明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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変動

 

 くぁっ。

 

「あー…、久々にゆっくり出来た気がする」

 

 ウォルターは大あくびをしながらひょこひょことツェルニの屋根の上を跳んでいた。

 結局、マイアスの宿泊施設で久々に爆睡していた。あの後サヴァリスとリーリンの質問攻めをダブルアタックで食らって正直サヴァリスだけでもぶちのめそうかとも思ったが、それも面倒だと思ってツェルニへ戻ったわけだ。

 2人が聞きたい、言いたいことなど、興味のない事だったとでも言えばいいのだろうか。

 

(それはそれで酷い話だね)

(あぁ、そうかもしれないが…教えるほどでもないし、聞かれることでもない)

 

 息を吐きながらウォルターは進んでいく、と、目の前に見慣れた暖色が現れた。

 

「……お前」

「っ!」

 

 妙に焦り、逃走しようとする暖色の襟を掴み、ウォルターは怪訝に息を吐いた。

 

「……なにしてンだ? ライア」

 

 何処か呆れたような視線を受け、暖色……ハイアは気まずそうに視線を逸らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウォルターに捕まる少し前、ハイアは煮え切らない感情が腹に居座っている感覚に悶々と悩まされていた。

 理由は至って簡単で、グレンダンの女王から届いた一通の手紙のせい。サリンバン教導傭兵団では廃貴族の捕縛は出来ないととられ、天剣授受者をこちらへ派遣するとのこと。

 ハイアに廃貴族への執着は無く、別に廃貴族を天剣授受者に渡そうと特に興味はない。が、無理だと思われてしまったという事が不服なのだ。

 負けたと思われている事が、不服なのだ。

 

―――――ウォルターにちょっと認めてもらえたかと思ったらこれだ

 

 少し前の汚染獣に対して組んだ隊に戦闘指導を行った際に、ウォルターはそんな風のことを言ってくれていた。

 それを嬉しく思っていたら、これだ。

 確かに、廃貴族のことと教導の事は別といえば別だ。話が根底からまったく違うのだから。だがそれでも癪に障るという話だ。

 生きているならば、負けたというわけではない。

 それがハイアの考えだ。戦いとは生と死の間で行われることであり、勝つ事はすなわち生を示し、負けることはすなわち死を示す。傭兵という都市から都市へと、戦いと戦いを転々としていく生き方の中で、ハイアはその考えを培ってきた。

 ハイアを殺せなかったのは、レイフォンが甘いから。その甘さ故に、レイフォンはハイアを殺さず生かした。若くして天剣を授かり、最高位の称号と地位を得、グレンダンの地で激戦を繰り広げたヴォルフシュテイン。しかし、その甘さがたたってか、地位を奪われ、名誉も何もかも汚名に塗りつぶされ、都市を放逐される始末だ。

 そして何よりも、その甘さこそがレイフォンに刀を握らせず、本領であるはずのサイハーデンの刀術を使わせない。

 

―――――まったく、面倒さ

 

 廃貴族の事はすでになんとも思っていない。所詮は自分のちからではないのだから。

 さて、そうなればどうする必要が出てくるのか。

 ハイアの気持ちとしてはやはりレイフォンとの決着……なのだが、“あの”レイフォンが素直に決闘に応じることもないだろうと思うと、どうしたものかと首を捻る。

 ふぅ、と息を吐いてハイアは区画を分ける壁を飛び越え、屋根に着地した時だった。

 

「……お前」

「っ!」

 

 黒と赤の髪に、あいも変わらない柑子色のピン。

 不機嫌に細められていた萌黄色の瞳が、一瞬の驚きに見開かれてハイアを捉える。

 まずい、とハイアが脱兎しようとしたもののその抵抗は無駄に終わり、即座ウォルターに襟を掴まれた。

 コートの襟を掴まれ、ずるずるとハイアは屋根に座り込む。ウォルターにコートは掴まれたままの為、腕は上に引っ張られたまま、コートは脱げていく。

 屋根に座り込んでやや気まずいという顔でウォルターを見るハイアに、ウォルターは息を吐きながら、呆れた視線をハイアに向けた。

 

「……なにしてンだ? ライア」

 

 ハイアは気まずいとばかりに視線を逸らした。

 

 そして、現在に戻る。

 

「…なにしてンだ?」

「ごめんなさい…」

「……いや、謝って欲しい訳じゃねぇンだけど」

 

 低姿勢なハイアに対して、ウォルターは片眉をあげて襟髪を触った。

 

 


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