響乱交狂曲   作:上新粉

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第百五番

門長の持っている刀がカチリと音を立てた次の瞬間、目にも映らぬ速さで明石(大本営)へ突っ込んだ。

その場に居た殆どの者には門長の姿が突然消えた様に見えていたが、大本営の明石だけは捉えていた。

いや、正確には限界まで思考を加速させていた彼女でさえ殆ど直感によりかろうじて反応していたに過ぎなかった訳だが。

 

(規格外とは聞いて居ましたがまさかここまでとは………っ!)

 

明石(大本営)の予想では門長の一閃を受け流した上で二撃は与えられると想定していた。

しかし門長の急速に膨れ上がる威圧感に自身の想定を更に上方修正するもそれすらも凌駕する門長の動きに瞬時にその考えを捨て己の培われた経験と直感に全てを委ねた。

その結果、自身の被害を省みず左手を刀の前に突き出す。

 

(ぐっ……うぅ!)

 

刀は無情にも明石(大本営)の左手をまるでバターの様にすんなりと切り裂いていく。

だがそれでも彼女は痛みに耐えながらほんの僅かに減速した刀身を掴んだ。

そしてその瞬間明石(大本営)は自身に襲い掛かる吹き飛びそうな程の力を利用し自身の体を無理矢理捩じる事で軍刀の腹目掛けて手刀を叩き付けた。

 

すると刀は彼女の狙い通り打ち付けた所から綺麗に二つに折れ刀身は門長の手から放たれるも残されたエネルギーが明石(大本営)の身体を激しく襲った。

だが明石(大本営)の闘志は錐もみ状態で吹き飛ばされても尚尽きては居なかった。

 

「ぐっ……!」

 

明石が吹き飛ばされながらに放った単装砲は見事に門長の眼前で爆煙を上げていたのだ。

 

 

 

と、ここまでが僅か一秒の出来事である。

それを見ていた者達はその後巻き起こる砂塵によって視界を奪われるが、そうでなくとも見えていた者は皆無だった為特に問題は無いだろう。

 

そうして結果しか見えなかった者達にとっては明石(大本営)が一方的にやられた様に映るが、真実は少しばかり異なっていた。

 

戦闘性能では駆逐艦にすら劣る工作艦が限定された条件とはいえ規格外の怪物、海底棲姫に匹敵する力を前に武器を破壊し尚且つ大した損傷でなくとも確かに一撃を与えたのだ。

 

門長が技術という物を認めるには充分過ぎる程の偉業を彼女は成し遂げた。

そんな彼女に門長は歩み寄り右手を差し出す。

 

「立てるか?」

 

「門長さん……ありがとうございます」

 

明石(大本営)は門長の手を借りてゆっくりと起き上がる。

そして明石(大本営)を立ち上がらせた門長は不敵な笑みを見せて再度右手を差し出して言った。

 

「充分だぜ、これからよろしく頼むな。明石」

 

「えっと……あ、はいっ!こちらこそ宜しくお願いしますね!」

 

明石(大本営)は一瞬キョトンとしていたがやがて門長の言葉の意味を理解しはにかんだ笑顔で握手に応えた。

 

そうこうしてる間に高速修復材を持った響が工廠妖精と共に現れた。

 

「あ……あぁ……明石さん!妖精さん、直ぐに治療を!」

 

響には余り凄惨な光景に思わず高速修復材を落としそうになったが直ぐに我に返り工廠妖精へ指示を出した。

 

そんな中門長は内心焦っていた。

響に高速修復材を持ってこさせたのは最悪の事態を考えての事ではあったがそれ以外にも響に今の様な光景を見せたくなかったからでもあった。

だが響が高速修復材を持ってくる以上それは無理な話であった事に今の今まで門長は気付いていなかったのだ。

 

(ややややばい!響に嫌われる……ど、どうする!!)

 

「あ、あのな響。これは……だな?」

 

「門長っ!」

 

門長はどう弁解するか悩んでいた。

正直に言えば最悪の事態どころか予想以上の結果だったのだが、それを伝えた所で響が納得する筈がない。

寧ろ初めからそうするつもりだったのかと更に怒られかねない。

そんな感じでしどろもどろしていた門長を助けたのはなんと(響からみて)被害者である明石(大本営)だった。

 

「響ちゃん。門長さんはね、私を信じてくれてたから真剣に相手をしてくれたのよ?私がその期待にちょびっと答えられなかったから怪我しちゃっただけでね」

 

「門長が……?」

 

「そう、それに彼が私を沈める気だったらこの程度じゃ済まなかったわ」

 

「門長……そうなの?」

 

響に見つめられた門長は思わずたじろいでしまいそうになったが何とか踏み留まって答えた。

 

「そこまで綺麗な話じゃねぇが……確かにこいつならやってくれんじゃねぇかって期待はあったし、致命傷にならないように気は使ってたつもりだ。けど……まぁ、高速修復材が必要となる事態も想定してたってのも事実だ。すまん」

 

門長は明石(大本営)のフォローを有難く思ったが、やはり響に隠し事は出来ないと正直に話す事にした。

響は門長の言葉を聞き、考えを纏める様に腕を組んで暫くうんうんと唸っていたがやがて彼女は門長の前に立ち一言だけ指示した。

 

()()、門長が壊したの?」

 

響が指を差したのは門長が明石(大本営)より借りた軍刀であった。

 

「えっと、これは……」

 

軍刀は紛れもなく明石(大本営)によって叩き割られたのだが、実際のところ軍刀は本来掛かり得ない異常な負荷により彼女の左手が触れる時には既に耐久限界を迎えていたのだ。

門長はその事実を知っていたからこそ少しばかり言葉に詰まったが、すぐに気を落ち着けて答えた。

 

「ああ、そうだよな。悪い事したら謝んねぇとな」

 

門長の答えに響は黙って微笑む。

そうして門長は真面目な顔で明石(大本営)の前に立ち、初めて自分の意志で駆逐艦(少女)以外に頭を下げた。

 

「明石、軍刀を駄目にしちまって悪かったな」

 

「あ、いえ。直接破砕したのは私ですから。それに一応原形は留めてますので問題はありません」

 

「それはよかった。こっちで直せるようなら資材は勝手に使ってくれ」

 

門長と明石(大本営)のやり取りを見ていた基地の面々は響を除き一様に唖然としていた。

傍から見れば門長の受け答えは何ら変哲もない一般的な内容だが、門長を知っている者からすればこれは今まででは考えられない様な対応なのだ。

それでもこの場に水を差すような無粋を行う様な者は居らず、奇妙な空気の中で話は進められていく。

 

「基地に残ってる奴らが全員集まって来たのは予想外だったが手間が省けた。もう聞いてるだろうがこいつは大本営所属の明石、此処中部基地が近々最前線となる可能性があるっつう事で俺らが自分の身を護れる様に鍛える為に来てくれたらしい。詳しくは本人から聞いてくれ」

 

そういって門長は明石(大本営)へと話を繋げる。

 

「はい、それではご説明致します。まず初めに私達が今回想定している相手の戦力ですが、一つは皆さんの中には相対してる方も居ると思いますが海底棲姫と呼ばれる規格外です。と言っても実際に相手が出来るのは門長さん位でしょう」

 

明石(大本営)の言葉がどうしようもない真実である事は門長と共に闘ってきた長門や実際にチュークと相対した不知火達は嫌と言う程身に染みていた。

それでも深海棲艦と戦う為に再び世界に生を受けた彼女達にとって屈辱以外の何物でもなく、拳をキツく握りしめる者も少なくなかった。

そんな彼女達を鼓舞するように明石(大本営)は少し語句を強めて続ける。

 

「ですが、敵は奴らだけではありません。あちら側の深海棲艦だけでなく、最悪海軍側の艦娘すら敵対する可能性があります。ですから……いえ、だからこそ戦闘となった際私達で周囲の敵を退け門長さんが奴らだけに集中出来るよう力を尽くすのです!」

 

明石(大本営)の鼓舞は基地の艦娘達の心を昂らせる。

それは普段戦闘を行う事がない摩耶や松達も同様であった。

 

「明石よ、私や竹は練度はまだ低い……だがこの基地の為、ひいては仲間の為に戦える力を学ばせてくれ!」

 

「アタシも頼む!皆が命掛けて戦ってる時にただ基地で待ってるってのは耐えらんねぇよ」

 

「勿論です。ただし、海軍側では半年後に強襲作戦を決行するとの話ですが前後する可能性も十分考えられる以上、訓練内容は熾烈を極める事になりますのでそれ相応の覚悟しておいて。じゃあ門長さんを除く全員にはこれから演習を行ってもらうから直ぐに艤装を着けて此処に戻って来るように、以上!」

 

「「りょうかいっ!」」

 

明石(大本営)の話が終わると含めた基地の面々は工廠へと歩き出す。

それを後ろから眺めていた明石(大本営)はふと思い出したように明石(呉)と門長を呼び止めた。

 

「明石、それと門長さん。ちょっとこっち来て貰えますか?」

 

「へっ?なんでしょうか」

 

「俺を響から引き離す程重要な話なんだろうなぁ?」

 

「ええ、門長さんがタウイタウイで海底棲姫と相対した事までは聞いてますがその後奴らと遭遇したり奴らの動向を聞いたりしましたか?」

 

海軍側の作戦は海底棲姫達の目的を考えた上で半年の間に動き出す可能性は低いという予測の元に建てられた作戦である故、前提が違えば作戦自体が無駄になってしまうのだ。

だからこそイレギュラーである門長と海底棲姫の動きを出来る限り把握しておく必要がある。

そしてそれは正しい判断であったと門長の返答が物語っていた。

 

「タウイタウイか。あれ以降のあいつらと接触はしてねぇが……あ、そういや中枢の奴がなんか言ってた気が……」

 

「中枢?その方は一体……」

 

「あ?ああ、そういやさっきは居なかったな。中枢棲姫だったか、なんか深海棲艦共を纏めてるボスらしい」

 

「中枢棲姫……」

 

明石(大本営)の記憶にあるのは春に存在が確認された姫級の深海棲艦。

海軍全体で波状攻撃を仕掛け漸く撃破に成功した規格外ではないにしろ他の姫級とは一線を画す存在である。

 

「それで、その方はなんと?」

 

「あぁ、なんか俺が組織と手を組んだら奴らが動き出すとかなんとか言ってたな」

 

明石(大本営)は門長の返答に言葉を詰まらせた。

奴らの目的を考えれば中枢棲姫が門長に行った事は至極当然なのだ。

中枢棲姫ほどの力を持つ深海棲艦が纏める組織なら少なくとも以前門長達が相対した離島棲姫と同等かそれ以上の規模があるだろうと明石(大本営)は考えていた。

 

中枢棲姫と門長さん達は現在協力関係にある訳ですか……だとすると奴らは直ぐにでも動くかも知れない。いや、直ぐに動くのであれば艦娘を扇動する事は厳しい筈ですし……

 

「おい、なにブツブツ言ってんだ。話は終わりか?」

 

「ふぁ!?あ、ええと……それとですね!門長さんは常時万全の状態で臨める様直ぐに入渠して来て貰えますか?」

 

考えに没頭していた明石(大本営)は突然声を掛けられた事で少々慌てながらも門長にもう一つの要件を伝えた。

格下相手であれば多少損傷を負っていようと問題はないが、同等以上が相手の場合その僅かな損傷が勝敗を分ける。

だから入渠時間が圧倒的に長い門長は訓練時間を削ってでもこまめに入渠するべきだと明石(大本営)は考えたのだ。

 

話が終わったら直ぐに響の元へ戻ろうと考えていた門長は一度は不満の色を示すが、明石(大本営)の考えを何となく察したのか門長は何も言わずに入渠ドックへと向かって行った。

 

門長が居なくなり、二人の明石だけが残った海岸。

少しばかりの静寂の後、先に声を掛けたのは明石(大本営)であった。

 

「ねぇ、門長さんの戦闘データって残してあるかしら?」

 

「門長さんの戦闘データですか……あるにはありますが」

 

明石(呉)の歯切れの悪さに明石(大本営)は疑問を覚えるも気にせず続ける。

 

「どういう事?まあいいや、それなら後で見せて貰える?」

 

「えぇっとぉ……情報に欠損が多いので参考にはならないと思いますよ?」

 

「情報に欠損ね……取り敢えずこの目で確認したいわね」

 

明石(呉)は何故か目を逸らしながらしどろもどろしている。

そんな彼女の態度に辛抱ならなくなった明石(大本営)は一方的に話を進めた。

 

「もういいわ!兎に角演習が済んだら向かうから準備しといて!」

 

「は、はいぃ!!準備しに戻りますっ!」

 

明石(大本営)は逃げるように去っていく明石(呉)を見送ると水平線へ向き直り皆の到着を待った。

 

「ふぅ……さて、期待してるわよ」

 

 

 




久々の戦闘が肉弾戦とか……どうしてこうなったorz

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