響乱交狂曲   作:上新粉

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またゲームの誘惑がやって来るぅ〜
テラテックタノシ……


第八十七番

中部前線基地へと上陸したヴェールヌイ、明石を除く呉鎮守府の面々は目の前の光景に戦慄を覚えていた。

それもその筈、つい先程まで彼女らと激しい戦いを繰り広げていた恐るべき戦闘力を持ったレ級flagshipが軍服をボタンを閉めずにだらしなく着こなした男と仲良く手を繋いで現れたのだ。

その男の反対側には響が……居たのだが既に長門の方へと駆け出していた為、男の右手は何度も空を切っていた。

 

「な……なっ……まさか深海棲艦側にも提督が居るというのか!?」

 

「あ''?俺は提督なんかじゃねぇ」

 

提督じゃないと否定され武蔵が更に混乱する中、事情を知っている明石とヴェールヌイは門長が何も気にせずレフラを連れてきた事に頭を抱えつつも武蔵達に説明を始める。

 

「えっと、信じ難いとは思いますがこの人が先程武蔵さん達の砲撃を受け続けてた門長さんです」

 

「なんだとっ!?まさかっ、我々は謀られたというのか!」

 

「武蔵さん、信じられないだろうが落ち着いて聞いて欲しい。彼を味方と言い切るのは難しいが少なくとも今は敵ではないんだ」

 

「ヴェールヌイ、お前は何を言っているんだ……現に奴はレ級flagshipと結託しているではないか!」

 

武蔵はヴェールヌイの発言に耳を疑った。

彼女だけでなく殆どの艦娘にとってそれ程までに信じられない発言なのだが、その反応に納得の行かなかった男が一人。

 

門長はレフラの手を離し武蔵の前に立ちはだかると、見下ろす形で武蔵を睨み付けた。

あまりの威圧感に武蔵は思わず後退りしそうになるが、そこは大和型戦艦の意地として何とか踏み止まる。

そんな武蔵の心境など露知らず、門長は武蔵に物申した。

 

「人がレフラと演習をしてる所にテメェらが水を差してきやがったんだろうが。にも関わらずこれ以上レフラやヴェールヌイを貶めようってんなら望み通りテメェを潰してやろうかおい!」

 

「ぐっ……そもそも敵である深海棲艦と一緒にいる時点で信用など出来るものか」

 

「はぁ?テメェの思い込みで話を進めようとすんじゃねぇよ。海軍でどんな教育を受けてっか知らねぇがよぉ、此処じゃあ種族なんて大した差じゃねぇんだよっ」

 

「し、信じられん……」

 

「信じらんねぇだぁ?テメェが信じようが信じまいがこれが現実だ!つかんな事どうでもいいからテメェはレフラとヴェールヌイに土下座して謝れ!!」

 

門長は膝をついた武蔵の首輪の様なものを掴み上げて二人への謝罪を要求する。

だが、武蔵を掴む門長の腕の上にヴェールヌイが手を乗せた。

 

「門長さん、彼女を赦して欲しい。貴方が言っている事は実際此処では現実となっている事は明石から聞いている」

 

「お、おう……」

 

「けど、残念な事に海軍では武蔵さんの考えが普通だし事実攻撃的な深海棲艦が居る以上疑問を持つ余裕すらないのが現状なんだ」

 

「まぁ、確かにそうかもしれねぇな」

 

「だから、私達に時間をくれないか?今日明日とは言えないがいつか呉全体の……そして海軍全体の意識が変わった時。その時になら武蔵さんも心から謝れる筈だから」

 

「…………」

 

「レ級flagship」

 

「ン?ナンダヨ」

 

ヴェールヌイはレフラの方に身体を向けると深々と頭を下げた。

 

「今日は二人の勝負に水を差してしまって本当に済まなかった。今は貴女へ償える物を持ち合わせていないが次来る時までに用意しておきたいんだが、何か要望はあるだろうか」

 

「ヨーボー?」

 

「勝負を邪魔した詫びに何をして欲しいかって事だ」

 

門長が分かりやすく説明するとレフラは少し考えた後、思い付いた様に口にした。

 

「ジャア今度俺ト戦エ!ココニイル奴全員ガ万全ノ状態デナッ!!」

 

「なんと……解った、演習で良ければ全力で応えよう」

 

「約束ダカラナ!絶対来イヨッ!」

 

「ああ、もちろんだ」

 

「おーい、西野提督達を連れてきたぞ」

 

 

門長達が言い合っている間にこの場を離れていた長門と響が防護服に身を包んだ西野とその艦娘である球磨達を連れて戻って来た。

 

「武蔵よ、この八人なのだが。頼めるか?」

 

「あ……ああっ、それは問題ない」

 

一人物憂げな表情をしていた武蔵に長門が声を掛けると、武蔵はハッと顔を上げて長門の頼みを承諾する。

その頃他の呉メンバーはというと、既に理解が追い付かず半ば放心状態で立ち尽くしていた。

 

ともあれ、いつまでもこうしてる訳には行かないのでヴェールヌイが両手を叩いて皆の意識を現実に引き戻してから話しだす。

 

「さぁ、名残惜しいが司令官も皆も私達の帰りを待ってるんだ。宗田艦隊、中部前線基地から引き上げるよ。ほら、武蔵さんも行くよ」

 

「う、うむ、その通りだ。では西野提督はこっちへ、陸奥達は我々に付いてきてくれ」

 

「ええ、解ったわ……って、どうしたの永海?」

 

険しい表情で立ち止まる西野を不思議に思った陸奥は西野にどうしたのか問い掛ける。

すると西野は真面目な顔で陸奥達と向かい合うと意を決して口を開いた。

 

「皆に司令官として最後の指示を出します」

 

「司令官……?」

 

「どうしたクマ?」

 

西野艦隊一同の視線が西野へと注がれる。

そんな中彼女は一呼吸置いてから続けて伝えた。

 

()()()()()()()()()()()()。そしてこの世界に平和が訪れるまで南方前線基地の皆の分まで生き抜いて」

 

「「なっ……!?」」

 

陸奥達は突然の待機命令に驚きを隠せずにいた。

 

なにせ彼女達はつい数瞬前までは全員で本土に帰るものだと考えいたのだから当然である。

勿論誰一人として納得はしておらず、真っ先に食って掛かったのは元々秘書艦でありこの中で一番付き合いの長い陸奥であった。

 

「永海っ!?そんな冗談笑えないから止めなさいよ!」

 

「そうだクマ!皆でこれからもやってくって言ったクマぁ!」

 

「陸奥、球磨……ごめんなさい。言い出せなかったけど、最初から解っていたの」

 

「解ってたって、どういう……」

 

「難しい事じゃないわ夕月。南方前線基地を護れず基地の娘達を殆ど沈めてしまった私は間違いなく提督の権利を剥奪される。そして戻った貴女達は間違いなくばらばらの鎮守府へ配属となるでしょう」

 

「でっ、でも!それは司令官のせいじゃないっぴょん!司令官は最後まで諦めなかったぴょん!」

 

西野は反発する卯月の頭を撫でながら優しい視線を向けて続ける。

 

「有難う。卯月や皆に思ってもらえて嬉しいわ。でもこれは責任とかじゃなくてみんな一緒に笑っていて欲しいっていう私の我儘。だから」

 

「ならっ!永海だって一緒に居なきゃ意味無いじゃない!」

 

陸奥が西野の肩をがっしりと掴み目に涙を溜めながらも訴えかける。

西野は肩に走る痛みを顔に出さず、陸奥の手の上に両手をそっと乗せた。

 

「な……み……?」

 

「陸奥、ありがと……でもね?私には帰還命令が出ているの」

 

「うそ……だってそんなのいつ出たって言うの!?」

 

「ホントよ、防護服の中にね」

 

その手紙は少し前に長門から受け取った防護服の中で西野が見つけ、陸奥に用事を頼み席を外させた時に読んだのだと西野は言った。

そしてその内容は南方前線基地を襲った存在の報告及び今まで何処に居たかの報告であった。

 

西野に今回帰投指令を出したのは海軍上層部であり、その中でも中核に位置する横須賀第一の大淀の発案によるものである。

というのも南方前線壊滅により大淀は門長の情報を把握出来ない状態にあった時にタウイタウイから報告が入り、西野の帰投指令に合わせて門長の直近の情報収集手段として彼女を利用しようと考えたのだ。

 

「だから私だけでも本土に戻らないと。そうしないと貴女達に迷惑を掛けてしまうかも知れないから」

 

「そう…………解ったわ」

 

「ごめんなさい陸奥、そしてこの子達のこと────」

 

「違うわよ、私も付いて行くって言ってるの」

 

「へっ……?」

 

西野は陸奥が唐突に放った言葉の意味を理解出来ずに間の抜けた声で聞き返す。

すると陸奥はムッとした表情をしながら言い直し た。

 

「だからぁ、永海の言いたい事は解ったって言ってるの!」

 

「じ、じゃあっ」

 

「私だって睦月ちゃん達を引き離す何て可哀想な事したくないわよ。けどそれと同じ位貴女を一人にするなんて事はしたくないの!だから、私も付いていくって言ってるのよっ」

 

「陸奥……気持ちは嬉しいけれど、戻ってもきっと一緒には居れないわ」

 

「海軍の規則なんて知らないわっ。永海を誘拐してでも私は一緒に居るわよ!」

 

「誘拐って……ぷっ、陸奥の柄じゃないわね」

 

「な、なによっ!?別にいいじゃないの!」

 

陸奥の突然の犯行予告に思わず吹き出す西野。

そんな西野の様子を見て陸奥は不服そうに頬を膨らませて抗議するが西野は陸奥を宥めつつ息を整えてから再び話し始める。

 

「そうね、そんな生活も楽しそうだけど陸奥にそんな苦労は掛けられないわ」

 

「苦労なんかじゃないってば!だから……」

 

「うん、だから…………せめて一緒に暮らせる様に上層部を何とか説得してみせるわ」

 

「一緒に……って、へ?」

 

西野の予想外の返答に陸奥の思考が一瞬停止した。

 

それを見て西野は何かおかしな事言ったか?と首を傾げてキョトンとしていた。

 

「あ……えと、本当に良いの?」

 

「うん、最終的には上の判断になっちゃうと思うけど。精一杯説得を試みるから、だから……ついて来てくれるかしら」

 

「…………勿論、何と言おうともついて行くわよ!」

 

「ふふ、ありがとう。これからも宜しくね陸奥」

 

「えぇ!こっちこそ宜しく頼むわねっ!」

 

そうして二人は固い握手を交わす。

直後、周囲は暖かい拍手に包まれた。

その中には同じ鎮守府の球磨や睦月たちのものも入っていた。

 

「二人の気持ちに心打たれたクマ、睦月達は球磨が責任を持って守るから陸奥さんには提督を任せるクマ」

 

「お二人には幸せになって欲しいから睦月応援しますぅ〜!!」

 

既に二人きりで帰ると思い込んでいる球磨達に対して西野は首を傾げて尋ねた。

 

「あれ?皆も来てくれるものだと思ったのだけれど、早とちりだったかしら」

 

「なんですとぉ!?」

 

「球磨達も行けるクマか!?」

 

「やったぴょん!!」

 

そんな事微塵も考えていなかった球磨と睦月は驚愕し、卯月に関してはついて行く気満々だが、如月、夕月、望月の三人は冷静に言葉を返す。

 

「司令官、気持ちは嬉しいし出来るなら私達もついて行きたいけどぉ……」

 

「しかしな、陸奥さんだけでも厳しいだろうに我々まで居てはまず許可は降りないだろう」

 

「ちょっときつい言い方しちゃうとさ、司令官でもない一個人にこれだけの軍事力を集中させるなんて認められない事位分かるでしょ?」

 

三人の言っている事は紛れもない事実であり、軍規を十分に理解している西野には反論の余地は無かった。

そんな己の無力さを噛み締める西野に対して夕月は気まずそうに言葉を続ける。

 

「そんな顔しないでくれ司令官。確かに我々全員では行けないが恐らく陸奥さんだけなら不可能では無い筈だ」

 

そう言って夕月は陸奥の右手薬指を指差す。

そこには西野と陸奥を結ぶ強き絆の証が日に照らされて輝いていた。

 

「あっ……」

 

「それに我々だって今生の別れと決まった訳じゃない。海が平和になれば提督でなくとも艦娘でなくともまた会えるだろう?」

 

「それは、そうかもしれないけど……」

 

それでも迷いが晴れない西野を見て夕月は今度は陸奥に声を掛ける。

 

「陸奥さん、司令官を支えていけるのは貴女しか居ない。だから再び会う時まで司令官の事を頼みます」

 

「夕月…………えぇそうね、任せといてっ!私が永海の事を側で支え続けるわ!」

 

西野とは対照的に陸奥は夕月の言葉に背中を押されたのか固い決意を胸に夕月へ笑顔で応えると、陸奥は西野の肩をがっしりと掴み彼女に対して宣誓した。

 

「永海、私はこの先何があっても貴女の側を離れたりはしない。そして再びこうして皆と笑い合える未来を作る為に全力で協力するわ!だから……そんな顔しないで?貴女に泣き顔は似合わないわ」

 

「く、球磨達も胸張って提督に会えるように頑張るクマ、だから待ってて欲しいクマっ!」

 

「くま……」

 

球磨は精一杯の虚勢を張り言い切ると、逃げ出す様に建物へと走り去って行った。

 

「睦月も我慢するよっ!うぅ……ひぐっ……て、提督も次に逢う時まで涙はお預けにゃしーっ!!」

 

「睦月ちゃん……」

 

今にも零れ落ちそうな涙を腕で覆い隠し建物内へと走り去って行く睦月。

 

「寂しいけど、また逢える時まで待ってるから。如月を、私達の事を忘れないでね?」

 

「寂しかったり辛い時は無理せず陸奥さんに甘えなよ〜?んじゃまたいつかという事で」

 

「如月ちゃん、望月ちゃん……」

 

如月と望月は普段通りに振る舞いながら睦月達の元へと歩いて行った。

そして最後に司令官の前に残った卯月と夕月は西野にある物を差し出す。

 

「司令官、手を出してくれ。こいつを受け取って欲しい」

 

「これは……夕月の?」

 

夕月が差し出したのは睦月型全員が共通して付けている三日月形のバッジであった。

 

「そうだぴょん!この三日月は私達睦月型駆逐艦の誇りなのでぇっす!」

 

「そうだ、俺が初めて南方前線基地に着任した時に姉ちゃん達が俺にくれた物でこれには睦月型皆の想いが込められているんだ」

 

「そんな大切なもの貰えないわ」

 

西野が受け取りを拒むと夕月はふっと笑みを零して続ける。

 

「ああ、大切なものなのだから当然あげるわけには行かない。これは司令官に預けるだけさ。だから今度会う時に必ず返してくれよ?」

 

「例えどんなに離れていてもうーちゃん達はいつでも傍にいるぴょん!だから、だから何も心配……いらない……ぴょん」

 

「夕月ちゃん、卯月ちゃん……」

 

夕月は今にも泣き出してしまいそうな卯月の左手をしっかりと握りながら、西野に一時の別れを告げる。

 

「そういう事だから……また逢おう、司令官」

 

「有難う……皆もまた逢う時まで元気でね?」

 

「ああ、お互いにな」

 

そうして夕月も卯月を連れて建物内へと戻っていき、遂に西野が中部前線基地を離れる時がやって来た。

 

 

 

 

 

武蔵が西野の乗船する小型船を曳航する為にロープを括りつけて最終確認を取る。

 

「西野提督よ、この基地に忘れ物は無いな?」

 

「はい、宜しくお願いします」

 

「よし、それでは宗田艦隊抜錨!!」

 

「「抜錨!!」」

 

武蔵の掛け声に合わせ艦隊の面々は大きな返事とともに錨を上げてゆく。

そんな中、錨を上げようとはせずに無線で全員に呼びかける者が居た。

 

「あのう、大変言い難いんですが……私も此処に残らせて下さい」

 

「「はぁっ!?」」

 




この話を書いてたら南方前線基地の皆の一年間をスピンオフとして無性に書きたくなりました。

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