グリモア~私立グリモワール魔法学園~ つなげる想い 届けたい言葉   作:春夏 冬

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雪解けのオルゴール 後編

『なんで何も言ってくれないの!? お姉ちゃん!! ねぇ、お姉ちゃんってばっ!!』

 

 私が魔法使いに覚醒した以上、もうこの家にはいられない。そして……これまでの日常を送ることは出来ない。

 

『……あたし、何かしたかなぁ……。うぅ……ごめん……ごめんなさいっ』

 

 それは、この子との関わりを断つことも例外ではない。

 いや、私が「優秀」であるためには、なによりもその事が重要になる。

 

 あの頃、そう思っていた私は、だからこそ”あの子”のことを見て見ぬふりをした。

 あのとき、”あの子”はどんな表情をしていたのだろう。

 あのとき、”あの子”は何を思っていたのだろう。

 そんなことさえあの頃の私は考えようともしていなかった。

 

 

 ガシャン!!

 

『……あっ……あぁぁっ……!!』

 

 それは、本当に偶然だった。

 

 学園へと移り住む身支度を整えている最中に偶然にも床に落としてしまった「それ」は、嫌な音を立てて壊れてしまった。

 泣きそうな顔で……いや、もしかしたら泣いていたのかもしれない”あの子”は、急いで「それ」を拾い上げ、蓋を開けるが今まで通りの音を奏でることはなかった。

 

『……悪いけど急いでいるの。用が済んだのなら出て行ってもらえるかしら?』

 

 今考えるとなかなかに酷い言い方であるが、それ以上にすごいと感じるのは、私自身がそのことをチャンスだと思っていた事だ。

 それまで仲の良かった”あの子”と距離を取るためにひたすら無視をし続けた私だが、それでもめげずに”あの子”は話しかけてきた。

 そんなことをされても、もう私の心が動く事はない……。そう自制していても、長い時を共に過ごしてきた妹を振り切ることは難しかった。

 

 そう、だからこそのチャンス。

 

 実際、それで心が折れたのか”あの子”は壊れた「それ」を手に、私の部屋から言葉無く出て行った。そのことに心の中でそっと安堵のため息を吐きながら、どこかで感じる痛みは勘違いだと自分を諭す。

 

 それから少しして、私は魔法学園へ向かうために家を出た。出迎えたのは両親だけで、”あの子”は部屋に閉じこもったまま。

 しかし、窓からこちらを覗いている姿は視界に入っていた。

 

 そして、「それ」を。もう音を奏でることの無い、妹からの初めての『プレゼント』を手にしていることにも、私は気が付いていた――――。

 

 

 

 

 雪解けのオルゴール 後編

 

 

 

 

「つまりここ最近の、私が昔の夢を見ていた(・・・・・・・・・・・・)原因というのはあなただったということでしょうか?」

「ごめんね。僕もいつ話をしようか迷っていたんだけど」

「……そうですか。まったく、なんとも迷惑な話ですね」

 

 

 裏世界の「冬樹イヴ」と「冬樹ノエル」。

 別の世界の「私たち」の話を聞かされたところで、結局のところ『似た境遇(・・・・)の別人』でしかない。

 当然だろう。なぜなら私はその人たちのことを何も知らないのだから。

 

 名前や容姿が同じでも、結果として歩んだ人生、生きてきた世界が違うのだから、明確に別人だと言える。

 つまりは、完全とまでは言わなくても赤の他人なのだ。

 

 そう、私には関係のない第三者からの「言葉」でしかない。

 

 ……それなのに、

 

「……本当に、迷惑な話です……」

 

 それなのに、なぜ私は動揺しているのだろう。

 

「別の世界の私たち」が関与してきたから? 昔の夢を何度も見せられたから?

 そんなことで私の心は揺り動かされるというのか。それほどまでに、私の決心は脆く、儚いものなのだろうか。

 

 ……私は間違ってなどいない。……私は、私は……!!

 

「冬樹さん」

 

 その時、沈黙していた私の耳に彼の声が届く。

 はっと顔を上げてみれば、強い意志の見える彼の瞳が私を見据えている事に気が付いた。

 その目には、今の私はどのように映っているのだろう。そんなことを思ってしまった私に対し、静かで・・・やはりどこか優しさを感じる声で彼は語りかけてくる。

 

「僕には、冬樹さんが正しいとか間違っているとか、そういったことはよく分からない。だけど、いまのままじゃいけないような気がするんだ。……たしかに冬樹さんたちに関係の無い僕が関わる問題ではないと思う。……でも、でも、知ってしまったんだ。冬樹さんのこと、ノエルちゃんのこと」

 

 そう言って一度言葉を止めた彼は、言葉無く見つめることしかできない私の顔をじっと見つめながら、再び言葉を紡ぎ始める。

 

「傲慢かもしれない。身勝手かもしれない。それでも・・・それでも、君たちには笑顔でいて欲しいんだ」

 

 だから……と、言葉を繋ぎながら、弱弱しく震えていた私の手をそっと握り、

 

「僕は、君たちの力になりたい。今は頼りないかもしれないけれど……それでも、いつかきっと強くなるから」

 

 そう、私の心まで強く語りかけてきた。

 

 なぜ、この人はそこまで他人のために一生懸命になれるのだろうか。

 なぜ、そこまで真剣な眼差しを私に向けるのか。

 

 

 ……本当に、あなたはおせっかいで、不愉快な人ですね。

 

 

 はたしてその言葉を彼に返すことができたのか、それは今でも私には分からないままである。

 

 

 

 

 お姉ちゃん……まだ、何も言わなくていいよ。

 でも、これ……受け取ってほしいの。

 

 ………私は……。

 …………ええ……。

 

 

 ……ありがとう!!

 

 

 ……ノエル。

 

 

 え?

 

 

 ……いえ……なんでもないわ。

 

 

 …………?

 

 

 これを。

 

 

 え……こ、これ……。

 

 

 こうしなければ、私が一方的に搾取してるみたいじゃない。それだけよ。

 

 

 ……お姉ちゃん……。

 

 勘違いしないで。私たちの関係は変わらない。

 変わらなくたって、これくらいはできるというだけの話。

 

 

 ……うん……でも、嬉しい……ありがとう!

 

 

 ……ええあなたが満足したなら、それでいいわ。

 

 

 

 

 今思うと、あの時の私は彼の勢いに押されただけなのではないだろうか?

 

 そんな風に冷静に物事が考えられるようになった私だが、いまこうして隣を歩く彼の姿を見ると、そう悪い気はしないのが不思議だ。

 

「まったく……今日は納得いくまで付き合ってもらうので覚悟しておいてくださいね」

「あの、うん。お手柔らかにね?」

「……そうですか。私の誕生日に何でもしてくれると言うから期待したのですが……残念ですね」

「待って。冬樹さんは一体、僕になにをさせようとしているの?」

「いえ。ただ、私としては転校生さんが頑張ってエスコートをしてくれるものだとばかり思っていたものですから。……ふっ」

「ねぇいまの笑いはなに!? いや、僕だって一応考えてはいるんだよ? ……ねぇ、聞いてる?」

 

 

 相も変わらずな彼の姿に思わず笑ってしまうも、しかしそんな彼に惹かれ始めている自分も大概だと内心でため息を吐く。

 

 ……えっ……惹かれている? この私が……こんな頼りない人に……?

 

「……あまり調子に乗らないで下さい。不愉快です」

「えっ、僕まだなんにもしてないよね?」

「……まだ、ということはこれからなにかするつもりなのでしょうか……?」

 

 あの日以来、彼との関係がほんの少しだけ……大変不本意ながら変わったような気がする。だけど、その一方で私に変化があったのかと言われれば、それは私自身には分からない。

 

 たしかに”あの子”……ノエルとの距離が少し縮まったことは認めるところである。しかし、結局のところ私の目的もエリートであるという方針も、なんら変わる事はない。それはつまり、私自身には大きな変化はない、と言える気がするのだが……要するによく分からないのである。

 

 

 あの後、冷静さを取り戻した私は、なんだかこのまま言われっぱなしの状態も悔しかったので彼に皮肉を浴びせることにした。

 「まるでプロポーズみたいな言い方ですね?」なんて茶化すと、見る見るうちに彼の顔の色が変わっていくではないか。

 そんな彼の様子が始めは面白かったのだが、しかし目に見えて動揺していく姿を見ている内に、なんだかこちらまで恥ずかしくなってきてしまった。もちろん、私の顔色は変わるはずもないのだが。

 その後、気まずい雰囲気が漂う中に宍戸さんが戻ってきたことから、私と彼はそれぞれの部屋に戻っていった。

 

 あのとき、彼は私たち(・・・)の力になりたいと言っていたが、それを甘んじて受け入れるほど彼に心を許したつもりはない。だから、後のことは私自身が道を選ぶべきだ。そう思った私は、昨日の今日で再び風飛の街に足を運び、そしてノエルへのプレゼントを購入した。

 

 分かっている。本来であればそんなことをする必要はない。だけどこれくらいなら……そう、これくらいならいいのではないだろうか?

 

 

 そういえば、ノエルちゃんからのプレゼントはなにを貰ったの?

 

 

 さぁ? どうせあなたには関係の無いものですから。

 

 

 ……じゃあ、冬樹さんはなにをプレゼントしたのさ?

 

 

 ……なぜあなたに教えなくてはいけないのでしょうか?ほら。それよりも、私の貴重な時間を無駄にしないで下さい。……ふふっ。期待していますよ?

 

 

 

 この行動がどれほどの意味を持つのか分からないし、どのような影響を与えるのかも分からない。だけど、渡さなければ後悔する……そんな気がしたことは、紛れもない真実だ。だから、私はその気持ちのままに動いてみようと思う。

 

 ポーチの中に用意した……彼に渡すためのプレゼントに想いを馳せ、そして、私の願う以上に私たちにとって明るい未来につながることを心から願って……私は私が信じる道を歩んで行こう。

 

 例えそれが今とは違う生き方だったとしても、その先で私たちが幸せになれるというのなら……それこそがきっと……。

 

 

 誰も人のいない、本来であれば静寂に満ちた部屋の中。

 

 机の上に一つ、修理の施された跡のある少し壊れかけたオルゴールが……小さく、小さく音を奏でていた――――。

 

 

 

《雪解けのオルゴール 了》




 最初一編に収めるつもりが、気が付けば前後編になり、さらには中編まで加えるというまさかの展開に見舞われました。……いや、ひとえに私の文章能力の問題ですね。

 と、そんなところで少しだけ解説を。

 今回登場したオルゴールというのは、原作にはない独自の設定となります。
 また、伴い冬樹姉妹の過去にも脚色を加えてあります。どちらかと言えばブローチの方が思い出の品だと感じるのですが、そこはまぁご愛嬌ということで。

 初めに冬樹姉妹のお話を書こうと思ったときに、浮かんだのが「雪解け」という言葉でした。なんとも安直ですが、だからこそ”彼女”によくあてはまる言葉のようだと思い、そこからプロットを作成していきました。

 ちなみに、【雪溶け】ではなく【雪解け】なのはなぜだかご存知でしょうか?
「溶け」というのは液状に「する」ことを表し、「される」ことは「解ける」、または「融ける」と言うそうです。

 今回、冬樹イヴという人物が「解けた」のかどうか、彼女たちはここからどんな未来を歩んでいくのか。それはまたのお楽しみということで……。

 さて、ここで一つお知らせなのですが、このシリーズはもう少しだけ続きます。
 「冬樹イヴ」という人物を中心に繰り広げられた物語。しかし、その舞台には当然ながら他の人物もいたわけです。
 同じ日、同じ時、そして物語の裏で進んでいったもう一つの物語。言うなれば「エクストラ」として、短めながらも描いていきたいと思います。また、もう一つイメージしている「シリーズ」があるのですが……さてさて。

 当初の構想より膨れ上がってしまった冬樹姉妹の物語。残り二話、最後までお付き合いいただければ幸いです。

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