「……フォンフォンは、来てくれるでしょうか……」
「……ロス?」
不意にフェリが呟いた言葉に、ウォルターは怪訝な顔でフェリを見た。
なぜフェリがそんなことを言うのか、その言葉に込められた意図を、意味を、ウォルターが測りかねたからだ。
そのウォルターの怪訝な表情に気づいたらしいフェリは、少しバツが悪いという表情を浮かべたものの、口を開く。
「……少しだけ…不安なんです」
「ふぅん…? …でもまぁ…あのアルセイフだからな。心配する必要もねぇと思うぜ」
少しだけ。その言葉に若干違和感を抱いたが、ウォルターは口をつぐんだままでいた。
フェリはウォルターの言葉に眉根を寄せる。どこともつかない視線を向けられた事に、ウォルターは更に怪訝な表情を見せた。
「……なんだよ?」
「いえ…、あなたがそんな風に言うとは思いませんでした」
「あ…? なんでだよ?」
「いえ、あなたですから…。と言うより、そんなニュアンスを含んだ事の言い方をするとは」
「……どういう言い方だよ…。オレはただ、アルセイフの性格が甘く、そして何かを『失う』事に対して異様なほどの反応をするからくるんじゃないのか、って言いたいだけだ」
ウォルターは腕を組んで枕を引っ張り、頭を落とした。しかし、フェリはそれでは気がすまないようで、顔をしかめた。
「確かに、そうかもしれませんけど…」
フェリのその言い方から、ウォルターはふと考えたことを口にした。
「もしかして…お前が、アルセイフが来るのかどうかってのを懸念してンのは…以前のことがあったからか」
「………………………!」
先ほどまで陰りを見せていた表情がこわばった。その表情の変わり方に、図星か、とウォルターは息を吐いた。
「自分の事も、同じように心配してほしいって感じか」
「べ、つに…そういうわけじゃ…」
「…まぁ、オレには関係ねぇことだ。……そんな感情も……、オレには関係ない」
「イオ先輩……?」
「いや……なんでもねぇ」
フェリが言った言葉の意図にあるような感情は、関係のないことだ。ウォルターにとって。
その感情を察する必要性を、ウォルターは感じない。不必要な感情は、すべて戦いと役目の為に潰れる。
考えに耽りだしたフェリを視界の端で見ながら、ウォルターはほんの少しだけ眼を伏せた。
(どうだろうな、知る必要は…)
(…どうだろうね。ウォルターが『知りたい』ことを知るには、必要かもしれないけれど…)
(けれど?)
(…ウォルターには…、いや、僕らには…まだわからない…かもしれない。……僕もそうだけど、他の感情というものを、単純な感情でしか理解しない僕らには…まだ、分からない事だと思う)
ウォルターはルウの言葉に小さく頷く。
―――――なら…ニルフィリアの言葉のようにする必要もないのかもしれない
ルウが言う様に、ただ、固執しているだけなのではないのかと思える。
必要なのは……他と交わることをやめて孤立し戦うことではないのではないのか。
今度こそ、決着をつける為に。今度こそ、人類の未来を掴むために。
それを掴む為に必要なことは……
「……オレにはその感情はわからない。…だが、あいつや…お前は違うだろう」
ウォルターがそう言って寝転がったまま腕を組むと、フェリは驚愕に表情を染めた。
「……やっぱり、あなたは変わりました」
「あ……?」
「わたしが入学した時のあなたのままなら、絶対にそんなこと言いませんでした」
「…………………………変わった、ね」
「はい。変わりました」
「……オレにはわかンねぇな」
分かるかなんてことすら、わからないのに。
小さく、一般人には聞こえないような声音でそう言って、ウォルターは部屋の外から聞こえるハイアの声と団員達の声を拾い始めた。
聞くことの出来ないフェリは顔をしかめ、部屋の外から聞こえる戸惑いや怒りの滲んだ声の事をウォルターに問う。
「…なにを話しているか、聞こえますか?」
「特に意味のない会話だ」
「……そうですか。…まったく、こんなことに巻き込んで…、…レイフォンと戦いたいと言うなら、真正面から戦えばいいじゃないですか」
「無理だろ」
「…確かにむやみやたらに戦うのはやめたほうがいいとは思いますが…、それでも…」
フェリは眉を寄せて考えこんでしまう。
考え込み始めたフェリに、ウォルターは身体を起こして話しかけた。
「そういう事柄は相手にしねぇだろ。まぁ……そんな戯言は、“本当の戦場”じゃねぇから言えるンだろうが」
「……それは……」
「ま……簡単に言うなら、死ぬのは嫌だろってこった」
「それは…そう、でしょうけど。……いまの戦いは、あなたからすればやはり生ぬるいですか?」
「……そりゃあ、な」
そう言ってウォルターは腕にはめた金の腕輪をいじりながらそう呟くように言った。
フェリはウォルターの弄る金の腕輪に視線を向ける。
「その腕輪は、あなたがずっとしてきたものなんですか?」
「…それが?」
「少し前、あなたはその腕輪をレイフォンに渡しましたよね。…なぜですか?」
「……なんとなく、としか」
「あなたがいつも大切にしていたそれを、“信頼していない”人に預けたと言うんですか?」
「……そこでその話……」
ウォルターは頭を掻き、やや眉根を寄せてフェリに視線を向けた。
しかしフェリの視線は変わらず怪訝だった。
「どうして、そうも隠そうとするんですか? 別に、あなたが他人を“信頼”している事を隠す必要は無いでしょう」
「……いや…そういうつもりは微塵もねぇけど」
「じゃあなんですか? 相変わらずはっきりしませんね」
「……信じているなンて…オレにはわからない」
「どういうことですか?」
フェリが困惑した表情で首を傾げ、ウォルターに問うた。
だが、問われた本人であるウォルター自身もほんの少し困惑の表情を浮かべており、やはり頭を掻いて口を開く。
「他のヤツことなんて気にしたこともねぇし、オレはどうだっていいからな」
「……あなた自身が、信じているのかどうかわからないと?」
「まぁ…」
フェリに言葉を返しながら、ウォルターは内心で小さく呟いた。
―――――……知らず知らずのうちに、信じていた……?
レイフォンに腕輪を貸した事も、カリアンにあれだけ啖呵を切ったにも関わらず、実はそうだったから
ウォルター・ルレイスフォーンは、いつから揺れ始めていたのだろう。
―――――……違う。…………オレは、
(……ウォルター?)
思考を直接揺さぶるルウの声さえ聞かず、ウォルターは金の腕輪をはめた手首を掴んだ。
(ウォルター?!)
ルウの声が思考を叩く。だが、それにもウォルターは気付かない。
何処かうつろなウォルターの様子の変化に、フェリが気づいた。
「イオ先輩……?」
フェリの怪訝な声が小さく呟かれる。