「お前だけは……ただで済むと思うな」
レイフォンは自分でもはっきりと分かるくらい激昂していた。
ウォルター・ルレイスフォーン、フェリ・ロスの2人を「拉致」し、レイフォンが禁じている刀を使うことを強要した。
レイフォンにとって、刀の強要も許しがたいことだった。
闇試合をするにあたって、父の大切にしていたサイハーデン刀争術の技を汚すわけにはいかない。
そう思って技を使わない、刀を使わないと決めたのに、それを無理矢理曲げさせられた。
だがそれでも、レイフォンがここまで激昂している理由はそれではなかった。
レイフォンと戦う。ただそのためだけにこんな事を起こした。
それが何よりも許せなかったのだ。
ただ、それだけの為の愚行。
確かにレイフォンは、“通常の状態”ではハイアの要望に答えることはなかっただろう。
それを見越してハイアはレイフォンが絶対に断れない状況をつくりだした。
―――――くだらない
そう、くだらない。意味のない愚行。戦うためだけの行為。
なにを求めている。
ハイアの沈黙した瞳は変わらない。
燃えたぎるような瞳の光、しかしそれでいて、冷えきっている瞳だ。
レイフォンに話を持ってきた時と同じ瞳。
何故。廃貴族の時にはあれだけ敵意を見せ、あれだけ感情を露わにしていたのに。
何が、彼の瞳を凍らせたのか。
―――――ウォルターを、巻き込んだからなのかな
ウォルターの事に関しては、絶対にする気はなかったと言っていた。
それなら、そういうことなのだろうか。
「……なんさ」
ハイアが怪訝に眉を寄せた。
どうやら、レイフォンがハイアを疑り深く見ていた事に気付いたらしい。しかしレイフォンは頭を振り、錬金鋼を剣帯から引き抜いて復元する。
勿論、錬金鋼はハイアの要望通り刀である簡易型複合錬金鋼を使う。
「…お前は、僕が“刀”を使えば、ウォルターやフェリ先輩に手は出さないんだな」
「そうさ~。…おれっちはただ、お前を倒したいだけさ」
レイフォンが構えた事に合わせてハイアも刀を構えた。
濃密な剄が練り上げられ、互いの間でぶつかり合う。
じりじりと間合いを取り合い、剣尖の先で集束した剄が火花を放つ。
マイアスの方で戦うツェルニ生徒により雄叫びが上がった。それを合図に、2人は踏み出した。
雄叫びは勿論ウォルターにも聞こえていた。
フェリがそれに一瞬肩をはねさせていたが、ウォルターは相変わらずベッドに寝そべったまま、窓の方に視線だけを向けていた。
「……マイアスの方も、ですが…大丈夫でしょうか……」
「…さぁ…」
ふぁ、と大きなあくびをして伏せ目がちに返事を返すと、フェリが眉を寄せてウォルターを見る。
気の抜けきった様子で今にも眠りそうなウォルターに、フェリは口を開く。
「これだけ派手な音がしているというのに、のんきですね」
「慣れてるから」
「……そうですか。…はぁ…、どうしてあなたはこうものんきなんでしょうね」
「さぁ? そういう性分だからだろ」
「そうなんでしょうけど…。はぁ」
フェリは何度目かもわからない溜息を吐き、完全に眼を瞑ってしまったウォルターに視線を向けた。
しかしウォルターからはなんの反応も無く、整った呼吸だけが聞こえる。
―――――まったく…、この人は
寝ているような呼吸では無いため、ただ眼をつむっているだけなのだろうが、こうなったらもう返事は返って来ないとわかりきっている。
することのないフェリは、剄の波動を見ることが出来る窓の向こうへ視線を投げた。
フェリの予想通り、ウォルターは眠ったわけではない。
ただルウとの会話に集中するために目を閉じただけだ。
(で、マイアスの方はどうだ?)
ルウには領域を広げてもらい、マイアスの方も一応観測していた。
ウォルターの言葉にルウはやや考えながら顎に手をあて、ふむ、と言葉を返す。
(そうだねぇ、サヴァリス・ルッケンスがリーリン・マーフェスをこっちへ連れてくるつもりみたいだよ。ただ、まだ機会をうかがっているみたいだ)
(……ははーん……成程ね)
(……ん? どうしたの?)
ルウが首を傾げた。ウォルターは納得した様子で「ふんふん」と内心でだが頷く。
そんなウォルターに、意味が理解できないルウは頬をふくらませた。
(もう、教えてよ。どういうこと?)
(あぁ、ライアが悩んでたことを考えてたンだよな)
(……あぁ……、そういえば何か言いたそうだったね)
(そうそう。それに、「天剣が来る」って言ってた)
(そう言われればそうだね。…あ、まさか)
(わかったか? これは陽動だ)
レイフォン程の存在は、サヴァリスがこちらへ隠密に来るには少々邪魔になる。
今回の任務は秘密裏に、だ。サヴァリスも女王命令とあっては大々的に動くことはしないだろう。
となれば、レイフォンの意識が他へ向かない程何か大きな出来事が必要になる。
そのためのハイアだ。
レイフォンと戦う。それを建前にして、ハイアがレイフォンと戦う大きな理由となったのは陽動作戦だろう。
(よく気づいたね、さすがウォルター)
(まぁ、ルッケンス達がこっちへ来る機会をうかがってるって言われたらなぁ…さすがに)
もとより廃貴族が目的で、公にこちらに来るわけではない。そしてなにより現在は戦争期だ。簡単にこちらに来るすべは無いだろう。
となれば、こういった入り方になるというのも頷けるのだが。
(面倒なことを)
(まぁでも、ハイア・ライアの方は、どっちかって言うと陽動が建前で戦う方が主要な事になってるんでしょ?)
(そりゃそうだろうな。ライアだし)
(難儀だねぇ、ハイア・ライアも。同情はしないけど)
(しても無駄だしな)
ウォルターはルウにそう返事を返して、眼を開けた。
窓の外で戦う2人へ心配そうな視線を向けるフェリを視界に映しながら、小さくため息を吐く。
『もう少し考えてくれてもいいんじゃないですか?』
レイフォンにも言われた言葉だ。
考える。何を? 他人への気遣いをか。それとも、他人への思いやりを持てとでも言うのか?
それが人間性であり、それを求めるというならば、ウォルターは“不可能だ”と思う。
だが、認識を改めるにしても何にしても、情報が足らない。
再びため息を吐いて、ウォルターも窓の外へ視線を投げた。