響乱交狂曲   作:上新粉

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第百二十七番

響が爆煙包まれるのを見て砲雷長ことチュートリアル娘は勝利を確信し、不気味に口角を吊り上げる。

 

「あっはっはっは!!馬鹿なガキがっ!戦場で一時の感情に動かされて自己犠牲とは……くくっ、なんて愚かなんでしょう!」

 

「響ちゃん!?響ちゃん!返事をして欲しいのね!」

 

響に最も近くにいた伊19は必死に響を呼びかけるが未だ返事は帰ってこない。

その姿を見てチュートリアル娘は更に上機嫌になって語り始める。

 

「無駄無駄っ、瀕死の駆逐艦風情がアレの主砲を受けて生きてられるわけないわ!そして響が死んだ今、門長和大を止める手段は存在しないのよ?それがどういうことか分かるわよねぇ」

 

チュートリアル娘は自信満々に話していくがまだ気付いてない。

先程まで長門に曳航されていた一隻の艦艇の姿が消えていたことを。

 

「さあ、そろそろ煙が晴れますよ。1番に門長さんに見て貰いたいですね。って、いない……!?ま、まさか……」

 

チュートリアル娘はようやく門長の姿が見当たらない事に気付き途端に焦りを見せはじめた。

 

「いや、ありえない!直前まで奴は動いていなかった……門長からあのガキの所まで十キロ近くあるはず。着弾までの数秒で間に合うはずが……」

 

「響が俺を信じて呼んだんだ。間に合わねぇはずがねぇだろ」

 

「門長……いつから目覚めていたの……いや、それはどうでもいい。今のは海上で出せる速度ではない、一体どうやった!」

 

門長は受け止めた砲弾を後方に放り投げつつチュートリアル娘を睨みつける。

 

「てめぇに答える義理はねぇ。と言いたいとこだが、今までの協力の礼と……冥土への土産に答えてやる。簡単な話だ。艤装と船体が繋がる事で排水量が増えんならその艤装を外せばいい、つまり、こう言うこった」

 

そう言って門長は無理に剥がしたであろう艤装の付け根を指す。

 

「まさか、ありえない……自分で無理矢理艤装を外す事で艦艇との繋がりを切ったとでもいうの!?」

 

そこで門長の姿を改めたチュートリアル娘は彼の艤装が力ずくで引きちぎられている事に漸く気が付いた。

 

海上に立つ艦娘にとって艤装はなくてはならない存在であり、それを壊せば艦娘は海上に立てなくなるのは常識だ。

にも関わらず門長は今も海上に立っている。

それはチュートリアル娘をしてもありえない現象だった。

 

「ありえない……繋がりが切れた艦娘が海上を立ってられるはずがないわ!」

 

「知るかよ、現に出来てんだろうが」

 

「チュートリアル娘さん、門長に常識を求めるなんて……まだまだ分かってないね」

 

「響さんや、それじゃあ俺が非常識みたいにならんだろうか?」

 

「えっ、門長は自分を常識人だと思ってるの?」

 

「あー……うん、思わねぇな」

 

「ふ……ふ、ふざけるなぁっ!艤装も無いくせにいきがってんじゃないわよこのポンコツがぁ!!」

 

突然始まった門長と響の呑気な掛け合いに苛立ちを隠しきれないチュートリアル娘は声を荒らげる。

しかしその直後、門長の雰囲気は一変した。

 

「ふざけるなだと?それはこっちのセリフだクソ妖精……これまでてめぇが好き勝手やってくれやがったおかげでどれだけ響を苦しめたと思ってやがる!どれほど響を傷付けたと思ってやがんだああっ!?」

 

「ふんっ、だからなんだっていうの?駆逐艦一匹助けようがどんなに凄もうが貴方に私を殺す事など出来ないわ!」

 

「チュートリアル娘、私はさっき世界の歪みを直す修正力としての役割を彼に与えたと言ったはずです。貴女の存在を知っている私がそこを考えてないとでもお思いで?」

 

「は?い、いやまさか……ま、待ちなさい!私が消えたらDRCSは維持できなくなるわよ?そうなれば多くの鎮守府が機能しなくなるわよ!」

 

「必要ありませんよ……()()()()()()()()()()?」

 

「くっ……クソがァ……!」

 

エラー娘の説明を聞いたチュートリアル娘は次第に焦り出した。

必死に抜け出そうとするが伊19はしっかりと掴んでいるため逃れることは出来ない。

 

「では門長さん、彼女を倒して貴方の望む未来を掴みましょう」

 

「…………」

 

「(不味いわ、この男相手じゃ幾ら深海棲艦を動かそうが意味が……ん?)」

 

だがその時、チュートリアル娘は門長の動きがおかしい事に気付く。

そう、1歩1歩進む門長の上体がかなりふらついていたのだ。

 

「(ふ、ふふっ……やはり艤装を無理に外して問題が起きない筈がないわ!これなら勝てる!)」

 

立ってるのもやっとな門長の姿にチュートリアル娘は再び勝ちの目を見出す。

彼女自身は伊19に掴まれ身動きの取れない状況で最大戦力であったアイアンボトムサウンドも瀕死の重体の中無理矢理撃たされた為、既に動ける状態ではない。

それでもこの海域にはまだ数千数万という深海棲艦が存在している。

それらを総動員すれば今の門長なら容易く沈められると考えたのだ。

 

「さあ行きなさい深海棲艦共よ!あの男をガキ諸共海の藻屑にしてあげなさい!」

 

「くっ……来ますよ門長さん、急いで下さい!」

 

「「…………」」

 

焦りを見せるエラー娘だったが、その予想に反して深海棲艦達が仕掛けて来る事はなかった。

 

「な、何が起きてる深海棲艦……早くあの男を消してしまいなさい!どうした、私の言う通りにしろぉっ!!」

 

その不測の事態に一転して余裕の表情を崩したチュートリアル娘の耳に入ってきた声は彼女が一切警戒していなかった艦娘のものであった。

 

『お前達にも1人1人自分の気持ちがあんだろ。それを深海棲艦と一括りにするような奴の言いなりになってて良いのか!自分でどうしたいか考えるんだ!』

 

『ワタシハ……モウタタカイタクナイ。タタカッテモムナシイダケダカラ』

 

『ジユウニイキラレレバソレデイイ。シバラレルノハイヤダ』

 

『お前達を駒か何かと勘違いしてるバカの言葉なんぞ海に捨てちまえ!あいつの声なんかに負けんじゃねぇぞ、生き方っつうのは自分で決めるもんだっ!そうだろ!!』

 

『『ウォォォォォォォォッ!!!』』

 

「この声は摩耶っ!艦娘が深海棲艦共を操れるなんて……あなた、まさか凡才を装い自らが特異個体である事を隠してたと言うのか!」

 

『はっ、特異個体ねぇ……だとすればそれはアタシだけじゃない、全ての人も艦娘もお前が操ろうとしてたあいつら深海棲艦だって1人1人が特別で1人1人違う想いを持ってる。それをひとまとめにして操ろうってのがそもそも間違いなんだよ!』

 

「1人1人が特別……そう……ふ、ふふ、あはははははっ!」

 

切り札すら摩耶によって封じられ打つ手が無くなったかに思われたチュートリアル娘は突然声高々と笑いだした。

 

「ほんと、してやられたわね……いいわ、今回は私の負けを認めてあげる。だけどこの戦争を終わらせたことを人類は何れ後悔することになるわ!その時にあなた達の立場は逆転する、戦争を終わらせた英雄から地獄を生み出した大罪人へとね!」

 

『な、なに言ってやがる!そんなことっ──』

 

「起こるわ、この戦争を終わらせた先に人間同士の艦娘や深海棲艦を巻き込んだ勧善懲悪たり得ない欲と欲の醜い争いがね!それまでの束の間の平和をせいぜい堪能する事ね、あはははははは────」

 

直後、嘲笑うチュートリアル娘を門長の拳が消し飛ばした。

 

「下らねぇ、それならまたどうにかすれば良いだけだろうが」

 

「門長……」

 

門長は心配そうに見上げる響を撫でながらにっと笑みを浮かべて答える。

 

「大丈夫だ響、俺たちには西村や港湾に中枢の奴だっているんだ。それに俺と響が居れば不可能なんてない、そうだろ?」

 

「うん……そうだね!私と門長が居れば不可能なんてない、それに長門さんや皆もいるんだから……絶対に後悔なんかしないさ!」

 

響はそう答えて自身を撫でる門長の手を取ると力強く握った。

門長もそれに応えるように手を握り返し微笑む。

 

「あ、そうだ門長。ちゃんと皆に伝えないとね」

 

「皆に……ああそうか!」

 

響の言いたいことを暫く考えていた門長だったが、漸く思い至ったのか回線をオープンにして全員に聞こえるように宣誓した。

 

「門長和大!この度はめでたく響と結ばれる事となりましたぁぁぁぁぁっ!!!」

 

「な、ななななっ……!?バ、バカとながぁっ!そうじゃないだろ!戦いが終わったことをいわにゃ、いわないとダメじゃないかぁぁぁぁ!!」

 

突然の暴挙に響は顔を真っ赤にして門長の胸板をポカポカと叩く。

 

「くぅ〜ついにこの時が来たんだなぁ〜……涙で前が見えねぇぜ」

 

「何を言ってるんだよ!まだ何もしてないのになに感慨に耽ってるのさ!」

 

響は動揺のあまりうっかり滑らした口を門長は聞き逃さなかった。

 

「ん……?まだ、何も?そ、それはつまりこれからそういう事が可能性として!?」

 

「あ……ち、ちがっ……いや……それは…………なくは…………ない……けど

 

自分の失態に気付いた響は顔を更に真っ赤にしながら尻すぼみした声で呟く。

それでも門長は一字一句聞き漏らさず耳に焼き付けた。

 

「あ……それは……ええとつまり……そういうこと……だよな?」

 

「…………」

 

響は門長の問いにもじもじしながらも無言で頷く。

 

「ひ……びき……ひびきぃぃぃ──ぐはぁっ!?」

 

感動のあまり響に抱きつこうと飛び出した門長だったが直後、見覚えのある錨が腰に巻き付き引き止められてしまった。

 

「いつつ……はっ!こ、これは!?」

 

「門長さん?ご無事で何よりなのです。まだ生きていたいならそこで大人しくしてるのです」

 

「……はい」

 

門長は背後からやってきた黒いオーラを纏ってそうな電の登場にその場で小さくなった。

電はその様子を一瞥すると直ぐに響へ真剣な表情を向け進み出す。

 

「電っ!?な……にを……」

 

「響ちゃん、一先ずは無事で良かったのです」

 

「電こそ……って手放しで喜べる状況では無いけどね」

 

「くすっ、そうだね。ねぇ、響ちゃん……それが響ちゃんが見つけた答え、なのですね?」

 

「電……うん、そうだね。後悔はないよ」

 

昔の響が知れば有り得ないと驚愕するだろうが、今の彼女にはそうある事が当然だと思えた。

電もそれが響の本心である事を理解している。

だからこそ電は自分の気持ちに整理を付けるために……

 

「そっか、なら電は応援するだけなのです。だけど……せめて……んっ」

 

「んむっ!?」

 

響の首に手を回し、自分の口唇を響の口唇にそっと重ね合わせた。

 

「ん…………っぷはぁ……ごめんね響ちゃん、好きだよ」

 

「っはぁ……はぁ……い、いなづま……わたしはっ」

 

「しーっ……返事を聞くつもりは無いのです」

 

電は悪戯な笑みを浮かべながら響の唇に人差し指を当て、続く言葉を遮る。

 

「じゃあ私は深海棲艦の方達と一緒に島に戻ってるね。あ、そうなのです。門長さんの鎖を確りと持っといてあげて欲しいのです」

 

「あ……うん」

 

響の言葉に満足そうに頷くと電は錨の持ち手を渡して軽巡チ級の元まで向かい曳航されつつ島に戻っていった。

 

「電さん……なんて大胆なんだ……羨ましいぜ」

 

そう口にするのは現在進行形で沈み始めてる門長である。

 

「…………って、門長!?沈んでる!沈んでるよ門長ぁ!」

 

「うぇ?あ、そっか。そりゃそうだよなぁ、艤装がなきゃ普通は水の上にたてねぇわな」

 

「呑気に感心してる場合じゃないよ!引っぱってくから錨に掴まってて!」

 

「お、おぉ分かった」

 

響は門長に巻きついた錨の鎖を引きながらそのあまりの抵抗の無さに息を飲む。

 

「……軽くなったね」

 

「ん……?あぁそういう事か。まあレフラでも引っ張れなかった時に比べればな」

 

「門長、辛くはないかい?」

 

響は門長の腕を肩に回しながら訊ねる。

それは今の状況に対する気遣いの言葉でもあり、そして力を無くした門長に対する問いかけでもあった。

その言葉に門長は暫し首を捻って考えた後、邪気のない笑顔で答えた。

 

「おうっ、問題ねぇ!」

 

「……本当に?」

 

「あぁ、そもそも阿部の奴が勝手にやった事だしな。ま、響に逢えた事には感謝するが未練はねぇよ」

 

「そっか……でも力が無くて守りたい相手を守れないのは辛い事だよ」

 

「まぁな、だが今の俺は一人じゃない。自惚れかも知んねぇがそう思ってる。だからやっぱりあの力はもう必要ない」

 

水平線の向こうを見つめながら真面目な顔を見せる門長に、響は顔が赤くなるのを誤魔化すように速度を上げる。

 

「か、変わったよね。最初の頃からしたら考えられないくらいに……」

 

「まぁ、否定はしない。それでもなんだかんだ言って着いてきてくれたアイツらには感謝してんだ。柄じゃねぇし照れくせぇから直接は言わねぇけどな」

 

「駄目だよ、感謝は確りと伝えないと。戻ったらちゃんと言おうね?」

 

「え、いや……それはだな……」

 

「それとも、私が話してあげようか?」

 

「うぐっ……わ、わかった!戻ったらちゃんと伝えるから!流石に男としてそれは情けなさすぎる!」

 

「ふふ、言質は取ったからね?」

 

「はぁ〜……」

 

悪戯っぽく微笑みかける響の言葉に門長は肩をガックリ落とした。

 

「ふふふ……っと、そうだ」

 

と、その時。ふと何かを思い出した響は門長へと向き直るとその頬に手を当て自分の方へ振り向かせる。

 

「うっ、ええと響さん?なんでしょう?」

 

「感謝は伝えないと、だからね……門長」

 

「へ……?え、何も見えねぇんですが、これは一体どういうむぐっ──!?」

 

唐突に手で視界を遮られた事を疑問を口にしようとする門長だったが、その続きは響の柔らかな口唇によって遮られた。

 

「ちゅ……んっ………ふ………ぷはっ」

 

「んへぁ……あ……な、なな、なぁぁっ……!?」

 

「ずっと私を想い続けてくれてありがとう。そして──」

 

 

 

──愛してるよ、門長──

 

 

 

響はゆっくりと口唇を離すと静かに微笑みそう呟いた。

その顔は二人を照らす夕日の様に真っ赤であったが、今の門長にはそれに気付ける程の余裕は持ちえていない。

その様子を見てくすりと笑うと響はそのまま振り返り、放心状態の門長を背負うと仲間が待つ島へと戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 




一先ずは以上で完結となります。
第一話投稿から凡そ4年半、投稿間隔は酷すぎる程不定期でしたがそれでもここまで来れたのはずっと読んでて下さった方々、感想や評価を下さった方々、そんな本作をこれまで暖かく見守って下さった皆々様のおかげです!
本当にありがとうございました!!



さて、本編は終わりです……が!
流石に中途半端かなって気もするので現在後日談を書こうかなと悩んでおります。

ただし新作や現在更新停止中の作品もあるのでどうするかは…………アンケートで決めたいと思います!(そういやアンケート機能って実装されてから初めて使うなぁ)

詳細は後ほど!



それではここまで読んで下さった皆様!
長らくご愛読頂き誠に有難う御座いましたぁ!!
また別の作品でお会いしましょう!

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