大淀っていう黒髪眼鏡女が捕らえられ艦娘対艦娘の争いが避けられたと安心したのも束の間、後方から通り抜ける高速で飛翔する砲弾が寸分の狂いもなくその女の心臓を穿いた。
「今のは……っ!」
「我々に反旗を翻すつもりならもっと上手くやるのだったな」
砲弾が飛んできた方に振り返ると、そこにはこの僅かな時間で切り伏せられた長門達とリ級の部隊を壊滅させ俺の右腕を易々と切り飛ばした海底棲姫、アイアンボトムサウンドの姿があった。
「てめぇ……っ!」
いや、よく見れば電ちゃん達の傷は浅い。奴を倒して入渠させれば全然間に合う。
はぁ〜……ふぅ、落ち着け。ただでさえまともにやって勝てるような相手じゃないんだ。
とにかく今は冷静に対処するんだ、特にこの状況を響にみられる訳には行かねぇ。
「……アイアンボトム。いや、伊東由紀つったか?」
「あの元帥から聞いたのかそれとも……まあいい。私達は敵同士、であればする事は1つだろう?」
まあ当然だが引く気はねぇわな。
だがまだ響をこっちに来させないようにする方法が浮かばねぇ。もう少し引き伸ばさねぇと……っとそうだ。
「ああ、だがひとつだけ聞かせろ。てめぇはその実験に納得して受けたのか?」
俺の質問に対して伊東由紀は暫く黙ったままだったが、やがて口許を緩めてこう答えた。
「ああ、文句無しの結果だ」
「……そうかよ」
納得してんなら説得は無理か……。
その時、響から通信が入って来た。
未だ名案は浮かんで来ねぇが通信に出ないのも不自然か。
俺は深く息を吐いてから響へ無線を繋ぐ。
『門長っ!明石さん達に何かあったみたいだ!直ぐに基地に戻ろう!』
明石達も既にやられてるか、となると少し不味いな。
電達と同じ位ならまだしももし手遅れになってるなら……最悪響だけでも助けねぇと。
「響……そこの武蔵達の世話になれ。絶対に戻って来んなよ」
『なに、を……門長は私が護るんだから一緒に居なきゃ護れないよ!』
「…………足手まといだから来んなっつってんだよ。武蔵、こっちの邪魔にならねぇ様にそいつを一緒に連れてけ」
『と……なが……』
響との通信を一方的に切った後、自分に対する強い怒りを覚えていた。
「クソっ!失敗した……」
武蔵が止めてくれれば良いが……恐らく響はこっちに来るだろう。
だが、響にこの惨状を見せちゃならねぇと俺の頭が激しく警鐘を鳴らしている。
ならせめて響が来る前にコイツを……。
「時間がネェ……サッサと殺らせてもらうゼ」
「悪くない殺気だが、そのままでは私を殺す事など不可能だ。早く艤装を展開しろ」
「ちっ、何処まで知ってんのかシらねェが少し黙れ」
時間はねぇ、急げ……急いでコイツをコロさねぇと。
「落ち着くんだ門長……何の為に明石となに、を……特訓をしたのか……思い……出せ」
「長門……」
焦りから目の前の標的へと殺意を高める俺へ腹を切られ海面に伏せる長門が息もたえだえにそう伝えてきた。
……大丈夫だ長門、響との約束も含めて何も忘れちゃいねぇよ。
俺は艤装を展開しない為に、暴走しない様に奴らと戦える技を身に付けて来たんだ。
俺は溢れそうになる衝動を理性で抑えつつ目の前の女を睨みつける。
「まだ艤装を展開せずともどうにかなると思っているのか?」
「ああ、俺にはこの二本の腕と足があるからなっ!」
俺はアイアンボトムサウンドへ全速力で突っ込む。
奴はそれを軽く躱しカウンターに蹴りをかましてきやがった。
「ぐふっ……いまだっ!」
「……っ!」
だがその奴の足を受け止め、蹴りの力を利用して海面へと勢い良く叩き付けると同時にのしかかって動きを封じた。
「へっ、このままてめぇの足をへし折ってやるよ」
「ふん、下らん。此処を何処だと思っている」
奴はその身を海中に潜らせる事で拘束から逃れやがった。
「ちっ、逃げられたか」
簡単にはいかねぇか。
だが明石から教わったこの技なら奴にも通じる。
それに奴は何故か俺に艤装を使わせようと手を抜いている。
その証拠に先程から俺に対しては一度も刀を振っていないのだ。
俺が今のままで奴を倒すにはその隙を突くしかねぇ!
「さっさと沈めてやるよこのクソアマがっ!」
「そうか……あくまでも艤装を展開しないというのか。ならば仕方ない、そこの駆逐艦には死んで貰う」
「てめぇ……させるかよっ!」
向きを変える奴に対して俺は今出せる最大推力を足裏に込めて全速力で暁の前に立ちはだかる。
だが奴は不意に足を止めるとこれ以上近付こうとはせずにあらぬ方向を見つめながら薄く笑ったのだ。
「なにしてやがる……なっ!その方角はまさか!?」
「ふっ、役者が揃ったな」
いやな予感が的中してしまったと同時に俺は思い切り叫んでいた。
「見るなひびきぃぃぃぃっ!!!」
「そん、な……姉……さん……それに吹雪さん達まで……」
俺の懇願虚しく響は絶望的な光景を目の当たりにしてしまった。
そしてそんな彼女の表情を見ていつか見た夢がフラッシュバックする。
間に合わなかった……いや、まだだ!まだ諦めるな!
「だ、大丈夫だ響!暁達はまだ生きてる。だから直ぐにそいつを倒して──」
「駆逐艦響、これがお前の選択した結果だ。お前の仲間は貴様のせいで直に死ぬ事になる」
俺の言葉を遮るようにアイアンボトムサウンドは響に惑わしの言葉をかけてきた。
「響のせいだって?寝言は寝て言いやがれ!」
「事実だ、更に言えばお前らが残ったせいで門長は艤装を展開出来ないでいる。貴様が幾ら理想を語った所でこれが現実なのだ」
「そ……んな……姉さんも……吹雪さんも……長門さんも私のせいで……」
「違うっ!お前のせいじゃない!おいっ、訳わかんねぇ事言って響を惑わせるんじゃねぇ!」
俺はアイアンボトムサウンドに飛び掛るが、奴は刀の鞘で軽くあしらいながら響へ話を続けやがる。
「貴様にも夢の終わりが来たのだ。受け入れろ、現実を」
不味い……このままじゃ絶対に駄目だ!
あの日見た悪夢が蘇り響が言葉にしようとしてる言葉が分かってしまった。
だがそれは絶対に言わせてはならない……どうすれば、どうすれば響を落ち着かせる事が出来る?
「い、嫌だ……嫌だよ……」
俺に何が出来るか分からない。
それでも何か言うんだ!
考えるな!気持ちのままに叫べ!
「お、俺を信じろぉぉぉぉぉぉっっ!!!」
「と……な……が?」
「響っ……!都合が良いのは解ってる。だから今だけで良い!俺を信じてくれっ!!」
滅茶苦茶な事を言ってる自覚はあるが関係なく俺は叫んだ。
「……なんだよそれ、今だけでもなんて虫が良すぎるよ馬鹿…………でも、解った……私は門長を信じる。だから門長も私と自分自身を信じて?」
自分自身をか……そうだな。
響が信じてくれるなら俺は何だって出来る。
「ああ、信じる。響の事も、自分の事もな」
「ありがとう。じゃあ私からのお願い……門長」
──艤装を展開して、皆を守って──
「響……それって」
「大丈夫。私達ならやれるさ」
「…………そうだな!」
大丈夫だ、響が居れば絶対に戻ってこれる!
二人なら不可能なんてねぇって事を証明してやっからよぉっ!!
「漸くか……」
「由紀さん、私は自分の選択を受け入れる。だけどそれでも私は諦めない。だから由紀さんもまた後で話し合おうよ」
「……機会があればね」
「アイアンボトム……てめぇが何を考えてるか知らねぇがお望み通り艤装を展開してヤルよ、精々後悔スルンだナ!」
視界の半分が紅く染まっていく。
思考がドス黒いナニカに侵食されて行く。
響達ヲ護る為ニこいつヲ沈めテヤル。
コロス……コワセ……イキトシイケルモノヲ……!
……チガう、守ル為に力を使ウんダ。
「ウぐッ……ググ……」
そう……衝動にマカせるんじゃない。
響達を護るっつう俺の意思で力を振るうんだ。
「響ヲ……あいツらを……護るっ!」
「来い、その意志が本物か見極めてやる」
奴は遂に抜き身の刀を俺に向けて構える。
ここからが本番という訳だ。
俺は深海棲艦の様に黒く変色した右腕を突き出し、左腕を腰に構えて距離を詰める。
明石曰くこの技術は守りの時にこそ真価を発揮するらしい。
俺向きの技術じゃねぇ事はあいつも解っていた筈だ。
それでもこれを教えたのはそれ以外に対抗する手段が無かったから……いや、
そしてそれは間違いじゃないと今は俺自身が確信を得ている。
ならば俺が目指す所はただ一つ、後手必殺だ!
「艤装を展開した割には随分と慎重だな?攻めてきたらどうだ」
「へっ、ソんな事言っててめぇガ近づクのが怖いだけダロ?」
「そうか……解った。その構えにそこまで自信があるのなら、その誘い……乗ってやろう!」
アイアンボトムサウンドは刀を頭の横まで持ち上げて水平に構えると、激しい水飛沫をあげて真っ直ぐに突っ込んで来た。
その速度は並の魚雷を凌駕する速度だったが、艤装を展開した俺の性能を以てすれば充分に反応出来るものだった。
「……っ!」
刀の柄の部分を右手で下に捌き相手のバランスを崩す。
「シャァオラァッ!」
「舐めるなっ!」
そして前のめりになった無防備な顔面に蹴りを振り上げるも、すんでのところで奴は咄嗟に刀から離した右手で蹴りを受け止めた。
衝撃は殺しきれず奴は吹き飛んで行くが刀は確りと持ったまま易々と海面に着地してみせた。
「チッ、動きは同じ位カ」
「ふん……強がりを言っても無駄だ」
奴も気付いてやがるか。
飛ばされる寸前に刀を取った俺の手を払い除けた上で奴は自分の勢いも乗せて飛び退きやがった。
俺に同じ真似が出来るかと聞かれれば無理と答えるだろう。
それ程までにタイミングは完璧だったと自負している。
……何て奴だ、あの時から感じては居たがやはり奴は他の海底棲姫とは明らかに次元が違う。
だが、当てる事さえ出来れば奴を倒せる。
「強がりカどうかは……身を持っテ確かめナァッ!」
俺は構え直して、先程より速度を上げてアイアンボトムサウンドへと突っ込んだのだった。