大きな機械音がひしめく機関室への入り口を見ながら、ウォルターは小さく息を吐いた。
バイトをしに来たのではなく、ただツェルニに聞こうかと思って来ただけだったのだが、どうも時間が悪いらしい。
来ようと思えば深夜にでも来られる。感じなれた気配に若干苦笑を浮かべながら、ウォルターは踵を返した。
サンドウィッチを口に運びながら、ニーナは小さく呟いた。
「相変わらずうまいな」
考え事にふけりすぎてうっかり配達時間を逃したニーナに、ちょうど声をかけてくれたレイフォンが持参していたサンドウィッチをわけてくれたのだ。
具材のぎっしりと入ったサンドウィッチの味は、さすがレイフォンというものだった。
「……ふぅ」
レイフォンが珍しく溜息にも似た息を小さく吐いた。それに小さく首を傾げ、ニーナは問う。
「どうかしたのか?」
「あ、いえ…。どうしようもないって、わかってるんですけどね。言えないことのひとつやふたつ、誰にだってあると思うので」
「……あ、あぁ……悪いな」
「いえ。いつか教えてくれると信じてますから。それに、僕は隊長の味方です」
やんわりと笑みを浮かべるレイフォンからほんの少し視線を逸らしながら、ニーナは小さく頷く。だが、レイフォンがひっかかっていたのはそれだけではないようで、その笑みを歪ませた。
「ウォルターは、話してくれますかね」
「…さぁな…。あいつの考えていることは、相変わらずわからん」
「最近は少しばかり、柔らかくなったかと思っていたんですけど…勘違いだったんでしょうか」
「どうだろうな。…わたしも同じような印象は受けていたからこそ…あの対応が納得いかないんだ」
ただ、突き放すように言い放ったウォルターの、あの態度と対応が。
どこかわざとらしさすら感じる態度に、眉を寄せずにいられなかった。
「だが…どうだろうな」
ニーナは小さくそう呟き、足元へ視線を投げた。
バンアレン・デイの時に出会ったディクセリオ・マスケイン。彼と共にいたウォルターの印象が、どうも気になる。
ウォルターの見る目は実際大したものだし、ディクセリオ……ディックがただ単純に強欲で悪い人間だとは思えない。お互いに遠慮しあっているような雰囲気もなく、むしろニーナ達といるよりも砕けているような様子さえ伺えた。
あの時の様子はまだマシだった……と言うか、むしろディックとの会話が弾んでいたようにも見えた。では、練武館でのあの態度になり得た原因はもっと後だ。
では、いつ?
「……隊長?」
「……む。すまん、考え込んでいた」
「いえ、大丈夫です。…でも、何がどうだろうな、なんですか?」
ニーナは少し言葉を口の中で転がした。言ってもいいことなのか検討したからだ。
だが、すぐに本筋を話さなければきっと支障はないだろうと思った。きっとウォルターから話すようなことはないだろうし。
「…わたしが言えないと言ったことに、関わっているかもしれないんだ」
「……じゃあ、ウォルターもまた…何か抱え込んでいるということですか?」
―――――ウォルターが抱え込んでいる事のほうがずっと……わたしよりも重く、大きいだろう
小さく頷きながらニーナは考える。
ウォルターが自分の事情を話さないのはいつもだ。大切なこともどうでもいいことも、何も言わない。だがそれは自分自身ですべて解決できてしまうからだ。
だが、もしも……もしも、自分で解決出来ないような事柄にいまいるとしたら。
「もしも何かあるなら……ちからになってやれるといいんだが」
「……そうですね」
「そういえば、レイフォン」
これ以上話を続けるのもよくないかと思って、ニーナはふと思い出したことを口にする。
「お前に稽古をつけてほしいという武芸科の生徒たちがいるんだが…」
「稽古…ですか? ……隊長はどう思ってます?」
「わたしか? …まぁ…わたしとしては、つけてやったほうがいいんじゃないか、とは思うが」
「……そうですか」
ふむ、とレイフォンが少し考え込んだ。考え込んだ様子のレイフォンに、ニーナはやや慌てて言葉を紡ぐ。
「いや、お前がいやだというなら、無理をしてする必要はないと思うが…あくまでお前の自主性に任せる」
「あ、大丈夫ですよ。確かに生徒の質がそれで上がるなら、都市戦での効率も上がると思いますし。僕に稽古なんてものがつけられるかどうかは分かりませんけど……、隊長がそういうなら、やってみます。僕にとっても経験になりますしね」
笑みを浮かべたレイフォンは、そう言ってサンドウィッチを口へ放り、飲み物に口をつける。レイフォンの言い回しに少し眉を寄せながら、ニーナもサンドウィッチを食べきった。