どうする?
矛盾の壁にある僅かな隙間を潜り込む。
スーパー堤防の様にそこまでの道のりを壁と同じ高さにする。
➡︎壁が建っていない所を進む。
スーパー堤防実現は厳しいですよね。
陽の光がカーテンの隙間から差し込んでくる。
その眩しさに、アタシは右手を顔の上に掲げ薄目を開ける。
視界には記憶に無い天井……。
アタシは微睡みの中、此処が何処なのか確認する為視線を動かす。
「……あ、明石」
「あら、おはようございます摩耶さん」
「…………」
明石と目が合ったアタシは昨晩の事を思い出し、あまりの恥ずかしさに思わず背を向けた。
「え~、と……どうされました?」
くそ~……幾ら不安があったからってなんであんな事をやらかしちまったんだ。
だが、いつまでもこのままって訳にも行かないのでアタシは明石に背を向けたまま口を開く。
「明石……昨晩の事は全部忘れてくれ」
「昨晩の事全部ですか?それは出来ません」
「なっ!?ちょっ、マジで頼むって!」
明石の方へ勢い良く向き直り頼み込むも、明石は首を横に振り頑なに拒んだ。
「ダメですっ、摩耶さんとの約束を忘れてしまったら摩耶さんは一人で悩みを抱えてしまうかも知れないじゃないですか!」
「う……あ……うぅ……」
確かに最後明石に何か話した覚えが……。
「ですが皆さんには絶対に言いませんのでご安心下さい。私達だけの秘密ですっ」
「う……わりぃ……」
出来れば忘れて欲しかったが誰にも言わないでくれるのなら……いいか。
少しずつ落ち着きを取り戻し始めたアタシはその事を一旦置いといて現状の把握に努めることにした。
「なあ、此処って……明石の部屋か?」
「えぇ、そうですよ?兵装改修施設内にある寝室です」
「へぇ~……」
普段から片付けているのか部屋は工廠の方とは違い綺麗に整理されていた。
アタシは周囲を眺めながらその事に感心しているとふと机の上にある時計が目に止まる。
「あ……あ……あぁっ!?」
「へぇ!?ど、どうかなさいましたかっ?」
「は……はち……」
「はち?」
「もう八時過ぎてんじゃねぇかぁー!!」
「は、はい……今は八時半ですが──」
やっべぇ!呑気に話してる場合じゃねぇぞ!?
ええとまずカレーに火をかけて……って白飯まだ炊いてねぇじゃん!?
ああ不味い!と、兎に角直ぐに食堂に行きながらどうすっか考えねぇと!
「────ってあのぉ……聞いてます?」
「わ、悪ぃ明石!ちゃっちゃと飯の準備してくるわ!」
「えっ、だからちょっと待ってってば!」
「うおっ!?」
明石に一言言って急ぎ食堂へ向かおうとするアタシの腕が不意に後ろに引っ張られ、アタシは危うくすっ転びそうになった。
「いきなり何すんだよ!?危ねぇだろうがっ!」
アタシは明石の方へ振り返り声を荒らげて注意すると、明石は拗ねた子供の様に頬を膨らまし抗議の目を向けて言った
「摩耶さんが私の話を聞かないから悪いんですぅ」
「話?つっても今はそれどころじゃ──」
「ですから松ちゃん達は摩耶さんが休まれる事を知っているので大丈夫ですって話をしていたのに摩耶さん全然話を聞いてないんですもん」
「そ、そりゃあ悪かった……って、え?」
休み?なんで?もしかして自覚症状が無いだけでアタシの身体に何か問題があんのか?
「な、なぁ……そんなに酷いのか?」
恐る恐る尋ねると明石はアタシの事をキッと睨みつけると、強めの口調で言った。
「そりゃあ酷いですよっ、気付いてなかったんですか!?」
「ま……マジか……」
明石がここまで言うって事はもしかして……助からねぇのか?アタシ……。
「明石ぃ!頼むっ、アタシを見捨てないでくれ!」
「うぇ?ま、摩耶さん!?別に見捨てたりなんてしませんって!そこまで深刻にならなくても……」
「じ、じゃあ助かるのか?信じていいんだな!?」
アタシが縋るように明石両手を握り締めて尋ねると、明石は何故かキョトンとした顔をしたまま首を傾げる。
「へ?助かるってどういう事ですか?」
「いや、どういうって……アタシの身体は酷い状態だってさっき……」
「えと……ちょっと話が見えて来ないのですが……」
「だーかーらー、アタシが休まなきゃいけないほど酷いのかって聞いたら『そりゃあ酷いですよっ、気付いてなかったんですか?』って返しただろ!?」
アタシが説明すると明石は漸く納得したらしく何度も頷いていた。
「で、実際アタシは助かるのか?」
「あー……えーと、まぁ。結論から言いますと現状は問題ありません。ただ、結構疲れが溜まってるようでしたのでその事を松ちゃんに話したら今日明日は休ませてやってくれと言ってましたので了承しました」
「え……?じゃあ酷いっつうのはどういう……」
「あ、それは摩耶さんが『無視するのがそんな酷い事か?』なんて門長さんみたいな事を言い出したのかと思いついカッとなってしまって……すみません」
「そういう事か。あぁ……良かったぁ」
勘違いだった事に安堵し気が抜けたアタシはその場に崩れ落ち、深い溜め息を吐き出した。
とその直後、部屋の扉が勢い良く開かれると二つの人影が飛び込んできた。
「明石っ!摩耶はそんなに深刻な状態なのか!?」
「摩耶さ~ん!大丈夫?お粥作ってこようか?」
どうやら松と竹はアタシ達の会話を途中まで聞いてたらしい。
心配そうにこっちを見つめる二人にアタシは掻い摘んで説明してやった。
「なぁ~んだ、ただ単に松の早とちりだったんだね」
「むむむ……だがまぁそれなら良かった」
「心配してくれてありがとなっ。でももう大丈夫だ、飯食ったらそっちに合流するぜ」
アタシはやる気十分に松達にそう伝えるが唐突に明石から待ったが掛かった。
「駄目ですよ、疲れが全然取れてないんですから今日は一日安静です」
「えぇ~?つっても疲れなんか全然感じねぇぞ」
「そういうのは艤装を外してから言ってください」
「艤装を?」
明石に言う通りに展開した艤装を外してみた。
その直後、全身を襲う倦怠感にアタシは再びその場に崩れ落ちる。
「「摩耶(さん)!?」」
何が起きたのか解んねぇけど此処で認めるのは負けた気がするし、松達に弱い所は見せらんねぇ。
そう思ったアタシは何とか立ち上がろうと試みるが……。
「ぐっ……つ、疲れなんか……はぁ……感じ、ねぇ……ふぅ……」
「はいはい、強がりは良いですから入渠ドックに向かいますよ」
「うっ……あ……」
そう言って明石はアタシを軽々と背負い部屋を出ていった。
アタシは意識が朦朧とし、抗うことは出来なかった。
「それじゃあ松ちゃんも竹ちゃんも今日は宜しくねっ」
「それは良いのだが、摩耶は本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫よ、何度か入渠してるとは言え、三ヶ月近くも艤装を着けたままだったからそのツケが来ただけ。入渠して何日かすれば元気になるわ。貴女達には寝る時はちゃんと外す様に言ってたでしょ?」
「ああ。それは守っているが……そういう理由があったのか」
「てっきり明石さんが松を隠し撮りする為だと思ってたよ~」
「ちょっ、流石にそこまではやらないわよ~!」
「そうだぞ竹。幾ら明石でもそこまで下衆な事はせんだろう」
「そっかぁ、それもそうだねっ!」
だがその時、背中にいたアタシは明石が安堵している事に気付いた……きっとやろうとしてたんだろうな。
そうして風呂場へと運ばれたアタシは明石に服を脱がされ、そのまま湯船まで運ばれたのだった。
「あ~……三人ともすまねぇな」
「お気になさらず。困った時はお互い様ですから」
「ああ、摩耶にはいつも世話になっているからな」
「それじゃあ私達は行くからゆっくり休んでね~」
そういうと三人は風呂場から出ていった。
「……ありがてぇな」
暫くして残りの入渠時間が表示された。
「うげ、十二時間ってどういう事だよ……」
アタシの練度じゃ大破してもこんなに掛かんねぇと思ったが、どうやら三ヶ月のツケっつうのは相当な物のようだな。
「まぁ、身体も尋常じゃないくらいダルいし一眠りするか」
起きたばっかだしあんま眠れねぇかとも思ったが、それ以上に身体は疲れていたらしく、アタシの意識が飛ぶまでに十分も掛からなかった。
「あ!摩耶さんがいるぴょんっ!」
「しまった!そう言えば朝に松達が話してたじゃないか」
「でも摩耶さん眠ってるみたいだぴょん」
「そ、そうか……なら今の内に着替えて戻ろう」
「んん……ぅ……」
「「!!?」」
どうやらいつの間にか寝ちまってたみたいだな。
あれから何時間経ったんだろうかと目を開けるとそこには何故か驚きを隠せないといった風にこっちを凝視する卯月とそんな卯月とは逆にこれでもかと言うくらい顔を背ける夕月が立ち尽くしていた。
「どうした?お前等も入渠か?」
「う、うーちゃん達は訓練で汗をかいたからお風呂に入りに来たぴょん」
「卯月っ!?」
「おぉ、そういや普通の風呂も併設してるんだったな……で、なんでそこにずっと突っ立ってんだ?」
「あ……それもそうだぴょん。身体洗ってきま~っす!」
「ちょおまっ!?」
卯月は夕月の腕を引っ張り洗い場へと駆けてった。
「走ったら危ねーぞ?」
「はーい!」
ふう、後三時間かぁ……長ぇ。
アタシは残り時間に溜め息を吐くと、ぼーっと二人の様子を見ていた。
「どうする気だ卯月、今出たら確実に怪しまれるぞ」
「分かってるぴょん……こうなったら夕月には目を瞑ってて貰うぴょん」
「それはそれで怪しまれそうだが……仕方ない。感じは悪いが摩耶の方を向かないのが無難だろう」
「それならうーちゃんはフォローするぴょん!」
「よし、頼んだ。そしたら身体を流したら作戦開始だ」
何を話してたかは聞き取れなかったが、二人の仲の良さは遠くからでも感じ取れた。
やがて身体を洗い終えた二人は入渠ドックの隣の湯船へとやって来た。
「お待たせっぴょん!」
「し、失礼する……」
「おお、別に待ってた訳でもねぇんだけどな」
なんて言いながら夕月の方を見るが明らかに様子がおかしい。
湯船浸かって間もないっつうのに既に顔が自身の髪のように紅くなっているし、加えて言えばここに来てから全く目を合わせようとしない。
疑問に思ったアタシは夕月に声を掛けた。
「なぁ夕月、もしかしてお前に何か気に障るような事したのか?」
「い、いや……そういう理由じゃないんだ」
「じゃあなんでそっぽ向いてんだよ」
「あ、いや……これは……な」
なーにか隠してやがんな?
「おーい、もうちょっとこっち来いって」
「それは……ちょっと……」
アタシが夕月に手招きしていると突如卯月が立ち上がり視線を遮った。
「摩耶さん!これ以上は危ないぴょん!」
「危ない?」
「夕月は大きな生おっぱいを見ると抑えが効かなくなって飛びついてしまう病気なんだぴょんっ!!」
「は……?」
「お、お、おいいいっ!!?何言ってんだお前はぁっ!!」
「うびゃあぁ!?おおお落ち着くぴょ~んっ!!」
顔を真っ赤にして卯月の肩を激しく揺さぶる夕月を理解が追い付いていないアタシは暫く茫然と眺めていた。
「それなら感じ悪い奴と思われる方がまだマシだろうがぁぁぁぁぁっ!!!」
「うびゃびゃびゃびゃぁぁぁ~……」
「はぁ……はぁっ……」
漸く思考が追いつき我に返った時には卯月は言葉にならない声を発しながら目を回し、夕月は肩で大きく息をしていた。
「ええと……大丈夫かそいつ」
「はぁ……はぁ……はっ!?おい卯月!卯月っ!?」
「うびゃぁ~……も~びっくりしたぴょん!何するんだぴょん!」
「はぁ……すまん、確かにやり過ぎた。けどな卯月、お前は俺を変質者にするつもりか?」
「ぷっぷくぷぷぅ~……うーちゃんだって夕月の為に考えたのにぃ……」
「ああ、それは分かってる。ありがとな卯月」
「んふふ~。分かればいいのでぇっす!」
いいなぁ……仲のいい姉妹っつうのはやっぱ憧れるな。
アタシも鳥海や姉さん達とあんな風に……ってアタシの柄じゃねえか。
「それじゃあうーちゃん達はそろそろ出るぴょん」
「喧しくして済まなかった。摩耶、お大事にな」
「おう、さんきゅうな」
アタシは湯船の中から夕月達が出ていくのを見送った。
あ、結局夕月の様子がおかしかった原因は解んなかったな。
まさか本当にそういう病気だったり……なんてな。
その後も小破した暁が入って来たり、竹が様子を見に来てくれたりとあまり退屈しない十二時間だった。
さーて、復帰したらまた頑張るとすっかぁ。
皆様も決して無理はなさらぬ様に!