門長とミッドウェーの決戦と時同じくして中部前線基地ではもう一つの脅威が姿を現していた。
「ソコカ……ターゲット」
頭上に三角形のオブジェを浮かべる銀髪セミロングの人型の深海棲艦、バミューダは阿部が居る基地に視線を向けて直進していた。
その直後、水面下に無数の雷跡が浮かび上がった。
「フン、コンナモノ……」
それをバミューダは一瞥もする事なく両指の機関砲で魚雷を易々と撃ち抜き、続け様に急降下してくる爆撃機も両肩の対空ミサイルで次々と撃墜していく。
「クダラナイ、ソノ程度ノ知恵デ私ヲ倒セルトモ?」
「モチロォン、ソンナ訳ナイジャナ〜イ。ココカラガ本番ヨォ?」
水飛沫と爆煙でバミューダの視界が遮られた所に海中から出てきたのは中枢棲姫であった。
「愚カナ姫……己ガ役目ヲ真ッ当シテイレバ生キ長ラエタモノヲ」
「ゴ忠告ドウモ。デモゴ安心ヲ、私ハ勝テナイ相手ニハ喧嘩ヲ売ラナイ主義ナノ……ヨッ!」
中枢棲姫は言い終えるや否や海中から滑走路を伸ばしバミューダを空中へと打ち上げた。
「ハァ、タッタ一人デ私シニ勝テルト思ッテルナンテ……組織ト一緒ニ自尊心マデ肥大化シテシマッタノネ。可哀想ニ」
「アハハハハッ!私ガイツ一人デ戦ウッテイッタカシラ?」
『今ダッ!水上打撃部隊、撃テェッ!!』
次の瞬間、海を覆い尽くす程の戦艦、鬼、姫の艦隊は宙に放り出されたバミューダの着点へ全砲門を向けると間髪入れずに撃ち放ったのだ。
「マダヨ、潜水艦隊ハ魚雷を斉射ナサイ!」
『リョウカイ。センスイブタイ、ライゲキヨーイ!ハッシャ!』
その数瞬後、海面を叩く音が響き渡る。
それに合わせて到着した百を越える潜水艦が放った魚雷。
だが、その魚雷が捉えたのはバミューダ本体では無く切り離された魚雷発射管だけであった。
『姫様ッ!奴ハ爆煙ヲ使ッテ行方ヲ眩マセタヨウデス、周囲ノ警戒ヲ!』
「ワカッテルワ、既ニ背後ヲ取ラレテイルモノ。フフッ……船舶ガ空中デ動ケルナンテ洒落ニナラナイワネ」
中枢の背後で魚雷を構えたバミューダは右腕を失いながらも気にすること無く語りかける。
「アンナモノ爆風ニ乗ッタニ過ギナイ。人型ナラヤッテヤレナイ事ハ無イ。ソレヨリ……深海棲艦ヲ動カシテルノハオ前ジャナイナ?」
「アラァ、異ナ事ヲ言ウノネェ。私ガEN.Dノボスダトイウノハ知ッテル筈デショ?」
「ダカラコソ。オ前ナラコンナマドロッコシイ指揮ハシナイデ成果ヲ優先サセルハズ」
「ナルホドネェ……デ?ダッタラナンダッテ言ウノカシラ」
「……ナンテコトハナイ。指揮シテル奴モアソコニイルダロウシ、マトメテ消スダケ」
「生キテ此処ヲ通レルト思ッテ?」
「オ前ヲ沈メテ向カウ、ソレダケ。ソレジャアサヨナラ」
バミューダは一方的に話を終わらせて
中枢へと魚雷を放つ。
だが、その魚雷は中枢に届くこと無く突如爆破したのだった。
「……メンドクサイ、マタカ」
バミューダは伏兵をまだ忍ばせていたのだと直ぐに理解し海面に注意を向けて対潜魚雷を装填させる。
しかし、それが放たれるよりも早く一隻の深海棲艦が海面から飛び出して来た。
「オマエガ……オマエラガアノコヲ……ユルサナイワ……ゼッタイニコロスッ!!」
「海面カラアシヲ……!?チッ、離セ雑魚ガ……ッ!」
「ハナスワケナイデショ……オマエタチ、リトウノカタキヨ……イケッ!!」
「ハイッ!リトウサマトシズンデイッタミンナノカタキデスッ!」
「ワタシタチノムネン、オモイシレェ!」
バミューダの両足に掴みかかったリ級改flagshipに続き、リ級の配下で戦闘には加われなかった補給艦のワ級達が次々とまとわりついていく。
バミューダは鬱陶しげに彼女達を振り払おうと力を込めるが、そこで恐るべき事実に気付いてしまう。
「ナッ……!オ前達……一体何ヲ満載シテルトイウノ?」
「フフフ……イマサラキヅイテモオソイワッ!ワタシタチハゼンインギョライヲマンサイシテルワ」
「バ……バカッ。捨テ身ノ特攻ナンテバカナ人間ノヤル事ダゾ」
ここに来て漸くバミューダの顔色に焦りが見え始める。
それも当然である、なぜなら補給艦であるワ級の積載量は通常個体ですら一万トンを超えており少なく見積っても魚雷三千発分は積載出来るのだ。
それが四隻に同じく魚雷を満載したリ級、合わせて一万三千発以上の魚雷がバミューダの身体にしがみついている事になる。
下手に暴れる事も出来なくなったバミューダは武装を解除して降伏の意志を見せた。
「クッ……解ッタ、ココハ引ク。ダカラ馬鹿ナコトヲスル必要ハナイワ?」
だが、バミューダは知らない。
怒りや憎しみに取り憑かれた者に常識など通用しない事を。
そう言った感情を滅多に出さない彼女には想像し得なかったのだ……その恐ろしさを。
「バカハオマエヨ、アノコノイナイセカイニナニモミレンナンテアルワケナイジャナイ」
「リトウサマ、ソシテリキュウサントトモニッ!」
「ドコマデモオトモシマスッ!」
「ハ?チョット……本気ナ──」
バミューダが言い終える前に五隻はそれぞれ手に持った魚雷を振り下ろしたのだ。
「クソがっ!アタシが力不足のせいでアイツらが犠牲に……ちくしょう」
バミューダとの戦闘の一部始終をルフラより聞かされた摩耶は自分を責めるように机に力いっぱい拳を叩き付けていた。
「アレガリ級達ノ意思デソレヲ姫様ガ汲ンデアゲタダケダ。摩耶ガ責任ヲ感ジル事ジャナイサ」
「そんなこと言ったって……門長の奴ならどうにか出来た筈だし、そうでなくてももっと他に……!」
「オイオイ、コレダケノ規模ノ艦隊戦デ轟沈者ガアイツラシカ出テナイッテノガ既ニ有リ得ナイ状態ナンダゾ?」
「それは……解ってる……解ってるけどよ」
ルフラの言い分が正しい事は摩耶自身理解はしている。
それでも誰かを犠牲にしての勝利を喜べる筈が無かった。
「摩耶、一先ずの脅威は去ったわ。暫くは引き継ぐから少し休んでらっしゃい」
「明石……いや、大丈夫だ。あいつらがまだ頑張ってんのにアタシが下がったら士気に関わるだろ?」
「…………そうね。けど無理は駄目よ?」
「へへっ、解ってるよ。あっちの明石や松達に叱られちまうからな」
そう言って摩耶が軽く笑い、大きく深呼吸をしてから無線機に手を掛けた。
「離島の所のリ級達と中枢達の活躍により海底棲姫の一角の撃破に成功した!だが敵はまだ残ってる。疲労は溜まってるだろうが決して諦めんじゃねぇぞ!生きろ!!」
『『ウォーッッッ!!!』』
摩耶が全体に向けて檄を飛ばすのを一歩後ろで見守っていた明石だったが、不意に聞こえてきた足音に気付き即座に振り向いた。
「あ、貴女は……一体何処から!?」
「全く……私一人気付けないとはとんだ期待はずれだ」
呆れた様子で刀を鞘から抜いていく床に付くほどの長髪で色白の女。
門長の戦闘記録を観ていた明石は直ぐに思い当たる。
「刀の……海底棲……姫っ!?」
海底棲姫ことアイアンボトムサウンドは明石の言葉に応える事無く刀を構えた。
「此処は私が食い止めますっ!皆さんは早く──」
明石も即座に臨戦態勢に入り摩耶達に避難するように伝えようとするが……明石がその言葉を最後まで言い切ることも、摩耶達がそれを実行する事も叶わなかった。