響乱交狂曲   作:上新粉

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第百十六番

 雷から響の現在地を伝えられた俺は彼女に礼を言うと一目散に建物裏手の砂浜へ向かった。

 

「ひびきぃぃっ!!」

 

「と、門長!?」

 

俺に気付いた響は慌ててその場を離れようとするがその手を雷に引かれ尻もちをついてしまう。

 

「ほら、逃げないの。門長さんに伝える事があるんでしょ?」

 

「あう……」

 

「そういう事だから門長さん!後は響の事はお願いするわね!」

 

「お、おう?」

 

いまいち状況が掴めていない俺を置いて雷は意気揚々とその場を立ち去って行った。

 

えーと……と、とりあえずさっきの誤解を解かねぇとな。

 

「ひ、ひびき?さっきの事なんだが……」

 

「えっ!?あ……っと……それは……その……」

 

「俺が悪かった!」

 

「……えっ?」

 

頭を強く地面に打ち付けて謝罪を続ける。

 

「雷に抗えなかったのは僅かでも俺に浮ついた気持ちがあったからだ!響、本当にすまない!」

 

「…………ああなんだ、そっちの事か。えと、こっちこそ門長の話も聞かずに飛び出しちゃってごめんね」

 

そう言って響はしゃがみこむと俺の頭に手を置いてゆっくりと撫でながら続けた。

 

「さっきの事については雷からも改めて聞いたし、本当に気にしてないよ。だから顔を上げて?」

 

「ひび……き?」

 

言われるがままに顔を上げるとそこには少し頬を赤らめつつも慈愛の目で見つめる天使()の微笑があった。

 

「…………好きだ」

 

あまりにも神々しいその姿に思わず言葉が漏れる。

 

「…………」

 

と、不意に手が止まったかと思うと響はスッと立ち上がり背を向けてしまった。

 

「えと……ひびき?」

 

どうしたのかと訊ねてみるが響からの返答は無い。

 

も、もしかして……何かやらかしちまったか?

 

弁解しようにも何も思い付かず俺は背中に冷や汗を垂らしながら響の言葉を待った。

 

「……と、となが」

 

「うぇ、ど、どうした?」

 

「…………わ、私も……だよ」

 

「え?いま……」

 

「それじゃあ私は部屋に戻るからっ!」

 

頭の中の整理が着く前に響はさっさと走り去ってしまった。

 

え、でもまさか……?

 

頭は未だに理解が追いついていないが何故か俺の目尻からは心の汗が流れ落ちていた。

 

……そうだな、響の為にも絶対に生き抜いて見せる!

 

俺は気持ちを締め直し、自主練をしに一人訓練場に帰ろうとしたその時。

 

「ハァ~イ?随分ト機嫌ガ良サソウジャナイ」

 

「中枢か、どうした?」

 

突然海中から現れた中枢に内心舌打ちをしつつも、何の用事か尋ねる。

 

「ナニヨ、用ガ無イト来チャイケナイノ?」

 

「じゃあな。俺は忙しいんだ」

 

「全クモウ、冗談モ通ジナインジャ彼女ニ嫌ワレチャウワヨ?」

 

「てめぇは俺に喧嘩を売りに来たんだな?」

 

「アーコワイワーダレカタスケテー」

 

「よし、歯ァ食いしばれ!」

 

「アハッ、悪カッタワヨ。チョット冗談ガ過ギタカシラ?ソンナニ怒ラナクテモ用件ヲ伝エタラ帰ルワ」

 

ぶん殴りてぇなこいつ……。

中枢は暫くふざけ倒した後、満足したのか漸く本題を話し始めた。

 

「ソレデ今日ココニ来タ理由ダケレド。少シ前ニウチガ引キ入レタ軍閥達ニ奴ラカラノ勧誘ガアッタノ」

 

「引き抜き?奴らがそんなこっちに情報を漏らす様な事をしてんのか?」

 

「普通ナラヤラナイワネ。ケド少シ前カラ支配海域デ不穏ナ動キガアッタカラ彼ラニハ敢エテ無所属デアルヨウニ振舞ワセテタノ」

 

成程な。まだEN.Dの配下で無いと思わせれば戦力を集めようとしてるあいつらなら引き込みに来るって事か。

 

「で?そいつらから何か有益な情報でもあったのか?」

 

「エエ、奴ラガコノ基地ヲ襲撃スルタイミングト規模ガ解ッタワ」

 

「いつ襲撃が来るんだ?」

 

「作戦ノ決行ハ一応次ノ満月ノ夜ト言ッテイタワ。カナリノ数ノ軍閥ヲ引キ込ンデルラシク推定規模ハ深海棲艦ダケデEN.Dノ四割、以前私ガ此処ニ集結サセタ位ノ数ガ予想サレルワ」

 

敵の規模も楽観視出来ねぇが、奴らが主導である以上最終的に俺が海底棲姫共をどうにか出来ればいい話とも言える。

それよりも奴らの襲撃日時が凡そでも分かったのが幸いだ。

迎え撃つ準備が出来ればやれる事も増えるだろうしな。

 

「分かった、それじゃあ俺は基地の全員に今の話を伝えてくる。中枢は軍閥の引き込みは一時中断して此処に全戦力を集めてくれ」

 

「ソレハ構ワナイケレド、余計ナ横槍ヲ入レラレタクナイノナラ此方ノ戦力ヲ全テ集中サセルノハオススメシナイワァ?」

 

横槍?一体こいつは何の事を言ってるんだ。

 

ー恐らく海軍から艦娘が来る可能性の事を言っているんだろうー

 

海軍から?

 

ーそうだ、以前中枢がこの基地に大規模な戦力を集中させた際に低練度の艦隊が此処まで来ていただろ?ー

 

ああ、そういや結局俺が居ない内に長門達が鎮守府正面海域まで送ったんだったか。

つまり海軍が戦っている大半の深海棲艦がEN.D所属だからそれを集めると海軍の艦娘までやって来て面倒だって事か。

 

「言いたい事は分かった。じゃあ海軍の奴らを止めながらこっちに割ける戦力はどれくらいだ?」

 

「ソウネェ。三割……イイエ、海域ヲ治メテル姫ヤ鬼ヲ呼ブナラ二割ガ限度ッテ所ネ」

 

鬼級や姫級か……正直数だけ居てもしょうがねぇしな。

 

「よし、そしたら鬼や姫を含めて二割でいいから直ぐこっちに集めてくれ」

 

「ワカッタワ?ソレジャア伝エル事ハ伝エタシコレデオ暇サセテモラウワネェ。アァソウソウ、ルフラヲ連レテキテルカラ相談ガアレバアノ子ニ話シテネー」

 

そう言い残し、中枢は再び海中へと潜って行った。

さて、俺もこの事を伝えに行くとするか。

 

直ぐに回線を開き呉の明石へと繋ぐ。

 

「あ、門長さんどうしましたか?」

 

「重要な情報が入った。三十分後に作戦会議を始めるから会議室に来るよう全員に伝えろ、以上」

 

「え?あ、はいっ!三十分後ですね?」

 

明石からの返事を確認すると通信を切断し進行方向を会議室へ舵を切ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから三十分後、全員の視線が集中するなか先ほど中枢から聞いた内容を話した。

 

「っつうわけで奴らは遅くとも次の満月を目処に俺らを潰しに来るつもりだ」

 

静寂の中、固唾を飲み込む音だけが会議室に響く。

まあ考えてみりゃそれも当然だ。

響達は前回中枢棲姫によって絶望的な事態を味わっている。

更に言えば今回はそれらが明確な殺意を以てこっちを沈めに来るってんだから冷静で居られる筈がない。

そこまで理解して俺はこれからどうするかを話し始める。

 

「だが、今回は港湾の他にも中枢の所の協力も得られている。だから深海棲艦の方はそいつらにどうにかして貰う。その代わり、皆には艦娘達の説得をして欲しい」

 

「少佐、それでは結局我々が海軍の艦娘と戦う事になるのでしょうか?」

 

不知火はそう尋ねてきた。

恐らく俺が前に艦娘同士で戦う事は考えにくいと言った事に関してだろう。

だがその時の発言を撤回する気など更々なかった。

 

「確かに向こうが撃ってくる可能性は否めないが、それは海底棲姫共にとって望まぬ事態であり奴らは必ず何かしらの手段で妨害に入るだろう。逆に言えばその妨害さえどうにかしちまえば艦娘と深海棲艦の確執を強固な物にするっつう奴らの目的の一つを崩せる訳だ」

 

「それはそうかも知れませんが……もしも海底棲姫が動き出せば我々でどうにか出来る事態では無くなります」

 

不知火の懸念は尤もだ。

奴らが動き出さない保証などないどころか寧ろその可能性の方が大きい。

 

「その時は俺が奴らを止めるからその間に不知火達には向こうの艦娘を連れて撤退して貰う」

 

奴ら自身が出張って来たり、手段を選ばないようならその時は俺がどうにか撤退するだけの時間を稼ぐ。

呉の明石が俺の記録を見た限りでは俺は改レ級の他に二体の海底棲姫を相手にしているらしい。

 

その二体も沈められていれば記憶にある限りでは後三体か……正直それ以上存在しない事を願うしかねぇのが歯痒いが、恐らくそれ以外にどうにか出来る手段はねぇ。

 

話し合いで解決……阿部の野郎にはああ言ったが実際話す隙すらあるかどうか。

奴らは本気で俺等。いや、()()()()()()()を潰そうとしていやがる。

そこにそもそも話し合いの余地など無く、万歩譲った所で俺達を生かす選択肢など存在してねぇだろう。

 

 

≪と……なが、おね……がい…………こんな世界……≫

 

 

っ!?今のは……

 

瞬間的に脳裏を過ぎった映画のワンシーンの様な映像は俺に得も言えぬ不安を煽った。

 

「門長?おい、大丈夫か門長!」

 

「ん、ああ大丈夫だ。ええと済まん、なんだったか」

 

おっと、少し考えこみ過ぎた様だ。

どうやら不知火から質問があったらしい。

 

「いえ、相手の企みを挫く目的は分かりますが……そこまでのリスクを冒してまでするべきではないかと。戦力的なメリットも大きくありませんし」

 

「確かに不知火の言う通りリスクは大きいし戦力として期待している訳でもない」

 

幾ら高練度だとしても個の戦力では鬼や姫には及ばないらしいしな。

 

「だが……先を見据えれば深海棲艦と艦娘の繋がりを強める為にもこっちの事情を知ってる海軍所属の艦娘は多いに越したことはない」

 

「深海棲艦と艦娘の繋がり……少佐は本当に実現させるつもりですか?」

 

「ああそうだ。っと、そういやまだ全員には話してなかったか?俺の目標は人間と艦娘と深海棲艦の共存、彼奴らの言う均衡なんかじゃない真の世界平和だ」

 

自分で言っててもくせぇ台詞だが俺が響と安全に暮らす為に絶対に成し遂げなければならねぇ。

今の世界じゃ俺が居るだけで響達に厄災が降り掛かっちまうからな。

 

「海底棲姫共は最悪沈めてでも俺が止めて見せる。だからお前達は身の安全を第一にやってくる艦娘に対話を持ち掛けてくれ」

 

不知火や吹雪、暁はそれぞれ顔を見合わせてそれぞれ頷くと再びこっちに向き直る。

 

「門長さん、海底棲姫は貴方に任せて良いのですね?」

 

「おう、和解出来るとは言えねぇが奴らを沈めてでもお前達に手出しはさせねぇ」

 

暁の問いに強く返す。

答えに納得した吹雪が頷くと続けて暁が人差し指をこっちに突き立てて続いた。

 

「軽率な行動で響の期待を裏切ったりなんかしたら絶対に赦さないんだからねっ!」

 

「へっ、当たり前だろ?何があろうと俺は必ず響の元に帰ってくる。だからお前らも誰一人欠けずに帰ってこいよ!」

 

暁の忠告に俺はサムズアップでそう答えた。

 

「他に質問はあるか?無いなら基本方針はこれで行く。細かい動きはそこに居る明石達と話し合ってくれ、以上!」

 

後は彼奴らに任せとけば良いだろ。

俺はあくまでも海底棲姫共に対抗するだけだ。

だから今は少しでも力を付けていかねぇとな。

 

ーそうだな、まだ明石にも勝てて居ないしなー

 

うるせぇよ、あとちょっとだっつうの!

 

一人会議を出た俺は武蔵に反論しつつ決行の日に向けて訓練場へと入って行った。

 

 


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