アタシが次に目が覚めた場所は見覚えのある工廠の天井だった。
艤装を外してからの記憶はねぇけど診察台の上で横になってタオルケットまで掛けて貰ってるって事は無意識にここまで来たってのは考えにくい……って事は、気を失ってたのか?
……マジかよ、長門にも言われたばかりだっつうのになにやってんだアタシは。
「あっ、まやさんがめをさましたです!」
「あかしさんにつたえてきます!」
アタシが頭を抱えていると俄に騒がしくなった。
顔を上げるとそこには二人組の妖精が丁度工廠を出て行こうとしている所だった。
「あ、ちょっと待った。悪ぃが少し聞きたい事があんだけどよ」
アタシが呼び止めると片方の妖精は振り返って聞き返してきた。
「はい?どこかからだのちょうしがおかしいですか?」
「いや、体調は大丈夫だけど……それよりアタシを運んでくれたのはお前達か?」
「いいえ!じむしつからでてきたあかしさんがかいほうしてました!」
事務室って事は大本営の明石か……迷惑掛けちまったみたいだな。
それにしてもたった一日で倒れるなんて情けねぇ。
次からはこんな事にならねぇ様にもっと気合い入れてかねぇとな。
アタシが反省していると不意に工廠の扉が大きく開き、外から血相を変えた明石が飛び込んで来た。
「大丈夫ですか摩耶さん!?」
「うぇっ!?って呉の明石か、アタシなら大丈夫だって」
「あ…………あぁっ……よかっ……たぁ!」
「お、おいおい。お前の方が大丈夫かよ」
明石はアタシの姿を捉えるとその場に崩れ落ちて大きく息を吐き出した。
「摩耶さんが倒れたって聞いたからまた無理してるんじゃないかって……私……」
「あー……無理をしたつもりはねぇ、けど情けない事に身体が訓練について行かなかったって言うか……な?」
あんまり認めたくねぇけど心配掛けちまった明石に隠し立てする訳にも行かねぇしな。
だが、その言葉に異を唱える声が聞こえてきた。
「摩耶、今回の事は貴女の体力が無いとかそんな単純な話では無いわ」
「あ、大本営の……それってどういう」
遅れて工廠に入って来たもう一人の明石、大本営の明石はアタシと呉の明石を事務室へ招き入れた。
「以前に艤装を常時装備したまま生活をしていたという話は呉の明石から聞いてたわ。それももう二ヶ月以上前の話だったので特に問題は無いと思っていたのだけれど……」
「まぁ、確かにそんな事はあったけど。でも今は艤装は毎日外してるぜ?」
「ええ、ですが三ヶ月近く続けていたその無理な運用で貴女の身体には深刻な後遺症が残ってしまったのね」
深刻な後遺症……。
アタシの中で嫌な考えが過ぎるがそれを振り払うように頭を何度も振ってから大本営の明石に詳しく尋ねる。
「……で、その後遺症ってのはなんだ」
「防衛機能の過剰反応とそれに伴う生命維持優先状態への誤遷移……簡単に言えば疲れを感じやすくなるのと昨日みたいに肉体の限界を誤認して行動制限が掛かってしまうって事ね」
「えぇ……と、つまり疲れやすいってのとそれを危ねぇって勘違いして無理矢理休めようとするって感じか?」
「ええ、その認識で問題ないわ」
そっか、じゃあ昨日みたいな訓練はもっと慣らして行かねぇと駄目だって事だな。
「成程な、そしたらアタシは別の組に移る事になるんだな?」
大本営の明石の期待に応えられなかったのは残念だが焦っても仕方ねぇ。
それでもその時までに自衛位は出来るようにしとかねぇと皆に迷惑掛けちまうからな。
「ああ、後遺症の事は分かったからそれより今後どうするか考えようぜ?」
「…………」
そう思い大本営の明石に訊ねたのだが、明石は一向に応えようとしない。
まあ何か難しい顔してるし考えがあるんだろう。
アタシはそう結論付けて待っていると、暫くして漸く明石が口を開いた。
「摩耶……工作艦として言わせてもらうわね?貴女には向こう1年間艤装の装着及び高負荷の訓練を禁じます」
「…………は?何言ってんだよ。確かにあいつらとは歩幅は合わせらんねぇのは分かる……けど艤装の装着と訓練の禁止ってどういうことだよ」
「どうもこうもそのままの意味よ。今後一年は艤装を付けずに激しい訓練もせずに暮らしなさい」
「…………ふ……ふ、ふっざけるな!!アイツらが必死に頑張ってるっつうのにアタシだけ護られてろって言うのかよっ!」
アタシは大本営の明石の胸ぐらを掴みあげて声を荒らげた。
それでも明石は冷静にこっちを見つめたまま続ける。
「至って真面目な話よ。知らなかったとはいえ貴女はそれだけの無理をしてきたの。これ以上無理をすれば普通に生活する事すら困難になるわよ」
「く……くそっ……が……」
「…………すみません摩耶さん。私がもっと早く気付くべきでしたのに」
隣で頭を下げ震える声で謝る呉の明石の姿を見て、アタシの理性は辛うじて心を引き留める。
解ってる、明石達に非はない。
今思えば呉の明石が絶対にやるなと言っていた行動を取ってた事に気付かなかったのはアタシだ。
それに大本営の明石だってアタシの身体を気遣っての発言だっつう事も分かる。
だから此処で二人に当たっても意味はねぇんだ。
大本営の明石の襟からゆっくりと手を離し二、三歩下がる。
「……悪かったな、明石。アタシはちょっと部屋で頭冷やしてくる」
「摩耶さん……」
「心配すんなって明石、こんなんでへこたれる摩耶様じゃねぇって。んじゃまたなっ」
アタシは申し訳なさそうに見つめる呉の明石に対して、極力いつものアタシらしく返してから工廠を出ていった。
はは……全く、艦娘の癖に艤装を装備する事も出来ねぇなんて笑っちまうよな。
ま、艦娘の使命を全うしようなんて崇高な心意気があった訳じゃねぇし…………そ、それに艤装が使えなくても今の生活に支障が出るでもねぇしな!
そう……だから気に病む事なんか…………くそっ……くそがっ…………ふざけんなっ!
皆が居場所を護る為に必死に歯ァ食いしばって強くなろうとしてるこんな大事な時にただ護られてるだけなんて認められっかよ!!
ちくしょう……どうすりゃいい…………。
……まてよ、例え艤装を使ったって今すぐにどうにかなるわけじゃねぇ筈だ。
だったら明石達にさえ気付かれないように訓練すれば良いだけじゃねぇか。
そうだ、せめて自分の身を自分で守れるくらいになってあいつらに迷惑を掛けねぇようにするんだ。
「おおっ、大丈夫だったか!明石から参加出来ないと聞いていたからやはり無理をしていたのではないかと心配してたのだ」
「長門……?」
ああ、そっか訓練の間の休憩時間中か。
この時間で既に息を切らしてるって事はきっと昨日よりハードな内容になってるんだろうな……アタシの身体が耐えられない様な訓練か。
「摩耶?どうした、まだ体調が優れないのなら休んで居た方が良い。部屋まで送ろうか?」
「……ははっ、心配掛けちまって済まねぇ。身体の方は大丈夫だぜ。ただ身体がついていけねぇみたいで今後一緒には訓練が出来ねぇのは残念だけどな?」
「む……」
「ま、そういう事だからそっちも頑張れよなっ!」
眉を顰める長門から視線を外しアタシはそのまま歩き始める。
しかしその直後、長門の右腕がアタシの肩を掴んで引き戻した。
「っ……!なんだよ、休憩時間はしっかり休んだ方が良いぞ?」
アタシは声色を変えないように気を付けながら長門に伝えるも、長門は気にせず無線を繋ぐと連絡を取り始めた。
「ああ、私だ。明石、勝手を言って済まないがこの後の訓練は私抜きで進めて欲しい……ああ……そうだ、すまんがそれで頼む」
「おいおい、天下のビッグセブン様が訓練をサボって良いのかよ?」
明石に休みの報告を行う長門に敢えて軽口を叩くが長門は一切耳を貸さずにアタシの腕を引っ張って近くの部屋に入って行った。
アタシは長門の行動が理解出来ずに黙って様子を伺っていると長門は近くにあった椅子を引き寄せてどっしりと腰を落とし、威圧するような低い声で話し始めた。
「済まないな摩耶、先程は軽く濁したがお前の身体事については大本営の明石から全て聞いている」
「……っ、そうか。まぁ隠す事でもねぇしな」
「私が明石から聞き出したのだ……で、その上で質問だ摩耶。お前はこの後どうする気だったのだ?」
「どうするって……そりゃあ艤装が使えねぇんだから飯作ったりとかいつも通りに過ごすしかねぇだろ?」
アタシは気にしてない風を装って答える。
だけど長門は全てを見透かしているかのように鋭い目付きでアタシを睨みつける。
「摩耶よ……貴様はそんな見え見えの虚勢を張っているのだ」
「なっ、何を言ってんだよ。アタシは別にいつも通りだって!確かに戦えないと宣告されたのは悔しいけど明石に止められたんだからもう割り切ってるよ」
「割り切ってるか……摩耶よ、元舞鶴第八の艦隊旗艦であるこの長門を余り舐めるなよ?」
長門の一喝がアタシの心を揺さぶる。
強くなれるあんたにアタシの何が分かる。
大切な仲間を護れる力を持ったあんたに何が分かるって言うんだ。
内側から溢れんばかりに押し寄せる負の感情を吐き出さない様にアタシは奥歯を強く噛み締める。
だが、続く長門の言葉はアタシの感情を逆撫でた。
「はぁ、私に真っ向から対立してきたあの時の貴様とは大違いだな……
「なっ……!てめぇに何が分かる。他の奴らが此処を護る為に歯ァ食いしばって努力してる中で
良いから放っておいてくれよ……アタシだってこれ以上こんな姿晒したくねぇんだよ。
「役立たず……?ふむ、お前は本当にそう捉えているのか?」
「はぁ?本当も何も艤装すら着ける事が出来ないアタシが役立たず以外のなんだって言うんだよ!」
「艤装がなければ役に立たない?そんなもの貴様の思い込みに過ぎん。そんな事は既に分かっているものだと思っていたのだがな?」
長門が何を言わんとしてるのか理解出来ないアタシは訝しむように睨み付けた。
そんなアタシの視線に気付いた長門はアタシに確認する様に質問を投げてきた。
「では聞くが摩耶よ、戦闘能力に乏しい一般的な工作艦は戦力外か?」
「なわけねぇだろ!あいつらには専門の知識と技能があるじゃねぇか!」
「そうだな。それでは人間……例えば西野の事はどう思う?艤装も使えず戦える程強くもない。そんな彼女は居ても居なくても変わらない約立たずだと思うか?」
「それ……は……ちがう」
確かに西野は戦えないし、そこまで頭が切れるようにも見えなかった。
それでも球磨達にとって掛け替えの無い存在であった事は当時のアイツらの様子を見てれば誰でも分かる。
西野はただ提督としてでだけでなく同じ仲間としてもアイツらの心を支えていた。
「そうであろう?なれば我々艦娘が艤装を使えずとも役立たずと決め付けるのは早計だとは思わんか?」
「…………」
長門が言いたい事は解る。
だが果たしてアタシにそれだけの何かがあんのか?
長門は未だ心が定まらないアタシの肩に手を置き、真っ直ぐとアタシの目を見て口を開く。
「摩耶、お前は何故我々と同じ班となったか聞いたか?」
「……いや、明石が何かアタシに期待していたんだとは思うけど」
「その通り、明石はお前に期待を寄せている。そしてそれは艤装が無くなった程度で失われるものでは無い」
「艤装がなくても……か」
その言葉で喉につかえていたものがストンと落ちた気がした。
まだ答えが見つかった訳じゃない……けど、そんな事まで教えて貰わなきゃ分からない程の馬鹿じゃどうしようもねぇ!
見てろよ、艤装が使えなかろうとアタシはアタシだ。これまで通り出来る事はなんでもやってやるぜ!
「サンキューな長門、もう大丈夫だ!アタシはこれから工廠に戻るからお前も訓練に戻れよな!」
「ふっ、いい顔だ。これなら心置き無く訓練に打ち込めよう。またな摩耶よ」
「おうっ、またな!」
アタシは元気良く長門に言葉を返すと部屋を出て再び工廠へと駆け出して行った。
うちの摩耶様に艤装なんて必要無かったんや!