明石の先導のもと俺達は執務室と書かれた表札の前まで来ていた。
此処に今から犠牲になる元帥が居るわけか。
明石が扉を開けたと同時に突っ込んで一気に仕留めてやるぜ!
俺は半歩下がり、下げた左足に力を込めて何時でも飛び込めるよう身構えて待った。
「明石です。提督にお客様をお連れ致しました」
そんな俺の動きを全く見ていない明石は扉をノックして要件を伝えた。
「分かった、通してくれ」
「失礼します」
すると暫くして中から男の声が帰ってきた為、明石は一声かけてドアノブに手を掛けた。
にしても随分若い野郎の声だな……俺と同じ位か。いや、下手すりゃもっと若い…………ま、だからなんだって事もねぇか。
余りにも若すぎる声に疑問を覚えたが、そんな事は今の俺には関係ない。
俺は明石が扉を開き人の姿が見えた瞬間、そいつ目掛けて全力で突っ込んだ。
「うおぉぉぉらあぁぁぁ!!個人的な恨みはねぇが餌としてくたばり…………なあぁ?」
扉の向こうから見えた野郎の顔面目掛けて渾身の左ストレートをぶちかましてやろうと左腕を振りかぶった所までは良かった。
だがその男の顔を見た俺は、驚きのあまり足が縺れそのまま倒れこむような体勢で男の目の前の机を真っ二つに粉砕しただけで終わった。
「お……おいおい……相変わらず滅茶苦茶だなぁ?
「どういう事なんだ……どうしてお前が此処に?」
「あらー、お知り合いでしたかー。意外でしたー」
ああ、間違いなく知っている……つうか同期で俺に話し掛けてくる奴なんて他に居なかったしな。
だからこそ奴が此処にいる意味が解らない。
俺は体を起こしながら奴に再び問い掛ける。
「どうしてお前が横須賀の執務室にいるんだ……
「あー……そうだよな……あ、取り合えずそこに座ってくれ」
西村は困ったように後頭部をかきながらソファーに座るよう促したので俺は言われるままに腰を下ろした。
すると明石が何かに気付いたのか突然声を上げた。
「あ!お二人で積もる話もあるでしょうし、私と大淀は席を外しますね?」
「ちょっ、明石あなたっ!」
「え?いや別に俺は……」
「まあまあ。そんな遠慮せずに!さっ、大淀にも話があるんです!」
「な、なら別に此処ですればいいじゃないですか!?」
「提督とは関係ない話なので邪魔になっちゃうじゃないですかー」
とかなんとかいって何故か明石は抵抗する大淀とかいうメガネを無理矢理引っ張って部屋を出て行った。
何がしたいんだ……まあいい。
喧しいのが居なくなったところで西村が口を開いた。
「それじゃあ順を追って話そうか。ながもんが宇和少将の所で響を誘拐した直後に別鎮守府に飛ばされたんだよ」
「俺のせいか、そりゃ悪かったな」
「いや、まあ……確かにながもんが逃げた事で舞鶴では研修どころじゃなくなった訳だけど、俺自身は別の鎮守府でちゃんと研修は受けてたからな」
「そうか」
研修……ん、研修期間って確か半年間じゃなかったか?
俺が響を連れて宇和の所を出てってから……ええと、確か……まだ三ヶ月も経ってねぇよな。
「研修はどうしたんだ?此処でやってんのか?」
「んー……それがな、研修中に突然転属の指令を受けたんで転属先だった横須賀第一鎮守府に足を運んだんだよ。そしたらそのままこの部屋まで案内されて大淀に色々説明された後、此処の提督として着任する事になってたんだよ」
「は?訳が解んねぇ、二階級特進とかいうレベルじゃねぇだろ」
だが西村も俺同様なにも分かってないらしく肩を竦めつつも続けた。
「まあその辺は大淀の方が詳しいだろうし後で聞いてくれ。それよりも聞いたぜながもん、お前あの後随分と面白い事になってたそうじゃねぇか」
「あの後?ああ……確かに宇和の艦隊が攻めてきたり離島の部下やら海底棲姫やらが攻めてきたり色々あったなぁ」
一体この三ヶ月弱で何度死にかけたことだか……。
過去を振り返りながらしみじみとしていた俺を西村は不思議そうに眺めていた。
「あ?んだよその顔は」
「いや…………海底棲姫っつう初めて聞く単語だ出てきたもんだからつい、な?」
「はあ?金剛から聞いてるだろ」
「は?何処の金剛から聞くんだよ」
何言ってんだこいつ……大丈夫かよ。
「おまえんとこの金剛以外に誰がいるっつうんだよ」
「いやいや、それは有り得ねぇよ。だってうちの金剛なら先週建造されたばかりでまだ演習しかしてねぇんだぜ?」
「…………はっ?」
つまりどういう事だ。
西村の奴が何か隠しているのか?
だが隠すつもりならそもそも聞かなきゃ良いだけじゃねぇか。あいつから聞いてくる意味が分からん。
次に考えられるのはこいつに色々吹き込んだ大淀とやらが敢えて伝えなかったか。そもそも金剛が嘘をついているか。
…………分からん、だが特に隠す必要も無いか。
怪訝そうな目を向ける西村に対して少々イラッとしたが一息吐いて気持ちを落ち着かせてから俺は海底棲姫の事、そいつ等が何をしたか何かを掻い摘んで説明してやった。
静かに聞き終えた西村は暫しの間眉間を摘んだまま険しい顔をしていたが頭の整理が付いたのかやがて口を開いた。
「……つまり、そいつらの居場所を突き止めて撃滅する為にこの鎮守府を訪れたっつう事か?」
「正確には奴らと関わりのあるこの鎮守府をぶっ潰して奴らを誘き出した所を沈める為だ」
「そうか…………」
「ああ、本来なら司令官諸共消し炭にするつもりだったが……同僚のよしみだ。お前はさっさと此処から離れな」
だが西村はこの提案に首を横に振りつつ真剣な表情で答えた。
「なあながもん、残念だけどどっちの意味でもそれは出来ないと思うぜ?」
「……どういう事だよ」
「大淀から聞いた話と今お前から聞いた話を併せて考えても大淀は逃げた俺を放っては置かないだろう。事実不知火は阿部元帥殺害の犯人として鎮守府中に手配が回ってるしな」
「不知火が?」
「ああ、恐らく海底棲姫とかいう連中を隠す為じゃないか」
そうか、奴らの存在を伏せつつ不知火を指名手配にするには理由が要るか。
だがどうやら始末する理由なんて幾らでも捏ち上げられる様だな。
「それは解った。で、他にも出来ないつった理由があんだろ?」
「もちろん。もう一つについてはながもん、お前に関わる事だ」
「俺に?」
「そうだ、お前は此処を潰す事で海底棲姫を誘き出すって言ってたが知っての通り此処は全ての鎮守府を統括してる横須賀第一鎮守府」
「ん、大本営じゃねぇのか?」
「大本営は確かに海軍の頭だがあっちの相手は政府や民衆であって深海棲艦と相対しているのは横須賀第一鎮守府を主軸とした百を超える大小様々な鎮守府なんだよ」
ふーん……つまり横須賀第一鎮守府が一番強えって事か。
「てことはアレか、俺じゃあ横須賀第一鎮守府奴らに勝てねぇって言いてぇのか?」
面白ぇ、やってやろうじゃねぇか!
意気込んで立ち上がるが直ぐに西村から待ったが掛かる。
「落ち着けながもん!まだ話は終わってない!」
「あ?なんだよ」
「あー、つまり此処を叩こうとすれば大淀が少なくとも横須賀の第二、第三鎮守府を動かす。下手すりゃ柱島やタウイタウイ、ショートランドとかにも支援要請を出すかもしれない。そうなればどれだけの数を相手にする事になるか解らないぞ」
「それ位覚悟の上だ」
確かに一筋縄じゃ行かねぇだろうが、そんぐらい出来なきゃ奴らを沈めるなんざ夢のまた夢だ。
「ながもん……俺の言ってる事を本当に解ってるのか?」
「は?ったりめぇだ。多勢に無勢だって言いてぇんだろうが実際やれない事はねぇ」
しかし、俺の返事を聞いた西村の反応は意外なモノであった。
「はぁぁぁ……だと思った」
西村は深い溜息を吐くと手で頭を押さえながら呆れたような口調で続ける。
「あのなぁ、俺が聞いた話が本当ならお前にそれ位やれる力がある事は想像に難くねぇんだよ」
「なら他に何があるっつうんだよ」
「はぁ……お前さ、
「なっ!!?」
いや……そうか…………言われてみれば確かにその通りだ。
俺が艤装を展開して海軍とやりあう事になれば駆逐艦娘だって少なからず犠牲になるだろう。
その中には響やその姉妹達だっている筈だ。
それに全てが終わった後俺はどうなる?
恐らく沈むまで破壊の限りを尽くすのだろうが……はっ!もし誰も俺を沈める事が出来ずに響の元へ行ってしまったら?
あの時だって一歩間違ってたら取り返しのつかない事になっていたんだぞ!今度も大丈夫っつう保証が無いから響と別れてここまで来たっつうのに……結局俺の計画は最初から破綻してたって事かよ。
「おーい……ながもん?」
ならどうすりゃ良い……どうすれば響を護れるんだ。
俺が沈めば奴らは響達に手出ししないのか?
いや、保証はねぇしそれによく考えりゃ問題は奴らだけじゃねぇ。
攻撃的な深海棲艦の組織が艦娘である響達に襲い掛かるかも知れねぇ。
他にも不知火を追って海軍から艦隊がやって来る可能性だってある。
クソがっ!こんな力があってもたった一人を護り続ける事すら出来ねぇのかよ……。
「ながもん……大丈夫か?」
「…………どうしたらいい」
「へっ?」
「俺は響を護りたいだけなんだ……なのに、方法が解らねぇんだよ……」
「海底棲姫って奴らを撃滅するのも響を護る方法だったって事か?」
「ああ、それが唯一の手段だと考えたからな」
俺の答えに西村は不思議そうにしながら質問を続ける。
「だったら方法が解らないっつうのはどういう事だ?」
「……駄目なんだよ。どうやら俺は次に艤装を展開したら自分を保てなくなっちまう。だが奴らを倒すには必然的に艤装を展開しなきゃならねぇ」
「つまり最悪の場合、暴走したながもんが響を手に掛けてしまう可能性があるっつうわけか」
「そう言う事だ。それに奴らだけじゃねぇ、他の艦娘や深海棲艦だって襲って来ないとは限らねぇだろ」
「艦娘が?あー、不知火の件もあるしな……そうだよなぁ、つうか平和な世界にでもならん限り安全を確保し続けるなんてなぁ?」
平和な……?
「つってもそれが出来りゃ苦労は……ってどうした?」
西村が呼び掛けて来るのも気にせず俺は先程の奴の言葉を反芻していた。
平和な世界か……確かに深海棲艦と艦娘と人間が和解すれば響達の安全を保証出来るようになる筈だ。
そんな事が果たして出来るのか?
今の世界が示す通り限りなく不可能に近いだろう……だが、深海棲艦の一組織の頭である港湾と海軍の主力である横須賀第一鎮守府の頭である西村。
二人と繋がりのある俺なら僅かでも可能性が無いだろうか?
「西村、頼みたい事があるっつったら聞いてくれるか?」
「ながもん?えぇと……まあ聞くだけなら出来るが、力になれるかは分からないぞ?」
「大変だろうが突然元帥になってもやって行けてるお前なら出来る頼みだ」
「おいおい、流石に買い被り過ぎだぜ?まぁ……それで、何を頼みたいんだ?」
「ああ、今日明日の話じゃないが何時か深海棲艦から和解の話が持ち込まれた時に受け入れられる体制を整えて置いてくれ」
「おぉう……確かに簡単な頼みではねぇな……」
こめかみを押さえ唸る西村に対して俺は更に頼み込む。
「まあな、頭の堅い連中を説き伏せるなんて俺じゃあ絶対に出来ない事だ。だがこれはお前にしか出来ない事なんだ。頼む!」
「…………ながもんはこれからどうするつもりだ?」
「俺は一度響達の元へ戻る。そして響を護りながら深海棲艦達の方を説得してみる」
「そうか……そっちは任せちまって良いのか?」
「やれるだけやってみる。手を貸してくれる仲間もいるしな」
「……解った。進捗確認とかはどうする?」
「明石経由で連絡が取れる。あぁ後大淀には気付かれないように気をつけてくれ」
「大淀に?」
「ああ、あいつは奴らと繋がってるからな。変に横槍を入れられたくないんだ」
そう考えると明石のあの行動にはそういった意味があったのかも知れねぇな。
「そういう事か……解った。なら暫く時間を置いてから準備を始めるとしよう」
「ああそうか、暫くはあいつも警戒してるだろうからな」
「そういう事。もし実現すりゃあ俺達は英雄かもな。お互いに頑張ろうぜ、ながもん」
「おう、頼りにしてるぜ西村!」
そう言って不敵な笑みを浮かべながら差し出された西村の右手をガッシリと握り締めたのだった。
門長の同期西村満を持して登場!
って覚えてる方は居るんですかね……。
投稿ペースが遅すぎて三ヶ月の話を書くのにまさか一年半も経ってなんてorz