大本営の明石の奴から稽古を受けて早くも三ヶ月が経過していた。
体感的にはもっと経ってるように感じるがまぁいつもの事だろ。
俺は天才的なセンスによって明石の技とやらを次々と吸収し最早本家本元である明石すら軽々と超える程の使い手となっていた。
そんな俺は今横たわって青空を見上げている。
何故かなど答えるまでもない。
「ったく、俺とした事が油断したぜ」
そう、油断さえしなければ今や明石に負ける道理などない。
「門長さん、僅か三ヶ月でここまで身に付けた事は賞賛に値します。ですがハッキリ言って雑なんですよ。重心の移動にもっと気を配って下さい」
「ああ?やってんだろ!何が間違ってる!」
「例えば横中段蹴りを受け流した時に門長さんの場合重心が前に寄っているんです。この時は重心を真下に移動させないと相手が柔術の心得が無くとも力量差によっては受け流せずに押し切られてしまいます」
そうか前に重心が……って解るかんなもん!
……とはいえ、明石が艤装格納時の俺の横蹴りを難なく往なして見せた以上俺も明石の一撃くらい軽く捌かなけりゃメンツが立たねぇ。
「よっしゃ!もう一度だ、掛かってこいやぁ!」
「そうですね……っと、すみません。その前にやらなければならない事が出来ましたので此処で一旦休憩にしましょう」
「あぁ?なんだよ……ったく仕方ねぇな」
「すみませんね、それでは午後は一三○○にこちらで再開しましょう。それでは失礼しますね」
それだけ伝えると明石は訓練場を小走りで出ていった。
実際ちんたらやってる時間はねぇが、休息は重要だからな!
つーわけで俺は響を探しに行ってくる!
見つかんねぇ……。
響を探し求めて暫く歩き回っていた俺は海岸から水平線を眺める不知火の姿を捉えた。
「ん?何してんだあんな所で……」
俺は不知火のすぐ後ろまで近付くが気が付く様子は無い。
不知火がここまで警戒を疎かにするなんて、一体何が見えてるんだ?
俺は不思議に思いながらも不知火が見つめる先を同じ様に見つめてみる。
…………お?あれは……軍艦か?
視線の先に僅かに映る艦影に俺は嫌な記憶を思い出していた。
深海棲艦の登場で一気に廃れた旧式の軍艦に乗って来てるのは恐らく海軍の人間だろう。
宇和の例もあるし厄介事に巻き込まれる前にさっさと沈めるか。
「不知火」
「はっ!?はい!」
「じゃあ俺は工廠に置いてある主砲取ってくっからその間の監視を頼む」
驚きの余り肩を跳び上がらせる不知火の可愛い姿を記憶に焼き付けながら俺は彼女にあの船を見張ってるように頼む。
「え……あ、と……」
俺は狼狽える不知火を待たずに工廠へ行こうと振り返るが不意に手を引かれる感覚に思わず足を止めた。
「お?どうした不知火?」
「門長少佐、あれは敵ではありません。ですのでこのままお待ち頂けませんでしょうか」
「よし分かった、ならこのまま待つか」
「え……」
不知火がそう言うならそうなんだろう。
俺は直ぐにそう結論付けて不知火と共にあの船が近付いて来るのを待つ事にした。
それから三十分後、小型船に乗り換えて明石とサイドテールの女、それと響と同じ服を着た茶髪の少女の三人に先導されて軍服に身を包んだ男は中部前線基地へ上陸してきた。
あの野郎は……。
「横須賀第一鎮守府、元空母機動部隊旗艦加賀よ。よろしく」
「同じく横須賀第一鎮守府、元第一水雷戦隊所属雷よ!よろしくね門長さん!」
長門と離れた今でもアイツに対する憎しみは微塵も風化していない。
「久しぶりだね門長少佐。その顔なら大丈夫そうだが一応自己紹介しておこう。私は横須賀第一鎮守府の提督、そして元帥海軍大将
「てめぇ……なんで生きてんのかは知らねぇが良く俺の前に姿を現せたなぁ!」
「少佐っ!?」
俺は瞬時に阿部の胸ぐらを強く締め上げる。
「ぐっ…ふ……此処で君に殺されるのなら其れが私の運命なのだろう……だが私怨に彼女を巻き込んでしまうのは忍びない。そうは思わんかね少佐?」
「あぁ?なんの話し━━」
阿部がそう言っておれの右腕の少し下を指さした。
釣られて視線を少し下にさげるとそこには物干し竿に掛かった衣類の様に俺の腕に掴まって揺らめく不知火の姿があった。
「少佐……!不知火はどうなっても構いません。ですが司令だけはどうかっ!」
いや、必死なのは分かるがその体勢で言われてもな……。
まぁ言っても奴は人間だし、連れてきた艦娘の数からしても俺達と事を起こそうって訳でも無いようだ。
なら無為に不知火を悲しませることもねぇか。
「まあいい、取り敢えずは不知火に免じて見逃してやろう」
俺はぶら下がる不知火を隣に立たせ頭を撫でながら告げた。
「そうか、ありがとう不知火。お陰で生き長らえる事が出来たよ」
「い、いえっ……ですが、司令はあの時……」
不知火の疑問に対して阿部は静かに笑うと自身の肩に指をさし答える。
「なに、簡単な話さ。彼女が辛うじて私の命を繋いでくれたのだよ」
そう言って阿部の奴が指を差した方に目を向けるとぼけーっと空を見上げる額にねじり鉢巻きを巻いた妖精が奴の右肩に座っていた。
「これは……応急修理妖精?しかし彼女達は私達艦娘しか直せない筈では……」
「分からないかね?まあ大雑把に言ってしまえばお前達や門長君と同じ存在となった訳だ」
俺や不知火達と同じ存在だぁ?それが本当なら油断ならねぇな。
警戒を強める俺に対して阿部は軽く笑いながら言葉を続ける。
「そんな警戒しなくとも艦娘の改修は行っていない。言わば君達の劣化版の様なものだから戦闘能力は人間のそれと変わらんよ」
「そうか……その割にはさっき俺が掴み上げた時に後ろの三人が動かなかったのはどういう事だ?」
こんな所まで付いてくるくらいだからコイツらの間にも夕月達にも劣らない程の信頼関係はある筈だ。
コイツらが提督じゃ無くなった奴の命令を聞く必要も無ぇしな。
「なに、我々の目的は最終段階に入っているからね。私が死んだ場合はそこの大本営の明石君に頼んであるよ」
「大本営の明石?」
あぁ、なるほどな。
明石が先に来てたのは実力を見せて俺の信用を得る目的もあったって訳か。
「って、それなら別にてめぇが来る必要もねぇじゃねぇか」
「そうだな、私が来たのは我々の目的には一切関係なくただ私自身の我儘さ。君と同じ境遇を持つ
「はぁ、俺と同じ境遇だ?」
「ああ。あれはもう三十年近く前になるか、艦娘を建造出来る設備が出来ず何処からともなく現れた艦娘を人は神の遣いだと本気で信じられていた頃。私は当時士官学校の教官として士官候補生達を指導していた」
阿部は良くある前口上を述べるとそのまま昔語りを初め出した。
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当時は艤装適性検査等といった表立ったものこそ無かったものの、私達教官には候補生達に兵装を触れさせてその結果を報告する義務があった。
その当時大本営より貸与されていたのは、現在においても大多数の人間には起動させる事すらままならない艦娘専用の兵装、三十二号対水上電探であった。
扱える人間など存在する筈がない。
それが軍上層部の見解だったにも関わらず、当時兵装研究の第一人者であった結城博士はこれまでの数々の功績により上層部の反対意見を押し切り研究を続投させたのだ。
それでも適性個体が見つからなければ今の現状にはならなかっただろう。
だが、結果として適性個体は現れてしまった。
「頭の中に波形状の何かが……これは?」
「おおっ、見たまえ阿部君!遂に現れたぞ!!」
「まさか……」
私と結城の立会で行われた適性検査の中で彼女は事も無げに電探を扱って見せたのだ。
彼女の名は
当時の海軍では珍しい女性士官候補生の彼女に対する風当たりは決して弱いものとは言えなかったが、それでも彼女は揺るがない意志を秘めた強い眼をしていた。
「おめでとう伊東由紀君、君は力を手にするチャンスを手に入れたんだ!」
「力……?それってどういう事ですか?」
いきなりチャンスなどと言われても状況を飲み込める筈もなく、彼女は結城に怪訝な視線を向けていた。
しかし、結城はそんな彼女の事を気に止める事無く私に指示を出す。
「阿部君、こちらの準備が整うまでの一ヶ月の間被検体の安全を最優先に頼むよ?」
「彼女の意思は確認しないのですか?」
「確認など不要。倫理がどうこう云いたいのなら君が彼女を頷かせたまえ」
言いたい事だけ言うと結城は足早に部屋を出ていった。
「はぁ……取り敢えず今君が置かれている状況を話そう。その上で質問があれば私の知ってる範囲で応えよう」
そうして私は彼女に艦娘の存在、そしてその艤装を扱える適性個体を結城が探し続けていた事、実験の内容については聞かされていない事など私が知りうる限りの情報を伝えた。
「あの男は確認など必要ないと言っていたが、私はそんな非人道的な手段を認める気はない。君が拒むのならば私は君の意志を優先させて貰う」
門長君からすれば信じ難い話だろうが、当時の私は有無を言わさぬ結城のやり方には反対であった。
そんな私の話を聞き終えた彼女は暫く考えた後、私に一つ質問を投げ掛けた。
「阿部教官、私が此処で嫌だと言えば教官は私を逃がしてくれるのかも知れません。ですがもし私が別に構わないと言ったら教官はどうしますか?」
「言っただろう、私は君の意志を優先させてもらうとな」
彼女の問いは何を求めて居たのか、あの時の私は気付く余地もなく当たり障りのない回答をしてしまっていた。
「……そう、ですね。阿部教官、それじゃあこれから一ヶ月よろしくお願いします」
「そうか……」
彼女は少しの溜めの後、頭を下げて私にその場に残る意思表明を見せた。
それから一ヶ月。
私と彼女の間にはこれと言った会話など無く遂に結城の元に連れていく時が訪れたのだった。
「これ以上は本当に後戻りは出来ないぞ?お前は本当にこれでいいのか」
最後の問い掛けに対して彼女は口を開くことなく研究所へ歩み始める。
彼女が覚悟を決めているのであればこれ以上私が口を出すのは無粋というものか。
そう結論付けた私はこれ以上彼女に干渉する事なく研究所まで見送った。
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「だが、結果として実験も私の決断も失敗だった。艦娘を超えた存在となった彼女の叛逆により研究所は壊滅し結城博士も伊東由紀本人もそのまま行方不明となった」
「ふ〜ん、よく分かんねぇがまあ叛逆されても文句を言えた義理じゃねぇわな」
そもそも力があるのに弱い奴に従うなんて相応のメリットがあって成り立つもんだしな。
「その通りだ、後になって自らの過ちに気付いた所で今更私の言葉など彼女には届かない。だから門長君……身勝手な願いだと言うことを承知で頼む。私の代わりにどうか彼女の事を救ってくれないかだろうか」
確かに身勝手な野郎だ。
その女を救えなかった事を後悔してる癖にてめぇ自身で同じ実験しやがってんだからな。
だがまぁ、一つだけ此奴に感謝するとすれば響を護れるって事だろう。
「よし、そいつの特徴を言ってみろ。どうするかは兎も角話だけは聞いてやるよ」
「門長君…………!ありがとう」
「うるせぇ、てめぇの感謝なんか要らねぇからさっさと話せ」
「ああ、あの時の彼女は人より白い肌と下ろした状態では引き摺ってしまう程の黒髪を三つ編みにしていた。そしてこれは私の予想だが、恐らく海底棲姫達と行動を共にしているだろう」
白い肌に引き摺る程の黒髪で海底棲姫の仲間…………ちっ、よりにもよってあの黒長髪アマがそうだって云うのかよ。
初めてあった六人の他に居るなら違うかも知れねぇが……。
「おい、そいつは剣術か何かやってたのか?」
「剣術?済まないがそれは分からない。だが彼女は当時日本でも名の売れた剣術家に
なるほど、そいつの身内なら剣術を習ってても不思議じゃねぇって事か。
だが本当にそいつが俺の会ったアイツの事なら沈めることすら簡単な話じゃねぇ。
「話は解った、だがもしそいつが俺の知ってる奴の事なら約束はしねぇ。ま、もし話す機会があればてめぇの事を伝えておいてやるよ」
「そうか……いや、充分だ。これで私も心置き無く準備に取り掛れる」
「準備?一体何をする気だ」
「なに、基本的には君の目的を優先するつもりだ。しかし世の中どうにもならない事の方が多い。我々が行う事はそういった不測の事態に備えて保険を掛けておくのだ」
つまり、艦娘と人類と深海棲艦の和解。
それが成されなかった時は取捨選択を行う。
阿部は迷い無くそう答えた。
だがそんな事はさせねぇ、響やエリレ達の為にも絶対に成し遂げて見せる!
「てめぇが考えてる様な事には絶対にさせねぇ。もし邪魔する気なら容赦しねぇぞ」
「ああ、もちろんだ。私とてそんな理想の世界があるのなら是非お目にかかりたい」
「ちっ、まあいい。だが言っとくが不知火に免じて矛を収めてやっただけで、てめぇの事を赦した訳じゃねぇって事を忘れんなよ!」
俺は吐き捨てる様にそう言うと阿部の返事など待たずにコイツらの事を不知火に任せて建物内へと帰って行った。
救うっていってもな、本人も納得してるなら俺がどうこう言うことでもねぇだろ。
ーそうだな、本当に納得していたのであればなー
あ?なんだよ武蔵。その伊東って女は自分から望んで実験を受け入れたって言ってたじゃねぇか。
ーうむ、そうなんだがな。やはり彼女が提督にした質問の意味が引っ掛かるのだー
ふーん、俺にはよく分からんがどっちにしろ奴が聞く耳を持たなければこっちだって加減してやる気は無いぜ?
ーああ、それは当然だ。それで仲間を守れなければ本末転倒だからなー
そういう事だ。だからそいつの意思がどうであろうと俺のやる事は変わらねぇ、対話が出来なきゃ全力で潰すだけだ。
ー充分だろう。提督とてそれ以上は高望みすまいー
ま、そいつの事はおいおい考えるとして……だ。
今は響と飯を食う方が先決だ。武蔵、響が今何処に居るか分かるか?
ーはっはっは、それでこそお前さんだよー
はあ?何言ってんだこいつ。
まあいい、先ずは食堂に行ってみるか。
食堂に居るだろうとアタリをつけた俺は食堂方面へと向きを変えて再び歩き始めたのだった。
んー、門長ってこんなキャラだったかな?だったはず?