真っ白で清潔な部屋に、漆黒を纏う少女がふわりとスカートを靡かせて現れる。風が吹いていないにも関わらず黒の長髪は宙に漂う。重力に従わないその長髪をなびかせる少女に視線を向ける。
ウォルター自身は久々に会ったのだが、相変わらずの容姿に相変わらずの白さと黒さ。肌の白さ、服の黒さ、部屋自体の白さが相まって、部屋では浮き彫りの存在だった。
「そりゃあ悪いな」
「なに? その言い方…。もう、相変わらずなんだから」
「はいはい。それで何のようだ? ……ニルフィリア」
少女……ニルフィリアにウォルターは片眉を上げて問うた。
彼女はやはり気に食わないようだが、それをウォルターが気にかける必要もないだろうと白々しい顔で彼女へ視線を向ける。
「……久々に調子が良かったから、あなたと会おうと思って。まぁ、また戻らないとならないのは事実なのだけど。それにしても…相変わらずね、あなた」
「まぁ、変わってたまるかって話だが」
「それはそうね。あなたは変わったら困るもの。…でも、どうかしら」
久しぶりにウォルターを見たニルフィリアは、ほんの少し小首を傾げつつするりと肩を伝う髪を揺らしながら、白の肌を見せる。
その姿に眉ひとつ動かさないウォルターにニルフィリアが頬をふくらませた。
「もう、あなたって本当誘惑のしがいがあるわね」
「しなくていいって」
ふくらんだ頬の空気を抜かせながらウォルターが言い返すと、酷く機嫌の悪いルウが絞り出したような声でニルフィリアに言う。
(そうだそうだ。……鬱陶しい雌はとっとと失せてよね)
「あら…、ルウ・ルレイスフォーンじゃない。無様な姿になったあなたをはっきりと見られなくて残念だわ。姿をはっきり見せてくれないのが本当に残念」
(ふん、キミに見せる姿なんて無いよーだ。ばーか)
「本当、こどもっぽい事しかしないわね、あなた」
ニルフィリアが誘惑出来ない存在は、彼女にとって不快な存在でしか無い。
そしてその存在に完全合致しているウォルターとルウは、あまり好かれているわけではないのだが、彼女とは普通に友人感覚で接している。理由は未だによくわからないのだが、まぁ嫌われようと嫌われていなかろうとどうだっていいので気にしたこともない。
彼女さえ気にしていないのならば、ウォルターが気にする必要もないだろうという楽観的な、ウォルターらしいといえばらしい考え方だ。
ニルフィリアは特に気にした様子もなく笑みを浮かべつつウォルターの腹に乗っかった。
両肘をついて、両手は頬へ当てる。やんわりとした笑みのまま視線をウォルターへ向ける。
肘が胸板に当たるのが痛いと言うも、彼女は一切気にしていないようだ。
「別にいいじゃない。耐えられない痛みじゃあないでしょう? …ところでウォルター、あなたはこんな所で何をしているの?」
「……療養中だよ」
「あぁ、そういう建前はどうでもいいの。質問の仕方を間違えたわね。……何を迷っているの?」
「……迷う?」
ウォルターは上半身を起こす。その動きに合わせてニルフィリアも身体を起こした。
怪訝な眼をウォルターがニルフィリアに向けるが、彼女は笑みを絶やさない。しかしほんの少しだけ、その柳眉は潜められウォルターを探るような眼を向ける。
「……他人にかまって、学園生活という“一般”に存在して。あなたは…本来の目的を忘れているんじゃないかしら?」
「忘れている? オレが?」
「えぇ、そう。……あなたの眼は、そんなにも軟弱な光を宿してはいなかったわ」
軟弱な光。
そんなことを言われるとは思っていなかったウォルターは、眉根を寄せて少し俯きがちにシーツを握りしめた。
その様子を見ていたニルフィリアは蔑むような眼でウォルターへ言う。
「そうやって考えこむ所を見る限り、やっぱりあなたは変わった。そうでしょう? ……わたし達の目的の為には、酷く不利益な方へ、だけど」
「……かもな」
「同意までされたら、わたしは何も言えないわ。…でも、早く“直さないと”何もできなくなるでしょうね」
「…………………オレは、別に」
「そういうつもりじゃない?」
ニルフィリアの言葉にウォルターが口を噤んだ。何処か煮え切らない態度をとるウォルターに、不快そうに眉を寄せるニルフィリアはその妖艶な唇でため息を吐く。
ため息を吐かれたウォルターはといえば、やはり考え込んでいるようで特にそれに気付かなかったようだった。それにまたため息を吐き、ニルフィリアがするりとウォルターの首筋へ手を這わせる。
「あなた、本当にどうしたの? 初めて会った時や、前にあの“犬”といた時はそんな風じゃあなかったのに」
「…………………それは…………………」
「……答えたくないならいいわ、別に。興味ないもの。あなたが変わった理由には。でもそのせいでわたしのしたいことを阻害するのはくれぐれもしないで頂戴ね?」
「……あぁ」
柔らかく笑みを浮かべたニルフィリアだが、眼は笑っていない。蠱惑的に弧を描く赤い唇、それを引き立たせる黒い髪、白い肌。ウォルターは何処か遠くを見るような眼で彼女を見ていた。
彼女は「もう」と小さく呟いて、左手をウォルターの目元あたりに当てる。
「情けないわね、そんな顔をして。あなたの頭にいま浮かんでいるのは何? 弟のこと? 兄さんのこと? それともわたしの“模造品”の事? それともはたまたここにいる人間のこと?」
はっきりしないウォルターに、ニルフィリアは煮え切らないとばかりに言葉を連ねた。
どう言うべきか、ウォルターは少しだけ考えて、口を開く。
「……名前も知らないヤツのこと。……あいつが、はたして運命に関わっていたのか…いまでもオレにはわからないけれど」
ウォルターは小さくそう呟いて、眼を伏せた。