不知火を抱えたまま工廠に入ると明かりは点いているものの見える範囲には人影は見受けられなかった。
「え〜と、奥の部屋か?」
「摩耶、流石に恥ずかしいのでそろそろ離して頂けないでしょうか」
「お、そういやそうだった。つーか全然恥ずかしがってる様にみえねぇし寧ろくつろいでねぇか?」
「そうでしょうか?確かに居心地は悪くないですが」
「なら別に良いじゃねぇか」
「いえ、恥ずかしいのも事実でして」
「あら?摩耶さんと不知火が一緒に来るなんて珍しいわね……というかほんとに不知火?なんか抱き上げられた猫みたいになってるけど」
アタシ達の話し声が聞こえたのか奥の部屋からやって来た明石が思わぬ光景に口をポカーンとしていた。
その様子に不知火の恥ずかしさが限界を迎えたのかするりとアタシの腕から抜け出し隣に立ち上がると何事も無かったかのように振舞う。
その一連の動作も猫っぽいなと思ったのはきっと明石も一緒だろう。
だが別にそんな不知火を見せに此処に来たわけじゃ無いのでアタシは早速明石に訊ねる事にした。
「あー、今時間大丈夫か?」
「えぇまぁ丁度暁ちゃんの艤装の整備が終わった所ですので問題ないですよ?あ、立ち話も何ですし奥で話しましょうか」
「ああ、助かる」
明石に案内された部屋は明石の作業場となっているのか色々な道具や機材が散乱して足の踏み場も無い様な状態だった。
「あっ、すみません!片付ける前でしたので、直ぐに片付けますね」
「あ、いやぁ…………少し聞きたい事があるだけだし別に此処でも大丈夫だぜ?」
「いえいえ、軽くですがすぐ片付けますっ!というか普段から散らかしてる訳じゃなくて作業後だからこうなってるだけですよ!?そんなに引かないで下さいよっ!」
「分かってる、分かってるって。な?不知火」
「はい、そういう事にしておきます」
「えぇっ!?不知火は前に見てるでしょ~!?ほら見て!摩耶さんが私を片付けられない女として見てるじゃないのよ~!」
「ま、まぁまた来た時に証明出来るんだし今は良いじゃねぇか」
済まねぇ明石、判断材料がこれしか無い現状じゃフォローのしようがねぇ。
「はぁ……分かりました、今は諦めましょう。あ、どうぞそちらに腰掛けちゃって下さい」
「おう、さんきゅ」
「失礼します」
アタシと不知火が座布団に腰を掛けたのを確認した明石は対面の座布団に座ると早速用件を聞いてきた。
「それで今日はどうされました?」
「ああ、この間明石が無線で連絡を取り合った相手が居ただろ?」
「私がですか?えーと、タウイタウイのヴェールヌイさんと話した時の事ですかね?」
「そうそう、そいつと何の話をしたか教えて貰いたくてよ」
「はぁ……それは構いませんが」
明石は何故アタシがそんな事を聞きたいのか分からないといった様子だったが、その時の会話を思い出しながら話し始めた。
「えっと……確か艤装が展開出来ない門長さんの身体の検査方法を教えて欲しいって言ってたから説明したくらいかな?」
「は?門長だって?」
「門長さんがどうかしましたか?」
「いや、だってあいつは今……はっ!」
そういや言ってたな……
「不知火、謎は全て解けたな?」
「で、ですがそこの鎮守府が大淀側でないという保証は無いのでは!」
と此処で明石が割って入ってきた。
「あー、そういう事でしたか。それなら大丈夫ですよ不知火さん」
「明石?何故大丈夫だと言い切れるのですか」
「そうですね。まず初めにあそこはDRCSで運営している鎮守府ですのでその性質上手配が廻っている艦娘の捜索指令は発令されないんですよ」
「なんだそれ?だったら隠れ放題じゃねぇか」
「はい、勿論そういった事が起きない様に指定の艦娘が着任した際には横須賀第一鎮守府に連絡が行き現場の提督を介さない即時引渡し手続きが行われる様になってます。ですから条件付きとはいえ不知火さんは横須賀第一の明石さんの話を受けて正解だった訳ですね」
「そうでしたか……」
もしもの事を想像したのか不知火は少し青ざめているようだった。
その事に明石も気付いたらしく声のトーンを上げ次の話へとり替えた。
「それともう一つ!これは私の経験に基づくものなのですがね?あの無線機実は簡単に作れる者じゃ無いんですよ!」
「は?しかし現に明石が複製していたではないですか」
「え~と、あれって実はその場凌ぎの為に現物も少し弄って金剛さんの無線と共有させているんですよ」
「ええと……?金剛の無線と共有させると何が起こるんだ?」
いまいち要領を得ないアタシを見て、明石は詳しく説明してくれた。
「えっとですね、私達が普段使ってる無線機と言うのは周波数、所謂チャンネルを合わせる事で通信を可能にしています。それはあの無線機も一緒なのですが問題はその合わせ方です」
「合わせ方?それが特殊ということですか」
「ん~特殊というか秘匿性を上げるためだと思うのだけれどチャンネル切り替えが自動制御になってる上にプログラム自体に厳重なパスワードが掛かってて何チャンネル使われてるかすら解りませんでした」
「しかし、それならパスワードを解析すれば済む話ですしそうでなくとも時間をかければいずれはチャンネル数は解るのでは?」
と不知火が言うと明石は途端に遠い目をしながら答えた。
「そうですねぇ……十分経つと組み直される上にあんな幾つあるかも解らない規則性を組み合わせた文字の羅列のような暗号を解ける人が居るなら解るかも知れませんが、私は解析は専門ではないので今度イクさんに頼んで見ようと思います」
「そうですか……」
えぇっと……?どういう事だ?
さっぱり分かんなくなって来やがったぞ?
頭がこんがらがって来たアタシは一旦整理する為に明石に声を掛けた。
「ちょっといいか?もし違かったら悪ぃんだけどよ。今の話と金剛の無線に共有させたら何が起こるかって話しは繋がってる……のか?」
「あ……そうですね、ここまでお話する必要は無かったのですがつい」
明石はそう言って照れ笑いを浮かべると咳払いを一つして再度話し始める。
「まぁ、という訳で本体とチャンネルを合わせる事が出来ないのでそれなら金剛さんの無線に繋いでしまえばいいという解決策を編み出したわけですよ」
「ふむ、つまり現状では金剛さんの所持している実物以外ではこちらに通信が出来ないということですね?」
「そうなるわね!因みに周波数を合わせる為に金剛さんの艤装にも勝手に手を加えさせて貰ったわ」
「おいおい、せめて一声掛けてやれよな」
「ですがそうすると新たな疑問が出てきます」
「疑問?」
「はい、それだと向こうの声は暗号化されるはずでは?」
ああ、そう言えばそうなるのか。
でも不知火は暗号化されてないまま話し掛けて来たって言うし明石も向こうの話を聞いたわけだよな。
「うーん……そうなんですよねぇ」
アタシも不思議に思い明石の方を見るが明石も渋い顔をして唸っていた。
「明石にも分かんねぇか」
「いえ、あっちはあれが作られた場所なのでパスワードを解除するソフトかなんかがあるはずです。それでプログラムを弄ればどうにか出来ると思うのですが到着予定と連絡があった時間を考えるとちょっと……」
「そうですね、予定より早かったとしても到着してから二日も経ってませんからね」
「実際プログラムを見たわけじゃないので何とも言えませんが恐らく簡単ではないでしょう」
うーん……謎は深まるばかりってか?
アタシはあんま詳しくねぇから検討もつかねぇしなぁ。
もっと詳しい奴に聞ければいいが正直明石以上に詳しい奴なんて此処には居ねぇだ……ろ?
「そうだよ!いるじゃねぇか!」
「へぇあ!?ま、摩耶さん!?」
「摩耶、いきなりどうしました?」
「気になるなら作った本人に聞けば良いじゃねぇか!」
「本人……ああっ!なるほど!」
「ですが軍属ですよ?この様な事に時間を割くとも思えませんが」
あ〜……ま、そん時はそん時だ。
「兎に角やって見なきゃ始まらねぇだろ!ちょっと行ってくるぜ!」
「行ってらっしゃいませ~」
アタシは不知火を連れて直ぐに不知火の部屋へ無線機を取りに走った。
そして無事回収すると再び工廠へと戻ってきた。
「よしっ。……なあ不知火、これはどう使えば良いんだ?」
「こちらのボタンを押せば向こうに呼出音が鳴ります。繋がった際にこちらのランプが点灯しますのでそしたら話し掛けて下さい」
「これか、よし…………お?繋がっ──」
『Дどеドрлоシнеどывцщ?』
繋がったと同時に意味不明な音声が飛び出して来たのでアタシは無線を耳から離しつつ慌てて不知火の方をみる。
「もしかして……壊しちまったか?」
「いえ、向こうで暗号化されたものが直接出力されてるだけです」
そ、そうなのか。あせったぁ……てあれ?けどこの状態じゃ会話できないんじゃねぇか?
…………まぁ、一応言ってみるか。
「金剛か?悪ぃんだけど前みたいにそっちと話せる様に出来ねぇか?」
『Оおпオекрちлыマвзжиьке』
何を言ってるのかはさっぱりだったが通信は繋いだままだったから暫く待つ事にした。
それから三十分が経ち、やっぱ駄目だったかと通信を切ろうとした時……
『мщв......こちらタウイタウイ第六鎮守府秘書艦ヴェールヌイ、そっちの名前と要件を聞かせて貰えるかい?』
遂に向こうからの応答があった。
アタシは柄にもなく緊張しつつ、無線を手に取った。
「お、おう。アタシはこっちの明石達と一緒にいる摩耶ってんだ。要件は単純なんだ、来るはずのない所から突然通信が来たもんだからうちの不知火がすっかり怯えちまってな」
「べ、別に怯えている訳ではありませんっ」
「まあこのままじゃ私生活にも支障が生じちまうかも知んねぇから不知火を安心させるために一つ教えて欲しい事があるんだ」
『ふむ、それは申し訳ない事をしたね……分かった、協力しよう。それで私は何を話したらいいんだい?』
「お!話が分かるね!じゃあ忙しいだろうし早速聞くが、本当なら今みたいに会話が出来ない筈なのにどうしてそっちの言葉がこっちに伝わるんだ?」
アタシの説明が悪かったのかも知れないがヴェールヌイは無線機の向こうで考えていた様で少しの無音が続いたがやがてアタシの問いに答えた。
『ああ、これは簡単な事さ。こщгкеこиьчджцハгкфпだрйзщ……と、こっちではこうやって話してるだけさ』
「え……?つまりどういう事なんだ?」
アタシは理解する事が出来ず呆けているとヴェールヌイは補足するように話し始めた。
『まぁ、説明すると暗号化した際に伝えたい言葉になるように発声しているんだ』
「えぇっ!?さ、流石に冗談ですよね?」
驚きを隠せないのは横で聞いていた明石だった。
「そんなに驚く程の事をやってんのか?」
「いやいや!驚くなんてもんじゃありませんよ!?そもそもエニグマ以上の秘匿性を持った暗号を全て覚えてなければ出来ませんし、例え暗記したとしても言いたい言葉を即座に暗号化して更にそれを発音するなんて不可能だと断言出来ます!」
「いや、実際話してるわけだし断言は出来ないだろ」
「それは……きっと何か別の方法で……」
『うーん、明石さんの言っていたことは概ね正しいけど少し訂正箇所があるかな?まず残念な事にこの暗号自体にエニグマ程の秘匿性はないよ、あくまで私個人で考えた暗号だからね。ちょっと特殊なのと無線機のチャンネル制御なんかで秘匿性を上げてるだけさ』
「だからってそんな……信じられない……」
『まあ明石さんの気持ちも分からなくないけど私も嘘を言ってないし、どうしたものか……』
未だに信じられない様子の明石は一旦放っておくとしてアタシは不知火に聞いた。
「どうだ、これで安心したか?」
「別にそういう訳ではありませんが……ですがおかげさまで胸のつっかえは取れました」
「おっし、どうやら安心したようだ」
『そうか、それなら良かった。代わりに明石さんを悩ませてしまったが大丈夫かい?』
「あーまあそっちは大丈夫だろ。気になるなら直接そっちに行って来いって伝えとく」
『そうだね、明石と夕張共々心待ちにしているよ。おっと、暁が呼んでるから私はそろそろ失礼するよ』
「忙しいのに手間掛けさせちまって悪かったな」
『問題ないさ、それじゃ』
「ああ、それじゃあな」
その会話を最後に通信は終了し、アタシは無線機を机に置いて一息ついた。
「ふぅ……大分時間は掛かったがこれにて不知火の心配は完全解決したわけだな?」
「……はい」
「さて、此処で問題だ。今回の件での不知火の落ち度はなんだ?」
「…………自分の早とちりで仲間に迷惑を掛けた事、でしょうか」
「近い……が、もっと根本的な問題だ」
「根本的……?」
今一つピンと来ていない不知火へアタシは別の質問を投げかける。
「じゃあ今回の件はどうやって解決したんだ?」
「それは摩耶が明石の所へ相談しにいっ……て……」
「そうだな。じゃあもしアタシが不知火から無理やり聞き出そうとしなかったり、アタシが連れて行かずにうんうん唸ってそのまま解散してたらお前はどうしてた?」
「それは…………それ……っは……き……っと…………」
アタシの問いの答えを想像したのかいつしか不知火は拳をぎゅっと握り締め必死に涙を堪えながら一言一言紡ごうとしていた。
そんな不知火の言葉を止める様にアタシは優しく抱き締めて言った。
「そんな考えただけで泣きそうになる様な事を決意せざるを得ない状況になる所だったんだせ。な、周りに助けを求めるのも大事だろ?」
「しら……っぬい……はぁっ……一人で……出来る事など知れてる……とっ…………知っていた……はず……っなのに!……忘れてっ……しまってぇっ……た……のは……重大……っな…………落ち度……で……す……」
「そっか。忘れてたって事はちゃんと思い出せたんだろ?良かったじゃねぇか」
「うゔ……ですが…………でっ……すがぁっ……」
「いいよ、今は存分に泣いときな」
「うっ……うう……うわぁぁぁぁぁん!!」
そのまま不知火が泣き疲れて眠りに就くまで背中をさすり続けてやった。
そして不知火を布団に寝かせた後、アタシも部屋に戻って寝る事にした。
けど何故か解らねぇがさっきからモヤモヤした気持ちが収まらない……一体何だっつうんだ。
説明が多い気がするのは上新粉の仕様(趣味)です。
そんな細かい所を説明されてもって思われそうですが……