ウォルターが揺れている。
そのことは、誰よりも共にあるルウがわかっていた。
だが、その揺れているのは志ではなく、目的ではなく、僕らが一番“得ていないであろう”ものだった。
だからきっと、ウォルターも掴めずに戸惑っているのだと思う。
ウォルターが誰にも言わないし、そんなウォルターを誰も気付かないから誰も知らないけど、ウォルターは一番優しい“人”だと思ってる。
彼は、誰よりも優しいから。
彼は、誰よりも誰かのことを気にかけているから。
彼は、自分には人に一番大切なものが欠けているという。
だけど僕はいつも思うんだ。ウォルター以上に、誰かを思っている“人間”なんて、この世界にいるだろうか。
もちろん、純粋な人間だっているだろうし、誰かに尽くすことを信条とする人だっているだろう。そんなことはわかってる。
きっと他の人だったら、思いが変わってしまうと思うんだ。ウォルターが大切にしているモノはきっと、人間だったら屈折して変わっていってしまうと思うんだ。ずっと願い続けるのは、ずっと思い続けるのは、ずっと同じことを続けるのは、何よりも苦痛だと思うから。いまのキミがそうであるように。もどかしい様に。何をしても変われていないような思い、不安にかられているキミのように。
それでも僕は、キミだから、そこまで強くもっていられるのだとウォルターに言いたい。キミだから、そうしているのかキミで良かったと、僕は思えるって。
だけどきっと彼はそれで満足しない。だってウォルターだもの。
こうして精神を「共有」しているこの空間でも、ウォルターの精神はいま少し引きこもりがちだ。僕にさえ、塞ぎ始めている。
誰も気づいていないだろう変化。ウォルターが大切だと思うからこそ、無茶をして欲しくない。無理をして欲しくない。彼に、誰にも悟られないまま悲しんで欲しくない。
それでも僕の口から、そんな言葉は言えない。
きっと、精一杯頑張っているのに「頑張れ」って言われるのと同じようなものだろうから。
きっと、泣きたいのに「泣くな」って言われて必死に堪えるのと同じようなものだろうから。
彼は絶対そんな姿、他のヤツには見せない。あの隻眼にですら、見せない。その片割れにも、あの獣にも、闇にも、魔女にも。この世界に存在する誰にも。
僕が、そんな彼の唯一の場所まで、奪っちゃいけない。
「……ウォルター」
小さな声で、呼ぶ。
彼が本当はそうなれればいいと思っているもの、彼が欠けていると思っている大切なもの。
僕が“それ”を掴めているとは思わない。思えない。
ただ僕は、キミと一緒にいたいから、そう思っているから。その思いがきっとそうなんだって、そう思っているだけで。僕だってきっと持っていないに決まってる。そうだとは思うけれど、ただ、そう思っているから。
気づければ簡単なんだ、ウォルター。
キミは僕よりずっとずっと、“それ”に近いものを見つけているはずなんだ。キミだから。
僕なんかよりずっと人と関わって来て、誰かを思いやる事ができるキミだから。
気づいてよ。気付けるはずだ。キミなんだから。
だからそんな風に、僕にまで隠さないでよ
「ねぇ、ウォルター……僕の声は、届いてる?」
小さく、波紋が落ちた。お互いの呼応がすぐに聞こえる。
僕はここにいる。焦らないで。大丈夫。
キミはずれてなんていない。キミは、罵られるような化け物なんかじゃない。
そんなヤツがいるなら、僕が全員消してみせる。僕が持つちからすべてを持って、ウォルターといるから。
「ね、僕はいつだってウォルターといるよ」
ほんの少しだけ、ウォルターと目があった。
やんわりと緩んだ表情が、僕に微笑む。僕も微笑み返しながら、少しだけ離れた場所で、ウォルターを見る。
(……あぁ、大丈夫だ)
(うん……そう、だね)
あぁ、またキミが強がった笑みを浮かべてる。
また、そんな表情をさせてしまってる。
僕だってもう、あの日々に戻れるとは思っていない。
だから、ほんの少しでも……あの日々より良い未来を、キミと歩めることだけを願っている。
ずっとずっと、大好きだから。ただ唯一の、僕の大切な人だから。
ルウは小さく胸の前で拳を握ると、笑みを浮かべて眼を閉じた。