ヴェールヌイさんと一緒に入渠を終えた私はそのまま付いていくように工廠へ戻ると応急的に修理された屋根の下で診察台に腰を掛ける門長とその横に立つ金剛さん。そして険しい顔つきでモニターを睨む明石さんがいた。
「お疲れ様。明石さん、何か解ったかい?」
「あ、ヴェールヌイさんに響ちゃんお疲れ様です。えぇ、まだ確証がある訳では無いんですがおおよその原因は……」
門長が暴走した原因……確か声が聞こえたって言ってたけど。
もしかしてその声の主が解ったのかな?
私は全神経を集中させて明石さんの声に耳を傾けた。
けれど門長は私に聞かれたくないのか金剛さんを呼んだ。
「その前に……金剛、響を電の所へ案内してやってくれ」
「ミスター……オーケー、行きましょうヒビキ」
「嫌だっ!」
私の事を大事にしてくれてるのは分かってる。
でも……もう、嫌なんだ……助けられてばかりで……護られてばかりで…………私だって門長や皆の力になりたいんだっ!
私は感情のままに金剛さんの手を振り払ってしまった。
「っ!?ヒビキ……」
「あっ、ごめんなさい……でも……私は出ていかないよ。此処で話を聞いて、そして一緒に考えるんだっ」
「…………なあ、響」
「な、なんだい?」
先程まで苦り切った顔をしていた門長は私の事を見ながら真剣な表情で口を開いた。
私は思わず一歩引いてしまいそうになるのを堪えて聞き返すと門長は暫くして話し始めた。
「俺はな、例え嫌われようともお前を護りたい。幸せになって貰いたい。それは今でもそう思ってる」
「う……うん」
「だがな、本音を言うと響に好かれたいし響にとって欠かせない存在で居たいんだ」
「それならっ──」
門長も長門さんも大事な仲間だし恩人だ、もう嫌いになんてなれるはずが無い。
そう口にしようとしたが門長の次の言葉によって止まってしまった。
「
「えっ?」
ここまでだって?つまり門長にとって私はもうどうでも良いって事なのかい?
そんな……何で…………
「う、そ……だよ、ね?」
「本当だ、俺は長門と離れたら別れる。後は長門や金剛達と仲良く暮らしてくれ」
なっ……嫌いになったの?…………私が我が儘だったから?嫌……どうして……なんでだよぉ……。
訳が解らない……もう……嫌だ…………こんな所に居たくないっ!
「……っ!」
「ヒビキ!?」
工廠を飛び出し訳も分からず走った。
色々な人達にぶつかったけどその度に立ち上がりただひたすらに走り続けた。
やっと……やっと信じる事が出来たのにっ!
こんなのって酷いよっ……馬鹿…………門長のバカぁっ!!
……どれ位走っただろうか。
気が付くと日は沈み辺りは仄暗い闇の色が姿を現し始めていた。
辺りを見回すと艦娘の姿は無く人間が通りを忙しなく駆け回っている。
「そっか……いつの間にか鎮守府の外に出ちゃってたんだ」
少し先にさっきまでいた鎮守府が見える。
でももう戻りたくない……違う、戻る場所なんてないんだ。ずっと門長が護ってくれていたのに対して何もして来なかった癖に自分が信じたから信じて欲しいなんて虫の良い話がある訳ないじゃないか。
きっと門長だけじゃない、金剛さんも長門さんだってこんな私に呆れてるさ。
「はぁ……これからどうしよう」
もう鎮守府には戻れない……だからと言って艦娘である私が外でまともな生活を送れるとは思えないし……
「おい、貴様駆逐艦響だな?こんな所で何をしている」
一人途方に暮れていると突然背後から男に呼び止められ私は慌てて振り返るとそこには海軍のものである白い制服に身を包んだ男が立っていた。
「あ、え……ええと」
何処かの司令官?と、とにかく何か言わないと怪しまれちゃう!
「た、ただ今司令官の護衛として街に出ております!」
あわわわっ!?違う、これじゃだめだ!
どうしようどうしようええと……
「なに?貴様の司令官は何処だ」
「ああええと……その……」
「貴様……もしや脱走兵か?」
その瞬間、全身の血の気が引いた。
艦娘の脱走兵は即時解体。つまり人間で言う死刑宣告の様なもの。
嫌だ……恐い……しにたくない。
「ひっ!?ちちち違うっ!」
「待て!逃がさんぞ!」
逃げたそうとすぐ様振り向いて走り出すがその前に腕を掴まれ引き戻されてしまった。
「なんだ、艤装なしか。なら刃向かえると思うなよ?」
いや……嫌だ……
「おい!無駄な抵抗するな!」
「いやっ、嫌だ!誰か、助けてっ!門長ぁ!!」
「いい加減にしろ!貴様みたいな脱走兵を助ける奴なんか居ない!」
そう……だ……。
門長が私を助ける理由なんてもう無いんだ……なのに、私はまだ門長に甘えようとして……
「は……はは……」
「なんだ、イカレやがったか?まあ連行が楽で良いが」
司令官も舞鶴の皆はもう居ないし門長達にも見放された。
私が此処で抵抗する意味なんてもう無かったんだ……。
「ははは……ねぇ、私はこの後どうなるんだい?」
やっぱり聞いてる通り解体されるのだろうか。
それとも拷問でも待っているのだろうか。
……もうどうでもいいか。
「なんだ、そんな事も知らんのか。脱走兵は──」
そこでその男の声は途絶えた。
更には掴んでいた手が私の腕から離れていく。
何が起きたのだろう?
私が俯いていた顔を上げると……
「脱走兵は俺と一緒に鎮守府に戻るんだぜ?」
「と、門長っ!?」
そこには地面に伏して気絶している男と手を差し伸べる門長がいた。
だけど素直には喜べない……。
だって門長にとって私は要らない子なんだから、きっと解体されるに違いない。
「別にわざわざ来なくたって私は脱走兵として解体されるんだから良いじゃないか!」
「何言って──」
「もうここまでだって言ったじゃないか!門長の言う通りにならない私なんて要らないんだろっ!!」
もう放っといて欲しい、折角諦めようとしてるのに変に期待させて心を揺さぶらないでくれ…………。
「裏切られるのは嫌……だ……」
「響……ありがとな」
「えっ?」
なんでありがとうって……
「そしてごめんな。俺の事をそんなに信じてくれてたなんて思わなかったんだ。だからああやって突き放す風な言い方をすれば俺の事なんて見限って長門達と楽しくやって行けるんじゃないかと思ってたんだ」
「そんなの……いきなり言われたって……」
「だよな、長門を含めあの場に居た全員に怒られたぜ。『あれなら子供じみた悪口の方がまだマシだ』ってな。結局あの中で響の事を分かってなかったのは俺一人だったって事だ……はは、ごめんな響」
「で、でも見限られたいって言うのは私の事なんてどうでも良くなったからじゃないのかい!」
そうじゃなきゃ門長が私に見限られたい意味が分からない。
けれど門長はニッと口角を上げながら尚もつづける。
「まぁ、普通はそうなるわな。だがな?俺は一言も響の事を嫌いだなんて言ってないぞ?」
「で、でもそれもここまでだって……」
「ああ言ったな。響に好かれたいし響にとって欠かせない存在でいたい……でもそれもここまでだってな?」
へ?つまりどういう事?
「な、何が違うんだい。結局言ってる事は」
「全然違うぜ?響に好かれ、そして欠かせない存在でいる事を諦めなければならない理由が出来てしまったんだ。そしてそれこそが重要で、更に言えば本当なら響を突き放してでも隠しておきたかった話だ」
私に隠しておきたかった話?
「あっ、もしかして門長が聞いた声の……」
「流石だな、ご名答だ」
そう言って私の頭を撫でると門長は先程までの軽い雰囲気とは打って変わって真剣な表情で話し始めた。
「そう、これは明石の所の検査結果と長門の話を併せて夕張達にも手伝って貰って行き着いた一番可能性の高い推察なんだがな……あの謎の声というのはどうやら俺自身の一部なんだそうだ」
「門長の……一部」
「ああ、正確には俺と長門の負の感情の集合体の様なものらしい。長門が奴らと戦う時の保険として自分の魂を意識が保てるギリギリまで改修したらしいんだが、その一部がどうにも深海棲艦に近い魂の構成に変異した結果が謎の声とあの艤装って訳なんだ」
「門長と長門さんの負の感情が深海棲艦化したって事?」
「そうだ。更に言えば魂の一部が変異してる所為でそこだけ取り除くって事が出来ないらしい。まあだからと言って長門がした事は間違いだとは思っていない。事実今の状態でもあいつらに勝てるかは五分五分って所だしな」
取り除く事が出来ない。
つまり門長がまた暴走してしまうかも知れないという事?
確かに怖いけど……思い出すだけで背筋が凍りつきそうになる……だけど…………
「わ、私は……門長を信じる。だから……」
みんなで一緒に戻ろう?
そう口にしようとしたけど門長は哀しそうに首を横に振ったんだ。
「確かに前に電が言っていたように信じる事は大事かも知れない……けどな、駄目なんだ。俺が俺を信じられねぇ。響にだけは手を出さないと確信を持っていたにも関わらずあと一歩間違えてたら響をこの手で沈めてしまう所だった」
「で、でも大丈夫だったじゃないかっ!私はこうして生きてる!」
「だが次も大丈夫だなんて保証はない!」
「そんな事!そんな……こと」
門長がちゃんと話してくれた……なのに私はやっぱり何も出来ないの?
どうすれば……どうすれば助けられるの!
「……響は優しいからな。本当の事を話したら俺みたいなのでも心配して悩んじまうんじゃないかって思ったから出来れば言いたくなかったんだ」
私に心配させない為にわざと嫌われようとして?それなのに……。
……何か……何か私に出来る事が……何が出来るかは……分からない……けど。
「…………約束して」
「約束?」
「ああ、門長が自分を信じれる様になって必ず帰って来るって。絶対に諦めないって……」
「響…………解った、コイツを何とかしたら必ず戻って来る。だから皆と待っててくれ」
「信じてるよ」
今の私にこれ以上出来る事はきっと無い。
だから今は門長が早く戻って来る様信じて待つんだ。
「……ああ、それじゃああいつらも響の事を心配してるし鎮守府に戻るか!」
「そっか、皆に謝らないと」
でも良かった、門長に見捨てられた訳じゃ無かったんだ……よね?
まだ少し不安はあるけれど、また門長を信じてみたいと思い鎮守府までの帰り道を手を繋いで歩いて行った。
響を連れ去ろうとした名も無き軍人に黙祷!
m9(^Д^)
軍人「いや、死んでねぇっておいこらっ!!」