グリモア~私立グリモワール魔法学園~ つなげる想い 届けたい言葉 作:春夏 冬
あっ、お兄さん!! どう、お姉ちゃんはいたかな?
えっ? う、うん。今、ここにはわたしとお兄さんしかいない、よね?
……そっか、ははは。わたしたちは”夢”の中でさえすれ違ってばかりだね。
……本当、なんでだろう……。
そうだね。わたしも、もう時間がないと思う。鐘の音がね、小さくなってきてるんだ。
皮肉だよね。わたしたちに災厄をもたらそうとするあの音が、「ここ」ではいつまでも聞いていたくなる。
もちろん鐘の音が好きなわけじゃないよ?
……あの音が鳴っている間は、わたしはお姉ちゃんと同じ時間を共有してるのかなって思ったら、なんだか少し嬉しくて。へへっ……変だよねこんなの。
……ねぇ、お兄さん。わたしからもう一つだけお願いがあるんだけど、聞いてくれないかな?
雪解けのオルゴール 中編
あれは、まだ冬樹の家で暮らしていた頃の話。
時期は六月の始め。日頃から常に授業の予習復習を欠かさない私だったが、来週行われるテストに備えていつも以上に勉強に励んでいた。苦手、という程ではないが今のうちから克服しておきたい箇所があったのだ。ところが――。
『ねぇねぇお姉ちゃん! あたしたちってみんなより損をしてると思わないっ!?』
『…突然どうしたの? 私が勉強をしている最中なのは見て分かると思うのだけれど』
そんな私の努力を知ってか知らずか、ノエルはいつも唐突に話しかけてくる。
毎度のこととはいえ、やはり勉強を邪魔されたことに苛立ちを覚える私は、手を止めてノエルの方へと振り向くと……人のベッドの上でお菓子を食べながらだらけている姿に、顔が思わず引き攣るのを感じた。
『…大体、いつものように私の部屋で時間を過ごすのはいいのだけれど、あなたは勉強をしなくてもいいのかしら? いいノエル。前から言っていると思うのだけれど、あなたは言葉を話す前にちゃんと自分の中で何を相手に伝えたいのかを明確にしなさい。あと人のベッドの上でお菓子を食べ散らかして……いつもいつも誰が後片付けをしていると思って……』
『うわぁぁ!! ごめん!! ごめんってばお姉ちゃん!!』
矢継ぎ早に言葉を発する私に本気でマズイと思ったのかノエルは姿勢を正して頭を下げる。どうせ今だけの反省に違いないと分かっていながらも、仕方がないと内心でため息を吐きつつ、そのままノエルの話を聞くことにする。本当に、自分のことながら甘い。
『えっと、勉強はあとでちゃんとやるからさっ!! それよりプレゼントだよプレゼント!! クリスマスプレゼント!!』
『一体なにを言って……あぁそういうことね。要するに、誕生日とクリスマスプレゼントを一緒にされているのが不満だということかしら?』
『そう!! そうなんだよ!! えへへ。さっすがあたしのお姉ちゃん』
私たち二人は「クリスマスプレゼント」というものをもらったことがない。
私の誕生日が12月24日で、ノエルが25日生まれ。時期的にもクリスマスとかぶるものだから、冬樹の家ではいわゆる「お祝い」もまとめて行われる。
それが普通であると感じている私としては興味もなかったが、ただ、ノエルはそうでもなかったらしい。恐らくは、似たような境遇の子がクリスマスと誕生日のそれぞれにプレゼントをもらっている話でも聞いたのだろう。
『それは分かったけど……だからどうしたの?』
そう。それは分かったのだが結局ノエルが何を言いたいのかが分からない。まさか、あの親たちにプレゼントが欲しいなどと進言するつもりではないだろうか。
そんな叶う可能性が無きに等しい考えが頭をよぎる中、しかしノエルの答えはまったく予期せぬものだった。
『うん、あのさ……せっかくの仲良し姉妹なんだし、あたしたちでプレゼントし合おうよ!!』
「せっかく」の使い方がよく分からないのだが、言いたいことは伝わってくる。
それは双子であるはずの私には思いつきもしないなんともノエルらしい自由な発想で……ほんの少しだけ、そのことが羨ましいと思ってしまった――。
目が覚めた私は、先刻の夢を思い出し自己嫌悪に陥る。
あんな夢であれば覚えていない方が良かった。私の気が緩んでいる証拠だろうか?そして――。
「…まさか、これまでの夢も今みたいな……」
「あら。目が覚めたのね」
瞬間、心臓が跳ね上がる。
不意に掛けられた声の主を確認すると、そこには宍戸さんがいた。
なぜ? いつから? 手遅れのようにも感じるが、小さく深呼吸をすることで徐々に落ち着きを取り戻す。
「ここは……宍戸さんの研究所?」
そう、ここは宍戸さんの研究所だ。
でもなぜ私がここに? それに、なぜベッドで寝ているのかしら?
冷静になっても答えに辿り着くことは無いのだろうと観念し、隣で様子を伺っている宍戸さんの方を向く。
すると、それが合図だったかのように彼女は口を開き始める。
「だいぶ落ち着いてきたようね。そう。ここは私の研究所。あなたはここで半日ほど眠り続けていたわ」
「半日……そう、宍戸さんがそう言うのなら本当なのでしょうね。でも、なぜ私はここに居るのかしら?」
それほどの長い時間を眠り続けていたという事実には驚きを隠せないのだが、状況を把握できていない現状ではまだ「それ以上」だってあり得る。
そんな考えでなんとか平静を装う私だったが、結果として”彼”が発する次の言葉に耐え切ることは出来なかった。
「あっ、僕が冬樹さんを運んできたんだよ」
「えっ? き、きゃぁぁぁぁぁぁあ!!」
そこには、全く気配の無かった転校生さんが立っていた。
少し席を外すわ。そう言って宍戸さんが研究所から出ていくのを見届けた後、私は転校生さんと向きあう。
あれから気を失う直前までの出来事を思い出した私は、なぜあんなに取り乱してしまったのかと自責の念に駆られながらも、それでも彼から話を聞かせて貰う姿勢を崩さなかった。
「さて、転校生さん。あなたは一体なにを知っているのですか?」
そして、私は、言葉を飾ることもなく質問をする。
それ以上の言葉は不要だし、彼もまたその言葉を受け取る前からまっすぐにこちらをじっと見つめていた。
しかしそこにはいつもの頼りない瞳と、時折見せる真剣味を帯びた鋭い瞳……その二つを併せたような、ひどく不安定な色を見せている。
何かを迷っている。そう思わせる気配を感じさせながらも、しかし彼がその目を背ける事はない。
だから、私も彼を待つ――。
「冬樹さん。僕は出来る限りのことを話すし、精一杯君の質問にも答えようと思う。」
少しの間が空き、覚悟を決めたのか彼は言葉を紡ぎだした。慎重に、一つ一つ言葉を選ぶような、そんな拙さを感じさせながら。
「ただ、僕にも守るべき『約束』があるんだ。だから、きっと冬樹さんの望むすべてを語ることは出来ないと思う」
出来る限り? 約束?
質問の答えになっていない。今一つ要領を得ない前置きに内心で頭を捻りながらも、話を遮るべきではないと彼の言葉に耳を傾けることにする。
「…言っている意味があまり理解できないのですが、とりあえず私の質問に答えてくれるということでよろしいのでしょうか? であれば、話を進めてください」
そんな私の姿に安堵したのか、彼はほんの小さな笑みをこぼし、
「ありがとう冬樹さん。そうだね、まずは……」
その話はきっと、誰かの為なのだろうと、そう感じさせる優しい声で話し始めた。
私は不覚にもそんな彼の雰囲気に心を揺さぶられながら、しかし動揺を見せず紡がれる話に集中する。
一つ、一つ、ゆっくりと。伝わってくる想いまで逃さないように――。
そうですか。ノエルも同じことを。…すみません、少しだけ――。
えぇ、もう大丈夫です、失礼しました。
いえ、結果としてノエルに会うことは出来ませんでしたが、あなたがいなければこうして「言葉」を交わすことすら出来ませんでした。本当に、感謝しています。
どうしてこうなってしまったんだろうと後悔することなど、飽きるほどにしてきました。それはきっと、死ぬ間際まで変わらないことでしょう……。
……えぇ、きっと私は……私たちはもうすぐ……。
でも、それでも私たちの前にはあなたという希望が現れた。
だから、届けましょう。『私たち』の未来を掴むために。
そして、聞かせてください。あの日止まったままの……この鐘の音の中でさえ綺麗に紡がれる旋律を。
……それで、必ず伝えてくてね。
大切な、大切な……わたしのお姉ちゃんに。
《続く》