私、アイアンボトムサウンドこと伊東由紀の人生は決して恵まれたものでは無かったと思う。
父親は私が産まれてから1度も私の前に姿を見せず、母親は私が15の時に流行病で死んでしまった。
遺された私は父親を探す為に日本海軍に入隊した。
─父さんは私達を護る為に海軍で頑張ってるんだよ─
幼い頃から母にそう言い聞かせられて来た私は、父に会うために海軍に入ろうと決めていた。
そのために以前から勉強してきていたのと引き取ってくれたおじいちゃんに厳しく育てられたのも功を奏し無事士官学校に入るにまで至った。
だが、まさかそこで探していた父に会えるとは思ってもみなかった。
その姿は多少皺が増えていたけど嘗て母が見せてくれた写真の人物で間違いなかった。
その男の名前は……そう、阿部忠勝だ。
あの時の教官だった彼こそが私の父親だったのだ。
私は全てを話し、そして彼がどうして私に一切会いに来なかったのかを聞こうと思っていた。
だけどその機会が訪れる前に私の士官候補生としての生活は終わりを告げた。
人の身で艦娘が扱う電探を扱えた事によって実験体となった私は阿部教官の監視の下、実験の日を迎えることとなった。
当然その間に伝えるタイミングは幾らでもあったが、私は話す事はしなかった。
別に彼を軽蔑してた訳じゃない。
寧ろ私が娘だと知らないにも関わらず上からの命令より私の意思を優先しようとしてくれた彼に好感さえ抱いていた。
だからそんな彼に甘える訳には行かなかった。
命令違反は海軍では大罪であり、教官程度首が飛ぶくらいならまだ良い方で、貴重なサンプルである私を逃がしたとなれば最悪銃殺刑すら有り得る。
だから私は素直に実験に従い、そして気付いた時には近くにいた科学者達は私の手によって跡形もなく消え去っていた。
そんな人ならざる存在と化した私を待ち受けていたのは一人の妖精。
彼女は父の身の安全と引き換えに私にこの戦争の恒久化を手伝う様に持ち掛けてきた。
表面上取引とは言っていたがその実私が裏切れば彼を殺すと言う脅しに他ならない。
だから私は今日まで彼女に従いつつ彼女を考えを変えさせる為に動いてきた。
確かに共通の敵が存在し続ければ人類は協力し続けるかも知れない。
だけどそれは政治家や戦争家の考えであり、一般市民達に我慢を強い続けるやり方だ。
私はそれをどうにかしたかったが、人類とも深海棲艦とも相容れない存在となった私には私には妖精の考えを改めさせる手立ては無く半ば諦めかけていた。
そんな時、妖精から人類が新たな厄災を生み出したとの報せを受けた。
それは彼女が艦娘や深海棲艦の亡骸から生み出したソロモンやミッドウェーの様なただの規格外の深海棲艦ではなく、人類の業が生み出した私と同じ最悪の兵器であると妖精は言った。
妖精は私と同じようにこちら側へ引き込むと言っていたが、私はこれを最期のチャンスだと確信していた。
そのため、私は表面上従順に動きつつも裏では悟られないよう慎重に門長を誘導していった。
西村という男を元帥の位置に立たせた事やタウイタウイでリ級改flagshipに止めを刺さなかった事、呉の潜入調査の手引きをしたのも全ては今日という日を迎える為だ。
だが最後の最後で私は見誤った。
口では何と言おうとも我々海底棲姫が奴らにした事を考えれば仇である筈だった。
だから彼女が私を護ろうと飛び出して来るなど予想していなかったのだ。
「……ヒ……ビキ?あ……嘘……だろ?」
響の突然の介入によって門長の意識が浮かび上がってきた。
だがそれも時間の問題だろう。
あの砲撃を受けてただの駆逐艦が生き残れる筈がない。
煙が晴れてしまえば最後、門長を繋ぎ止める鎖は呆気なく解き放たれてしまうだろう。
そうなれば何もかもお終いだ。
奴は最悪な厄災となってこの世界に致命的な傷痕を残す事になるだろう。
運が悪ければ人類も艦娘も深海棲艦も全てが地上から姿を消す事になる。
私が望んだ願いとは正反対の最低な
そんな終焉を告げる合図とばかりに彼女を包んでいた煙が晴れていく。
ありもしない可能性に縋ろうとする私に現実は無情にも見せ付けてくる。
煙の晴れたその場所には衝撃によって追いやられた海水が元に戻ろうとしているだけだった。
「俺が……俺が……?嘘だ……そんな筈ねぇ……だって俺は響と……約束……した……んだ」
響をその手に掛けたという事実に激しく動揺を見せる門長に対して私が出来る事などない。
それどころか余計な一言が引き金を引きかねない状況だ。
今の私が出来る事は最早限られている。
門長が暴走する前に一刻も早く沈めなければならない。
私は震える足に喝を入れ門長へと一気に踏み込みその首筋へ欠けた刀を振り抜いた。
「ごめんなさい門長、恨んでくれていい……」
その刀身は確実に門長の首から上を切り離した……だが。
「なっ!?馬鹿なっ!」
「オレじゃナイ……オレは……オレハワルくないっ!」
奴の頭部は身体から落ちること無く己が居場所で今も留まり続けて居る。
有り得ない。
私も詳しく知ってる訳じゃないが、艦娘や深海棲艦は艤装を外しても活動出来るのはその魂の核が頭部にあるからと言われている。
つまり首を落とされれば死ぬのだ。
なのに奴は……
「不死身だとでも言うの……?」
「当然首を落とされれば死にますよ?その事実があればですけど」
その時、私が洩らした言葉に答える声は聞き間違えようが無い位に知っている声だ。
「……そうか、貴女の力か。はじまりの妖精」
突如目の前に降り立ったその妖精は艦娘を生み出し、私を生み出すのに結城に手を貸した存在であり、そして私達海底棲姫を従えていたこの世界の真の支配者とも言える存在。
そんなはじまりの妖精は何処からか連れてきた猫を吊るしながら言い返してきた。
「はじまりの妖精だなんて厨二臭いわねぇ?人間が付けた奴ならこっちの方で呼んでくれない?
「そんな事はどうでもいい。それよりそんな状態の門長を生かしてどうするつもり?人類も艦娘も深海棲艦も全てが滅びるわよ」
「まぁそれはそれで私は一向に構わないんですけど、取り敢えずは貴女と彼が積み上げてきたものを全て彼自身に崩して貰おうかと思いましてね」
はじまりの妖精……エラー娘は門長を使って門長に影響を受けた者を全て葬るつもりらしい。
もしそうなってしまえばこの世界は終戦の日を迎える事は無くなってしまう。
それだけは避けなければならないのだ!
私はエラー娘を捕らえようと手を伸ばすが、その手は妖精をすり抜けるように空を切っただけだった。
「あは?無駄ですよ。あなた達とは文字通り次元が違いますからね、触れる事すら叶いませんよ」
「ぐっ……どう……すれば……」
このまま門長が暴走すれば奴の思い通りになってしまう。
だが門長を殺せずエラー娘に触れられない以上、私に出来る事はもう残されていない。
「さあ門長さん、砲雷長である私の声に集中して下さい」
「砲……雷……長……?」
「そうです、貴方は悪くありません。悪いのは貴方に関わろうととする艦娘や深海棲艦達です。彼女達が居なければ響ちゃんが沈む事も無かったんですら」
「ソウカ……ソノ通リダ。アイツらガ居なければ響ハ……」
「違う……奴の言葉に耳を貸すな……っ!」
「あっははは!無駄ですよ。元々敵同士である貴女と彼を助けてきた私とじゃどっちが信用されるかなんて考えるまでもないわ!」
奴の言う通りだ、門長からすれば私は散々敵対してきた海底棲姫の一人。
そんな私が幾ら呼び掛けた所で門長に届く筈がない。
今の彼に届くがあるとすれば……だが、それは最早叶わない。
そう諦念を抱いていた私に砲声と共に奇跡が聞こえてきた。
「
「ナッ……!?」
「何が……?」
その場にいた全員が一様に声のする方へ視線を移す。
そこには先程私を庇って黒煙に消えていった筈の少女、響が門長へと砲塔を向けて立っていた。
「門長、今助けるから」
彼女は一言呟いてから躊躇うことなく主砲を放ったのだった。