響ショックから少しばかり立ち直り始めた俺は釈明のために訓練場を出て響を探し始める。
訓練は終わってるから恐らく自分の部屋にいる筈だ。
あ、きっと電には伝わってるよなぁ…………まあ、その時はその時だ。
俺は起こりうる未来に目を背けながら向かっていると正面から駆けてくる不知火の姿が視界に飛び込んで来た。
「どうした不知火?お前は阿部と一緒だった筈じゃ……」
「はい、こちらを直ぐに渡すように指示を受けました」
そういって不知火が渡してきたのは見覚えのある黒い機械だった。
「これって横須賀のアイツと連絡を取ってる無線機だろ?奴と話す事なんかねぇと思うが」
「いえ、相手は横須賀の明石ではありません。相手は……」
『よっ、元気にしてっか
その声は腹立たしいあの女ではなく海軍で唯一の俺の友人であり現元帥海軍大将、西村のものであった。
「おう、こっちは相変わらず話のネタには事欠かねぇがなんとかやってるぜ。それよりそっちからの連絡って事は例の件でなんか進展があったのか?」
『ああいや、そっちの進捗はまだまだって所だな。だがその過程であまり良くない情報が入ってきてな』
「良くない情報?こっちに寄越すって事は俺らに関係してる事か?」
『絶対とは言えないが可能性は高い』
西村はそう答えると暫しの溜めの後、言葉を続けた。
『海軍所属の艦娘から多数の艦娘の個体情報が消去されているんだ』
「個体情報の消去……つまり解体処分されてるって事か?」
『通常ならそうだが、解体したにしては資材の流れが合わない。それに普通なら解体するとは思えない主力の艦娘の個体情報もかなりの数消去されている』
確かに自分の主力艦隊まで解体するような阿呆がそんなにいるとは考え難い……のか?
ーそうだな、DRCSで運営している鎮守府からそういった誤解体の報告は上がっているがー
は?DRCSって、艦娘の待遇が良いんじゃねぇのかよ。
ー待遇は兎も角、アレは基本的に向こうからの指令は一方的なものだからなー
ああ、つまり鎮守府の奴がどんなにおかしいと思う指示だとしても抗議出来ないから実行するしかねぇって事か。
なんだそれ?どんなに待遇が良くても顔も分からねぇような奴の間違いで解体される可能性があるってのかよ……くそだな。
ー……問題はあれど彼らに頼らなければ戦線を維持する事も出来ない程に現代のこの国には提督の素質を持つ人間は少ないのが現状というわけだー
……まあいい。それもこれも世界が平和になれば全て解決する。
意識を表に戻した俺は西村にDRCSの誤解体かどうかを尋ねた。
『あぁ、残念な事にそっちもゼロじゃない……が、資材の流れが合わないのは実際に提督が着任している鎮守府だけの話だ』
「そうか、それがその良くない事にどう繋がるってんだ?」
『実はその内の鎮守府の秘書艦から裏付けが取れてな。正体不明の女が鎮守府に訪れて多額の資金と引き換えに艦娘の受け渡しの話を持ち掛けて来たのを偶々耳にしたそうだ』
「艦娘の受け渡しだと?つまり高練度の艦娘を集めてる奴がいるって事か」
『ああ、謀反の可能性も捨てきれないがそれにしては戦力が過剰過ぎるとも俺は考えている』
成程、海軍に対してですら過剰な戦力の引き抜きを行った理由が反逆でないのならそれ以上の戦力と対峙する……つまり今の俺らを相手にする為の引き抜きって答えに西村は行き着いたわけだ。
ー実際その可能性は高いだろうなー
ああ、しかし不味いな。これは最悪の事態も想定せざるを得ないかも知れん。
ーなんだお前さんらしくも……ってそうか、例え敵であっても駆逐艦には手は出せんかー
そういう事だ、だからと言って響達に傷一つ付けさせやしねぇが……響を悲しませる結果は避けられねぇかもしんねぇっつう不安はある。
ーまぁ、大丈夫だろう。存在からして滅茶苦茶なお前さんなら敵も味方も護る位の無理は押し通せるさー
存在が滅茶苦茶なのはテメェもだろうが。
……だがまぁ、言われてみればそうだな。
そいつらについては沈めずに無力化すればいいだけか。
それくらいの無理を通せないで世界平和なんて夢のまた夢だ。
「よし、分かったぜ西村。もしそいつ等がこっちに来たら全員責任持って送り返してやるよ」
『ながもん……分かった、だけど絶対に死ぬなよ?世界平和の為にも、お前が本当に護りたい彼女の為にもな!』
「ったりめぇよ!俺はずっと響と平和な世界に生きるって決めたんだ。こんな所でくたばる訳には行かねぇんだよ!」
『はは、それを聞いて安心したぜ。じゃあ彼女達についてはお前に任せる、その代わり人の問題は俺が確りとやっといてやるから軍艦に乗った積もりで待ってな!それじゃあまた今度なながもん!』
「ああ、またな西村」
西村との通信が終了した直後、タイミングを見計らったかの様に不知火の後方から阿部の奴がこっちに向かってきた。
「やあ門長君、彼から話は聞いたかね?」
「ああ。で?不知火に任せたならテメェが来る必要は無ぇだろ」
「なに、私自身も彼の話に補足をする為に直接赴いた次第だよ」
阿部は飄々とした態度で答える。
胡散臭い爺だが響達を護る為には情報は多いに越した事はない。
俺は急かす様に阿部に話を促した。
「まあ簡単に言ってしまえば艦娘の引き抜きを行っている組織と目的についてだ」
「組織と目的だ?なんでテメェがそんな事知ってんだよ」
「不知火や明石から話を聞いているとは思うが私は一度海底棲姫と接触している。その時に彼女達の目的を聞いた。そして鎮守府に訪れた女性の特徴だが、血色の悪そうな白い肌と足首まで届きそうな長い黒髪を三つ編みにした女性だったそうだ」
つまり艦娘を引き抜いていたのは海底棲姫の奴らって事か。
「そいつらが絡んでるって事は分かった。だがあいつ等が艦娘を態々引き抜く理由が分からねぇな」
「そこは私も疑問に思っていたが、恐らく奴らは艦娘対深海棲艦という均衡を保つ為にお互いに恨みを募らせる構図を描いているのでは無いかと私は考えている」
艦娘対深海棲艦か……確かにこの構図が崩れればこの終わらせる気の無い戦争は決着を迎える可能性が出てくる。
奴らはその後の世界に平和が訪れないのだと思い込んでいる以上、それだけは絶対に阻止しなければならないと考えてる筈だ。
だからこそ俺達を潰すのに併せてお互いの確執をより強固なものにしようって事なんだろう。
「だが、それならこっちとしては都合が良い」
「都合が良いとはどういう事でしょうか少佐?我々は深海棲艦に海底棲姫だけでなく同胞である艦娘まで相手にしなければならないのですよ?」
俺は訝しげに見つめる不知火の間違いを正す。
「いや、こっちから仕掛けなきゃ艦娘同士で戦う事は恐らくないだろう。まあ俺は撃沈対象かもしれんが」
「しかし、海底棲姫と繋がっているなら我々を攻撃してくる可能性は十分に有り得ます。事実私も海軍中の敵になっています」
「そうだな、不知火だけなら有り得るかも知れないが、海底棲姫の奴らは艦娘同士の仲間割れを望んでいない。何故ならうちの砲雷超が言っていた通り、艦娘と深海棲艦では個体の強さに大きな開きがあるらしい。そんな艦娘同士で争いが始まれば世界の均衡は一気に崩れ人間諸共艦娘は滅びる。だから例え俺達を沈める為でも奴らはその選択は取らない」
まあそれ以前にEN.Dが参戦すれば奴らはこっちの艦娘なんて気に掛けてる場合じゃなくなるだろうけどな。
「成程、言われてみればその通りだな」
「…………」
何か得心したように頷く阿部とは反対に信じられない事態を目の当たりにしたかのように放心状態の不知火に疑問を覚えた俺は不知火の肩を叩いて如何したのか尋ねると不知火ははっと我に返りすぐさま視線を反らした。
「いえ、失礼しました。まさか少佐が物事をそこまで考えているなんて思わなかったもので……」
なぁ……流石にそこまでストレートに言われると傷つくぜ?
ーははは、事実なのだから仕方あるまい?ー
はっ倒すぞ武蔵テメェ!
ーおいおい、お前さんが考えて動くようになったのなんて最近だろう?ー
ぐっ……ムカつくが否定できねぇ。
まあいい、そんなのは今後の行動で示していけばいいだけだ。
ーふむ、お前さんも成長したもんだなー
「ふっ……今までの俺の言動を見てればそうなるな」
「すみません、失礼だとは思ったのですが……誤魔化すのは苦手でして」
「……まぁ、別に気にしちゃいねぇよ」
多少ショックは受けたが響に冷めた視線を向けられるのに比べれば──ってああそうだ!響の誤解を解きに行く途中だったんだ!
こうしちゃいられねぇ!
「悪ぃ不知火っ!急用があるからまたな!」
「えっ?あ、はい。お気を付けて」
大丈夫、誠心誠意込めて話せばきっと響だって分かってくれる筈だ。
待っててくれ響ぃぃぃー!!
俺は不知火に一声掛けるとすぐさまその場を立ち去るのであった。
響への弁明>海底棲姫達の不穏な動き