門長さんとの最後の通信が途絶えた日の翌日、基地へ戻ると夕月ちゃんと摩耶さんのお二人が港で出迎えてくれました。
「よう明石、お疲れさん」
「明石さん、あの男は一緒では無いのか?」
「夕月ちゃん、摩耶さん、その事なのですが……」
私がお二人に伝える為に口を開こうとしましたが摩耶さんが待ったをかけました。
「どうせ話すなら全員まとめての方が手間が掛からなくていいだろ。アタシらで執務室に集めとくから先に補給して来ちまえよ」
「はい……有難うございます」
摩耶さんに勧められ私は先に工廠へ向かう事にしました。
「はぁ……あんな無茶苦茶な人でも居なくなった事を伝えるのは心苦しいですね」
それに私に逃げるよう通信をくれるなんて思ってもいませんでしたし……。
私は燃料と修復に使用した鋼材や弾薬を補給しながら皆にどう伝えようか頭を悩ませていた。
「響ちゃんはどう思うのかな……」
淡々と話そうか、軽い感じで話そうか何て色々考えたけれど結局何も纏まらないまま補給を終えた私は思い足取りのまま執務室へ向かいました。
「よっ、全員集まってるぜ」
「あの男がどうなったのか聞かせてくれ」
「……分かりました」
私は全員に見つめられたまま部屋へと入り、深く深呼吸をしてからゆっくりと話し始めました。
「門長さんは夕月ちゃん達の撤退開始後、私を後方に待機させ詳細不明の深海棲艦相手に戦闘を始めました……そして夕月ちゃん達が海域から離脱してから約二十分後、私に撤退する様に指示を出し、その通信を最後に門長さんの反応が消失しました」
艦娘としては仕方ないのかも知れないけれど、余りにも事務的な報告をする自分自身が少し嫌になった。
そんな私の報告を聞いた皆さんの反応はまちまちでした。
「やはりか……」
「むぅ……」
事実を再確認し意外にも肩を落とす松ちゃんと夕月ちゃん。
「私のせいで……ごめんなさい」
「貴女が責任を感じる事じゃないわ、貴女は私の想いを代弁してくれただけ……」
自分に責任を感じる如月ちゃんと西野大佐。
「あいつは球磨がやっつけるんだクマっ!球磨の知らない所でくたばるなんて赦さんクマぁー!」
「そうよっ!暁達を護るとかいいながら勝手に居なくなるなんて無責任じゃない!」
それぞれ違った理由で憤慨する球磨さんと暁ちゃん。
「…………長門さん」
門長さんではなく中の長門さんを心配する響ちゃん……なんだかんだ言っても金剛さんの言ったことを信じているんですね。
「ですが彼の帰りを待つよりもこれからをどうするか考えた方が良いでしょう」
「そうですよ。彼が居なくなった事でこの深海棲艦が動き出すかもしれないんですから」
そして冷静に先を見据える不知火と吹雪ちゃん……って、あ。
吹雪の台詞にはっとした私達は一斉に離島棲姫の方へ振り向きました。
「フフフ、皆揃ッテコッチヲ見ツメテドウシタノカシラァ?」
そう言えば忘れてましたがこの姫級は仲間にはなってないんでした。
うーん、門長さんが居ない時に再び攻めて来られたら対処は厳しいかも知れないですね………。
「私としては直ぐにこの深海棲艦を撃沈するべきだと思います」
「ダ、ダメデスヨッ!?和平交渉ノ可能性ガ見エテ来テイルンデスカラ!」
「そんなの門長という抑止力があって成り立っていたんじゃないんですか?」
「ウゥ、ソレハ…………ソウカモ知レマセンガ……」
吹雪ちゃんの意見にフラワーさんが必死で反対するも痛い所を突かれ押し黙ってしまった。
「不知火も沈めるべきだと思います」
「確かに奴が居ない状況で奴を野放しに出来るほど我々は強くはないからな」
不知火に松ちゃんもどうやら吹雪ちゃんの意見に賛成みたいね。
と、言うよりここに居る殆どが同じ考えだと思う。
だけど艦娘の中で彼女だけは違った。
「もし離島さんを沈めてしまったら門長さんが帰って来た時にきっと悲しむのです。だから電は門長さんが戻るまで交代で離島さんを見張っていれば大丈夫だと思うのです」
彼女、電だけは門長さんが戻ってくる事を前提に考えていたの。
他のみんなは彼の帰還はほぼ無いものだと思っているだろうし私は実際に反応が消えた所を目の当たりにしている。
「そんな事、戻ってくるかも分からないのにリスクが高過ぎます」
「戻ってくるのですっ!門長さんは簡単に沈むような方じゃないのです」
それでも電は確信を持っているかのように言い放った。
生存は限り無くゼロに近い。
だが、それでもあの人なら帰って来ると。
「そうですね……それでは門長さんが戻るまで皆で見張ることにしましょう」
電に感応された私は無意識に言葉が漏れていました。
「明石さん、電、本気で言っているのですか?」
当然ながら、吹雪ちゃんは私達の発言を訝しんだ。
そんな吹雪ちゃんの問い掛けに私はありのままに答えた。
「吹雪ちゃん、確かに反応は消失してる……だけど電ちゃんの言葉を聞いて思ったの。門長さんが沈むなんてちょっと想像出来ないなって」
「根拠が無いじゃないですか……」
「あ、あはは……まあ、そうよね」
「はぁ………まあ良いですが、その代わり待つ期間だけは後でしっかり決めますからねっ」
あ、れ?正直自分で言ってて無理が有るかなぁと思ってたんだけど……呆れながらもどうやら吹雪ちゃんは私達の案を認めてくれたみたい。
「さて、私は電の案に乗りますが皆さんはどうしますか?」
「ま、確かにあいつが沈んだって言われてもピンと来なかったしな。アタシも乗るぜ」
「期間を決めるのであれば別にいいでしょう、彼がいた方が生存率が上がるのは確かでしょうし」
「オーケー、ミスターが簡単にロストするなんて有り得ないからネー」
摩耶さん、不知火、金剛さんに続き他の皆も次々と賛成していきました。
多数決ならば半数を越えた時点で決定だけれど、全員の意見はしっかりと聞き入れたいと思い、私は響ちゃんにも聞いてみた。
「ねぇ、響ちゃんはどう思う?」
「…………金剛……さん」
「ンー?どうしましたカー響?」
「離島棲姫を助けたのは長門さんの意思……なのかな」
う~ん……長門さんの意思ならばそれを信じるって事でしょうが他の鎮守府の長門さんを見ている限りでは離島棲姫や北方棲姫に攻撃出来なかったなんて話は聞かないですからね。
金剛さんは少しだけ口ごもるも、気を取り直し響の質問に答えました。
「あの頃の長門は見た目に惑わされる事は無く敵と定めた者に容赦はしませんでシタ」
「そっか、じゃあ……」
「ですが、それは彼女が当時海軍であり敵が深海棲艦と決められていたからデショウ」
「……つまり、どういう事だい?」
「そう、多分デスガ……皮肉にも海軍に裏切られそしてミスターの中で深海棲艦の事を知った事、それが彼女にとって誰が敵で誰が味方かを自身で考えられるようになったのではないかと思いマース」
それに加えて金剛さんは嘘偽る事なく自分にはこれ以上は分からないとも答えました。
当然門長さんの意思でもあるでしょうし、長門さんの意思じゃないかもしれない。
結局どう考えるかは響ちゃん次第になるわけね。
「…………うん、わかった……私は長門さんを信じてる、だから長門さんが帰ってくるまで離島棲姫を護るよっ」
響ちゃんは自分の胸を叩き決意をここに示した…………のはいいのだけれど……護る?
予想外な一言に私達は開いた口が塞がらなくなっていました。
「う……え?ひ、響ちゃん……護る、って……?」
「ああ、それが長門さんの意思ならば私はそれを引き継ぐんだ」
た、確かに門長さんがそういって連れてきたけど……流石に無理が……
そう思いながら何気なく視線を離島棲姫に移すと前かがみになりながら肩を震わせていた。
「……マモル?……駆逐艦ノオマエガ私ヲマモルダッテェ?」
怒ってる……?ま、まずいっ、ここで暴れられたら響ちゃん達が危ないっ!
響ちゃんを守ろうと動き出したその時!
「クックッ……クフ……フフ……アハ……アハッ……アッハッハッハ!!!!」
「へ……?」
離島棲姫は唐突にお腹を抱えて笑い始めた。
「クク……ハァ……見張リナンテドウトデモナルケレド……フフフ、イイワネォ……オチビチャンガマモッテクレルッテイウナラ頼ンジャオウカシラ?」
「頼む?一体響に何を頼もうと言うのですか」
吹雪の質問に離島棲姫は愉快そうに答えていました。
「モチロォン、クフフ……私ヲマモッテモラウノヨォ?アハハッ!!」
「まもる……艦娘から……ですか?」
「艦娘ナンカモノノ敵ジャナイワァ……ヤツラ
「「規格外……っ」」
吹雪ちゃん達の鎮守府の全戦力をもののニ、三時間程で壊滅させ門長さんに一撃で致命傷を負わせる程の火力を持った深海棲艦……。
不知火が聞いた話では海底棲姫と呼ばれている存在。
「まさか、あなたが狙われているんですか?」
「ソウヨ?奴ラハ掟ヲ破ッタモノハ誰デアロウト赦シハシナイ。加エテソノ姿ヲ見タモノハ生キテ帰エルコトハカナワナイワ」
掟を破ったものを裁く……世界の裁判官のようなものですか。
「ダカラドッチニシロ私ガココニイル限リオマエ達ハ助カラナイノダケレド、ソレデモ私ヲマモッテクレルノカシラ?オ・チ・ビ・チャン?」
「うぅ……それでも……長門さんならきっと……護ろうとする筈だからっ!」
「信じているんですね、長門さんを…………離島棲姫、貴女の話が本当なら貴女をどうしようといずれ奴らは此処に来るでしょう」
「フゥン?ナンデ言イ切レルノカシラ?」
「私と暁、そして不知火さんは奴らを直接姿を見ていますから」
吹雪ちゃんの言動に合わせて暁ちゃんと不知火が頷く。
「と、言う事で此処は再び戦場となるので今度は貴女にも協力して頂きますよ」
「ハァ?ジョーダンジャナイワヨ、ドウシテワタシガ」
「私だって貴女を信用した訳ではありません。ですが、相手の戦力はそれこそ計り知れない……なら戦力は多いに越した事は無いと思いますが?」
「…………フン、優先目標ガ同ジナダケヨ。手ヲ組ムツモリハ無イワ」
離島棲姫はつまらなそうに言い捨てると、そのまま部屋を去っていってしまいました。
「あっ、私追い掛けてくる!」
「わ、私もついて行くのですっ!」
「響ちゃん、電!?」
続いて響ちゃんと電が止める間もなく部屋を飛びだしてしまった。
「大丈夫、私がフォローしにいくからアカシは入渠してくるといいデース」
「あ、金剛さん……」
金剛さんの一言を受け私は自分の身体を見直しました。
そう言えば流れてきた一部の艦載機の攻撃を受けて少し損傷してましたか。
「分かりました、それでは私も直して来ますのでこれにて失礼しますね」
私は部屋に残った皆さんに挨拶を済ませ、静かに部屋を後にしました。
相手の情報はほぼ無いに等しいけれど、離島棲姫達の組織に私達、そしてフラワーさん所の組織とで力を合わせれば何とかなるのではないかと、この時はの私は楽観的に捉えていたのかも知れません。
中継地点は用意しているのにそこまでの道のりが次々と延長し中継地点が遠のいていく……纏めねば。