深海棲艦が放つ砲弾を掻い潜り手が届く距離まで接近した俺は目一杯力を込めた拳を奴の顔面目掛けて勢いよく振りかぶった。
「遅ェンダヨッ!!」
だがその拳を軽々と避けた深海棲艦は俺の懐に潜り込み腹部へ強烈な手刀を突き入れた。
「うぐ……っはぁ、少しは効いたぜ」
「強ガッテンジャネーヨ。デモマア俺ノ手デ貫通出来ナイ装甲ダケハ認メテヤルケド、ナッ!」
「がぁっ!?」
そして続けざまに前かがみになった俺の側頭部目掛けて追い打ちのハイキックを放った。
俺は衝撃に耐えきれず吹き飛ばされ、海面を引きずられていった。
「ダケドナ、俺相手ニ近接戦闘ハ......イヤ、戦闘ソノモノガ無意味ナンダヨ!」
「るせぇ、俺はまだ負けてねぇぞこら」
ちっ......だが正直厳しいな。万全の状態でも勝てるかどうかって所か。
―そうだな、今の状態じゃ間違いなく勝てないぜ―
――と言っても逃げれる状態でもないがな――
なんだお前らか、なんか策でもあんのかよ。
――済まないが、それは我々より妖精に聞いた方が可能性はあるだろう――
......使えねぇな。
―おいおい、私達はお前自身みたいなもんだぞ?―
だからだ、奴に勝ち目が見えて来ねぇんだよ。
一体どうすりゃいいんだ......ったく。
――勝てる方法が無いのならば己の出来ることをすればいい――
出来ることだって?
――ああ、ここで我々が直ぐに沈んでしまえば夕月達にまで危害が及ぶだろう――
っとそうだな、蹴り飛ばされた衝撃で大事な事が抜け落ちてたぜ。
――よし、ならばすることは決まったな――
当然だ。
「最後まで足掻いてやんよっ!!」
俺は立ち上がり両腕の主砲を奴へ向け声高々と気声を上げた。
「ソンナモンデ俺ヲ捉エラレルトデモ思ッテンノカ?」
深海棲艦は俺が放った砲弾を軽々と避けて接近してきた。
そして奴は再び俺の懐まで入ると俺の喉元を左手でつかみ上げる。
「ぐっ……く……くそったれ……くらい……やがれっ!!」
俺は首がへし折られそうな程に力の込められた左腕目掛け両腕に装備している四十六センチ三連装砲同士を渾身の力で叩き付けた。
「ナニッ!?」
「ちょ、あぶなっ!?」
ひしゃげる程強く奴の腕へ叩き付けられた砲塔はその衝撃により火薬庫が大爆発を起こし爆炎が俺と奴を包み込み俺は海面へ尻餅をついた。
被害はどうだ…………感覚がねぇな、また腕は飛んだか。
――まったく、無茶をする男だ......――
だが、奴の腕を捥ぎ取ることには成功したみたいだな。
やがて、煙が晴れ周りが見渡せるようになったので状況を確認しようと立ち上がると目の前には左腕を失うもあの深海棲艦は今だ健在であった。
付け加えるならば歯軋りをし全身から殺意を止めどなく溢れ出しながらこっちを睨みつけているところだ。
「キサマ……キサマダケハ赦サナイッ!!」
「許すも許さないもどうせ俺を殺す気なんだろうが」
「ウルサイッ!!今スグ死ネェェェェッ!!!!」
突如発狂しだした深海棲艦は尻尾から魚雷を積んだ攻撃機を無尽蔵に発艦し、その全てが魚雷を切り離すことなく特攻してきたのだ。
「まじかよ......どうにかならんか」
俺は妖精に念の為聞いてみるが妖精は予想通り肩を竦めて首を振るだけだった。
「ま、だがやる事はやったし仕方ねぇか」
あ、明石の事忘れてたわ…………しょうがねぇな。
俺は通信を開き明石へと繋いだ。
「はい、どうしました?」
「取り敢えず撤退しろ。後はお前らに任せる、じゃあな」
「へ、門長さん?」
俺は通信を一方的に切り突っ込んでくる攻撃機を眺めながら感傷に浸っていた。
どうせなら最後に響の声を聴きたかったぜ。
響と全く仲良くなれなかったのは心残りだが仕方ないか......いややっぱり死ぬわけにはいかん!
―そうは言ってもな、どうにもならんぞこれは―
――まあ、どうなるかは神のみぞ知るって奴だろう――
すっかり諦めていた俺は気を取り直して必死に避けようとした。
だがしかし健闘むなしく奴の攻撃機は次々と俺の身体を爆破していき、そして百以上の特攻を受け遂には意識を手放してしまった。
………………き……る…………ねぇ……い……?
誰かの声が聞こえる……聞き覚えは無い筈だがどこか懐かしい声だ。
徐々に声がはっきりと聞こえるようになってきた辺りで目をゆっくりと開く。
「あら?良かったわ、生きていたみたいね」
「こ……こ……は?」
俺は動かしにくい口を無理に動かし短い茶髪の女に場所を尋ねた。
「ここは南方前線基地……
「お……う………………と……なが……だ」
「嘔吐長田さん?」
「………………と……なが」
「あ、あらごめんなさい。門長さんね、分かったわ」
ったく、嘔吐長田って……んな名前あるかっつーの。
にしても長門型か、だから変に懐かしい感じがしたのかもな。
俺は現状を知るために起き上がろうとするが……
「腕……が…………」
「うで?それならあなたと一緒に流れ着いていたわよ」
ああそうだった、腕は吹き飛んで……あ?流れ着いてる?
「あなたと一緒に流れ着いてそこの妖精さんがここの救護室で応急修理をしてくれたのよ」
「まあ、ドックが潰れているんで完治は出来ないですけどね。あ、それと腕は着けない方が修理が早いんで今はそのままですよ」
どうせ装備もないですし。と言って妖精はふよふよと漂いながら部屋を出て行った。
「暫くはここで養生するといいわ、話せるようになったらあなたの事も聞かせてもらえるかしら?」
「…………お……う」
「うふふ、それじゃあ私は隣の部屋にいるわね。何かあったら呼んで頂戴」
陸奥は俺の返事に満足したのか微笑みながら部屋を後にした。
ふぅ、今回も生き延びたか……どうやら悪運だけはあるようだな。
――まだ我々は生きる運命なのだろうな――
運命ねぇ……その運命が響と結ばれる道があるのならいいんだがな
―なぁに、それはおまえさんの頑張り次第さ―
……それもそうか、んじゃあさっさと帰らねぇとな。
――そうだな、だったら今は眠るといい。何もできんのだからな――
わぁってるよ、んじゃもう寝るわ。
――ああ、おやすみだ、門長――
波の音だけが広がる暗闇の中、俺は再び意識を手放したのだった。
門長がどうやって流れ着いたのかはいずれわかるでしょう。
因みに四十六センチ三連装砲二基はロストしました。