門長「どうせ一時的なもんだろ?」
そそ、そんな筈はっ!?
長門が俺から出ていった翌日の明朝。
「うわあああああああっ!?」
突如飛び込んで来た響の叫び声で目覚めた俺は急いで隣の部屋に向かいその扉を蹴破った。
そこには驚愕を浮かべる響と響に駆け寄り目を丸くする電、そしてその二人の視線の先には黒髪ストレートの駆逐艦程の見た目の少女、
「んぅ……何なのだ?」
「ななな長門さんが……」
「ち、縮んでるのです……」
「なんだ、まだ言ってなかったのか」
つうか響達は良く分かったな。俺なんか最初気付かなくて危うく抱き締めそうになったぞ?
だが長門(小)はまだ起きたばかりで頭が冴えないらしく半眼でぼけーっと辺りを見回していた。
目覚めるのを待つのも面倒なので長門(小)に歩み寄り目の前で勢いよく両手を叩いた。
「ふぁっ!?な、なんだ!……ああ、門長か。脅かすな……全く」
「何時までもボケボケしてるからだろうが、早く響達に説明してやれ」
「うむ?まだ話してなかったか……分かった、取り敢えず皆を集めて工廠に行こう。話はそれからだ」
俺達は制服に着替えて金剛を呼び出すと、その足で工廠へと歩いていった。
「あ!皆さんおはようございます!」
「おはよう明石、早速で済まないが私の艤装を用意してくれないか?」
「ああ、昨日のお話の続きですね?わっかりました!」
明石が奥に入ってから数分後、そいつが持ってきたのは四十一センチ連装砲が四基八門搭載された間違いなく長門型の艤装であった。
「うむ、助かる。これで話が出来るな」
長門(小)がその身体には不釣り合いな艤装を腰に装備するとその身体はたちまち光に包まれ形を変えていく。
そして光が収まる頃にはその姿は元の長門の姿へと戻っていた。
「も、戻った……?」
「うむ、今ので何となく気付いているかも知れんがギリギリまで門長に改修を掛けた影響か艤装を装備してる状態でしかこの身体を維持出来なくなってしまったらしい」
「でも、昨日は部屋に戻った後も縮んで無かったじゃないか」
響の指摘に長門は少し考えてから返した。
「うむ、恐らくだが艤装からの供給が暫く残っていたのだろう。それと少しややこしいんだが縮んでる間は大元の記憶の一部しか持っていないから少し話が噛み合わない事もあるだろうし小さい私は記憶力もあまり良くないから用がある時は艤装を着けるように言って貰えると助かる」
確かにややこしい……だが待てよ?それならあの長門(小)はこいつとは別物と考えても良いんじゃないか?
ククク……それなら小さい内に抱き着いても問題は無い筈だ!
「ああそれと解ってるとは思うが衝撃的な出来事は記憶に残り易いからな?門長よ」
「……べ、つに何も考えてねぇよ!」
「どうせ小さい私になら何しても大丈夫だとか考えていたのだろう?」
こいつ……俺の思考を読みやがったな?
しかも響が聞いてる前で口にするとはやってくれるじゃねぇか……まあ今日は特別に赦してやろう、お陰で話しやすくなったしな。
「まあ、そんな事はどうでもいいんだ」
「否定はしないんだね?」
「ゔっ……ま、まあ良いじゃねぇか。」
響の指摘を濁す事によってその場にいた全員が白い目を向ける中、俺は咳払いを一つして話を始める。
「んで、これからの話なんだがな……リ級を港湾達に預けたら俺一人で不知火が居た横須賀鎮守府に行こうと思う」
「ホワッツ!?まさか復讐するつもりですカ!?」
「はっはっは、やるなルー豆柴、面白い事言うじゃねぇか。まあ目的としては俺の暴走を止めに行く」
「オ、オォ……つ、つまりアカシの所に行くという事でしたカ」
「ああ、だから問題無い。解決したら基地には戻る」
ここまで話し終えた時、電が睨みつけている事に気付いた俺は電に言いたい事が無いか訊ねてみる。
「とまあこんな感じだが何か質問はあるか電?」
「…………門長さん、本当に帰ってくる気はあるのですか?」
俺は電の問いに暫く考える素振りを見せた後、静かに、しかしハッキリと答えた。
「何があるかは解らないがこれだけは言える。俺は響とずっと一緒に居たい」
それでも納得していない様子の電の肩に響が手を置いて言った。
「門長なら大丈夫だよ電。私と約束したんだ、絶対に戻ってくるって」
「響ちゃん…………響が信じるのなら電から言う事は無いのです。ですが……」
響に説得によって渋々納得した電は肩に置かれた響の手をそっと下げると俺に向けて歩き出した。
そして目の前まで近付き俺を見上げると俺にしか聞こえない程の声で……
「響ちゃんを裏切ったら絶対に
一言だけ言い残し軽やかな足取りで響の元まで戻って行った。
逃がさない……か。危うく身震いしてしまう所だったぜ。
落ち着け……かなり危うかったが問題は無い。
俺は服の下に冷や汗をかきながら身なりを正してから全員に告げる。
「よし、つーわけで昼前には此処を出る。俺はヴェールヌイに伝えてくるから各自準備しといてくれ」
そうして俺はそのまま執務室へと歩き出した。
執務室に着いた俺はヴェールヌイに事の顛末とこれからの動きを伝えていた。
「──っつう訳だ、何も返せなくて済まなかったな」
「いや、そんな事ないさ。興味深い話も聞けたし、君の様な人と友好関係を築けた事を大変嬉しく思うよ」
「いやいや、お世辞なんか言っても何も出ないぜ?」
「お世辞なんかじゃないさ。私は君の事をとても気に入っているよ」
お?意外な好印象じゃないか。告白したらもしかして受けてくれるんじゃないか?
ま、俺は響一筋だからんな事しないがな。
「そいつは光栄だが……あんたはあの提督の事が好きなんだろう?流石に俺とあいつを較べたら可哀想だぜ?」
「ん?ああ、そう言えば鳳翔さんにもからかわれたけど私が心に決めたのはあの人だけだよ。少佐に対してはそういった感情は無いから安心して欲しい」
とヴェールヌイは薄く微笑んで言ったがその言葉は俺の心にクリティカルに突き刺さっていた。
「安心って……その謎な方向の気遣いが痛いぜ……あんなモヤシ野郎の何処が良いんだ……」
「門長少佐。今のは聞かなかった事にするけれど……これ以上の司令官への侮辱は私達への宣戦布告と受け取らせて貰うよ?」
口角を僅かに上げて笑みを浮かべるヴェールヌイだが、その眼には明らかな敵意が込められていた。
おっと、どうやら地雷を踏んじまったか?
これ以上余計な事を言えばマジで戦争を始めかねないな。
だがそれよりも俺は……。
「わ、悪かった……もう言わんから止めてくれ。その眼は俺に効く」
その見た目で敵視されると出会った頃の響がフラッシュバックを起こすから勘弁してくれ……。
俺が心に深いダメージを受けてたじろいでいるとヴェールヌイは一息吐き、そして普段通りの
「ま、解ってくれたなら何よりだ。それで、門長少佐はこれからどうするんだい?」
「これから?それはさっき──「誤魔化しは要らないよ」」
ヴェールヌイ……?
「誤魔化し……?いや、俺は……」
しかしヴェールヌイは俺の返事を待たずに更に続ける。
「思い当たる節があるみたいだから言及はしないけどこれだけは理解して置いてくれ……君の決断一つで響を一生不幸にするよ」
「なっ……!?何を……」
俺の決断が響を不幸にする?そ、そんなばかな……有り得ない。
「少佐にとって護るべきものは何か、それを良く考えてから決める事を推奨するよ」
俺が護るべきもの、そんなの考えるまでもねぇだろ。
だからその為に奴らを……
「……はぁ、忠告はしたからね」
「あ、ああ…………」
結局ヴェールヌイが何を俺に言いたかったのかは全く分からないまま、収容されているリ級を連れてタウイタウイ鎮守府を出る時間となった。
波止場へはヴェールヌイの他に夕張と明石が見送りにやって来ていた。
「それじゃあ皆、気を付けて帰ってくれ。また会える日を待っているよ。ね、門長少佐?」
「ん、ああ……」
「…………」
俺はまた何か間違っているのか……?
「門長……」
「大丈夫だ……心配ない」
傍らで不安げに俺を見上げる響を撫でながら宥める。
そう、大丈夫なんだ。響は護れる……それで問題無い筈だ。
「門長さん?あんまり気負い過ぎると老けるわよ?」
「うるせぇ、余計なお世話だ」
夕張の奴要らん事を……だがまああれこれ考えるのは元々性分じゃねぇしな。
俺は俺がやれる事をやるだけか。
「おっし、行くか!そんじゃ他の奴らにも宜しく言っといてくれ」
「承知した、気を付けて…………
最後にヴェールヌイと別れの握手を交わし、一行は鎮守府を後にする。
鎮守府を離れて一時間、水平線しか見えない海の真ん中で全員に止まるように声を掛けた。
「どうした門長、何か居たのか?」
「いや、そうじゃない。だが俺はこの辺りで別れるつもりだ。だからその前に港湾とこの潜水艦が近くにいないか一応確認して欲しいんだ」
問い掛ける長門に俺は首を横に振って答えた。
だが長門達は難しい顔をしながら腕を組んで言った。
「それは流石に無理があるな」
「居るかどうかもアンノウンですし、居ても他のサブマリンの可能性もあるネー」
「あ?何言ってんだてめぇは、日本語で喋れ」
「えっ、と……見つからないかも知れないし、見つかっても違う潜水艦の可能性もあるって事じゃない、かな?」
「おおっ、流石は響!確かに言われてみればその通りだな」
響の名推測にしきりに感心していると突然目の前に水飛沫が降り掛かってきやがった。
「呼ばれて飛び出てなの!」
「何しやがるてめぇ!誰も呼んでねぇよ!」
「んがぁ!?」
水飛沫の中から飛び出してきた肉塊を俺は反射的に叩き落とした。
「ま、待って欲しいのです!電が頼んで付いてきてもらってたのです」
あれ、電が?じゃあこいつなんか用があって出てきたんじゃ……。
「おい、起きろ駄肉」
「ふぁ〜……イク大金星なのね〜……えへへ〜」
水面に腹を向けて浮いている駄肉の頭を掴み上げて揺すってみるが完全に気を失っており目覚める気配は無かった。
そうこうしてるうちに少し離れた所から二隻のソ級が静かに姿を現した。
「ム、トナガノナカマトイウノハウソダッタノカ?」
「アンイニシンジテシマッテイタ、アブナイトコロダッタワ」
「ん?お前ら港湾のとこのか?」
「イカニモ、コノカンムスカラトナガガワレワレニヨウガアルカラキテホシイトイッテイタカラキタ」
あ、なんだ。電が手筈を整えてくれて居たのか。
最近敵視されてる様に感じてたが、大事な場面で手助けしてくれるなんて!やはり天使の異名は伊達じゃないな!
「まあこの肉の事はどうでもいいがお前らに頼みがあるのは本当だ」
「ドウシタ?ソコノリキュウノケンカシラ?」
「察しが早くて助かる。攻めてきた面子で唯一の生き残りのこいつを経緯を知ってる仲間の所に連れて行ってから直してやってくれ」
「ユイイツ?ホカハシズメタノカ」
「俺じゃねぇよ、一隻の刀持った異常な深海棲艦に全滅したそうだ」
ヴェールヌイ達が大破させてたからだと思いたい所ではあるが……。
「……ヤツラノナカマカ?」
「多分な、まともに見たのは俺と響の二人だけだが普通じゃなかった」
「ソウカ、ヤツラノカイニュウガアッタノナラシカタガナイ」
「ムシロヒトリデモイキテタノガフシギナクライダモノネ」
「そうだな。もし奴とまともにやり合ってたら今頃リ級共々沈められていたかもしれねぇな」
「ワカッタ、ソウイウコトナラコイツハワレワレガツレテイコウ」
「ああ、頼んだ」
「ウム、タシカニ」
「デハナトナガ、マタアオウ」
俺がリ級を降ろすとソ級達はリ級を連れて海底へと潜って行った。
リ級の件はこれで大丈夫だろう。
後は……俺だけだな。
「よし、そんじゃ俺もそろそろ行くぜ」
俺の言葉に一様にこっちへ視線が集まる。
だが返事を返したのはその内二人だけであった。
「うん……またね」
響は涙を堪えて見上げて
「門長、お前なら大丈夫だ。必ず戻ってこい」
長門は力強く、一見対照的だが二人の目は真剣そのものであった。
そんな二人を交互に見やってから俺は言葉を返す。
「さんきゅうな響、長門」
実際に知り合ってから三ヶ月くらいだったがお前達に会えて良かった。
ぶっちゃけ後悔なんて言い出したらきりがないが、一つだけどうにもならない心残りがあるとすれば…………響の信頼を裏切っちまった事ぐらいだな。
「響、長門。お前達の幸運を祈ってるぜ」
「わ、私も門長の幸運を祈ってる!」
「門長…………待ってる、からな」
ありがとな長門……響は頼んだぜ。
ありがとな響………………じゃあな。
響達に背を向けて進み出した俺は姿が見えなくなるまで一度たりとも振り返らず走り続けて行った。
やがて響達から見えなくなると俺は禍々しい異形の如き艤装を展開し、心が蝕まれて行くのも構わずに全力で突き進む。
響を護る……その唯一つの目的を達する為に。
話的に此処から暫く響達は登場しなくなる予定です…………辛い。
耐えられなくなったら何かしらするかも知れません(オイ