電子音が鳴り響いた。
本来ならば昼を告げるそれは、今日に限っては違っていた。
学園都市ツェルニと学園都市マイアスがぶつかり、接触点には喧騒が渦巻いている。
両都市の生徒達の勢いは増しつつあり、熱気が立ち込めていた。
そんな中、都市対抗戦のブザーは鳴り響く。
「……はじまった」
外の怒号にも似た声を聞きつけ、ウォルターはそうサリンバン教導傭兵団の放浪バスの中、ベッドに寝そべり呟く。どうでもいいといった様子で呟くウォルターに、フェリは息を吐いた。
すでにマイアス接近の事実をウォルターから聞いていたフェリの様子に驚愕はない。
「そうですね。…大変面倒な事ながら、わたしが念威を使うことは出来ません。イオ先輩は使えますか?」
「…ん」
フェリに問われ、一応念威を放出してみるも、妙なノイズに阻まれて念威は部屋から外へ出ることはかなわなかった。
「…フォーアか…」
「……サリンバン教導傭兵団の念威操者ですね。おそらくそうだとわたしも思います」
「まぁ、そうだろうな。念威使って助けを呼ばれたりするのは面倒だろうしな」
「この状況では、もし使えたとしても呼ぶに呼べませんけどね」
フェリは溜息を吐いて腕を組んだ。
事実、ハイアに頼まれてここにいるわけであって、半分は強制だが半分は了承したようなものだ。この状況で呼ぶということも出来ないだろう。
「まぁ、手持ち無沙汰な感じはあるな」
「そうですね…。でも、どうしようも無いですし、待っているしか無いでしょう」
「…それは…な。アルセイフとライアがさっさと決着をつけるのが重要だ。……それさえ終われば、自由だ」
ウォルターは軽い調子で言うが、フェリの表情は晴れない。
一抹の不安を拭い切れないフェリは、ベッドに寝そべったまま起き上がる様子の無いウォルターを、眉を寄せながら小さく呟く。
「……そんな事で、いいんですか? あなたは」
「…ん…?」
フェリの言葉を真剣に聞いていないウォルターは、あくびをしながら眠たげな眼でフェリを見た。
しかし相変わらず態度の改善をしないウォルターに、フェリはさらに眉を寄せる。
「いかにもどうでもいいって顔はやめてください。…イオ先輩、あなたは心配していないんですか? もしかしたら、レイフォンがわたしやあなたの為に怪我をするかもしれないんですよ?」
「……オレやお前の為に、なぁ……。お前の為ならわかるけど、オレの為ってのは無いな」
「どうしてですか?」
「いや、だってお前はレイフォンの保護対象だろうけど、オレは……」
「……あなたはどうしてそんな偏屈な考え方をするのでしょうね」
深々と息を吐いて、フェリは先程より三割増し冷めた目線でウォルターを睨め付けるように見た。
その視線に気まずそうな顔をして、ウォルターはフェリへ向けていた視線を逸らす。
「そんな事言われてもなぁ…。だってそうだろ?」
「違います」
フェリが放った否定の即答に、ウォルターがほんの少したじろぐ様子を見せる。
再び溜息を吐いて、フェリはウォルターを見たが、ウォルターは寝そべったまま組んでいた足を組み換え、ベッドが金属音を奏でた。
「なにが違うか…いえ、あなたがなにをわかっていないか、わかっていますか?」
「……悪い、さっぱりだ」
「…はぁ…やはり、あなたも変に鈍い所はレイフォンにそっくりですね。……いいですか、あなたはレイフォンに関して見解を間違えています」
「……見解を?」
「彼は変わりました」
「…そんな事言われてもな…」
ウォルターが片眉をあげて、おもむろに上半身を起こした。
唐突にフェリから投げられた、レイフォンに関しての見解の相違。
その相違が、ウォルターにはわからない。
フェリは相変わらず眉を寄せたままウォルターを見ているが、ウォルターはやはりそれを理解することは出来ない。
ウォルターから見たレイフォンと言うと、変なヤツの一言に限る。
よくわからない所で怒り出したり、いきなり変な態度をとったり、いちいち突っかかってきたり……レイフォン・アルセイフとは、ウォルターには酷く分かり難い存在なのだった。
特にウォルターは基本他人と深く関わるという事をしない。
その為、余計にレイフォンのように“変わった”人間に関して、“観察”することは出来ても“理解”することはできなかった。
いいや、しなかったのだ。興味を示さないウォルターは、理解しなかった。
だからフェリの問いに対してウォルターがわからない、と言い放つ事もそのせいだった。
―――――どうしろっていうンだ…
ウォルターは襟髪を触りながらフェリを見たが、フェリはやはり相変わらずだ。
このフェリの言葉は、レイフォンに対しての見解を改めろということなのだろうか、とウォルターは思考を巡らせる。
しかし考えを巡らせようとも一向に答えは出てきそうにない。
困ったなぁ、と言わんばかりにウォルターは眉を寄せ、頭を掻いた。
「一体どうして欲しいンだ」
ウォルターは問いを口に出した。問いを問いで返すと言うことは、彼自身が不快に思う為あまりしたくないと思っているが、さすがに問わずにはいられなかった。
やはりフェリも不快に思ったようで、ウォルターを睨め付けるような視線を向けてきた。
「それは…なにに対して、ですか?」
「アルセイフに対しての見識を改めろ、ってことだろ? だが、オレにはそれがいまいち理解できない。……お前はオレがどうすれば満足だって言うんだ?」
「レイフォンは…、変わりました」
「それは聞いた」
「…わたしは、空にあの汚染獣が現れる少し前に…、レイフォンと話していました。あなたの事を、気にかけていました。わたしはグレンダンの時のあなたのことも、レイフォンの事も知りません。でもいまの彼は、そしてわたし達は、あなたのことを真摯に考えています」
フェリの言葉に、ウォルターは眉を寄せる。
“真摯に考えています”。フェリは確かにそう言った。
真摯。この場合はある意見、または事象に対しての正当性について、諧謔性のない考えなどを指しているのだろう。
しかし、とウォルターは考える。たとえそうだとしても、そんな簡単に人は変わるのだろうか。
人というのは不思議な生き物だ。個々でそれぞれ違う、それも分かる。
だがそれでも、ウォルターには信じる事が出来なかった。フェリの言葉を。
嘘だ、と言い切る事はしない。フェリはそういった類の嘘は嫌いだ。くだらない嘘もつかない主義。
だからこそ、そんな嘘かもしれない、と疑う気もない。
ウォルターが視線を逸らしながら頭を掻いたが、フェリはまっすぐにウォルターを見ていた。
「あなたは、そんなレイフォンに応えようと思わないんですか?」
「…あー…、悪い。えっと…微妙に信じられないンだが…、オレが悪いかね」
「……あぁ、あなたは変なところで頭が堅いですから。いえ、というよりもただ、考えが固執しているんですよ、きっと」
「ふむ…」
ウォルターはやはり視線を逸らしながら首裏を掻くようにして襟髪を触った。
「別に、わたしだってあなたに対してレイフォンにああしろ、こうしろ、なんて言う気はありません。…ただ…、もう少し考えてくれてもいいんじゃないですか?」
「…………………………考える、ね」
けだるいとばかりに溜息を吐き、ベッドの枕へ頭を落として視線だけで窓の外を見た。
その視線でフェリはようやく気づく。
「もう…、戦いが」
レイフォンとハイアが剄を纏い、刃を交えていた。