明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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軋み

 

 そうなれば、何も出来ないのではないのか。

 “信頼”している存在たちに足を取られて、いつまでたっても何も出来ないのではないのか。

 脆弱。そうだ、自分は随分と“弱く”なった。

 こんな言葉一つで揺らいでいると気づいて、揺らがされていると思って。

 昔なら、そんな言葉すら聞いていなかったのに。

 先程考えたことだって、言葉だって、『前』なら言わなかったはずなのに。

 どうして。ウォルター・ルレイスフォーンは、一体いつからこうなっていたのか。

 

 “1人じゃ出来ないことがある”なんてこと、いつから思い始めていたのか。

 

 

 

 

「イオ先輩?!」

 

 相変わらずフェリの声はウォルターに届いていないようだ。

 仕方ないとばかりに、フェリはウォルターの肩から手を離して息を深く吸い込み、手を振り上げた。

 

「…………………………っ、て……?」

 

 乾いた音が部屋に響く。眼を瞬かせ、ウォルターがきょとんとした顔で、目の前で懸命な表情を浮かべて手を握っているフェリを見た。

 様子の戻ったウォルターに、フェリが深々と息を吐くが、いまいち現状の理解が及ばないらしいウォルターは首を傾げ、痛む頬をさすった。

 フェリといえば、様子が戻ったことに安堵している様子を見せながら、平手打ちを放って赤くなった手をさすっている。

 

「ウォルター、どうかしたかさ?」

「あ…? …………あれ?」

 

 ウォルターが首を傾げながら駆け込んできたハイアを凝視する。

 調子は戻っていないようで、ウォルターは「あれ?」とやはり首を傾げながら2人に視線をむけた。

 

「……まったく…、騒がせてくれますね、イオ先輩」

「どうしたんさ、一体…」

「……えっと、さっきまで確かロスと…なンかを…話してたような……?」

 

 はて、と首を傾げたウォルターにフェリは怪訝に眉を寄せた。

 

―――――……忘れている?

 

 フェリはウォルターの言葉に眉を寄せていたが、当の本人から嘘偽りと言った雰囲気を感じる事が出来ず、それ以上問い詰める事も出来なかった。

 相変わらずきょとんとしたままのウォルターは若干戸惑ったような表情を浮かべた。

 フェリはそんな様子を見ながらウォルターを凝視していた。

 ウォルターの様子がおかしくなったのは、ウォルターが“信頼しているか否か”とういう問答についてなにかに納得したような素振りを見せた時だった。

 それは一体何故なのか……それをフェリに推し量る事は出来ない、が、それでもウォルター自身が揺らいでいるということに気付いたのではないか、とほんの少しだけ思った。

 

「本当、イオ先輩。…今後、思いつめる前に言ってください。絶対です」

「ん? …お、おう…? ……ぜ…善処する……」

「そうしてください」

 

 素直にウォルターが頷き左腕の腕輪に視線を落とした。

 また思考に耽りそうになっていたウォルターに、フェリが鋭い視線と共に指摘した。

 

「また考え事ですか? いい加減悶々としていると鬱になりますよ」

「…………………………あ? えと、ロスなンて…?」

 

 やはり聞いていない。

 フェリは先程より二割増し冷ややかな表情を浮かべててウォルターの頭に手刀を入れた。

 

「いてっ」

「いい加減にしてください。あなたのセンチメンタルにかまっている暇はないんです」

「ウォルター、いつもに増してぼーっとしてるさ~。大丈夫かさ?」

「……微妙」

 

 態度のあやふやなウォルターに、フェリはどうにでもなれと頭を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――……これは、まずいかもね

 

 ウォルターの“中”で、ルウはひとり呟く。

 “中”に存在する為に誰よりもウォルターが揺らぎを感じた、揺らいだのだと感じた。

 ルウはウォルターが陥った状況にデジャヴを感じていたのだが、つい先程、その理由がわかった。

 

―――――ゼロ領域、あの崩壊状態だ

 

 ゼロ領域では、自らの意志、そして自らを確立するものが無い限り生き残る事はできない。

 そしてかつてルウはゼロ領域で崩壊しかけた事があった。

 その結果が現在だといえばそうなのだが、だが、先程の状況はそれに似た部分が多々あった事に気付いていた。

 ウォルターが自分のゆらぎにはっきりと向き合う事が出来て、それを無視……あるいは、それに対してある種の恐怖を抱く事がなくなれば、精神という水面に波紋が落ちる事はなくなるだろう。

 しかし、彼がそうなるかどうかはルウにもわからない。

 先程の状況になる少し前の事を忘れている。

 これは精神状況から来る後退だろうとルウは見当をつけている。

 

 何故そこまでして“信頼している”というそれだけの事をウォルターが否定しようとするのか、他の人間にはわからないのだろう。

 ウォルター本人、本当は彼も“わかってはいる”のだろうが、彼は、“分からない”。

 

―――――…この世界に来る前の出来事が、意外にもウォルターの中で辛かったんだろうなぁ

 

 もしくは、恐怖したのか。

 “その他大勢”の人間を殺した所でウォルターは特に悲しみも罪悪感も抱きはしない。

 それどころか、きっと不敵に笑みを浮かべるほどの余裕があるくらいだろう。

 そして彼は“目的の為には手段を選ぶことをしない”。

 その為に彼は、誰かを“信頼する”という事象を無意識にでも避けているのではないか、というのがルウの見解。

 正直ウォルターは表面上変化を見受けることが出来ないことでも、実はしっかり彼を“見れば”変化をしていると気付く事が多い。

 そして、一番人から外れていると豪語する彼ほど人に近寄っている、近寄ろうとする存在も珍しいのだろう。

 

―――――確かに、道徳的には外れているんだろうけどね。そういう話をすれば

 

 だが、おそらくこれで揺らいだ精神は一旦落ち着きを取り戻すだろう。

 “彼”が“ウォルター・ルレイスフォーン”であるためには、揺らいではならない。

 ウォルターはウォルターでなくては、目的を達することなど出来ないだろう。

 

―――――……ウォルターって本当、そういうところ下手だからなぁ

 

 彼以外を必要だと感じないルウが言えたことではないが、他人の手を借りたところで、目的が達成できなくなるわけではないのだろう。しかし、どうやら彼の頭の中には“協力”という言葉はない様子だ。

 確かに昔からずっと1人で何でもこなしてきた。1人ですべてをやらねばならなかった。

 

 まだ彼は、気付いていないのだろう。

 

―――――僕が気付くくらいなんだから、どう考えても明確なんだろうけど…、ウォルターはまだその辺り疎いねぇ

 

 ふぅ、と息を吐いて、ルウはいまだ気付かない妙な疎さを持つ兄に苦笑をこぼした。

 

 


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