グリモア~私立グリモワール魔法学園~ つなげる想い 届けたい言葉   作:春夏 冬

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グリモア アナザーエピローグ
願いをあなたに


 あぁ、これは夢だ。

 

 

 かつてよく利用していた馴染みのカフェの中、目の前にはどうにもすでに注文を終えているらしい可愛らしいカップが一つ。

 店内を見渡せば、モールが幾重にも巻かれた大きなツリーがその存在感を放ち、さらにそれを際立たせるように、赤に白にとLEDライトの光が色彩を放つ。

 スピーカーから流れる音楽が耳に心地よく、まさに楽しいクリスマスを迎えようと言わんばかりの雰囲気に、自然と心躍らずにはいられない。

 

 

 ジングルべ~ル♪ ジングルべ~ル♪ 鈴がなる♪

 

 

 つい耳にする音楽に鼻歌でリズムを取ってしまう。

 今も昔も人前でそんなことはしないのだが、誰に見られるでもないこの状況ではどうにも気が緩んでしまうらしい。

 ……はて、自分はこんなに子供っぽい性格だっただろうか。もっとこう大人びた雰囲気が魅力的なレディだったはず……。

 などと冗談めいたことを考えていれば、ふとすぐ近くにある窓ガラスが目に映る。

 小柄な体型に二つ結びにした長い髪。我ながら意地の悪そうな目つきで、今の状況を楽しんでるのかそれとも懐かしんでいるのか、珍しくだらしのない口元をしているではないか。

 

 ――ふふっ、どうやら緩んでいるのは気だけではないようですね。

 

 そんなことを思いつつ、わたしはゆっくりと目を閉じる……。

 

 少しした後、気を落ち着かせようと、手元のカップに目を配る。

 いっそ本物なのかとさえ思わせる香ばしい香りに鼻孔をくすぐられ、そっと口に運んでみれば懐かしさすら感じる微かな苦み。

 今は慣れたブレンドコーヒーとは少し違う味に、これはもしかしたらあの時のコーヒーが再現されているのではないかと感想を抱いたが、それもすぐにどうでも良くなってしまう。

 大切なのは、このコーヒーが美味しいという、その一点のみである。

 

 

 ゆったりと飲み終わる頃、自分の口から洩れる吐息の音を聞いた。

 久々にのんびりとした時間を過ごしている気がする。せっかくの良い夢なのだからこのまま微睡んでゆくのも悪くないと思いつつ、しかし自分の”やるべきこと”を為すため、席を立ちあがる。

 

 おや、少し目を離しただけで、空になったカップは姿を消しているではないか。

 片付ける手間が省けたというお得感を感じつつ、なんとも自分に都合のいい夢だと小さく笑ってしまう。

 であるならば、もしかすればこの先もわたしの望む未来(・・・・・・・・)へと続いてくれるのかもしれない。

 そんな淡い期待を胸に抱きつつ、わたしは店を後にする。

 

 

 

 さぁ、彼が待つ場所へと歩き出そう。

 

 

 そして、きっとわたしはもう一度――。

 

 

 

 

 願いをあなたに

 

 

 

 

 わたしには、好きな人がいた。

 

 容姿はまぁまぁ、成績もまぁまぁ。お調子者で、おっちょこちょいで、女の子が好きで、どちらかというとちょっとスケベ。

 思っていることが顔に出やすくて、その上騙されやすい。あれでは会話の駆け引きなど出来やしないだろう。

 良く言えば誠実で、悪く言えば朴念仁。妙なところで鋭いくせに、それでいて肝心なところでは点と気付かない。

 だけど、誰よりもみんなから慕われていた。そんな一つ年上の男の子。

 

 

 

 今日、久々に彼の顔を見た。

 

 じゃあまたね。その言葉を耳にしたあの時から、いったいどれだけの時が過ぎ去ったのだろうか。

 それは、他人からすれば大したことのない、指を折って事足りるほどに僅かな時間なのかもしれない。

 では、わたしとしてははどうなのか? ……さぁ、よく分からない。でも、考えるのもめんどくさいと、そう感じるほどには長い時間を過ごしてきたらしい。

 

 

 さてそんな彼だが、結婚式という人生で一二を争う大舞台に姿を現した時、式場にいた女性たちから一斉に注目を浴びることとなる。

 親しみ、憧れ、そして恋。様々な色が宿る視線の中、彼は一体何を想い、感じ取ったのだろうか。そして、わたしは……一体どんな表情を浮かべていたのだろうか。

 

 学園で共に過ごしていた頃と変わらないような、あの優しい瞳。

 見た目は変わらずともどことなく力強さを感じさせている一方、憎らしいのは意外にもタキシード着こなしていることだ。かつて神宮寺家主催のパーティに参加した時はあんなのにおどおどとしていたのに、いまではもう見る影もない。

 

 そんな風にわたしが眺めている頃、彼の元へ懐かしいかつての友人たちが集まり始める。

 お久しぶりですね。 いまは何をされているんですか? そのタキシードとても似合ってます。

 口々にそんな言葉を繰り広げる彼女たちに、彼は苦笑いで言葉を返す。

 

 あぁ、あのため息交じりの苦笑いは昔から変わらないんだな。

 そんな感想を胸に抱きながら、少し冷静になった頭でこの状況をどのようにして収束させるかと解決策を思案する。

 

 ……よし、決めました。まったく仕方のない人ですねー。えぇ、本当に、仕方のない人だ。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 いつの間にやら手に持っていた傘を差し、わたしは真っ白な世界を歩き続ける。

 

 ほんの少しばかり積もった雪の上を歩き踏むとギュッ、ギュッと音が鳴り、そんな音すらもまた、あの時を思い出させる。

 目の前に広がる銀幕の世界もまた同じだ。いつも見る街の景色とは異なり、しんしんと降りゆく雪に彩られたその光景は、あの頃のわたしでさえ不覚にもロマンチックに感じていた。……いや、その表現はわたし(・・・)に失礼かもしれないですね。

 

 そんな風に心の中で軽口を叩くわたしだったが、一歩、また一歩と近づくたび、自分の鼓動の高鳴りを感じ始める。

 

 どうだろう、それはもしかしたらかつてより動揺しているのかもしれない。

 久々に彼に会うということの意味。はたして、わたしは平然としていられるだろうか。何食わぬ顔で彼と普通に話が出来るだろうか。さて最初になんと声を掛けようか。

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 公園のベンチに彼は座っていた。

 青いミリタリー風のコートを着ながら、しかし雪が積もっている様子からするに、どれほどかわたしを待ってくれていたらしい。

 

 待ちましたか? 5分くらいかな? はぁ……そこはいま来たところって言うんですよ。

 

 散々に迷った挙句にそんな他愛もない会話を想定していたわたしだったが、それらの言葉が口から出る事はなく、そっと傘の影に彼を隠してしまう。

 心の中で嘆息しつつ、頭に、肩にと積もった雪を払いのけ、なぜか恥ずかしそうにしている彼の姿を見ていると腹が立ってくるのはわたしがいけないのだろうか。

 

 そうした後、彼からお礼の言葉を告げられた。

 いや、本当に大したことはしてないし、むしろもっときちんとして欲しい。そんな心情を隠せたか否か、気持ちをそのままに何をしていたのかと問いかける。大丈夫、大した答えは期待していません。

 

 すると、数瞬思案した素振りを見せながら、彼は苦笑いした顔で、来るときは晴れていたんだよ?との返事を返してきた。

 

 …………。

 

 きっと、わたしはいま大層呆れた視線を向けているに違いない。

 

 あはは……。と力なく笑う彼のことを見ていると、自分はこの人のどこに惹かれたのかと本気で自問自答をしたくなる。 

 頼りなさげな表情に、意思の弱そうな瞳。女の子の言うことなら何でも聞いてしまうのではないかと思う程に流されやすそうな雰囲気なんかは、本当に当時のまんまだと、いっそ懐かしささえ覚えるほどである。

 

 まったく、なぜ雪が降る中こんな場所に座っているのか、どうして連絡を寄越さないのか、というか雪を払いなさい。そんな風に聞きたいこと言いたいことは山ほどあったのだが、とりあえず確認できたことまず一つ。

 

 

 それじゃあ、行こうか。

 

 

 ふと、いつの間にやら立ち上がっていた彼が、わたしの傘を片手にいつもの笑みを浮かべながら声を掛けてくる。

 不意を突かれたようなタイミングに思わず戸惑ってしまうわたしだったが、そういえば彼とは待ち合わせをしていたのだと思い出す。どうにも彼との情けない再会の印象が酷すぎて本来の目的を忘れてしまっていたようだ。

 

 ……いや、いけない。こうなってくるとだいたい彼のペースに巻き込まれてしまうのがオチになる。

 現実でならまだしも、自分の夢の中でまでこんな優柔不断な男性にリードされるわけにはいかない。というよりも、そんなことは断じてあってはならない。

 

 少し考えた末、わたしは右手を伸ばす。

 一向に動きの無いわたしを不思議に思ってか首を傾げていた彼は、やはりどうしたものかと思案し……やがて困惑した表情を浮かべる。

 

 よし、予想通りの反応だ。

 期待していた通りの展開に小さく笑みを浮かべながら、少しの間をおき、彼に見せつけるように仰々しくため息を吐く。

 そして告げる言葉はこうだ。あー、こういうとき優しい男性ならきっと女性をリードしてくれるんでしょーねー。

 

 すると、これまた思った通りに、彼はますます困惑した表情を色濃くさせる。

 時折大胆な行動をとる彼だが、こういった異性とのやり取りにはどうも鈍い部分がある。ならばそこを攻めてこちらのペースへと持ち込んでしまおうというのがわたしの描いたシナリオであり、実際その策はあと一歩で成功することだろう。

 我ながらナイスなアイデアだと称賛しつつ、そろそろトドメだと言わんばかりにエスコートしてみせろと催促してみせる。

 

 と、次の瞬間、伸ばした腕が優しく引っ張られるのを感じた。

 

 …………えっ?

 

 突然の出来事に困惑するわたしだったが、思わぬ衝撃にたたらを踏みながらも彼の胸元へと身体が納まったことで、ついには言葉を発することも出来なくなってしまった。

 

 …落ち着け……落ち着きましょう……。

 ここでペースを乱したらわたしの負け。まずは冷静になって…あぁ……駄目だ……。もうどうしてこんな状況になってしまったんでしょうか……。

 

 考えれば考えるほど、予想だにしなかったこの状況はわたしをひどく動揺させる。

 思わず顔を押し付ける形となった彼の胸板は意外にも厚く、その身体に響く鼓動がわたしにも伝わってくるし、近すぎる彼との距離もそうだが、つないだままの手のひらからも彼の熱が伝わってくるのを感じる。

 

 さっきまで雪に埋まってたくせに、身体だって冷え切っているはずなのに、なぜこんなにも彼は温かいのか。

 その温度が、熱が、温もりが、彼という存在そのものがわたしという人間を大きく揺り動かし続ける。

 

 

 

 えぇ……なんてことはないでしょう。

 

 

 わたしはやっぱり、この人のことが好きなのだ――。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 一緒に幸せになりましょう。結婚してください。

 

 

 はい。よろしくお願いします。

 

 

  

 誓いの言葉を交わす彼女はとても綺麗だった。

 

 専門のプランナーが丁寧に準備し、彼女に合った最高のメイクを施してくれたのであろう。ウエディングドレスだってとても魅力的である。これほどに美しいという言葉を形容する衣装を、わたしは他に見たことなどない。

 

 だけど、違う。そうではないのだ……。

  

 心の底から感じているであろう温かい気持ち。そして想い人へ向けられる優しい眼。

 偽ることの無い素の表情で、ありのままの彼女がそこにいて…………。

 

 ……いえ、理屈っぽいことはやめましょう。これはきっと、もっと簡単なことなのだ。

 

 

 愛する人と結ばれるから。

 理由など、これだけで十分足り得るでしょう――。

 

 

 

 

 わたしは、先刻の彼とのやり取りを思い返す。

 忙しい身であるはずの彼は、少ない時間を使ってわたしを探してくれていたらしい。

 内心で沸き上がる喜びを抑え、決して表情には出さないように、いつものようにからかいの視線を彼へと向ける。そしてそんな二人の距離にさえ、きっとわたしたちは懐かしさを見出していた。

 

 話したいことは山ほどある。聞きたいことも、そして伝えたいことも。

 だけど、僅かばかりの時間で選んだのは、かつてを思い出させる彼との他愛もない雑談であった。

 

 随分と格好いいタキシードを着こなしているじゃないですか。えぇっと、これは選んでくれた人のセンスが良かったに違いない……なんてね……あははっ。それはそれは……そのお相手さんに感謝しなくてはいけませんねー。……そうだね……うん、僕もそう思うよ。

 

 他者から見れば何の話をしているんだと思われるような会話かもしれないが、わたしと彼にとって、いまこの瞬間はたしかに大切な時間に他ならない。

 

 だが、もうすぐわたしと彼の時間は終わりを告げる。

 そんな、これから来る未来に心をかき乱されぬよう、泣きそうになる気持ちを決して彼に伝えないようにと、少しばかり目を閉じようとした瞬間、ふとそれが目に映る。

 

 ……指輪……してるんですね。

 

 突然口を閉ざしたわたしに違和感を感じたのか、その視線を追って彼は慌てたように指輪をはめた左手を背に隠す。

 流れるのは沈黙の空気。

 まさかこんなタイミングで”終わり”が来てしまった事に若干の気まずさを滲ませつつ、先に口を開いたのは彼の方であった。

 

 

 これは……僕の好きな人がくれた大切な指輪なんだ。

 

 

 言葉が出ない。胸が苦しい。身体の震えが止まらない。

 聞きたかったはずの言葉が、聞くことでようやく前に進めるはずの言葉が、いまはただただわたしの心へと突き刺さる。

 どうすればいいの…なにか言わなきゃ……駄目……!! ここで泣いてはいけないのに……!!

 耐えろ。耐えろ。耐えろ。

 胸を押さえ、呼吸を落ち着かせ、高鳴る鼓動をその身で感じながらようやく彼と向き合う。

 涙を流していることに自覚はある。声が震えるであろうことを予測も出来る。彼の言葉を上手く聞き取れるかの自身は無い。

 でも、そんなわたしを真っ直ぐな瞳で見つめてくれる彼を、とても大切に想い続けてきた彼との新たな関係を築くためにも、わたしは自分の足で前に踏み出さなければならない。

 

 

 君に、伝えたい言葉があるんだ。

 

 

 大丈夫、もう怖くない。

 あの時持てなかった勇気を振り絞り、わたしは前へと歩き出そう。

 止まることのない時の中、まるで二人だけが取り残されたかのようにさえ感じる切り取られた世界で、わたしは彼の想いを静かに受け止める。

 

 

 

 

 

 ――そうして、わたしの恋は終わりを告げる。―― 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 揺れ走るバスの中で、わたしは少しずつ微睡み始めていた。

 乗客はわたしと彼の二人だけで、聞こえてくるのは鈍いバスのエンジン音だけ。

 外は月明かりのみが灯る静かな暗闇へと世界を変え、それがまるで夢の終わりを表しているような気さえするのだが、いまこうして彼の隣で”夢”に落ちるのも悪くないと思う。

 それもまた、わたしにとっての幸せの形なのだろう。

 

 彼と過ごす時間は、多くの”幸せ”で包まれていた。

 わたしがイチゴで彼がチョコ、それぞれに買ったクレープを二人で半分こ。あーん、なんて食べさせようとすれば顔を真っ赤にしながら慌て始める姿が、なんだか妙に嬉しく感じた。

 恋愛ものとミステリー、どちらの映画を観るかで揉めたときはついつい熱が入ってしまった。別に恋愛映画が見たくないわけではないけれど、そんなものは彼の日常だけでお腹いっぱいなのだから仕方がない。

 ぬいぐるみを見て思わず可愛いとつぶやいたわたしを、あんなにも笑うなんてなんともひどい話である。まぁ、あとでプレゼントしてくれたことですししょうがないので許してあげましょう。

 いまだ降り続ける雪の中に、二人でかざす傘が一本。元々が一人用なのだから当然身体が入りきるわけもなく、共に歩んだ分だけそれぞれの肩に雪が積もる。

 ふと左側を見てみればちょこんと乗っかった雪が目に入る。

 少し思案した後、悪戯心半分に思い切って身体を彼の側に寄せると、彼がどうしたのと問いかけてきた。

 驚いたような、それでいてちょっと嬉しそうな彼の顔に満足しつつ、この方が雪に降られないでしょ?なんて言ってみる。もちろん、心の内を伝えることなんてしない。

 肩に雪が乗らないくらいに距離を縮めたいなんて、きっと彼は声に出して笑うに違いないのだから。

 

 

 本当に……本当に、幸せだ。

 

 ずっとこんな時間が続いてゆけば良いのにと、そう願わずにはいられない。

 今の生活が嫌なわけではない。仕事に忙殺される日々が嫌いなわけでもない。人付き合いは良好で、将来に向けた貯蓄だって十分だ。ただ……そこに彼の姿は無い。

 手を伸ばせば触れられる場所にいる。話しかければ応えてくれる。そんな当たり前の日々が、今はもう思い出の中にしか見ることが出来ない。

 咲き誇る桜の花びらを見るたびに彼をみる。夕焼け空の下でひぐらしの鳴き声を聞くたびに彼を感じる。紅葉に彩られた紅い世界に、天から降りゆく雪の雫にさえ彼を想う。

 ねぇ、転校生さん。わたしはこんなにもあなたのことを――。

 

 ふと、隣に目を配れば、そこには同じように夢の世界へと落ちていく彼の姿があった。

 無防備でなんともあどけない顔をしている彼の姿と、かつて共に過ごしてきた少年のイメージが自然と重なったことで、わたしはなぜだか無性にうれしくて仕方がなかった。

 そして、だからこそ”彼”との世界に終わりを告げようと、わたしは静かに心に決める。

 

 幸せな夢は心地良いけれど、わたしは先に進まなければいけないから。

 だから……だから…………。

 

 その言葉は、きっと誰に届くこともなく静寂の中に溶けていく。

 

 

 転校生さん。あなたに、伝えたかった言葉があるんです……。

 

 

 それは、あの時言えなかった、わたしの本当に気持ち。

 

 

 わたしは……わたしを……!!

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

「あぁ……うん。だってそれ二週間くらい前の話だよね?」

 

 披露宴が終わりその後の二次会も解散となった後、自宅に戻ったわたしはテーブルを挟んで座る彼に昨日見た夢の話をした……のだが、分かってない。この人は本当に分かってない。

 

「もう……飲みすぎなんだってば。ほら、とりあえず水でも飲んで落ち着いた方がいいって」

「大丈夫です。お酒なんてちょっとしか飲んでないんですから……ひっく……それよりも!! ちゃんとうちの話を聞いてますか!! 転校生さん!!」

 

 まったく……わたしがどれだけ寂しい想いを過ごしてきたと思っているのか、それを懇切丁寧に説明しようとしているのに、肝心の転校生さんはなぜだか呆れ顔でこちらを見てくる。……あぁ、これはやっぱりちゃんと言わくちゃならないようですねー。

 

「だいたいれすねー!! 二週間も連絡がないなんてどういうことらんれしょうか!! うちなんて一秒たりとも転校生さんを忘れたことなんてなかったのに!! それなのに……それなのに!!」

「えぇ……。いや、だって一緒に結婚式の贈り物選びに街に出掛けたときにさ」

 

 なんだかショックを受けたような顔をしてますがそんなことでは騙されません。だいたい、こんな指輪一つで……ゆび、わ……?

 

「……えへへー。指輪、ねぇ転校生さんみてくらさい!! ほら、うち指輪してますよー!!」

 

 ばたんと後ろに倒れながら左手を空にかざし、薬指にはめた指輪を眺める。なんでしょう……ものすごく幸せじゃないですか。

 

「はぁ、そもそもあの時だって……ねぇ聞いてる? もしもーし?」

 

 なにか言ってる気がするがそんなことは無視である。なによりも、いまはこの幸せを感じていたい。

 

「……そうだ、そういえばひとつ忘れてました」

「え?」

 

 勢いよく身体を起こし、彼を見据える。びくっと驚いた表情の彼が……あれ? なんで何人もいるんでしょうか?

 ん~? まぁいいか、多分この人が本物の転校生さんでしょう。そう確信して目の前の彼に指を突きつける。

 

「転校生さん!!」

「はいっ!!」

 

 あの時言えなかった言葉を、本当は伝えたかった言葉を、いまこうして届けましょう。

 あなたと過ごす日々が、これからもずっと続くようにと願いを込めて。

 

 

 一生うちを離さないで下さいね? てんこーせーさん♪

 

 

 その願いはきっと、彼が叶えてくれるから――。

 

 

 《願いをあなたに 了》




 約8か月ぶりとなりますが、いかがでしたでしょうか?
 こちらで作品を書くのが久しぶりとなり、せっかくなのでリハビリ作はこれまでと違うテイストで贈らせて頂きましたが、これがなかなか難しい。
 また少ししたら次の話も投稿できたらいいな、などと考えておりますが……さてどうでしょうか。
 もう一つのシリーズである瑠璃川物語、もしくは今作の裏話である『転校生君サイド』のいずれかでお送りすることとなるのかと思いますが、後者は”彼女”の視点で描かれた物語と、”彼”がこれから伝える物語、物語の”真実”を知ってもらえれば、より楽しめるような作品にする予定です。プロットは出来てます。あとは肉付けですね。(笑)

と、今回はこの辺りで……。
長期更新となりつつも、この物語に触れて頂いた読者様へ感謝の意を送りつつ……。


春夏 冬

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