響乱交狂曲   作:上新粉

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最近指の進みが良い気がする(錯覚)


第八十二番

摩耶さんの静止を振り切り工廠を飛び出した私は砲声の聞こえる方角を目指して大海原を駆け抜けていました。

理由は二つ。工廠から一番近かったのと、門長さんの安否確認及び燃料の受け渡しの為です

ほどなくして想像以上に集中砲火を浴びる門長さんが見えてきました。

 

「門長さん!?大丈夫ですか!!」

 

「あ"あ"?大丈夫じゃねぇ事くらい見りゃわかんだろ!!此処で耐えてたらもう一つの艦隊までこっちに来て撃ちまくりやがってちくしょうがっ!!」

 

「これから彼女達に接近しますので少しはマシになる筈ですからもう暫く頑張って下さい!」

 

「ああ?今なんつった!?っておい無視すんじゃねぇ!」

 

こちらを見ずに絶え間なく降り注ぐ砲弾を弾きながら文句を垂れる門長さんに私は一声掛けると全速力で門長さんの横を通り抜けていきました。

これだけの時間砲撃に晒されてなお大破していないあの人ならまだ大丈夫だとは思いますが、少しでも早く彼女達に接触した方が良さそうですね。

門長さんより前に出た事で砲撃の一部はこちらに向きましたが未だに沈まない門長さんに脅威を感じてるのか殆どの砲は引き続き門長さんを狙ったままでした。

 

「これくらいなら……」

 

私は速度を徐々に落としながら取り舵を一〇度で切る。

そして砲弾が見えてきた所で速度を一杯まで上げ、その上で面舵を一杯に回す。

そうする事で急旋回急加速を可能とし、相手の砲弾の殆どを回避する。

これが私の航海術、水上機母艦のあの娘的にいうなら『明石流戦闘航海術』って所ね。

但し長年の艤装改修の末に完成した航法だから少しは耐えられるけれど、普通の艤装でやったら歯車も舵も一発で使い物にならなくなる位には諸刃の剣ってのが難点ですが……。

相手の姿が見える位置まで後十キロ、このペースなら一時間程でしょうか。

厳しいですが不可能ではないわ!

呉の魔法使いなんて呼び名はあまり好きじゃないけど、伊達や酔狂で呼ばれてる訳じゃないんですよ!

 

「工作艦明石、参ります!」

 

私は掛け声と共に気を引き締め直し再び取り舵を切り始めました。

 

 

 

 

 

 

そうして自身の身体から限界を知らせる悲鳴を響かせながら弾幕をくぐり抜けていく事一時間半。

至近弾を受け小破してしまったのもあり予定より時間が掛かったものの漸く相手の姿が見えてきました。

それとそれに伴い先程まで私に向けて降り注いでいた砲撃がピタリと止みました。

私はその時、自身の予想が確信に変わるのを感じ、タイミングを見計らうとこれでもかと言うくらい声を張り上げて呼び掛けました。

 

「私は呉第一鎮守府所属!工作艦明石です!!お願いします、直ちに戦闘を中止して下さい!!」

 

その数十秒後、門長さんへ放たれていた砲撃が完全に停止しました。

ほっとした私は真っ直ぐに艦隊の方へ向かうとそこには懐かしい仲間達の姿が。

 

「武蔵さん……電……ヴェル……」

 

「無事だったか明石!先程は済まなかった」

 

「明石っ!」

 

「わ、私……ごめんなさい」

 

「ううん、気にしないで下さい」

 

ヴェールヌイと電も無事だった。大切な仲間を失わずに済んだ、私はそれだけで充分……。

強い安堵感に私は思わず腰が砕けてしまいました。

暫くして武蔵さんが私の所まで来て肩を貸してくださいました。

 

「ありがとうございます、武蔵さん」

 

「礼は要らんさ。旗艦を庇うのは僚艦の役目だろ?」

 

「ちょっと武蔵さん!?からかわないで下さいよぉ。私は修理の為に旗艦を任されてるんですっ!」

 

「ふっ、はっははははっ!!」

 

そう言って頬を膨らませる私へ武蔵さんは豪快に笑い出しました。

そして私の背中をバシバシ叩きながら武蔵さんはこう言いました。

 

「お前程の努力家を差し置いて我が呉第一鎮守府の艦隊旗艦になど誰がなれよう?」

 

「そ、そんなっ!私はただ……」

 

「武蔵さんの言う通りさ。うちには工作艦だからなんて言う子は居やしないさ」

 

「うぅ……ヴェルまで何なのよぉ……」

 

私はただ工作艦だから旗艦をやっているってだけなのが申し訳なくて……だから、せめて少しでも皆さんの役に立てればと思ってただけなのに。

まさか、そんな風に思って貰えてたなんて、私……うぅ……わたしぃ……。

 

「うっ……うぇ……どうじて優しぐするんでずかぁ~……泣かない様にとおもっでいだのにぃ~……」

 

「はっはっは、何を我慢する事がある?泣いた方がすっきりするだろう」

 

「だってぇ……ひぐっ……ヴェルも電も大変だったのに……」

 

「周りに気を配れるのは明石のいい所だが、我慢は良くないな?泣きたい時は泣いたらいいさ」

 

ヴェルが私の背中をさすりながらそう言った直後、武蔵さんが隣でボソッと呟きました

 

「そうだぞ?こやつも私とあった時は目を真っ赤にして泣きじゃくってたから安心して泣くといいぞ」

 

「ずずっ……うぇ?」

 

「な、なななにを言ってるのか解らないな?クールビューティで通ってる私に限って有り得ないなぁ」

 

「ほう?なら帰ったら明石に艤装からその時の映像を抜き出してもらってプロジェクターで皆に見て貰おうか」

 

「ゔっ……す、済まなかった。それだけは止めてくれ鎮守府内を歩けなくなってしまう」

 

「そうだなぁ?じゃあ間宮アイスで勘弁してやろう」

 

「ぐっ……仕方ない、解った」

 

「くすっ、あははははっ!」

 

そんな二人のやり取りを前に私は堪えきれずに気付いたら笑い出していました。

四ヶ月の空白なんて無かったかのようないつも通りの暖かさに、私の涙もいつの間にか乾いていました。

 

「武蔵さん、ヴェル、ありがとう。もう大丈夫です」

 

「そうか?わかった 」

 

「ふふっ、間宮アイスご馳走様、ヴェル?」

 

「なっ!これは武蔵さんとの契約で……」

 

「ですが戻ったらメンテするのは私ですよ?」

 

「ぬぅ……ふっ、そうかそれは残念だ。ならば先程の明石の姿も晒す事にしよう」

 

「ゔっ…………」

 

「ふふっ、冗談さ。帰ったら一緒に食べよう」

 

そういってヴェルは軽く微笑むが、すぐに表情を戻すと門長さんがいる方へ視線を向けて聞いてきました。

 

「そうだ明石。君は来る途中にあそこの化け物の姿を見たかい?」

 

「化け物ですか?途中で出会ったのは門長さんだけでしたが……」

 

「門長……?」

 

「なっ……!?まさか……」

 

聞き覚えのない名前にヴェルと電は首を傾げるが、武蔵さんや神通達は心当たりがあるらしく額に汗を流しながら二人に説明を始めた。

 

「門長和大、少し前まで海軍で問題になっていた男だ。奴と敵対した艦隊は鎮守府ごと潰されたという話がある程の圧倒的力を持つ異常個体であり、発見次第即時海域から撤退せよと全ての鎮守府に通達される程のものだ」

 

「中部海域に潜む魔神……深海棲艦の最終兵器……様々な呼び名がありますが名前以外に正確な情報が無く一部では深海棲艦側のプロパガンダではないかと言われていた存在です。どうしましょう武蔵さん、このままでは鎮守府の皆さんまで……」

 

「落ち着け神通、奴が反撃してこないのには何か理由があるかも知れん」

 

「海の上に立つ男…………武蔵さん、彼と少し話してくるよ」

 

「なっ、正気かヴェールヌイっ!」

 

「ヴェールヌイさん!?危険すぎますっ!」

 

武蔵さんの話に思い当たる節があったのか、ヴェルは門長の方へ歩みを進め出す。

慌てて引き留めようとする武蔵さん達にヴェルは言いました。

 

「このまま戻っても鎮守府ごと潰されるなら逃げ場はないじゃないか。だったら反撃の無い今の内に交渉した方が良いだろうさ。それに、どうやら明石が世話になったみたいだからね?」

 

「あ、えぇと……」

 

「敵に敬称を付けたりしないだろう?敵対していないのなら好都合だ」

 

まぁ、ヴェルの言う事は解らなくないけど……いえ、これはチャンスと捉えるべきね。

門長さんとヴェル達が手を取り合えれば私の危惧してた事は起こらなくなるのだから!

 

「えぇ、大丈夫です皆さん。門長さんには私とヴェルからお話し致しますので武蔵さん達は少し後ろで待ってて下さい」

 

「……そうか、明石が言うのなら我々は見守るとしよう。明石、奴は本当に大丈夫なんだな?」

 

「はい、大丈夫です。安心して見てて下さい」

 

私は武蔵さんの確認に首肯で返すとヴェルと二人で門長さんの元へと向かいました。

道中私はヴェルに彼女達の事について尋ねました。

 

「ねぇヴェル、貴女を保護してくれてた二人の事は皆に話したの?」

 

「いいや、下手に話すと彼女達に迷惑が掛かってしまうし皆も惑わせてしまうからね。落ち着いたら司令官に相談しようとは思ってるよ」

 

「まぁ、仕方ないわよねぇ」

 

海軍の艦娘は基本的に深海棲艦を敵としてしか認識していない。

それが海軍の教育として行き渡っている。

それは厭戦的な個体の多い電等に起こりやすい敵を攻撃する事を躊躇ってしまうという事が起きない様にするためである。

だから下手に私やヴェル達がそういった情報を漏らしてもそれはそもそも信じて貰えないし、信じた所で今度は躊躇いが生まれるなどデメリットにしか成り得ない。

大多数の子にとってそれが常識である事に私は悲しく思いながらも自分の置かれていた状況も話しました。

 

「私の所も門長さんを中心に艦娘が深海棲艦の輸送護衛を行ったりと友好な関係を築いてますが、そんな話をした所で誰が信じるんだって話だからねぇ」

 

「えっ…………は、はは……そうだね。正直私ですら理解が追い付かなかったくらいだし、他の人なら尚更だろうね」

 

「でしょ?だからこの話は提督にも内緒よ?」

 

「もちろん。これで司令官が倒れでもしたらことだからね」

 

そう言って私とヴェルは互いに笑い合いながら門長さんの元へ向かっていたその時、二人の無線から同時に通信が入って来たのです。

 

「ヴェールヌイっ、明石!気を付けろ!!正面に三隻、何かが速力三十ノット前後で直進してくるぞ!」

 

「すまねぇ明石っ、燃料切らしてるそこの馬鹿に大至急補給してくれ!!()()()()()()()()()()()()()()()()!!」




今更ですがレフラってちょっと語呂が悪い気がします。
良い名前を思い付いたら変えるかも知れないですね。

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