明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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追想

 

「……まぁ、つっけんどんなのは昔からですし、それに拍車がかかったと言っても特に気にすることではないですよ」

「確かに、言われればそうかもしれませんけど…」

「ウォルターの“あれ”はしばらくすれば元の性格……といいますか、リーリンさんの知っているウォルターに戻ると思いますよ」

 

 軽い調子でサヴァリスが言うが、リーリンはやはり不安げな顔つきでウォルターの去って行った方向を一瞥した。

 それに苦笑しながら、サヴァリスは「そういえば」と口を開く。

 

「あの性格といえば、レイフォンに天剣を授受したときもそうでしたね。レイフォンの強さは僕ら天剣授受者もよくわかっていましたが、ウォルターが圧倒的過ぎてなかなか受け入れられ難かったですが」

「……レイフォンは…本当に強かったんですか?」

 

 リーリンがそう言葉を紡ぐ。

 確かにそう疑っても仕方のないことではあった。レイフォンはウォルターに惨敗したにも関わらず、ウォルターの一言で天剣になった。

 勿論レイフォンだって負けたことが無いわけではない。しかし、あの事は本当に悔しがっていた。日が経ってもその事は腹に据えかねていたようで、レイフォンにその話を振るといつも不機嫌になっていたのだから。

 

「えぇ、強かったですよ。ただ、ウォルターが規格外過ぎただけです」

「……レイフォンが一番得意な刀を使わなかったからとか、そういうことではないんですね」

「それはそうでしょうね。それを言ったら、僕やリンテンスさん達だって、何度もウォルターに負けているんですよ」

「え?」

 

 そう言いながら、サヴァリスがやはり右のこめかみ辺りを触る。

 リーリンはその仕草を少し気にかけながら言葉を待った。

 

「何度も手合わせしてもらいましたけど、一度も勝てたことはないです。だから、レイフォンだけがどうということではないんですよ。天剣授受者……、へたをすれば、我らが女王陛下でさえ彼に勝てるかどうかわかりませんし」

 

 サヴァリスはくつくつと笑いながらそう言う。リーリンはサヴァリスが何故笑えるのか、自身が武芸者ではないからなのかは知らないがわからなかった。

 そういえば、とリーリンは思い出す。

 

「あれ、刀を父さんに渡した時に一緒に渡してた。……いまも父さんが持ってるのかな……?」

「……あれ、とは?」

「……レイフォンの、親につながるかもしれない唯一のものです。レイフォンが刀をやめた時父さんに渡していたので、すっかり忘れていたんですけど。いまふっと思い出して」

「そういえば、孤児でしたね。……それにしても、そんなものがあったんですか」

「はい。でもレイフォン、いまは頭に無いんじゃないかな…」

 

 リーリンがそう小さく呟いて口元に手を当てて考える。

 考えに耽りだしたリーリンに、サヴァリスはこめかみから手を離しつつ、思い出した事を口にした。

 

「レイフォンが強いといえば」

 

 サヴァリスの発したレイフォン、という言葉に反応し、リーリンは顔をあげた。

 ふむ、と過去を思い出しながら話すサヴァリスの言葉を、リーリンが静かに聞く。

 

「前に老生6期のベヒモトという汚染獣を相手にしたことがあるんですよ。天剣授受者の共同戦線でね。僕とレイフォン、リンテンスさんの3人。あの戦いをした時に、確かに彼は強いと思いました」

「ベヒモト……」

「えぇ。あれは苦戦しましたよ。3人がかりで3日3晩、戦い続けましたからね。……あぁ、それにしてもあの戦いは楽しかった」

 

 口元を軽く緩めながら、サヴァリスは過去へ思考を馳せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、疲れた」

 

 ウォルターは宿泊施設の寝室で、1人ベッドへ埋もれていた。

 頭痛が酷くウォルターの頭を揺さぶって、どうも思考に集中出来ない。

 ちくしょう、と小さく吐き捨てる。

 なにがこんなにも自身に影響を及ぼしているのか。何故、こんなにも疲れているのか。

 能力の負荷というものは確かにある。だが、この感覚はそうではなかった。能力での疲れは、どちらかと言うとだるさのほうが多い。しかしいまは、だるさというよりも苦しさといったほうが近いかもしれない。

 しかもその疲れに加えて何故かちりちりとした苛立ちものさばっている。レイフォンと話していた頃から抱いている苛立ちが、いつになっても取れないのだ。

 なんとも言えない疲れと苛立ちに、ウォルターは逆らうこと無く眼を閉じた。

 

 

 意識を落としたウォルターの中で、ルウはふぅと息を吐いた。

 この疲れが、いままで“気楽に”彼らに接していたことの証拠だと彼は気づかないだろう。その苛立ちが、ゆらぎだとは気づかないだろう。

 彼らを信じようとしていた、信じてくれていると思っていたことへの。

 

―――――いつになったら、ウォルターはそれなりに気を重くしないでいられるのかなぁ…

 

 そう思いながら足を組んで、腕を組んだ。

 ツェルニ、グレンダン、シュナイバル……ウォルターが関わりを持っている電子精霊は数え切れないほどだ。それら一つ一つにかまっている暇はないが、それでもそれなりの付き合いというものはある。

 運命の終末が来るのが早いか、ウォルターが過労で倒れるのが早いか、正直いい勝負だと思う。

 ルウとしてはどちらも嫌だが、何よりも早く「ここ」から出たかった。

 ウォルターと共に居られるというメリットはルウにとって嬉しい事だ。それこそ、小躍りを始めたくなるくらいに。だがいまは、「ここ」にいるだけというこの状況に歯がゆさを感じている。

 懸命に戦っているウォルターに、いつになったら自分は並べるだろうか。

 そう考えながら、ルウも瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレンダンで名前のついた汚染獣と言うのは、ある種特別な意味合いを持つ。

 強力な汚染獣であり、一度の戦闘で殺せなかった事が条件。

 そしてウォルターが対応した汚染獣のなかで、唯一と言っていい、一体だけ逃れ続けた汚染獣がいた。

 名をベヒモトという、サヴァリス、リンテンス、レイフォンの3人が仕留めた時には老生6期と呼ばれるようになっていた汚染獣。

 

 かつてベヒモトがもっと幼い……と言っては表現がおかしいかもしれないが、老生体として変わり、2期となった頃だった。ウォルターが初めてベヒモトと接触したのは。

 ベヒモトという汚染獣はかなり昔からいる。サヴァリス達には戦意に関わるとして伝えられなかったことだが、ウォルターが2度とも対応して2度とも逃している。

 どちらもベヒモトに撤退されたにしても、1度目は仕方のない時だったと言えばそうだった。その一言で済ます気は無いからこそ、仕留められるなら仕留めたかったが、すでに済んだことだと気にしてない。

 

 初めにベヒモトと接触したのは、本当に昔だ。

 まだデルボネもいなかった頃。それなりに強力な念威操者がいたとはいえ、なかなかに危機感の足らない念威操者だった。

 そして自身もまた、戦いに対して興味の失せていた頃だった。

 

 


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