━━チャレンジャー海淵海底某所━━
「ミッドウェー、只今参リシマシタワ」
「バミューダ、来マシタ」
「アイアンボトムサウンド、あなた様の前へ」
「面を上げなさい」
三人の海底棲姫が傅く先から幼子の様な声が洞窟内に響き渡る。
その声の命ずるままに三人は顔を上げると大きな椅子のシルエットの先に居るであろう存在が口を開いた。
「貴女達に重要なお知らせがあるわ。一つは門長和大の事よ」
「門長ッテアノソロモン達ヲ沈メタッテイウ男ノコトデショウカ?」
「そうよ、私は彼をこちら側に付ける為に動いて居たのだけれど
「マサカ、アナタ様ノ計画ヲ阻メル存在ガイルナンテ信ジラレナイデスワァ?」
「ソレ以前ニアナタ様ノ計画ニ気付ケル相手ガ居ルトハ思エナイケド」
「ふふ、まあ凡そ見当は付いてるからそれはこっちでどうにかしておくわ。それよりも今は世界のバランスを著しく崩しかねない存在となった門長和大達の一掃を最優先目標に設定するわ」
目の前の存在に再び頭を垂れる二人だったが、アイアンボトムサウンドだけはその存在に対して意見を述べた。
「具申致します。彼らはEN.Dを取込み既に深海棲艦の約八割を掌握しています。門長一人ならともかく周囲のそれらまで排してはそれこそ取り返しのつかない事になりかねません」
「それなら問題ないわ。EN.Dの軍閥吸収は妨害しているし、艦娘や人間は大淀と掌握した大本営上層部が管理している以上均衡を保つのは容易よ」
「そうでしたか……出過ぎたまねをしてしまい申し訳ありません」
そう言ってアイアンボトムサウンドは一歩下がって頭を下げた。
「気にしていないわ、それよりもう一つの事だけれど。ミッドウェー、貴女達が殺害した筈の阿部元帥の生存が確認されたわ」
「エッ?モ、申シ訳アリマセン。確カニ心臓ヲ撃チ抜イタ筈ナノデスガ……」
「別に責めてる訳じゃないわ、彼も今は門長和大と合流しているみたいだから次こそは生き返る余地すら与えずに消しなさい」
「ハイッ!必ズヤ遂行致シマスワ!」
「必ズヤ」
ミッドウェーは深く頭を下げて宣誓し、続けてバミューダも頭を下げた。
「期待してるわよ。それとアイアンボトム、貴女に任せた例の件はいまどうなってるかしら?」
「はい、今の所こちらの申し出を断った者は居りません。残りにも声を掛けますが現状でも作戦は十分に遂行出来る範囲かと」
「そう、それじゃあ決行日時は追って伝えるわ。解散!」
「「ハッ!」」
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阿部がこの島にやって来た翌日、俺は今日も何時もの様に大本営の明石から稽古を受けていた。
「門長さん!持ち前の体幹の良さに過信せずもっと自分で意識してください!」
「分かってるっつうの!」
くそう、頭では分かっててもどうして思う様に行かねぇんだ!
「…………」
「…………」
集中しなきゃ出来るもんも出来ねぇのは解ってる……けど、後ろで見学してる二人の視線がさっきから気になって仕方ねぇ。
俺は明石に待ったをかけると一言も発さずに黙って見ているサイドテールと雷に近付き声を掛けた。
「なぁ、見てて楽しいか?つか阿部と一緒に居なくて良いのかよ」
「これが武術というものなのね、興味深いわ」
「門長さんっ、応援してるわ!」
「お、おぉ。さんきゅうな」
サイドテールの仏頂面は兎も角隣の雷に関しては一切質問の答えになっていない。
まあ元気な少女に応援されるのは悪い気はしないが。
取り敢えずこの二人は阿部の事にそこまで関心が強いわけではない事はわかった。
ん?じゃあなんでこんな所までついてきたんだ?
気になった俺は声を掛けたついでにその事も聞いてみる事にした。
「なあ、お前らってどうして阿部についてきたんだ?」
二人は俺の問いに少し首を傾げるとそれぞれ答え出した。
「そうね、提督について行ったのは私にとっても都合が良かったのよ。赤城さんを失って腑抜けてしまった姿なんて五航戦の子達に見せたくは無かったから」
よく分かんねぇが……恐らくその赤城って奴はこいつに取って掛け替えの無い存在だったんだな。
「そうか、それじゃあもしかして雷も……」
「へ?違うわよ?」
「え、違うのか?」
「ええ!私は深海棲艦と艦娘が共存してるっていうあなた達に興味があるの、だから色々話を聞かせて欲しいわ!」
へぇ、海軍の常識じゃ深海棲艦は敵だっつう認識だと聞いていたが全員が偏見に凝り固まってる訳じゃねぇみてぇだな。
「なるほどな、まあ俺に答えられる事なら訓練が終わった後なら幾らでも聞いてくれて構わねぇぜ」
「ありがとう門長さん、とっても助かるわっ!」
…………やっぱ良いな、愛らしい少女に感謝されるのは。
「門長さ〜ん?感傷に浸ってる所悪いですけどまだ訓練中ですよ〜?」
呆れを含んだ明石の声が俺の感動を妨げる。
奴め、この俺の邪魔をするとはいい度胸だ、次こそ地べたにひれ伏さしてやる!
「分かってんだよ!次は負けねぇぞ明石ぃー!」
俺は振り返ると一足飛びで明石の元へと突っ込んで行った。
二時間後、俺は定められた結果とでも言う様に既に見慣れてしまった天井を見上げながら呼吸を整えていた。
「それでは今日はこの位にしておきましょうか。お疲れ様です門長さん」
「……おう」
横たわる俺に一礼して訓練場を後にする明石。
その姿が見えなくなった辺りで呼吸が落ち着いてきた俺は上半身を起こして雷達の方へ向き直った。
「待たせたな、暇だったろう?」
「いえ、大変興味深かったわ」
「お疲れ様っ、門長さん!」
「ありがとう、助かる」
「気にしないでっ、どんどん頼っていいのよ!」
雷は俺を労いながら冷たい麦茶とタオルを渡してくれた。
なんつーか彼女はあれだな、つい頼ってしまいそうな不思議な魅力を感じる。
知り合って間も無い俺にも無償の愛を注いでくれる、まるで聖母の様な少女だ。
だが……彼女は危険だ、と。
いつの間にやら少女に膝枕をして貰っているというなんとも至福な瞬間にも関わらず何故か俺の勘は今も警鐘を鳴らしている。
「雷?流石にそこまでして貰わなくても大丈夫だぞ?」
「駄目よ!少し休んで行きなさい!」
「いや、そうじゃなくてな……」
立ち上がろうとする俺とそれを引き留める雷、そして少し離れた所から様子を眺める仏頂面の女。
そんな良く分からない状況に一人の来客が訪れる。
「門長?大本営の明石さんから訓練が終わったって聞いたんだけど……」
「あ……ひ……響……?」
ま、不味い……雷に引き戻されたこのタイミングで入って来るなんて。
俺は脳内をフル回転させて言い訳を考えるがいい答えは一向に浮かんでこない。
なんて事だ、響が俺を迎えに来てくれる程の仲になったと思ったらこのざまだ。
「これは……その……だな?」
「雷……加賀さん……?」
俺がどうにか弁明しようと口を開くが、響はそんな俺には目もくれずに俺に膝枕をしてる雷とそれを眺める仏頂面を交互に見返していた。
「貴女は……舞鶴第八鎮守府の響よね?」
「あ……響、紛らわしくてごめんね?申し訳無いけれど私達は貴女の知ってる二人じゃないわ」
「あ…………いや、その……ごめんなさい」
声を震わせながらも頭を下げる響に仏頂面の女は歩み寄って包み込むように抱き締めた。
「貴女はずっと頑張ってきたのね。大丈夫、もう我慢する必要は無いわ」
「だ、だって……姉さんも吹雪さんも頑張ってるのに……」
「そう、貴女は優しい子ね。ならその二人の事も私に任せてくれないかしら?」
「加賀さんが?」
顔を上げて尋ねる響に仏頂面の女は頷いた後、響に微笑みかけた。
「ええ、だから貴女も我慢しなくて良いのよ?」
「でも…………」
「恥じる事ないのよ。私もね、大切な人を亡くした直後は雷に沢山泣きついたのだから」
「加賀も足りなかったら何時でも私を頼って良いのよ?」
雷はそう言って自分の胸に手を当てて満面の笑みで答えた。
くそう……あのサイドテールめ、なんて羨ましい奴なんだ。
俺がやったら確実に響に軽蔑される様な事をやってのけるとは!
だがしかし、これで響の心の負担が少しでも軽く出来るのなら此処は見守るしかない。
「ありがとう雷、また今度頼むわ?」
「ぷふっ、頼むんだ……ははっ……へん……な……の……うう……うっ……ひぐっ……う、うああぁぁぁぁん!!」
サイドテール女の冗談か分からない一言に一瞬気の抜けた響はそれまで抑えていた気持ちが咳を切った様に溢れ出した。
サイドテール女はそんな響の背中を泣き止むまで優しくさすり続けていた。
やがて落ち着きを取り戻した響がサイドテール女を離し、改めて頭を下げた。
「加賀さん、ありがとう。おかげで少し気持ちが楽になったよ」
「そう、それは良かったわ。じゃあ私はこの後の予定が出来たので失礼するわ」
サイドテール女はそう言って響の頭を軽く撫でて訓練場を出て行った。
あの女、良い所を全部持っていきやがって……だが今回は許してやろう。
お陰で俺の問題のシーンは響の意識からそれてくれた様だからな。
「……所で門長?さっきのはどういう事か説明して貰えるかい?」
あのサイドテールがぁぁぁぁぁぁ!ぜってぇ赦さねぇからなぁ!!
「いや、あれは不可抗力というか……気付いたらなっていたっつうか……」
何故だ、俺は事実を述べている筈なのに言い訳くさく聞こえるぞ?
当然響も俺の説明に納得してる様子は無い。
はっ!そうか、俺が言うから言い訳がましく聞こえるんだ!
「雷っ、君から俺の無実を証明してくれ!」
「分かったわ!響、門長さんは悪くないのよ!彼がして欲しそうだったから私が勝手にやっただけなんだからっ!」
「……ふ〜ん?」
ストップ雷っ!その言い方だと根本的な問題が解決してねぇ!
「いや、あれだって……無理に拒んだら雷に失礼だし、へたすりゃ怪我させちまうかも知れないだろ?」
「ふーん、まあいいさ。良く考えたら別に門長が誰と何しようが私には関係ないもんね?」
そう言って訓練場を出て行こうとする響に俺は頭を床に叩き付けて叫んだ。
「悪かった、響っ!俺は確かに少女が好きなロリコンだ……だけどっ、心から愛してるのはお前だけなんだっ!!」
俺の魂の叫びは果たして彼女に届いたのか。
「………………ばかっ」
「あっ、響!?ちょっと待ちなさいってばぁ!」
響はそのまま振り向く事無く駆け足でその場を去ってしまった。
その後を追うように雷も訓練場を出て行く。
はぁ、最近上手く言ってたと思ったんだけどなぁ。
ーはっはっは、まさかあのタイミングで告白とはやるなぁ相棒ー
引っ込んでな武蔵、今は相手してやれるような気分じゃねぇんだ。
ーふむ、まああまり心配する事もないと思うがな?まあいい、今は大人しくしてやるさー
あ〜、せめて誤解だけでも解いておきたいが……駄目だ、まだ立ち上がれそうにねぇわ。
俺は立ち直るまでの間、仰向けのまま茫然と先程の響の後ろ姿を思い浮かべていたのであった。
加賀さんは優しい(`・ω・´)キリッ