明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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導くさ、お前が迷っているならば

 

 ブラシをかけながら移動していると、突如大きな揺れがウォルターを襲った。都震だとすぐに分かり、ウォルターは戦闘態勢をとる。

 ウォルターの強化されている聴力が都市のある一方で、何か蠢く音を拾い上げた。

 

「……………汚染獣か? 幼性体……この程度なら、いけるか?」

 

 そう呟きつつ、ウォルターは左の親指でぴしり、と髪につけたヘアピンを弾く。

 

「ルウ、出番だぜ。外縁部から数メルトルおいて領域を作ってくれ」

 

(分かった)

 

 ヘアピンを叩く動作は簡単な余裕の現れに過ぎない。

 ルウとは“話そう”と思えば思考のみでも話すことはできる。ウォルター自身が空間支配の能力によりルウを入れる“箱”を内部に構築しているのだ。

 物理的にではないが、その為にある意味ルウはウォルターの中にいると言っても過言ではない。

 ウォルターの言葉通り、外縁部から数メルトル置いて領域が作られる。ルウの作り出す、拒絶する力を応用した領域。それにより、そこ以上は汚染獣の進行はあり得ない。

 

「行くぜ」

 

 ウォルターは跳躍する。パイプに手をかけ足をかけ、上へと上っていく。と、茫然と立つレイフォンの姿を視界が捉えた。

 うっすらとニーナの剄の残滓があったことが気になって、ウォルターは足を止め、そこに立つレイフォンへ声をかける。

 

「どうした」

「あ……………ウォル、ター……………」

「ンだよ、ンな黄昏れた顔しちまってまぁ」

「……………僕、分からないです」

「何がだ?」

「僕は、グレンダンで武芸を失敗しました。正しいと思って行ったのに、最終的にはただ非難の的になっただけ…。もう、僕はあんな風になりたくない。そして、もうどうしようも無い…なのに僕はいま、再び剣を持つか持たないかなんて考えている……」

 

 どこか疲れた顔をして、そう、ウォルターに言う。レイフォンのその苦渋に染まった瞳にウォルターはやや頭をかきつつ、眉根を寄せた。

 

「……まぁ……な、失敗は誰だって怖いだろうよ。オレだって怖い。だが、それを恐れたら進むことすらできなくなる。お前がグレンダンで失敗した理由はなンだ?

 お前がすべてをすべて、自分だけで片付けようとしたからだろう。

 そりゃ、昔はお前しかそこまでの実力を持ったヤツが居なかったかもしれない。けどいまは、同じ志を持った奴らがたくさんここには居る。

 オレが居る。そうだろ?」

 

 レイフォンが驚いたような、安堵しているような、そんな顔でウォルターを見上げてくる。

 ウォルターはそれにやや居心地が悪そうに頭をかき、苦笑いをしながら言った。

 

「まぁ……なンだ、お前のことは周りが支えてくれる。何よりな、お前がそのでけぇ力に振り回されて、どうしようもねぇときとか、お前が道を踏み外しそうなときは……………、」

 

 そこで一拍おき、ウォルターは背を向けて言った。

 

「オレがお前をただしてやるよ」

「!」

「道を踏み外したことがあるからこそ、誰かを裏切ったことがあるからこそ、見えるモンや、教えられるモンがある。威張って言えることじゃねぇ。けど、支えてやることはできるから」

「……………ウォルター」

「それにな」

 

 ウォルターはやはりバツが悪そうな顔をしていたが、ある種の自信を持った表情で言う。

 

「お前は間違ったことをしたと思ってンのか?」

「……………あのときは、それが最良だと思っていました」

「だったらそれでいいじゃねぇか」

「……え?」

 

 レイフォンの間抜けた声。ウォルターはそれに苦笑いで応じる。

 

「正しい事をしたと思ってンなら、誰がどう言おうと胸張ってろ。お前はお前だ。誰に否定されようと、お前が信じたことを貫き通せ。お前に少なからず救われたヤツは居るンだ」

 

 ウォルターの言葉は、過去に何かがあったことをにおわせる言葉のようにレイフォンには取れた。しかし、だからといってウォルターの過去を知らないいまのレイフォンに、それをくみ取ることはできない。

 

「……な、アルセイフ」

 

 その笑みは、レイフォンが初めて、ウォルターへの憎しみを持っていたことの外で見た笑みだったかも知れない。

 だからこそ、その去って行く背が、笑みが、たくましく、頼りがいのあるものに見えたのだろう。

 

 

 

 

 

(格好いいこと言ったね、ウォルター。流石僕のウォルターだね)

 

「まだンなこと言うか。痛いめ見たからいまの状態になってンだろ、ちょっとは反省しろよ」

 

(やぁ~だよ~)

 

「はー……………まぁいいや。さて、ルウ。“外”に出るから頼むな」

 

(はぁい)

 

 快いルウの返事が返って来た。ウォルターは調子良いな、とやや苦笑しながら屋根の上を走る。

 外縁部の幼性体の密集地へ向かう。

 ルウの領域が働いて居るようで、そこまで目立った損害は都市に見られない。ウォルターは左腕にはまった金の腕輪をみやる。

 

「……さぁて……行くか」

 

 腕輪を指で弾くと、腕輪は形を一旦崩し、ウォルターの手の中で馴染みのある刀の形へと変わる。錬金鋼と似て異なる、ウォルターの為の武器だ。

 力の奔りに淀みはない。

 踏みだそうとした所で、背後に見知った感覚がして振り返ると、少し後ろにフェリの念威端子があった。

 

「ロス。どうした? こんな時に」

 

(レイフォンに頼まれました)

 

「そう。良かったな、お前もあいつも大人の階段ひとつ上ったじゃねぇか」

 

(嬉しくありません)

 

「ははっ、そりゃあ残念だ。……って言うか、となるとアルセイフがいま戦ってンのか?」

 

 ふと気付いた事をフェリに問うと、至極当然だといった様子で反論される。

 

(当たり前です。わたしに頼んでおきながら安全圏でのうのうと、なんていうことは許しません)

 

「あらあら。手厳しい。ところで鋼糸使ってンのかな?」

 

(鋼糸…あ、はい。そのようなことを言っていましたね)

 

「ふぅん。まぁいいや。オレも出るよ。アルセイフにオレも出たって伝えてくれ。どうせ会うけど」

 

(分かりました)

 

 瞬間、その場からウォルターの姿がかき消える。ウォルターの姿は幼性体の群れの中にあった。

 

「行くぜ」

 

 斬線、垂直90度。振り下ろしまでに0.52秒。影響直線距離800メルトル。

 剄を込めた刀を振り落とす。斬線上に居た幼性体が裂けて死んでいく。

 外力系衝剄を変化、轟皐(ごうこう)

 刀に込められた剄は濃密な剄の量により肥大し、もとの大きさの数千倍にもなり汚染獣を裂く。

 裂かれた汚染獣はそこで死骸と化し、ウォルターはその中を、飛散した体液のひとつも浴びずに平然と進む。

 後方より一名接近。レイフォン・アルセイフ。

 

「ウォルター!!」

 

 後ろから声がかかる。レイフォンだと先に分かっていたウォルターは平然と振り向く。

 

「どうした……って言うか、お前先輩ってつけろよ」

「……す、すみません…。あの、幼性体は僕が鋼糸で片付けます」

「あぁ。オレはこのまま母体を潰しに行く。お前は外に出るな」

「え、でも……あの、都市外用スーツとかは……………?」

「オレはいらねぇの。見てな」

 

 勢いよく踏み切る。エアフィルターを突き抜け、ウォルターは都市外の大気に晒される。が、外に満ちている筈の汚染物質はウォルターの肌を焼く事は決してかなわない。

 汚染物質のひとつとして、ウォルターの髪の一房でさえも焼くことは無い。

 

「……………!」

 

 レイフォンが息をのんだ。それと同時に、レイフォンは視界に集中し、ウォルターの剄の流れを見るが、一切不審な点は無い。

 外力のように放射している様子もない。だがまるで、ウォルターの周りの空間だけが、異質のような気がした。

 

 

 


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