グリモア~私立グリモワール魔法学園~ つなげる想い 届けたい言葉 作:春夏 冬
幾度迎える季節
「うぅ……なんでこうも昼と夜の気温は違うんだろう」
時刻は午後11時。
昼間は暑い夏らしい日差しを受けながらも夜はぐっと冷え込む、この気温の落差に愚痴を零しつつ、僕は町中を歩いていく。
いつもであれば眠りに就こうとする時間帯だし、なによりこんな時間に外出していれば風紀委員に見つかって反省文を書かされることは請け合いだ。下手をすれば懲罰房に連れて行かれるなんてことも……そういえば懲罰房ってどこにあるんだろう?
なんてことを考えている内に目的地に到着した。宿から一番近いコンビニだ。
ズボンのポケットに突っ込んだメモを片手に店に入り、夏海たちから頼まれたものを探し始める。
智花は飲み物で……怜はデザート。夏海は、パンツ!? 嘘でしょ!? 夏海っ!!
今頃腹を抱えて笑っているであろう夏海を想像しつつ、いつか仕返しをしてやろうと固く決意をする。
差し当たっては夏海の飲み物を炭酸飲料にしてシェイクしてやることから始めるとして、「目的の物」がないことを祈り……まぁ、あるよね。
はぁ……と深いため息を吐きつつ残りの買い物を済ませようとする僕は、……ふと自分が財布を持っていないことに気が付く。
とことんついてないな……と落胆しながらもデバイスを手に取り連絡を取ることにする。
と、その時、
「あっ、転校生さん。やっぱりここだったんですね」
背中越しに掛けられた声に振り向くと、そこには宿に居るはずの智花が立っていた。
「…もしかして、財布かな?」
「はい。お財布、忘れてますよ?」
そんななんとも言えない軽いやり取りをしつつ、僕たちはどちらともなく笑い始める。
なんだか情けないような、でもなんだかちょっと温かい不思議な感じ。
「ごめんね智花。罰ゲームでもないのにわざわざ届けてもらって」
「いえいえ、それよりも早くお買い物を済ませちゃいましょう!じゃないと……」
「夏海が怒り出すから、でしょ?」
「もうっ、そんなこと言ってると本当に夏海ちゃんが怒っちゃいますよ? …ふふっ」
「いや、智花も笑ってるよね?」
っと、そうこうしている間に時間も過ぎてしまうことだし、さっさと帰らないと夏海はともかく怜にまで迷惑が掛かっってしまう。そんなことを考えながらレジに向かう僕は、ふとある商品に目を奪われた。
「どうしたんですか転校生さん?」
「うん、ちょっと懐かしいものを見つけてさ……」
そう言いつつ、僕は”それ”を手に取った。
幾度迎える季節
「海に行きたい……」
事の始まりは夏海の一言だった。
季節は夏を迎え例年の如く猛暑日が続く中、テーブルに突っ伏した夏海は消えそうな声で願望を口にする。
「悪いがそういった目的の外出は許可が下りないんだ」
「でも、夏海ちゃんの気持ちは分かるかな。確かに今年の夏はいつもより暑く感じるかも」
そんな願いを冷静に切り返したのは、しかし同じ気持ちでいるのであろう汗をかく怜。
表情こそ落ち着きを見せているものの、やはり暑いものは暑いと言うことだろう。
一方の同じ気持ちだと話すのは二人に比べると幾分涼しげな表情の智花。
いわく料理をしていると自然と熱さに慣れるとのことだが、はたして彼女のいう「料理」とはいかなものなのか?
と、そんな智花の言葉にバッと顔を上げた夏海は、ここぞと言わんばかりに声を挙げる。
「でしょ!? やっぱり今年の夏はおかしいのよ!! これじゃああたしのカメラも駄目になっちゃうし……これはもう海に行くしかないわね!!」
「いや、気温は例年通りだし、カメラはべつに暑さでどうこうなるものじゃないんじゃ……」
「はぁ…。転校生はそんなんだから優柔不断だとか不純異性交遊常習犯とか言われんのよ」
「えぇ…、というか僕ってそんな風に言われてるの!?」
夏海の言葉にさらっと傷付いた僕こと”転校生”だが、まぁいつもの事なので表情に出すこともない。そんなことで動揺していては個性豊かなこの学園ではやっていけないのだ。
「こら夏海。転校生が傷ついているじゃないか!!」
「そうだよ、こんなに落ち込んじゃって……」
「いや……その、悪かったって!」
「ハハハ、ゼンゼンキニシテナイカラダイジョウブダヨ」
駄目だったかぁ……うん、話を変えよう。
……ん?
「ふぅん、海か。 今度みんなでクエストに行くことになってるけど、それじゃあ駄目なのかい?」
「それはそれ、これはこれよ! なんていうか……あたしたちだけで行く、ってところが重要なのよ!」
「で、浜辺で水着になった彼女たちを前に、夏海はどうするんだい?」
「そうね、こう開放的になった智花と怜が転校生に迫ったりすればスクープになるし、意外と転校生の水着姿って需要が……って部長!!」
「おやおや、今頃気が付くなんて……ジャーナリストたるもの常に注意深くあたりを観察しなくちゃ駄目だろう?」
そう言いながら夏海の背後に立つのは報道部部長の遊佐先輩だ。
いつもながらに不敵に笑いつつ誰に気付かれることもなく場に現れるのは、まぁいつもの事なのでさすがに慣れてくる。
というか、それよりも……。
「まさか夏海……ネタに困って……」
「ちっがうわよー! いまのは部長にのせられただけで……えっ、なんでみんなそんな目で見るの!?」
「日ごろの行い、というやつだよ夏海」
「すみません、それは部長にだけは言われたくないです」
「ふふふっ。ひどいなぁ夏海は。せっかくいい情報を持ってきてあげたのに……例えばそうだね。浜辺周辺で受けられるクエスト、とか……」
「もう、ずっと尊敬してましたよ部長!!」
「夏海……お前なんて現金なやつなんだ……」
呆れるように呟く怜に、僕と智花は思わず苦笑いを浮かべる。
でも、たしかに合法的に海に行けるなんともありがたいクエストだけど……。
「あれ、遊佐先輩。そんなクエストって発令されていましたっけ?」
「あぁ、これはきっと人気が出ると思ったから早いうちに夏海たちに伝えようと思ってね。ほら、そろそろ来るよ?」
と、言い終わるが早いか唐突にデバイスが鳴り始め、そこには遊佐先輩が話していたクエストの受注画面が表示されていた。
……相変わらずですね、遊佐先輩。
それから次の日、僕たちは【海の家のお手伝い】のクエストを遂行するために海へとやって来た。
潮風が涼しく、学園にいる時とは大違いだと思えるほどに快適な環境に、夏海の言い分にも一理あると不本意ながらに同意する。
ただし、それは海の家に着くまでの事だった……なぜならば、
「怜ちゃん! 2番テーブルに焼きそばを二人前!」
「分かった! ほら夏海、ぼさっとしてないで手を動かせ! 転校生、悪いがこちらのフォローを頼む!」
「了解! あっ、はい。ただいま伺いますのでお待ちください!」
「智花!焼きそば出来たわよ! ……あぁ、もぉぉお!! 何でこんなことになるのよ!!」
僕たちはあくまでクエストを遂行するためにやって来たからだ。
良く考えてみればクエストが発令された時点で気が付くべきだったのだ。
【魔物討伐】でもないのに急遽としてクエストが発令されたということは、要するに「大変」であるはず。
また、『海に行ける』という理由から簡単に受注してしまったが、よくよく内容を確認してみれば忙しそうなことは目に見えていた。
つまり、今のこの現状は、目先の欲に捕らわれた僕たちの”結果”というわけである。
「うわーん! あたしのバカンスが!! スクープが!!」
「こら夏海。お客さんに聞こえるだろ! もう少しで落ち着くとのことだから頑張るぞ!!」
「もう一息だよ夏海ちゃん! はい、かき氷をお待たせしました!」
「智花、それはこっちのお客さんだよ! はい、こちらカレーライスです」
目まぐるしいお客さんの波に負けないように身体を動かす僕たち四人。
初めは智花が厨房に入ると言って聞かなかったのだが、僕たち三人は何とかそれを踏み留めて厨房の手伝いは夏海と怜が、注文の受け付けやレジは僕と智花が担当しながら仕事をこなしていく。
後で分かったことだが、元々利用客が多かったことに加え、智花たち三人の可愛い女の子がいたことも大きかったのか、店主の予想を上回る売り上げを記録することとなった。
そりゃあ忙しいわけだよ、なんて笑っていた店主に夏海が苛立った表情を向けそうになるが、その店主からとある依頼を受けると同時に満面の笑みに変わる。
そして、その依頼とは僕たちがもう一日手伝いをする、という内容であった。
「しかし、よく学園側も外泊許可など出したものだな」
「んー、たまにあるみたいよ。 ねぇ、それよりどんな水着を持ってきたのか見せなさいよ!」
「もうっ夏海ちゃん! 転校生さんのいる前でそういうことしないの!」
「だいじょーぶ! 転校生もこんなに可愛い美少女たちの水着姿には感激するしかないでしょ?」
「えっと……」
「そこは即答しなさいよ! ……もうっ」
本来であれば、夕方ころまで仕事をした後、日帰りする予定だったのだが、明日もクエストを継続するという理由から店主の知り合いが経営しているという民宿で一晩過ごす事となった。
学園から外泊許可が下りたことを意外に感じながらも、僕たちはちょっとした旅行気分を楽しんでいる。
さて、『もう一日お手伝いする』という内容に夏海が喜んだのには大きな理由がある。
それは、正確に言えば『お昼の時間だけ手伝う』という限定的な内容であることと、それ以降は自由に過ごしていいという店主からの好意によるものだ。
元々の予定からすれば、海の家で仕事を終えたと同時に帰らなくてはいけなかったのだが、一日増えたことによりスケジュールに若干の余裕が生じ、結果として海で遊べるようになった、というカラクリだ。
とはいえ、あの殺人的な忙しさをもう一日過ごさなくてはいけないわけだが、おそらく夏海の頭からは消えていることだろう。
「っと、もうこんな時間か……。それじゃあ僕はそろそろ部屋に戻るよ」
「えぇっ~~! そんなこと言わずにもうちょっと遊ぶわよ!ほら、智花と怜も寂しいって言ってるわよ?」
「な、夏海ちゃん! わたしはそんなこと言ってないよ!」
「そ、そうだぞ! 転校生も誤解しないでくれ!」
「……っ、あははっ。ほ、ほら転校生、と、智花たちもこう言ってるじゃない。……くくくっ」
「あぁ、うん・・・ええっと」
「「夏海(ちゃん)!!」」
そんなやり取りをしつつ、結局帰るタイミングを逃した僕は彼女たちの部屋でゆったりとした時間を過ごしていく。
風紀委員である怜から注意されるかと思ったが、彼女も束の間の良好気分を味わっているのか水を差すようなことは言わずに雰囲気を楽しんでいるようだった。
その点、智花の方は遅い時間まで僕といることが落ち着かなかったようだが、夏海のペースにはまり普段通りの様子に戻ったようである。さすがは夏海。
そしてその後、夏海が持ってきたトランプでゲームを行い、負けた僕が罰ゲームで買い出しに出かけたことから今に至る。なんとも慌ただしい一日だったことで。
「……まぁ、まだ終わってないんだけどね」
「えっ、何か言いましたか?」
「うぅん、何でもない。さて、早く帰ろうか」
あの後、会計を済ませた僕たちはそれぞれの手にビニール袋を引っさげて宿への帰路につく。
こんな時間まで起きていることが珍しいのか、ちょっぴり眠そうな顔をしている智花を微笑ましく思いつつ、僕は今日あったことを振り返っていた。
本当にグリモアに転校してからというもの飽きることの無い日常ばかりだと、そんな風に感傷に浸っていた僕だが、ふと隣を歩く智花の物憂げな表情が目に映る。
「どうかしたの智花?」
「えっ。い、いや、なんでもないんです!」
そういいつつもやはり表情が暗い智花は、心配そうな僕の顔を見るとやがて観念したかのようにポツリポツリと話し始めた。
「……わたし、時々怖くなるんです。楽しい時間が過ぎれば過ぎるほど、この幸せな時間が終わりを迎えてしまうんだって……」
そう呟く智花の足はその場で止まってしまう。
そして、少しずつ潤み始めた目を僕に向け、言葉を繋ぐ。
「もちろんわたしだって辛い毎日よりも楽しい時間を過ごす方がいいです! でも、やっぱり怖い……」
「……智花……」
「……ねぇ、転校生さん。わたしは何で時間停止の魔法なんて使っているんでしょうね?」
それは、未だ誰にも分かっていない謎。
「希望、なんて呼んでいる人もいますけど、本当にそうなんでしょうか?」
それは、本人すらも知り得ていない未知。
「もしかしたら、これはわたしが『ずっとこのままでいたい』と願っただけで」
だからこそ、誰よりも本人が一番不安に感じるのは当たり前で、
「だから、これはやっぱりわたしの自分勝手な願いが引き起こした現象で……それでみんなを巻き込んで……!!」
「智花」
「だから……だから……!!」
「……智花……!!」
「……っ!!」
「ごめんね、智花」
だからこそ、誰かが守ってあげなきゃいけなかったんだ。
僕は震える彼女の身体を抱きしめる。
大丈夫、ここにいるよ。そんな風に、彼女に熱を伝えるように……。
「あ、あの転校生さん……もう大丈夫なので……その……」
「えっ、あっ、ごめん!」
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
今になって気恥ずかしさが込み上げてきてパッと智花から離れる……一瞬智花が名残惜しそうに見えたのは僕の気のせいだろう。
というか、慣れないことなんかするから顔が熱くて……いや、というよりも。
「ご、ごめん!!」
「ご、ごめんなさい!!」
突然の勝手な行動に謝ろう……と思いきや、ふと声が重なったことに驚きつつ智花の顔を見ると、彼女の顔も真っ赤で……。
「……ふふふっ。あははは。て、転校生さん。か、顔が真っ赤で……!」
「……いやいや、と、智花だって……あはははっ……!!」
もう日付も変わろうという時間なのに僕たちは笑い続ける。
町中で迷惑かもしれないけど、今だけは多めに見て欲しい。
「も、もうっ! て、転校生さん!」
「ご、ごめんってば!」
そしてようやく落ち着きを取り戻した僕たちは、一息ついた後どちらともなく歩き出す。
ただ、そこにはもうさっきまでの暗い空気は流れていなかった。
「僕もさ……最初の頃ってやっぱり怖かったんだ」
「転校生さんも……ですか?」
「そりゃあね。だって急に『人類の希望』、だよ?」
そう苦笑いしつつ話しをする僕に、智花は意外そうな顔をする。
「そんな風に見えたことはなかったですけど……」
「そうかもしれないね。転校早々に智花とクエストに出動したり、他にも色々あって気が付くと気にならなくなっていたのかも」
でも、
「でも、やっぱり何よりも勇気づけられたのは智花の言葉だよ」
「わたしの言葉、ですか?」
「うん。智花は僕に言ってくれたよね。『ようこそ魔法学園へ』って。あの言葉を聞いた時、僕は僕自身が”特別な何か”なんかじゃなくて、みんなと同じ魔法使いなんだって思ったんだ。……うん、智花にとってはただの一言だったのかもしれないけれど、僕にとっては本当に嬉しい言葉だったんだ」
「……転校生さん……」
そう話した後、今度は僕が足を止めて彼女に向き合い、そして言葉を紡ぐ。
「だから、そんな言葉で救われた僕だからこそ、今度は君を支えたいと思う」
「えっ? それはどういう……」
「智花。僕は……」
ドシャーン!!
その時物陰から派手な音が鳴り響く。
「あぁー!! ちょっと怜、押さないでよ!」
「い、いや、私は何も!! ち、違うぞ智花、転校生。 こ、これは……」
「夏海ちゃん!! 怜ちゃん!! どうしてここに?」
「い、いやぁ……だって二人ともなかなか帰ってこないから、これはもしかしてと思って」
「す、すまん。 智花。 せっかくの雰囲気を台無しにしてしまって……」
「な、夏海ちゃん、怜ちゃん!! ……もうっ。」
はぁ・・・。まぁなんとも「らしい」かな、なんて思いつつふと”あれ”を買った事を思い出す。
ふと隣を見ると、智花も同じことを思ったのかこちらを見て頷く。
「夏海、怜。 花火、やらない?」
「いやー、転校生も分かってるじゃないの! やっぱり夏と言えば花火よね!」
「そうだな。あまり馴染みのないものだが、こうして見ると面白いものだな」
「学園じゃ花火なんて出来ないからね。こういう時でないと楽しめないかなってさ」
そう、コンビニで見つけたのは花火だ。
子供のころには、よく夏休みに家族なんかで楽しんだりするのだが、年を重ねるごとにこういった小さい花火からは卒業してしまうのが一般的だといえるのかもしれない。
学園に来てからは何度か機会があったのだが、それでもやっぱり感傷に浸ってしまうあたりが「そういったもの」なのだろう。
そんなことを考えつつ、近くの浜辺にやって来た僕たちは次々と花火を楽しんでいく。
ねずみ花火に間違えて火をつけて”踊る”羽目になった智花に、打ち上げ花火を手にもったまま暴発させる夏海、その打ち上げ花火の中から「おまけ」が出てきたことに驚きつつ少し嬉しそうな怜。
誰もかれもが楽しそうに笑いつつ、最後は線香花火で締めることになる。
そして、そんな最後の”名残”を感じながら、夏海はポツリと言葉を口にした。
「……智花さぁ。 誰も気にしてないから」
「えっ? どうしたの夏海ちゃん?」
目線を線香花火からそらさずに話す夏海に対し、智花はその言葉の意味を考える。
「……すまない智花。 さっきの転校生との話を聞いてしまったんだ。 全部というわけではないんだが……」
言葉を繋げたのは、こちらは智花の顔を見て話す怜。
「智花はさ、自分のせいかもって悩んでるのかもしれないけどさ……別にそれならそれでいいんじゃない?」
「……夏海ちゃん」
「ごめんね転校生。 本当はさ、さっきそれを言いたかったんでしょ?」
あっ、落ちちゃった。見つめていた線香花火が消えた後、そう呟きつつ今度は僕の顔を見る夏海。
少ししてから、今度は僕の線香花火も地面に消えた。
「夏海が謝ることじゃないよ。むしろ、代わりに気持ちを伝えてくれたことに驚いてるくらい」
「何よそれ? あたしだって繊細な乙女なんだからね」
はいはい。なんて、そんな風に笑う僕たちは、いつの間にか消えた線香花火を見つめ続けている智花に目を移す。
「智花。花火、楽しかっただろ? 僕はさ、こんな楽しい時間なら何度でも過ごしたいと思うし、もし辛い時間が繰り返されるのだとしても、何度だって乗り越えてみせるよ。 だって、その度に僕たちは前を向くことが出来るのだから」
「……私は、転校生や智花のように特別な力は持っていないし、生徒会長のような強さも持ち合わせていない。しかし智花、お前のお陰で少しずつでも強くなっていけるんだ。そしてそれはきっと、大勢の学園生が同じ気持ちだと思う」
「そうよ。だいたい智花の魔法があるからこそ私たちは生き残っているわけでしょ?だったら文句を言うやつなんているわけないし、いたらあたしがネタにしてやるわよ!! だから胸を張りなさい智花! アンタが一番アンタ自信を認めてあげなくちゃ!!」
そんな風に気持ちを伝える僕たちに、顔を上げた智花は胸から言葉を押し出すように問いかける。
「転校生さん、怜ちゃん、夏海ちゃん……わたし、いいのかな。大丈夫だよって、自分を許しちゃってもいいのかな……?」
だから、僕はこう答えよう。
「胸を張ろうよ智花。 僕たちは、君のお陰で『今』を歩いていけるんだから!」
「……はい……はい!!」
そして今夜二度目の抱擁を、今度は泣きじゃくる智花を胸に抱く。
そんな僕たちを冷やかすこともなく、夏海と怜は温かく見守ってくれていた……。
「しっかし『胸を張れ』か。『話題の転校生。女子生徒にセクハラを強要する』……ってどうよ?」
「なんで夏海はそうやっていい話を台無しにするのかな!?」
あれから智花が落ち着きを取り戻した後、僕たちは花火の後片付けを済ませる。
日付なんてとうに過ぎてしまい明日に備えての睡眠時間もあまり取れないわけだが、そんなことよりも大切な時間を共有した。と思ってた矢先にこの一言……本当、夏海はブレないな。
「あっ。 そういえば転校生。 ちゃんと罰ゲームは済ませたんでしょうね?」
「当たり前だよ。智花は飲み物で、怜はデザート。それで夏海は……はいパンツ」
「パ、パンツ!? 夏海、お前そんなものを頼んでいたのか!!」
「くくっ……偉いじゃないの転校生。 ち、ちゃんとあたしに合うサイズを……って何よこれ!! 男物の下着じゃない!?」
「だ、だよね!? わたしも転校生さんが買うところを見てたから夏海ちゃんの下着なんて買ってなかったよなって……い、いや違いますよ! 別にその下着を見ていたとかではなくて!!」
「い、いや、夏海がメモにパンツって書いてたからそれでもいいのかなって……あはははっっ!!」
「んもうっ!! なんなのよ……ちょっと転校生!! 飲み物貰うわよぶふぉぉぉぉぉぉ!!」
僕が買った飲み物を勝手に開けようとして……その可愛らしい顔面に炭酸飲料の洗礼を浴びる夏海。
や、やばいあまりに出来過ぎていて……は、腹が……。
「あははははっ、な、夏海……タ、タオル……あはははっっ!!」
「だ、駄目ですよ転校生さん……そんなに笑っちゃ……ふふっ」
「こ、こら転校生。……くくくっ……な、夏海、とりあえず顔を……や、やめろ!! こっちを見るな!!」
「て~ん~こ~~せ~~~!! あんた!! こらっ待ちなさいよこのっ!! このっ!!」
これは、僕たちの人生におけるほんの一コマでしかない。
でも、だからこそ全力で楽しみたいと思うし、精一杯生きたいと願う。
「転校生さん!!」
声を掛けられた方を向くと満面の笑みを浮かべた智花がいる。
「わたし、とっても楽しいです!!」
「そっか。僕もだよ」
これからまた魔物との戦いに身を置き、たくさんの危険が襲ってくることになるけれども、きっとここでまた花火を楽しもう。
「おらっ!! なーにを雰囲気作ってんじゃあ!!!」
「そうだぞ。私も混ぜないか!!」
大丈夫、この四人ならきっとまた……。
《幾度迎える季節 了》
基本的に原作遵守となりますが、どこか設定の破たんがあれば見逃していただけると幸いです。
書いていて楽しかったのはやはり夏海。
当初はそこまで出番を想定していなかったのですが、ここまで自由に動き回るとは本当に予想外でした。きっとこれからも活躍してくれることでしょう。
この作品では、”転校生”は”転校生”のままです。
一人称は”僕”、名前の呼び方はそれぞれに違い、例えば智花、夏海、怜は下の名前で呼び捨てに、遊佐は先輩呼び、ももはちゃん付けと、原作からの想像で決めていきたいと思います。
ちなみに、怜は元々は神凪さん → 怜さん → 怜と変わっていった設定があるのですが、そこに触れるか触れないかは今後次第。
あとは、ちょっとした裏話として、今回店主と遊佐が繋がっていた、という隠れ設定があります。
思いの外繁盛してしまったため遊べなかった夏海たちに影からバカンスを提供する。
彼女こそが『もう一日』を提案した張本人なのですが、転校生くんたちがそれを知る事はないので本編ではお蔵入り……となんて感じでしょうか。
さて、次回の更新は未定ですが、そのうちに書き上げたいと思います。
そうですね……「天文部」、「冬樹姉妹」、「風紀委員」、「購買部」のいずれかになるのでしょうか。
ともあれ、今回はこの辺りで失礼いたします。
このお話を読んで、少しでもグリモアの世界に興味を抱いてもらえますように祈りつつ……。