オレはいつまで引きずっているのだろうか、と思う。たった一週間程度の出来事。
剣帯にしまわれている色のくすんだ銃型の錬金鋼。いつもならすぐにそんなもの捨ててしまうのに。必要ないと思いながら、こうして未だ持っている。
この重みが、いつも思い出させてくれる。
それでももう、彼は……
ウォルターの表情からニルフィリアはなんとなく察したらしく、眉を寄せた。それに対して複雑そうに瞳を細める彼から視線を外し、窓の外へ投げる。
窓の外に広がる空は、ニルフィリア“達”にとって不自然なものだ。かつて見ていた空とはまったく違う、本物に限りなく近く、それでいて本物ではない偽物の空、偽物の月。
「…そんなこと、知らないわ。いつまで引きずっているつもりなの? いままでだって幾度となくあったっていうのに」
「さぁ……なンでなんだろうな…。オレもわからない。オレだって、知りたい」
ただ、覚えている。
呟きをこぼしながら、ウォルターはから笑いを浮かべニルフィリアを見た。
その笑みに自嘲的なモノが含まれている事を、ニルフィリアは見逃さない。だが、とくに何かを言うこともなく口をつぐむ。
「確かに……最近慣れ合いが過ぎたかもな。そのせいでちょいとセンチメンタルな状態になってるだけだろ。大丈夫だよ」
(……そうかな……)
意外にも、問いを出したのはルウだった。
先ほどまで静かに話を聞いていたらしいルウだが、ウォルターの言葉を心配そうな声音で小さな否定をする。ウォルターはやや怪訝にルウに対して首を傾げ、ほんの少しだけ先の感情を揺り起こす。
珍しい、という顔でニルフィリアが頬に手を当てながらルウに問うた。
「あら、何かあるの?」
くすくすと笑うニルフィリアにルウは不機嫌な雰囲気を返しつつ、やはり心配そうな声音で言葉を紡ぐ。
(……ウォルター、ここで十七小隊と関わり初めてから変わったでしょ? …結構、堪えると思うな、それ)
「いい。別に…。…………どうせ、あいつらにはできることなンて“何もない”」
そうだろ?
何処か投げやりとも取れる言葉にルウは眉を寄せた。
ニルフィリアはため息を吐きながらウォルターをまたいで膝立ちになると、その細い腰に手を当ててウォルターに向かって言う。
「どうやらここまでのようだわ」
「……何がだ?」
「おしゃべりタイムよ。お客さんが来たみたい」
「…………………?」
くすくすと笑みを浮かべるニルフィリアが、白い病室の空間にほどけていく。
こういった場面では、彼女という存在は絵になるといえるのだろう。少女という姿に見合わない妖艶さを漂わせ、ありとあらゆる男達を誘惑して自らを唯一絶対と崇めさせる程、麻薬のような中毒にさせる少女。
ウォルターはそのほどけていく様を向けながら、思考は別の方へ向けていた。しかし、次に現れた少年に、ウォルターは思考を引き戻される。
「……アルセイフ」
「ウォルター…、えっと、具合どうですか」
「…別に」
「……そう、ですか」
“通常通り”なウォルターに安堵した様子で、レイフォンはベッドの隣においてある椅子へ腰掛けた。ウォルターはレイフォンに眼を向けておらず、向かいの壁を見つめている。
そわそわとしながらほんの少しだけ言いにくそうにして、レイフォンは口を開く。
「あの、ウォルター」
「…………あ?」
「あ、えっと。……あの…答えてくれないとは思いますけど、聞きたいことがあって」
レイフォンが両手を絡めつつ、視線を泳がせて言う。
口の中で言葉を転がすレイフォンに、ウォルターは視線で先を促した。
「……ウォルターと話していた時聞こえた、声の主を、ウォルターは知っているんですよね?」
「…………………」
「沈黙は…肯定ですか? …あ、あの…いえ、…別に責める気とかはないんですけど…ただ、気になって」
苦笑を浮かべながらレイフォンは頬を掻く。
そんなレイフォンを尻目にウォルターはどうでもいいといった顔で息を吐いた。
「そンなことが聞きたかったのか?」
「……いえ、その……」
レイフォンは言いにくいという顔で、言葉をまわす。やや渋った顔でウォルターへ視線を向け、面倒くさそうに溜息を吐くウォルターに、意を決したように口を開いた。
「……あの、ハルペーが一番初めに現れた時…、ウォルター、その傍に…いませんでしたか…?」
「……そンな訳ないだろ。オレはそンなところにいなかった」
「です…、よね。いたらおかしいですもん。…なんていうか…ハルペーに並べるなら、やっぱりヒトでも武芸者でもない…ですよね。すみません、変なことを聞いて」
苦笑交じりに髪をかき混ぜてレイフォンは言う。しかし、レイフォンの言葉に自分が一瞬動搖したことをウォルターはわかっていた。
顔には一切出なかったけれど、内心では動搖したのだ。“ヒトでも武芸者でもない”。
それは暗にこう言っているのだろう。人外の、理解不能な領域にいる存在だと。
―――――化物、か
あぁ、そうだろう。その通りだろう。
レイフォンに改めて言われるまでもなく、分かっているのだ。
―――――……また…同じことになるのか
その事に何故かほんの少しだけ苛立ちを感じた。
だが知られればやはり、ウォルターが想像しているようなことになるのだろう。
自らに恐怖を宿した眼を向けて、手に負えない人物だと認識されて、非道だと罵られて。
かつてに戻るだけだろう、そう内心で呟くが、それと同時にニルフィリアの言葉を思い出した。
忘れていると。軟弱な光を宿していると。脆弱になったとでも言いたいのか。
そんな訳はない。そして、そんな事になるなど、あってはならない。そうだろう。
―――――……
その為にすべてを突き放して、踏みしだくことすら恐れはしないと
「……そうだな」
小さくレイフォンにそう返して、呟いた。
「化物だ、そんなヤツ」
言いながら、ウォルターはレイフォンを乾いた眼で見た。