響乱交狂曲   作:上新粉

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第九十一番〜月〜

「卯月、居るか?」

 

「……うーちゃんは留守ぴょん」

 

居留守を使う割には部屋に鍵は掛かって居ないので俺は扉を開けて中へ入る。

そこには部屋の端っこで体育座りで小さくなっている卯月が何をするでもなく床を見下ろしていた。

 

俺はそんな卯月に近付き、黙ったまま目の前に胡座をかく。

卯月は一瞬だけ視線を上げて俺を見るが直ぐに先程と同じように床を見下ろし始める。

そのまま暫く静寂が続いていたが、十分程経った辺りかふとある事を思い出した俺がその静寂を切った。

 

「そう言えばあの時もこんな感じだったな」

 

「……?」

 

「卯月が初めて俺の所にやって来た日の夜の事だよ。覚えてるか?」

 

「忘れる筈無いぴょん。夕づ……馬鹿な司令官があっちの世界から居なくなった日だぴょん」

 

「ああ。そして夕月……俺がこの世界に生まれた日だ」

 

俺がこの世界に来てから凡そ二年。本当に色々な事があったな……。

 

「今日まで大変な事や辛い事もあったけど、それでも俺はこの世界に来てよかったと思っている」

 

だが、卯月は俺の言葉に対して首を大きく横に振って呟いた。

 

「……うーちゃんは今でも司令官を連れてきた事を後悔してるぴょん」

 

「卯月……?」

 

卯月の言葉が俺の胸にチクリと突き刺さる。

俺は来ない方が良かったのか、やはり俺が今の現状を作ってしまったのか?

卯月に否定されてしまったら俺は……俺の存在価値は……。

 

次々と良くない思考が巡るが俺は黙ったまま卯月の次の言葉を待った。

卯月も暫く口を閉ざしていたが、やがてぽつりぽつりと話し始めた。

 

「司令官がうーちゃんに何にも話してくれないから……いつかうーちゃん達の前から居なくなっちゃうんじゃないかって、いっつも不安で仕方ないぴょん!」

 

「……えっ?」

 

俺は予想外の言葉に思わず声を漏らしてしまった。

 

確かに俺は責められては居るのだが、その内容が今一つ理解出来ていない。

 

「何も話してくれない?どういう事だ?」

 

卯月とは良く話していたし、実際この世界で素の自分を見せられるのは彼女をおいて他にいない。

それなのに話してくれないというのがどういう事なのか皆目検討もつかなかった。

 

だが、それについては続く卯月の言葉によって理解する事となった。

 

「この前の球磨との一件だってうーちゃんに黙ってたぴょん!」

 

「なっ!?どうしてその事を!」

 

あれは卯月達に心配を掛けない為に俺を含めて五人しか知らない筈!

 

「やっぱり……何日か夕月の姿が見えないから皆に聞こうと思って球磨の部屋に言ったら廊下が凄い事になっててるし、その上球磨の部屋に摩耶さんが頻繁に出入りしてれば何かがあった事くらいうーちゃんだって気付くぴょん!!」

 

そうか、確かにそれだけの状況が揃っていれば俺と球磨の間に何かあったと考えてもおかしくはないか。

 

「確かに球磨と一悶着はあった……だが伝えなかったのは卯月や皆の状態を考えて──」

 

「それが不安だって言ってるんだぴょんっ!!」

 

ぐっと詰め寄られ俺は思わず身体を仰け反らせる。

それでも卯月は構わずに距離を詰めてくる。

 

「西野司令官や陸奥さんとのお別れを悲しんでたうーちゃん達に余計な心配を掛けないようにしてくれてたのは解ってる……けどっ、うーちゃんは夕月にもしもの事があって会えなくなる方が何倍も嫌だぴょん!!」

 

「卯月……俺は居なくならない。此処に来る時にあべこべとはいえちゃんと誓っただろ?卯月より先に沈まないって」

 

「で、でも……夕月はいっつも無理し過ぎだぴょん。いつでもうーちゃん達を守ろうとして怪我ばっかしてるぴょん」

 

確かに卯月の言う通り俺は姉妹を護る為なら多少の無茶は厭わないし、その為基地に居た時から俺だけ中破なんて事もざらにあった。

 

だがそれで皆が守れるならそれでいいと、自分では納得していた……と言うより怖かったのだ。

一緒に居ればいるほど彼女達を失うのがとても怖くなっていた。

それでも彼女達に戦うなとは言えるはずもなく、基地の役割上彼女達に危険度の高い任務が言い渡される事も少なくなかった。

 

だからこそ今までも尤もらしい理由をつけて危険の伴う作戦では最前線を買って出て居たのだ。

離島棲姫の時も司令官の許可が下りれば最前線へと立ち、今頃多くの仲間達と同じ道を辿っていたかもしれない。

 

そう考えると俺に弁解の余地なんてありはしなかった。

卯月の言っている事は至極真っ当で、もし俺が卯月の立場だったとしても同じ様に怒っただろう。

俺はそんな事にも気付けなかった自分を恥じた。

 

そして今にも泣き出しそうな卯月を抱き締め、その背をさすりながらただ一言謝った。

 

「そうだな、ごめん。卯月を悲しませる事はもうしない」

 

その言葉を皮切りに卯月は堰を切ったようにわんわんと泣き始める。

俺は卯月が泣き止むまで何も言わずに宥め続けた。

 

 

 

 

 

それから暫く経ってだいぶ落ち着きを取り戻した卯月が無言で俺の胸に手をつき離れようとしていたので、俺は抱き締めていた腕を緩めて卯月に様子を尋ねた。

 

「大丈夫か?」

 

「うん、もう大丈夫ぴょん。ごめんね?夕月の服、肩の所くしゃくしゃになっちゃったよね」

 

「構わないよ、これ位なら干しとけばすぐ乾くだろう」

 

「あ、洗わないのかぴょん?」

 

「別に涙ならわざわざ洗わなくても良いと思うが……」

 

「うっ……そのぉ……涙じゃなくて……」

 

顔を真っ赤にして俯く卯月の言葉を聞いて俺は漸く理解する。

 

「くん……くん……」

 

「やっ、止めるぴょぉぉーん!?」

 

「ははは、冗談だ冗談。後で洗っておくって」

 

美少女の体液が付着した衣服と言えば特定の方々からすれば家宝として奉られる程のものだとは聞くが、幸か不幸か俺はそういった価値観を持っていないんでな。

 

「ぷっぷくぷぅ〜、夕月はうーちゃんにはいじわるだぴょん」

 

「まぁ、卯月は特別だからな」

 

俺は膨れっ面を見せる卯月の頭を優しく撫でながらそう伝える。

 

「ぅ〜そういうのは卑怯だぴょん……」

 

卯月は顔を紅くしながら俯きがちに呟く。

 

言った俺自身も顔を紅くする様な照れ臭い台詞ではあるものの、それは紛れもなく俺の本心であった。

それでも、自分が作ってしまった空気に耐えられなくなった俺は取り繕うように言葉を漏らす。

 

「そ、それに卯月になら事情を知ってるから笑い事で済むけど他の皆に同じ事したら普通にドン引きされそうだからなっ!」

 

「た、確かにそうかも知れないぴょん。というか皆に同じ様な事したらうーちゃんが赦さないでっす!」

 

「解ってるって、卯月以外にはしないよ」

 

「出来ればうーちゃんも勘弁して欲しいぴょん……」

 

「それは出来ない相談だ」

 

「ぷっぷくぷぅ〜っ!!お姉ちゃんをからかう悪い妹にはほっぺぐにぐにの刑だぴょん!」

 

そういって卯月は俺を押し倒してマウントを取ると俺の両頬を摘んで引っ張り始めた。

 

「いひゃいいひゃい!ふぉうふぁん、ふぉうふぁんふぁっふぇゔぁ!」

 

「ちゃんと反省するぴょ〜ん!」

 

「ひてふ、ひてふふぁらぁ〜!」

 

俺の必至の懇願空しく、たっぷり十分程俺の頬は卯月によって弄ばれたのだった。

 

 

 

 

 

卯月の手から漸く解放された頬を擦りながら俺は球磨の事が有ってから誰にもずっと話さずにいたある事を卯月に打ち明けようと考えていた。

 

話してしまえばきっと彼女達を巻き込む事になってしまうし、下手すれば司令官と再会を果たす手段を失ってしまうだけかも知れない。

だからこそ俺一人で動こうと考えていた事だったが、それは今し方交わした卯月との約束を破る事になってしまうだろう。

 

だから俺は意を決して卯月に伝える事にした。

俺の想い、そしてやろうとしている事を。

 

「卯月、ちょっといいか?」

 

「ん?またうーちゃんをからかうつもりぴょん?」

 

「はは、そうじゃないから大丈夫だって」

 

俺は良く分からない構えを取る卯月に苦笑しながら座るように促してから本題へと入る。

 

「実は球磨との一件があってからずっと考えてた事があるんだ」

 

「うんっ?」

 

「今後門長と繋がっている深海棲艦達と積極的に関わって行こうと思うんだ」

 

「ふぇっ!?ど、どうしてだぴょん!あの男に何か弱みを握られてるのかぴょん!?」

 

おお、なんとそうなったか。

少しはマシになったとはいえ門長に対する相変わらずの評価に俺は苦笑しながら首を横に振った。

 

「違うよ、彼女達の事を深く知る為だ」

 

「知ってどうするぴょん?」

 

「彼女達と実際に話してみて思ったんだ。決して話し合いが出来ない様な存在では無いって」

 

「でも……でもそれが多数派とは限らないし、そもそも私達艦娘に正しい情報を渡すかも分からないぴょん!」

 

卯月の反論は尤もだが俺はそれを踏まえた上でやはり深海棲艦の事を知っていくべきだと思っている。

それに理想論だとしても和解の可能性が少しでもあるのならそれこそが目標を達する為の道になり得るのではないのかと。

折角彼女達の事を知る事が出来る距離にいると言うのに何も知ろうとせず決めつけてしまうのはそんな可能性の芽を自ら摘んでしまうのと同義ではないかと。

 

俺は思っている事を全て卯月にさらけ出した。

その後で、卯月からどんな返答が来るか不安に感じながら何も言わずに待った。

 

難しい顔をしていた卯月だったがやがて大きく息を吐くと真剣な眼で俺を真っ直ぐ捉え言った。

 

「夕月の言いたい事は分かったぴょん」

 

「卯月……っ!」

 

「でもっ!ちゃんと球磨や睦月達皆に伝える事!夕月の事を心配してるのはうーちゃんだけじゃないぴょん」

 

「卯月……ありがとう。分かった、球磨には摩耶さんから一度話を伝えて貰って球磨の了承を得てから直接伝えよう」

 

そうと決まれば直ぐに動かなければな、皆が一日でも早く司令官達と再会出来るように。

 

俺は卯月に礼を述べ部屋を後にしようとした時、突然卯月に呼び止められる。

 

「どうした?」

 

「……うーちゃんは何時でも協力するぴょん、だから一人で抱え込まずに話して欲しいぴょん」

 

「卯月……ああ、分かった。ありがとな」

 

そうだ、俺は一人じゃない。

最初から分かっていたじゃないか。

 

卯月からの後押しを受けて俺は力強い一歩を踏み出して行った。

 




予定通りこの話で夕月達の後日談は終着となります。
次は本編に戻ろうと思ってましたが、もう一人の後日談をお伝えしようかと思っております。

因みに門長はその間はずっと入渠中の為、登場致しません。
入渠時間が週単位がデフォになりつつある門長の必要資材とは……港湾さんの懐事情が心配です。

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