長門さん達と別れてから凡そ一時間が経とうという時、水平線上が黒く見え始めた。
遂に視認距離に入ったという事だ。
思わず足を止めてしまっていた私は既に内心は穏やかでは無かった。
此処に来るまでもいつ集中砲火を浴びても可笑しくないという恐怖に苛まれ何度も足を止めそうになっていた。
それでも砲声や艦載機のエンジン音が聞こえて来ない事と超性能な電探で相手が見えているという事実を自分に言い聞かせて何とか足を進めていた。
だけど相手の姿が直接見えるようになって今まで抑えつけていた恐怖心が再び暴れだした。
怖い……嫌だ……戻りたい……長門さん……門長ぁ……
もう駄目だ、膝がガクガクでこれ以上動けないよぉ……
深海棲艦達の砲身全てが私に向けられ今にも放たれようとしている。
怖い……逃げ出したい…………けど、駄目なんだ。
皆に護られてばかりなんて……迷惑を掛けてばかりなんて……そんなのは嫌だ!
互いに支え合い、助け合って困難を乗り越えて行くのが仲間なんだ!
だからこれは私の役目。そう、私にしか出来ない事なんだ。
「動けっ……立ち止まるな!」
自分の膝を思いっきり叩いて喝を入れる。
そして腕で涙を拭い足に力を入れて前に進み始める。
「ただ護られて居るだけの私じゃ……ない!」
大丈夫、怖くなんかない!
周りの威圧なんか気にも留めず私はただ突き進むだけ!
辿り着いた先には長く二股に分かれた前髪と頭に大きな角を生やした人型の深海棲艦が本人よりも大きな異形から伸びる砲門をこっちに向けて待ち構えていた。
「戦艦……棲……姫?」
その姿は知識としてのみ知っている存在、戦艦棲姫に類似していた。
しかし、その答えは本人によって訂正される事となった。
「奴ト一緒ニサレテハ困ルナ、ワタシハ戦艦水鬼改ダ」
「戦艦水鬼……改?」
言われて見れば資料や写真で見ていた戦艦棲姫とは特徴が違っている事に気が付いた。
でも戦艦水鬼は確か二回り程大きな連装砲だった筈……
だが戦艦水鬼改はそんな私の疑問なんかに興味は無いらしく続けて口を開いた。
「マア名前ナドドウデモイイ。ソレヨリモ駆逐艦、貴様ハ何ヲシニ単艦デ此処マデキタノダ。特攻カ?」
「ち、ちがう。私は……私は……」
此処で私はもう一度此処まで来た理由を思い起こした。
降伏しに来た?
ちがう!
仲間を逃がして貰いに来た?
……いや、そうじゃない。
私が此処まで来た理由、それは……
「話し合いに来た!」
私は戦艦水鬼改を真っ直ぐ見つめてそう答えた。
相手は目を細めると何も言わずにじっと見つめ返してくる。
永遠に続く様な錯覚さえ覚えるような張り詰めた静寂は遂に戦艦水鬼改の溜息によって破られた。
「ハァ……デ?ワタシト何ヲ話シ合オウトイウノダ?」
「えっ……ええと……」
「……マァイイ、コチラカラノ要求ハヒトツ。降伏シロ、ソウスレバ貴様ラノ命ダケハ助ケテヤロウ」
「…………」
やっぱり私達の降伏が目的なのかな?
でも、その要求自体がなんの為なのかが分からない。
「その要求に答える前に一つ聞いて良いかい?」
「ナンダ?イッテミロ」
「その指示を出したのは誰だい?」
「ソノ答エヲ貴様答エル義理ハナイ」
戦艦水鬼改は答えなかった。
けど、それこそが私に確信を与える答えとなった。
私は気持ちを落ち着けて改めて相手の目を見てこう答えた。
「私達は降伏はしないよ」
「ドウイウ事カ解ッテ言ッテイルノカ?」
私の答えに戦艦水鬼改は怪訝そうな顔で聞き返して来る。
けれど私の答えは変わらない。
「私は話し合いでの解決を望んでる。けどそれは決して降伏なんていう結果じゃない」
「我々ト対等ナ立場トデモイウツモリカ?」
「そうだね。私自身にはなにも力なんてないけど、話し合いで解決出来なければお互いが不幸になってしまう未来は見えているよ」
「フフフ、我々ノ未来ヲ人質ニ取ルトデモイウツモリカ」
戦艦水鬼改はそういって真に受けていない。
しかし、私は何も嘘を吐いてはいない。
問題は目の前の相手に何処まで話が伝わって居るかが解らない事だ。
もし何も伝えられてなかったり戦艦水鬼が門長を脅威に感じていなければ私は此処で撃たれてしまうかも知れない。
けど、私は信じる。
信じたからこそ此処まで来たんだ!
仲間や門長だけじゃなく、EN.Dの人達も!
「私は誰にも不幸になって欲しくない。幾ら夢や空想と言われてもそれが私の望みなんだ」
「クダラナイナ。ソンナノハ世界ヲ知ラナイオ子様ノ思想ダ」
「なんと言われようと私の気持ちは変わらない。EN.Dの人達にも幸せな世界を生きて欲しい」
「フフ、私ガ不幸トデモ言イタゲダナ?」
「確かに不幸かどうかは私が決める事じゃない。けど、こうして話し合えるのに相手を憎む事で分かり合えないのはとても悲しい事だ」
彼女達の恨みがどれ程の物かは解らない。
それでも相手を憎み話す事を一方的に拒絶していては分かり合う事は出来ない事だけは解る。
例え憎しみの強さが違うとしてもきっと彼女達は以前の私と同じなんだ。
だったら私は分かり合う事を諦めない。
長門さんが私を見守ってくれていた様に、そして……
「だから私はEN.Dの人達と分かり合おうとする事を止めない!」
「……ッチ、妄想ト現実ノ区別ガ付イテナイ餓鬼ガァ!少シ痛イ目ニ会ワナイト現実ガ見エン様ダナ!」
「っ……!」
痺れを切らした戦艦水鬼改が私を手に掛けようと背後の異形が大腕を振り上げたその時。
『テメェ……ぶち殺されてぇか!』
相手の通信機から突如響いた男の声が目の前で振り下ろされようとする大腕を止めていた。