グリモア~私立グリモワール魔法学園~ つなげる想い 届けたい言葉 作:春夏 冬
雪解けのオルゴール 前編
ここ最近……ずっと、同じ夢を見ていました。
気が付いた時には、私は学園の校庭に立っていて、どこからか鐘の音が聞こえてくる。
私以外の学園生は、きっと誰もいない。
…いえ、正確には【探したところにはいなかった】というべきかしら。気配はおろか、人が生活していた形跡すら感じられないのだから、やはり誰もいないのでしょうね。
【学園】にいる間であれば、私はここで過ごした時間のすべてを思い出すことができるけれども、目が覚めたときには靄がかかった程度にしか覚えていない。それはつまり、ただの夢ではないことを意味していると思うのだけれど……だからこそ私にとっては辛い状況でしかないのです。
だってそうでしょう? なぜ、私は”学園”に来るたびあのようなものを見なければならないのかしら?
……この学園で、その刻まれた名前。それは、私以外の誰でもないはずです。
それで…なぜ、あなたはここにいるのですか?
…………。
「……また、同じ夢……」
ここ最近、私はどうにも同じ夢を見ているらしい。
はっきりと覚えているわけではないのだけれど…なんとなく、そう…なんとなくそんな気がするのだ。
それが大切なことなのか、それともどうでもいいことなのか、それすら思い出せないことをもどかしく思うのだが、ひとまず今はそんなことは後回しである。
私はデバイスを手に取り、起床時間にズレが無いことを確認するといつものように学園へ向かう準備を始める。
今日のスケジュールを確認して授業前には復習と予習の時間を確保……あぁ、そういえば放課後は風紀委員の打ち合わせがあったわね。その後は図書館で昨日途中になってしまった新たな文献を読み進めて、それで……。
と、そこまで頭を働かせながらも、しかし私はもう一度デバイスを見てしまう。
そこに表示されていることから、否応にも意識させられてしまう日。
なぜこんなことで心が乱されるのかと自問を繰り返すが、それで答えが出ないのはもはや実証済みだ。
「…はぁ…」
思わずため息を吐いてしまったことを心の中で反省しつつ、ふと窓から外を見ると辺り一面の雪景色が目に映る。
たしか、去年のこの時期も同じような天気だったかしら――。
そう。
もうすぐ、クリスマスがやってくる。
雪解けのオルゴール
「……そう。それは困ったわね」
「すみません冬樹さん。わざわざ来て頂いたのに」
風紀委員の活動を終え、図書館で勉強をしていた私は、ノートを使い切ってしまった事から購買に足を運んできたのだが、まさか在庫が切れてしまっているとは。
「……風飛、ね……」
時刻は夕刻過ぎ。風飛の街に出掛けても門限にはギリギリ間に合うかしら?
この時間から出掛けることを多少面倒に思いながらも、勉強を遅らせるわけにはいかないと外出を決める。
ともすれば時間が惜しい。エリートで在るためにはどんな事情であれ門限を破ることなど決してあってはならない。
「仕方がないわね。では、私は失礼するわ。こんな時間までお疲れさま」
「どうもすみません!! またどうぞMOMOYAをよろしくお願いします!!……あっ」
そうしてその場から去ろうとする私に、そういえば、と桃世さんが一言呟いた。
「あっ、いえ。そのぉ…先輩もたしか風飛に出掛けるって言ってたかなぁ? なんて……あはは」
誕生日。一般的に祝い日とされるそれは、私からしてみればそれほど価値のあるものではない。
強いて言えば年を一つ重ねたということ、かつ学園生からの卒業に近づいたという分かりやすい指標ではあるけれども、それ自体は特別に重要でも必要なものでもない。
つまるところ、私にとって誕生日とは特に意味のあるものではなかった。……そう、「なかった」はずなのだ。
――きっかけは「あの子」なのは言うまでもない。ただ、それ以上に深く関わっているのは、きっと「彼」なのだろうと今にして思う。
「……本当、あなたはいつも私の前に現れますね。大丈夫です。もう驚きもしないので」
「えっと、何で僕は出会いがしらに呆れられているんだろう……なんて」
「いえ、呆れているわけではありません。ただ、気持ち悪いと思っただけです」
「うん、ごめん。僕が何か悪い事をしたかな?」
街に出て買い物を済ませた私は、帰り道で偶然”彼”と出会ってしまう。……本当にタイミングの悪い人だ。
先ほどの私の言葉には嘘偽りなどない。例え”彼”が唐突に現れても、本当に驚くことなどないのだ。
なぜならそれはいつも通りのことで、それは”彼”……転校生さんにとっても「普通」に過ぎないのだから。
しかし……それでも、今こうして――。
「…冬樹さん? 大丈夫?」
「……っ! えぇ、なんでもありません。それでは、私はもう帰りますので。お先に失礼します」
「え? あっ、ちょっと待ってよ冬樹さん!」
まだ何か言いたげな転校生さんに一礼し、私は再び学園へと歩き出す。
まったく、貴重な時間を無駄にしてしまいました。門限には間に合うかしら?
スタスタ……スタスタ……。
帰ったらまずは今日の授業の復習から始めましょう。あとは明日に備えて予習は――。
スタスタ……スタスタ……。
…………ピタッ。
スタスタ……スタスタ……ピタッ。
「…なんですか、まだ何か用事があるのでしょうか?」
「いや、僕も学園に戻るところだったし……うん。ほら、道は同じだからさ」
後ろからついてくるように歩く彼のことが気にかかり、思わず立ち止まり声を掛けてしまう。
まったく…無視すれば済むだけの話なのに、どうしてこう意識してしまうのだろうか。
「そうですか。では、お先にどうぞ。私は後から歩いていきますので」
「えぇっと……そうじゃなくってさ」
あはは…と力無く笑う転校生さんを見て、なぜ自分はこんな情けない姿をさらす人に心を乱されているのかと呆れ交じりに自分を問い詰めたい気持ちに駆られる。
いけない。また彼のペースにのせられてしまう。こんなことをしている時間などないのに。
そんな考えが頭をよぎり、この状況に対し次第に内心苛立ち始める私は、しかし彼の目にいつもと違う色が宿っていることに気が付いた。
まただ。時折、彼は別人になったかのように雰囲気を変えることがある。
それは比喩に過ぎない。分かっている。魔力や何かで本当に変化をもたらしているわけではない。
そう、分かってはいるのだけれど、やはりどうしても私はこの目に惹きつけられてしまう。
そしてそこにはもう、先ほどまでの情けないと思わせるような彼の姿は面影も見えなかった――。
「冬樹さん。君と話がしたかったんだ」
去年のクリスマス、私は”あの子”と言葉を交わした。
不本意ではあるが、それはおそらく周囲の学園生誰もが驚くことであっただろうし、またそれを当然の結果ともいえる距離を私は作ってきたつもりでいる。ある意味で私の意図した図式が現れていたと言ってもいいだろう。
しかし、結果として起きたのは、「私が”あの子”から誕生日プレゼントを受け取る」という望まざる光景。
なぜ、どうして? そんな風に、私は今でもあの日の事を思い返すことがある。
私の隣に”あの子”はいてはいけない。それは、決してあってはならない。
だからこそ私は”あの子”を無視し続け、辛そうな顔にも知らぬふりをし……ようやくそれを何とも感じなくなっていた。…それこそ、本当に煩わしいとさえ思うほどに。
しかし、去年のクリスマス、それらを跳び越えて”あの子”は私の元までやって来た。その隣にもう一人、転校生さんという紛れもない「部外者」を伴って――。
陽が下がる街の中に、しんしんと雪が降り始める。
せっかく買ったノートが濡れてしまわないように気を付けながら、隣を歩く転校生さんに目を向ける。話したいことがあるというから一緒に歩いているというのに、結局それから何の会話もない。
この人は何がしたいのだろう。そんな疑いの目線を送ると、その意味を勘違いしたのかまったく関係の無いことを口にする。
「ごめんね。今日雪が降るなんて知らなくって。…傘を持ってればよかったね」
「そう意味ではなくて……いえ、何でもありません」
そんな見当違いな言葉に少し苛立ちを覚えた私は、はぁ……と、これ見よがしにため息を吐いてみる。
そうした後、こっそり反応を伺うと、予想通り少し困った顔を浮かべていた彼の姿があった。
これくらいしてもバチは当たらないだろうと内心でほくそ笑みつつ、やはり先ほどの彼の様子が気になってしまう。
「そういえば、冬樹さんは風飛に買い物に出掛けてたの?」
「はい。そうですが。…それがなにか?」
「いや、MOMOYAにないものって珍しいな、と思って」
「売り切れていたので街まで出向いただけです。どうしても今日中に欲しかったので」
先のやり取りが皮切りとなりほんの少しだけ交わされる会話。
それは決して心地の悪い時間ではないのですが、しかし私の求める内容ではなかった。
と、そんな私の気持ちを知ってか知らずか、ようやく彼は”本題”に入り始めることにしたらしい。
「…冬樹さん、最近何か変わったことはないかな? もしあれば教えて欲しいんだ」
「何を言っているのか分かりませんが、なぜ私があなたにそのようなことを話さなければならないのでしょうか?」
「うん、そうだよね。でも、どうしても冬樹さんの力になりたいんだ。だから教えて欲しい。…例えば、夢の話、とか…」
「…っ! どうしてそのことをあなたが!?」
その予期せぬ言葉に、不覚にも私は動揺を隠せなかった。
”あの子”に関わることであればまだ分かる。それは外部からの介入が可能であるからだ。
しかし、私の”夢”についてなど誰も知るはずがなく、私自身ですら大して意識していることでもなかった。
それが今、赤の他人の口から話に上がる。それはもう気持ちが悪いなどという問題では済まされない何かがあるとしか思えない。
「何を、あなたは一体何を知っているのですか!?」
いつの間にか止まっていた足を彼の方に向け、ぶつからんとばかりに声を荒げる。
自分でも珍しいとさえ思えるほどの激情に駆られた私は、最早学園に帰ることなど忘れ、買ったばかりのノートが地面に落ちる音すらも気になどならない。
驚く以上に感じる、自分の知らないところで【私】という存在に深く踏み込まれているような恐怖感と苛立ち。
今は目の前にいるこの人が何を知っているのか、ただそれだけに意識が向けられる。
「答えてください。あなたはなにか知っているのですか?」
「ごめん落ち着いて。ちゃんと事情を話すから。……えっ、あれ、冬樹さん?」
「あなたは……いつ、も……あ…なたは、どうし、て……あ、れ」
しかし、それも長くは続かなかった。
言葉半ばにして突然に薄れ始める意識。
これまでに感じたことの無い感覚に戸惑う私だったが、それ以上に慌てた彼の様子にかえって冷静さを取り戻し、声を掛けようとするも、
『大丈夫ですから。あなたがそんなに慌てる必要はありません』
しかし、ついには口を動かす気力もなく、それだけの言葉すら伝えることが出来なかった。
今日はついていない日ですね。と、他人事のようにそんなことを思いつつ、必死な彼の姿に不思議と悪い気がしなかったことに対し、内心で自虐気味に笑う。
はぁ……まったく私らしくもない。目が覚めたらすべて教えてもらいますよ、転校生さん。
積もる雪の中に身体を沈め、残された意識の中でそんなことを思い……そして記憶が途切れた――。
きっとあなたならもう一度”ここ”へ来るのではないかと思っていました。
ええ。覚えています。言ったでしょ?【学園】にいる間はすべてを思い出しているのだと。そして、だからこそあなたを待っていました。
あなたには、手伝って頂きたいことがあります。…いえ、きっとあなたでなければ駄目なのでしょう。
そうですね、だからこそ、あなたは”ここ”にいるではないでしょうか。
…ずっと鳴り続いていた鐘の音が、もうほとんど聞こえなくなっています。
恐らく、私にはもう時間がありません。
はい。ある人を探して欲しいのです。
私によく似た……大切な、大切な妹を。
《続く》