ではあったが、ただただ楽しそうに夢の話をする彼女の姿には、思わずこちらまで嬉しくなってしまうなにかを感じる。

 この周囲をも楽しませる明るさこそが彼女の長所なのだろう。

 

 一方で、まったく”夢”について覚えていないであろう姉の方(・・・)を頭の中で思い浮かべ、そっとため息を吐く。

 

「……やっぱり冬樹さんには、なにかきっかけが必要なのかな?」

「……ん?お兄さん今何か言ったかな?」

「あっ、いや。お腹すいたなぁ……って」

「あっはっはっ! なにそれっ! んもぅ……仕方ないなーっ。街に着いたらまずはノエルちゃんおススメの店に案内するよっ! 美味しすぎるからって食べ過ぎちゃだめだからねっ!」

 

 聞こえてなかった事にほっと胸をなでおろし、騙したお詫びを兼ねて2人分の食事代くらいは僕が出そうと密かに決めた。

 

 

 

 

 食事を済ませた僕たちは、目的地である風飛市唯一のオルゴール専門店へとやって来た。

 建物自体は小さく同様に店内も決して広くないのだが、どこかレトロな雰囲気が漂うお店であり、また、並べられているオルゴールを見てみると、よく知る形の物から人形のようなもの、他にも様々な種類が揃っていることから見るだけでも楽しめそうなお店だと感じる。

 

「すみませーんっ! お願いしていたものを受け取りに来ましたーっ!」

 

 周りのオルゴールに気を取られていた僕は、その声に顔を上げるとノエルちゃんが店の奥まで進んでいたことに気が付いた。

 

「はいはいちょっと待ってねー。…おや、お前さんはこの前の……」

 

 元気なノエルちゃんの声に反応したのは、少し年老いたお婆さんだった。

 この店の店主を思わせるその佇まいは、同時に人柄の良さを伝えている気がする。

 

「うんっ! ……あの、それで……そうだったかな……?」

 

 と、突然に気を落としたかのような様子のノエルちゃんに驚きながらも、それ以上に気を惹かれたのは奥からお婆さんが持ってきたボロボロのオルゴールだった。

 

「そうだねぇ……。一応中身は修理できたけど、これはもう新しいものを買ってしまった方がいいと思うんだけど……」

 

 たしかに、店主の言う通りだと思う。見た目にもひび割れており、修理したところでいつまた壊れるかもわからない。タイミングからして間違いなく冬樹さんへのプレゼントだろう。

 でも、それはつまり、

 

「うぅん、それがいいの……。それじゃなきゃ、だめ、なんだ……」

 

 そう。きっとそれは彼女に……彼女たちにとって、とても大切なものなのだろう。

 

「……そうかい。分かったよ。ちょっと待ってておくれ」

 

 そう言って再び奥に戻っていく店主の姿を見届けながら、僕はノエルちゃんの元に向かう。さきほどまでは背中姿しか見えなかったが、隣に立つと彼女の真剣な眼差しがあの壊れかけのオルゴールに向かっていたことが分かる。

 

「……あのオルゴールはさっ、あたしたちにとって大切な思い出のプレゼント……なんだ。……えへへっ、もしかしたら今はあたしだけの、かもしれないけどさっ」

 

 そんな軽い口調とは裏腹に、どこかさびしそうな表情を浮かべる彼女は、視線をそのままに昔の話を語り始める。

 

「昔……っていってもお姉ちゃんが魔法使いに覚醒する少し前なんだけどさっ。あたしがお姉ちゃんにプレゼントを交換し合おうって話を持ちかけたんだよね。うん……まぁ色々あったんだけどさっ、本当のところはお姉ちゃんとなにか目に見えた繋がりのようなものが欲しかった、ような気がするんだ」

「繋がりのようなもの?」

「うん。もしかしたら、その時から今みたいになっちゃうかもって感じてたのかもしれないんだけどさ。……でね、お姉ちゃんもいいよって言ってくれて、二人でそれぞれプレゼントを探し始めたんだけど、これが面白いことにお互いに勘違いしちゃったんだよね」

 

 そこで一度言葉を切った彼女は、口元に笑みを浮かべつつ、今度は店内に置かれた様々なオルゴールに目を向ける。

 まるで当時の思い出が見えているかのような、そんな瞳であたりを眺めつつ、再び言葉を紡ぎ始める。

 

「あたしたちの家の近くにもオルゴールを売ってるお店があってさ。初めはあたしがなんとなくそのお店を眺めていただけなんだけどね、それを見たお姉ちゃんがプレゼントをオルゴールに決めたんだ。それでそのお店に少しだけ通い始めたんだけど、今度はそれを見たあたしがプレゼントをオルゴールにしようって思ってさ。……へへっ、本当にそっくりな姉妹でしょ?」

「ノエルちゃん……」

「それでさ、気が付いたのが二人同時に店に入った時でね、選んだオルゴールも同じものだったからもしかしてと思って話をしたら案の定でさっ……いやぁ、あのときのお姉ちゃんのポカンとした顔は今でも忘れられないよ」

 

 そして、今度は僕の顔を真っ直ぐ見て、やはりどこか楽しい思い出を自慢するかのように語り続ける。

 

「そのあと結局二人で一つのオルゴールを買うことにして、それでお姉ちゃんの部屋で音を鳴らす時間が本当に幸せだったんだ。…うん、本当に」

 

 …でも……。と話を続けようとした彼女は、ふと店主が奥から戻ってくることに気が付いたのか話をぴたりと止める。

 

「お待たせしたねお嬢ちゃん。ほら、これでどうだい?」

「えっ…おばあちゃん、これって……?」

 

 その手には先ほどとは少しだけ異なる飾りの付けられた綺麗なオルゴールが乗せられていた。

 さらに言えば、ひび割れていた部分が見事に装飾されており、どうみても壊れかけていたオルゴールには見えないことに、僕と彼女は驚きを隠せなかった。

 

「どうだろう、余計なことをしちまったかい?」

「そんな、すっごく嬉しいよっ! でも、どうして……?」

「なぁに、ただの年寄りのおっせっかいさね。それにね、どうなって壊れたかは分からないが、それでもとても大切にしてくれたことだけはよく分かるよ。……こうやって大切に想われて、この子は幸せものだねぇ」

「……っ!! …ありがとうっ!! ……ありがとう、おばあちゃんっ……!!」

 

 どこか嬉しそうな表情を浮かべる店主と、涙を堪えるようにオルゴールを抱きしめる彼女の姿が、なんだか僕にはとても眩しく見えた。

 この気持ちをこの場にはいない冬樹さんにも伝えられたらなぁと、そんな風に心の中で言葉にする。

 それがいつか、現実になることを夢見て――――。

 

 

「いやーっ、恥ずかしい姿を見せちゃったよーっ! ちゃんと忘れてくれたっ?」

「ははは。あー、雪が降りそうな天気だね」

「……お兄さんってたまに誤魔化し方が雑だよね。あーあ、もういいよーだっ!」

 

 あれから修理したオルゴールを受け取り、店を出た頃には辺りがだいぶ暗くなっており、時間を確認すると、予定よりも少し遅れていたため僕たちは学園へと帰ることにした。

 

「ぶー、せっかくお兄さんと二人っきりなんだからもっと遊びたかったなーっ」

「そういえばあんまりそういう機会ってないよね。……なんでだろう?」

「…もしかしてお兄さん……本気で言ってる?」

 

 街を歩く中、他愛もない会話をしていたつもりなのに気が付くと隣で歩く女の子が凄い形相でこちらを見てくる。……なんでだろう?

 

「…はぁ…。あのさー、お兄さん。そろそろお兄さんは自分がどれだけ人気なのかを自覚した方、が……ん? もしかしてこのままの方があたし的には有利だったりする……?」

 

 いつも以上に表情がころころ変わるなぁ。

 そんな風に隣を歩く少女を横目で見ていた僕は、その時ふととある人物を見つけることとなった。

 

「あれは・・・・・・」

「ん?どうしたのさお兄さん? ……あっ……」

 

 それは、買い物に来たのであろう少女の後ろ姿。時折僕の脳裏に浮かぶ、冬樹さんだった。

 

「なにか探してるのかな。どうしようかノエルちゃ……ノエルちゃん?」

 

 服の裾が微かに引っ張られるのを感じた僕が少し驚きつつそちらを振り返れば、なぜだか顔を俯けている彼女の姿が目に映った。

 体調を崩したのかと心配するも、やがてしばらくの間をおいて彼女は口を開く。

 

「ごめんねお兄さんっ! あたしまだ用事があるのを思い出しちゃってさっ! だからさ、お兄さんは退屈だろうからお姉ちゃんの所にでも行ってきなよっ!」

「えっ、でも……」

「もうっ、わっかんないかなぁー!あたしは今から肌着を買いに行きたいのっ! ふっふっふ。それともなに? お兄さんがあたしにせくしぃーっな下着を選んでくれるとでも言うのかなっ?」

「……うん、分かったよ。後で連絡するね」

「うむっ! よろしい!」

 

 そんなやり取りの末、僕はノエルちゃんと別れ、冬樹さんの元に向かう。

 ……でも、なぜノエルちゃんが”嘘”を吐いたのか、結局そのあとも僕が知る事はなかった――――。

 

 

 

 あのとき、あたしはお姉ちゃんに気が付かなかった。

 もう少し近づいたら見つけられた自信はあるし、ちょっと考え事をしていたからという理由だってあるかもしれない。

 でも、それでも同じ場所にいたお兄さんは、あたしよりも先にお姉ちゃんを見つけて……それがなんだか、少し悔しくて……。

 

「ずるいよなぁ…もう……」

 

 誰に届くこともないその言葉は、はたしてどちらに向けられたものなのか。

 街に溢れる人ごみの中、なにかを言い争った様子を見せつつも、やがて二人並んで歩きだす彼らの姿が見えなくなるまで、あたしはその場を動くことは出来なかった。

 

 

 

 

 ふと気が付くとオルゴールの音が聞こえなくなっていた。

 いつの間にか止まっていたのかと意識を思い出の淵から呼び戻すと、しかしそこには目を閉じたまま動かない二人の姿があった。

 どうしたものかと思わず苦笑いを浮かべる僕だったが、その時、鐘の音が鳴りやんでいることに気が付く。 ……まさか、もうそんな時間なのか……。

 

『お兄さん。もう時間みたいだね…。短い間だったけど、一緒にいられて楽しかったよ!』

 

『…私たちはきっとあなたの事を、そしてこの世界のことを忘れてしまうことでしょう……。ですが”転校生さん”。どうか、あなたにだけは覚えていて欲しい。……そうすれば、ほんの少しでも私たちは救われる気がするのです』

 

「”冬樹さん”……ノエルちゃん……!」

 

 

 このままで、このままで本当に良いのだろうか。

 もうすぐ、彼女たちが…何もかもが消えてしまうというのに……。

 

 

『あーあ、どうせならお兄さんと学園に通ってみたかったなぁ。そしたらきっと、もっと毎日が楽しかったかもしれないよね!』

 

『…あなたと早く出会えていたら……。…いえ、それは言っても始まらないこと。…しかし、それでも……』

 

 

 少しずつ色を失っていく世界で、僕は自分の無力さに打ちひしがれていた。

 僕が、僕だけがこの世界のことを知っていて、僕だけが彼女たちに触れられて……触れられ、て……?

 

「…ねぇ。最後に、手を重ねてみない?」

 

 思い返されるのは、以前試した時に何も起こらなかったという苦い記憶。

 互いに見えないし、触れることも出来ない。それこそがルールだと言わんばかりに何も変わることがなかったのだがせめて最後に、かすかにでもお互いを感じ取ることができたらと思い、僕はオルゴールの蓋の上に手をかざす。そんな僕の言葉に戸惑いを見せていた二人だが、やがてその手を伸ばし……しかし互いの熱を共有することは出来なかった。

 

 

 

 でも、それだけでは終わらせない

 

 

 

「冬樹イヴ。冬樹ノエル」

 

『……? どうしたのお兄さん。急に名前なんか呼んで?』

 

「違うよ。君たちの本当の名前は違うでしょ?」

 

『えっ?』

 

 いつも元気な女の子に顔を向け、

 

「君は冬樹イブで」

 

 今度は知的な雰囲気を醸し出す女の子を瞳に映し、

 

「君は冬樹ノエルだ」

 

『……っ!!』

 

 息を呑むように言葉を失う二人を前に、それでも僕は言葉を紡ぎ続ける。

 

「君たちの世界ではそれ(・・)が正しいのかもしれない。でもこの世界でなら…この世界でくらい本当の君たちでいていいんじゃないのかな?」

 

 世界から色が消え、やがて僕たちをも消し去ろうと言わんばかりに色を失い始めても、僕は彼女たちの名前を呼び続ける。

 

「僕は知ってるよ。冬樹イヴに冬樹ノエル。それが君たちの名前だって」

 

『…いいのかな? わたしたち……うそ、吐かなくていいのかな……?』

 

『…許されるのですか、そんなことが……。そんな、ことが……』

 

 思い返すように、誰かに話しかけるように、彼女たちは心の内をさらけ出す。

そしてその時、重なった手に、徐々に熱がこもっていくのを感じた。

 

「いいんだよ。うん。きっとさ、僕はそのためにここにいるんじゃないのかな? ってさ」

 

 はっとした表情でこちらを見る双子の少女たち。

 物静かで他人を寄せ付けない姉と、明るく周囲の人たちを笑顔にする妹。

 どちらもお互いを思い遣っているのに、どうにも上手くいかずにすれ違ってばかりの、そんな姉妹。

 

 

『……呼んで、わたしの、わたしたちの名前をもう一度呼んで……!』

 

『あっ…感じます、そこにあの子が……お姉ちゃんがいるのを!! …”転校生さん”……!!』

 

 残り僅かの”色”の中、重なった二人の熱を確かに感じる。

 この温かさを届けるように、つなげるように、僕は彼女たちの名前を告げる。

 

「冬樹、イヴ」

 

『…はい』

 

「冬樹、ノエル」

 

『…うん……』

 

 

 それはもしかしたら勘違いだったかもしれないけれど。

 それでもなんとなく、すれ違いの続いた双子の姉妹は最期の刻を笑い合いながら過ごした。……僕にはそんな風に見えたんだ。

 

 

 そうして、世界は色を失った――――。

 

 

 

 耳元で鳴り響くデバイスの音。

 寝ぼけ眼で相手を確認しつつ、あくび交じりにデバイスを耳に当てるとなにやら相手からの不機嫌なオーラを感じてしまう。

 

「もしもし……冬樹さん? …えっ? あ、あぁ……!!」

 

 デバイスから耳を離し時間を確認する。…これは、マズイ……!!

 

「ご、ごめん。うん…うん! 急ぐ! 急ぐから怒らないで!」

 

 この時間だと完全に待ち合わせに遅れてしまう。

 どうやって謝ろうかと考えつつ、慌てて着替え始める僕は、ふと机の上に置いてある「それ」に目を向ける。

 あの日、冬樹さんにもらったプレゼント。……そして、夢の中で彼女たちを引き合わせたかもしれない大切なオルゴール。

 開けっ放しになっていたそれを閉じようと、手を載せた瞬間に、ふっと声が聞こえた気がする。

 

 思いがけない出来事に驚いた僕だったが、待ち合わせ相手の怒りがこれ以上頂点に達してしまわぬよう早く向かわなければと準備を急ぐ。

 

 さて、どうしたら許してくれるかな……。

 

 でも、きっと怒られることになったとしても今日は楽しい一日になるに違いない。

 そんなことを考えながら、僕は部屋を出る。

 

 あっ、そうだ。

 

「……行ってきます。またね、『冬樹さん』、『ノエルちゃん』」

 

 

 

 ……またね、お兄さん!……

 

 

 

《雪解けのオルゴール エクストラ 了》




【雪解けのオルゴール】・・・このシリーズも今話を以て完結となりましたが、いかがだったでしょうか?

意図的に伏せた部分、繋げなかった(・・・・・・)部分など、少し変わった文章構成になりましたが、それでうまく物語を伝えることができていれば幸いです・・・・・・でなければ申し訳ありません・・・・・・。

と、そんな所ではありますが、実は前話でもお伝えした通り、「もう一話」をご用意させていただくつもりです。

プロットに関してはまだ未完の為、少し時間がかかるかと思いますが、いわゆるIFの世界・・・「世界から霧を払った後の世界」を後日談シリーズとして作品に仕上げていきたいと考えています。

まずは”プロローグ”から・・・・・・。
そしてそのあと、”彼女”とのその後を書き上げた後、次の物語に進んでいきたいと思います。

本編がシリアス成分多めだったので、後日談は恋愛要素多めにしていこうかな・・・なんて考えていたり・・・・・・。

と、そんなところで、まずは「プロローグ」から・・・・・・次回もよろしくお願いいたします。

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