響乱交狂曲   作:上新粉

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第九十五番

始めに何者かの視線に気付いたのは艦娘達が海水浴を行う二週間程前の事であった。

だが此処には艦娘や深海棲艦、特に深海棲艦の反応は非常に多くその中から監視してる者を特定するのは簡単ではなかった。

 

そこで私は動向を捉えにくくする為に建物内から出ない様にエリレに言い聞かせ、私自身も彼女から目を離さない様に行動を共にする事にしたのだ。

 

その為海水浴当日もエリレと私は摩耶の誘いを断り部屋で待機していた。

だがそれがいけなかったのだろう。

海水浴に行きたくて仕方なかったエリレは私の見ている前で突如走り出し、そのまま窓を破って飛び出して行ってしまったのだ。

 

慌てて窓から外を見下ろすもそこには既に彼女が着地した痕跡しか残されていなかった。

 

「不味イ、急イデ連レテ帰ラナイト」

 

「フフフ、相変ワラズ元気ノイイ事ダ」

 

私がエリレを連れ戻しに行く為扉の方へ振り向くと待っていたのはなんとEN.D中枢連合艦隊総旗艦ル級改flagship……私の()()()であった。

 

「ルフラサン、ドウシテココニ……」

 

「ドウシテカ、ソレハオ前ノ居場所ガ解ッタ事カ?ソレトモ何故私ガ生キテイルカトイウ事カ?」

 

「……後者ヨ」

 

私は相手の動きを制限する為に息を潜めていただけであって私達の居場所自体はEN.Dの情報収集力を以てすれば造作も無い事は解っていた。

それこそ逃走した直後からずっと把握されていたと考えても可笑しくないのだから。

だがルフラさんは私達が組織を抜ける際に敵対しエリレの雷撃によって沈んだ筈だった。

 

そんな私の疑念を知ってか知らずか彼女は不敵な笑みを浮かべながらその質問に答えた。

 

「簡単ナ話ダ、アル妖精ノチカラデ蘇ッタノダ」

 

「ソンナバカナ……」

 

「本当ニソウ思ウカ?オ前モ見タ事アルダロウ、沈ンダ筈ノ艦娘ガ甦ル姿ヲ」

 

「マ、サカ……」

 

彼女の言う様に艦娘の中には一度沈んでも何故か完治して浮かび上がってくる存在がいる。

確か応急修理女神とか言う妖精がその身を引換に艦娘を復活させるという話だったが……。

 

「ダガアレハ艦娘側ノ妖精ノ技術ダッタハズ。ドウシテルフラサンガ」

 

「ベツニ艦娘側ニイタ妖精ガコチラ側ニ来ナイトハ限ランダロウ?人間ヤ艦娘ニ失望シタ妖精ダッテ存在スルトイウコトダ」

 

応急修理女神頼みの無謀な特攻作戦、そんな艦娘達も数多く見てきた私にとってルフラさんの答えは私を納得させるには十分であった。

そして同時にこの状況で私に先が無いことも理解していた。

 

「ソレデ、ルフラサンガ直々ニ私達ヲ処断シニキタッテ事?」

 

それならそれで構わない。

ルフラさんによって救われた命だ、ルフラさんによって終わらせられるのならそれが運命なのだろう。

エリレだけでも救いたいが現状ではそれもままならない。

 

だが運命はどうやらまだ私に終わりを告げるつもりは無いらしい。

 

「勘違イスルナフラヲ。私ハ今デモオ前ノ事ヲ買ッテイルノダ」

 

「…………」

 

私を買っている?一体私に何を求めているのかが解らない。

ルフラさんの真意が掴めない私は黙ったまま続く言葉を待った。

 

「ナァフラヲ、門長ヲボスノ元マデ連レテキテハクレナイカ?ソウスレバレ級トオ前ノ脱走ト反逆ニツイテハ水ニ流シテヤロウジャナイカ」

 

ルフラさんの話は一見私にデメリットは無いように見える。

だが、ボスの目的が解っている以上簡単に頷ける話ではない。

 

「……モシ、断ルト言ッタラ?私ヲコノ場デ処分スルノカシラ」

 

ルフラさんは私の質問を聞いて薄ら笑いを浮かべるとこう答えた。

 

「私ハオ前ノ事ヲ買ッテルト言ッタダロウ?マァ、オ前ト一緒ニ逃ゲタモウ一人ノ無事ハ保証シナイガナ?」

 

「エリレヲドウスルツモリッ」

 

「ソレハオ前ノ返答次第ダ」

 

くっ、門長があちら側に行けばEN.Dは直ぐにでも行動を起こすに違いない。

だけど、もし断れば…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「連レテキタワ、姿ヲ現シナサイル級」

 

浜辺へと辿り着いた私は水平線に向けて門長を連れてきた事を伝える。

すると海中よりいくつかのアブクが上がると共に三人の深海棲艦が姿を現した。

 

「アラ、ホントニツレテコレルトハネ」

 

「ソウキカンサマヤボスニトリイルダケノコトハアルナ」

 

「ソシキカラニゲダスヨウナオクビョウモノデモオツカイクライハデキルノカ」

 

最初に口を開いたのはル級改ellte。私が居た頃は副隊長の位置に立っていたが、私が抜けた事で繰り上がり今は隊長になったらしい。

ル級に続いて口を開いたのはチ級flagshipとツ級flagship。

二人共元々私の部隊の随伴艦であったが完全なル級支持派であり現在は重要なポストに就いてるらしい。

 

そんな三人から飛ばされる嫌味など気にしても仕方ないので私はさっさと門長を三人の前に差し出した。

 

「約束ハ果タシタワ、早ク門長ヲボスノ所マデ案内シテクレルカシラ」

 

「ハァ〜?ソンナエラソウニシテテイイワケェ?」

 

「オマエノダイジナダイジナオトモダチガドウナッテモイイノカ?」

 

「あ"あ"?」

 

はぁ……自身の優位性を保とうとする為に自ら地雷原に踏み込んで行くなんて。

その浅はかさにはいっそ感動すら覚えるわ。

 

私に対して放った言葉である事は明白だ、しかしそれを聞いてるのは当然私一人ではない。

 

「おいテメェ……今の話を詳しく聞かせろ」

 

門長が尋ねているのは素直に連れて行きたければ決して言ってはならない発言(ワード)

そしてこの時点で門長の殺気に気付きチ級達が言葉を選んでいれば決して伝える筈が無かった失言(ワード)

 

「ハァ?アンタハダマッテツイテクリャイイノヨ!」

 

「ジャネェト()()()()トイッショニソコノクチクカンモヤッチマウゾ!!」

 

「そうか……そういう事だったんだな……」

 

「ホント馬鹿……門長、落チ着イテ。イマ事ヲ起コセバエリレノ場所ガ解ラナクナル」

 

「るせぇ、んなもんこいつらから聞きだしゃあいい。おいテメェら、さっさとエリレの場所を吐け」

 

そう言って門長は殺意を滲ませながらドスドスとチ級へと歩き出す。

チ級も今更になって取り返しのつかない事をしたと気付いたのか元々青白い顔色を真っ青にしてガタガタと震えだしていた。

 

「ダカラソンナ簡単ナ話ジャ……」

 

「邪魔するなテメェも纏めて埋葬してやろうか、ああ?」

 

ああもう面倒臭い奴だ、私だって直ぐにでもエリレの救出に行きたいってのに。

けどエリレが奴らの手の内にある状態で反抗すれば交渉決裂と捉えられかねない。

彼女がそう判断した時点でエリレを救える可能性は限りなくゼロとなる。

 

だから何としてでも此処で門長を暴れさせる訳には行かないのだ。

 

「門長ッ!大人シクツイテコイトイッタ筈ダ、響ガドウナッテモイイノカ?」

 

「門長……」

 

「てめぇ……」

 

下手すれば私は此処で沈むかも知れない。

それでもエリレを守る為には手段を選んでは居られないのだ。

 

「モウ一度言ウ、大人シクツイテクルナラ響ハ解放スル。解ッタワネ?」

 

「……ちっ、解ったよ。その代わり響は此処で離して貰うからな」

 

「承知シタワ。アアソレトル級、貴女達モボス達ニ迷惑ヲ掛ケタクナイナラコノ子ニハ手ヲ出サナイ事ヲオ勧メスルワ」

 

「……タ、タイチョウ」

 

「ワカッテルワ、ボスニメイワクハカケラレナイシ……ソンナキケンブツヲカンリシキルジシンハナイワ」

 

話では神と呼ばれる深海棲艦すら降したと言われる化物をたったあれだけで止めた交渉材料、そのリスクを考えれば組織全体で管理しても手に余る存在であると言っても過言ではない。

 

それ故にル級は簡単に手は出せないと判断したのだろう。

私だってエリレの為じゃなきゃこんな危険な橋は渡りたくない。

 

「ジャア門長ハ連レテイクワ。響、貴方ハ此処デ待ッテナサイ」

 

門長が帰ってくるのをね。

 

口には出さなかったが少女の空色の瞳は確りと理解している様だった。

私はそんな彼女を地に降ろし、帽子の位置を直してあげると彼女と別れを告げる。

 

「ソレジャ」

 

「うん、()()()

 

私は少女の言葉には触れずに背中を向ける。

またエリレと一緒に戻れたらとは思う……けど、きっとルフラさんは今度こそ私を逃しはしないだろう。

 

私はEN.Dを抜けるには知り過ぎている。

どうしてあそこまでの立場を任されたのかは解らないが、それでも組織の囲いから外れた私は機密を保持した邪魔者でしかなくそれこそいつ処分されてもおかしくはないのだ。

 

だから彼女の瞳に答える言葉を持ち合わせていなかった私はまるで聞こえなかったかのように振る舞い門長を連れて島を離れていった。

 

「エリレ……直グニ行クカラ待ッテテ」

 

例え私がどうにもならないとしても、せめてエリレだけは自由に生きて欲しい。

 

 




響の存在は門長の最大の弱点であると同時に逆鱗でもあるという事です。

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