小隊戦。それは、小隊同士での実力がはっきりとわかる戦いだ。
十七小隊もまた例外でなく、小隊であるからには小隊戦には参戦する。そして今回は、レイフォンが加わってから初となる小隊戦だった。
緊張するからと言ってトイレへ行ったレイフォンの顔が浮かばれないのを見て、ウォルターはいつもの調子で話しかける。
「どうしたンだよ」
「……いえ、その……」
一蹴されると思っていたウォルターは、口ごもったのに眉根をよせた。それに気付いたのか、レイフォンがやや俯き気味に答える。
「会長が……」
「あぁ、あいつな。あンま真面目に相手すっと身が持たねぇぜ」
「……あなたが言いますか」
「お、ようやく調子が戻ってきた?」
「……………僕を、元気づけようと?」
レイフォンがウォルターにとって心外な言葉を言って来る。
ウォルターは虚を突かれた顔を一瞬したものの、すぐさまいつもの不敵な笑みへとかえる。
「馬鹿か。足手まといが居ると面倒くさいだろってだけだよ」
そういってつん、と人差し指でレイフォンの額を突く。
「隙あり」
「っ!」
「気ぃ張れとは言わねぇが、締めてかかれよ。例え“お前”といえど、不意を突かれりゃ危険なんだぜ?」
「こ、子供扱いしないでください!」
怒ったレイフォンの頭を一撫でし、「その元気がありゃ大丈夫」と言って、野戦グラウンドに足を踏み入れた。
先に行ってしまったウォルターの背を、レイフォンは撫でられた頭を押さえて茫然と見送ってしまう。
レイフォンの視線は腰に付けられた剣帯……その中の練金鋼に向けられた。
―――――僕は、一度は剣を捨てた。だけど……
ウォルターの、あの不敵な笑みが浮かぶ。相変わらず真意が読めない。
しかし、昨日少し落ち着いて話しをしたからだろうか。あの笑みが頼りになる気がした。
「………やるしか、ないのかな」
レイフォンも、野戦グラウンドへ足を踏み入れた。
砂煙が舞い、活剄で強化された嗅覚に砂塵のにおいが克明に漂ってくる。そして、いまや戦いの場所と化したこのグラウンドに漂う喧騒の空気。
「あぁ、面倒くせぇ……………」
「ウォルター、その性格直せと何度も言っている筈だ」
「面倒くさいンだよ、大体な……」
言葉を繋げようとしたウォルターを放って、ニーナは丁度来た相手の小隊の隊長に挨拶をする。だが、ただ嘲笑われただけで、そのまま去って行かれてしまう。
ニーナが唇を噛み締めた。ウォルターは溜め息をつき、ニーナの頭へ手を乗せる。
「な、なんだ!」
「落ちつけ、アントーク。焦るな。乱されたら終わりだ」
「……………す、すまない」
「わかりゃいいさ」
気が利くやつだ、とニーナがウォルターへと視線を投げると、ウォルターは軽くウィンクを返す。
それにニーナがやや反応するが、即座に集中する。
「さぁて……………始まるな」
開始のブザーが鳴った。
アタッカーとしてニーナ、レイフォンが走る。
ウォルターは2人の剄の奔りに眼をやったが、それを見て顔をしかめる。
―――――アントークはいつものことだが、アルセイフ、迷ってンなぁ……
バックでディフェンスに徹しているウォルターだが、剄は中々奔らない事にやや苛立っている。
練金鋼が……というより、武器がいつもの物ではないこの感覚は、どれだけ使っても慣れない。
真面目にやるのも馬鹿らしいので、適当に片足重心で練金鋼を復元し、弄ぶ。
(いいんですか)
「何がだ?」
念威端子が後ろに来ていたのは知っていた。十七小隊念威操者、フェリ・ロスだ。
(真面目にやらなくて。また隊長が怒りますよ)
「どうでもいい。つうか、この小隊戦こそどうでもいい」
(いいますね)
ウォルターは笑いを零す。
フェリも言うが、フェリこそ十七小隊サボり魔といえるだろうに、そういってしまえるのはフェリだからだろう。
「あ」
(どうかしましたか)
「アルセイフがやられつつあるな」
(それで良いのでは? 無駄にやる気を見せるとあの人が喜んでしまいます)
「そうかねぇ……………。オレとしては、会長よりもニーナ・アントークの方が怖いね」
ウォルターは苦笑混じりに呟く。
フェリの端子からやや不思議だと言った雰囲気が漂って来たので、ウォルターは練金鋼を基礎状態に戻しつつ言う。
「手加減されてて、それなのに勝てたみたいな風にされてたと知ったらあの隊長のことだ、激怒するに決まってンだろ?」
(成程)
「しかもオレそれ知ってるからよ、オレに飛び火してくンだぜ、絶対」
(そうですね)
「人ごとみてぇに……。人ごとだけどなぁ」
後方に敵反応ふたつ。現在フェリ・ロスへ直進中。避けられる可能性は0.2パーセント。
演算ではじき出された情報にウォルターはふぅと溜め息をついて、駆けだした。
フェリの方へ。
(っ!)
「おぉっと!」
走りながらウォルターは手早くフェリを抱え、左足を軸にして旋回、そのまま木を足場にして地面にほぼ平行に走る。
「……っ!!」
フェリが声にならない叫びをあげているが、それにはほぼお構いなし。ウォルターは空いている方の手で練金鋼を復元する。
「っく!」
2人とも接近型の武器を装備している。しかも男だ。
ウォルターは眉根を寄せて相手を睨み付け、復元した練金鋼……刀に剄を込めて1人目に頭上より高速で振り下ろし、その勢いで横薙ぎを放ち、2人目も昏倒させる。
「か弱い女の子相手に男が2人がかりとか、情けねぇンじゃねぇのか、あ?」
ごつ、とやや厚底のブーツで相手の頭を踏む。
ウォルターにかかれば、ほんの少し力を入れるだけで相手の頭蓋を踏み砕き、内容物を見るも無惨な姿に変えることは容易だ。
そしてウォルターにはそれができるだけの非情さがある。だがしかし行う気にはならず、行うわけにもいかない。ここは学園都市なのだ。
足をどけると、抱えたままだったフェリをゆっくりと地面に降ろす。
「大丈夫か? 悪かったな、怖い思いさせて」
「べ、別に…この程度、平気です」
「……そうか」
明らかな強がりだったが、ウォルターは苦笑いと共に流す。それと同時に、強い剄の波動を感じた。
「……………アルセイフ」
「…レイフォン…ですか?」
「あぁ。本性みせたみてぇだな」
「……裏切り者」
不機嫌全開の様子で言い放ったフェリに、ウォルターは渋面を作りつつやれやれと肩を竦め、フェリの頭に手を乗せる。
「そう言ってやるなよ。いろいろあるんだよ、若い子は、さ。きっと近々大きな事が起きる」
「……?」
「その流れに足を絡め取られる。気をつけな」
「……………? はい」
終始意味が分からないと言った様子だったが、ウォルターは「良い子良い子」と言って頭を撫でてフラッグの方へ駆け出す。ブザーが鳴り、終了の合図がなった。
「お、終わったか」
フラッグの元へ行くと、レイフォンを囲んでシャーニッドやハーレイが嬉しそうにしていた。
その中でニーナは、明らかに傷ついた顔でレイフォンを愕然と見、ウォルターが来たことに気付くと、その表情を怒りに変えた。
「ちょっと、来い」
「あー、面倒くせぇからい、」
「来い」
否応無しに引きずられていく。ウォルターはふぅ、と溜め息をつき、仕方なくついて行く。
小隊戦で勝ったというのに何故不機嫌なのか、理由は分かり切った事だったが、馬鹿馬鹿しくて考えるだけで頭が痛くなった。
「ウォルター、お前は知っていたな。レイフォンがあそこまでの手練れだと」
一足先に更衣室に帰ってきた、というかこさせられたウォルターは、凄い剣幕でニーナに睨まれていた。しかしその怒りを買っている本人であるウォルターとしては、涼しい顔をしたままである。
「え~、あ~、まぁねぇ……………」
「答えろ!」
「……………知ってたよ」
溜め息混じりに答えると、ニーナは泥にまみれつつも綺麗なその顔にさらに怒りをにじませた。
「何故黙っていた」
「会長と、本人の意思を尊重したまでだ。それに、オレは別にアルセイフが本気だそうと出すまいとどうだって良かったンだよ、別に」
「……………わたしは、あの手合わせで、筋は悪くないからこのあいだに鍛えれば言いと思っていた……………」
ニーナが喪失感を含んだ声で呟く。ウォルターは特に何も感じないと言った瞳でニーナを見下ろす。
「だが、あれはなんだ?! そんなものの次元を越えている……! いや、訓練の必要すらも感じない程、あいつは……っ!!」
ニーナがウォルターの肩を掴んで、大きく揺さぶりながら叫ぶように言って来る。
「……………明らかな事は、一朝一夕の訓練をしていたという訳ではないと言うこと。何より、この学園都市の武芸科で学ぶことは、あいつに何一つ無いと言うことだ……!」
「……まあ、個人戦で学ぶこたぁ、あいつにゃねぇかもな」
「……………!」
ニーナが強く唇をかんだ。
「だが、あいつがここで学ぶことはたくさんある。そして、お前もあいつについて知るべきだ」
「……?」
「お前は、あいつの先輩だろう。そして、小隊の隊長だろう」
「……………だが、わたしが伝えられることなど……あいつが学ばなくてはならないことなど、無いのではないのか?」
ウォルターは大きく溜め息をつき、ニーナの肩を掴んだ手を離させ、言う。
「いいか? あいつは個人で戦ってきた。いつもひとりだった。あいつ以外に、強いヤツがそこに居なかったわけでもない。だが、アルセイフの生まれの場所では、あいつしか、他を救う手を伸ばせなかったんだ。
だから、団体戦どころか、誰かと何かを、自分1人で抱え込まない、誰かを頼る…そんな簡単なことができないような、1人の殻に強がって籠もってるンだ。幼い頃から強かったから、強さで学ばなくてはならないことすべてをすっ飛ばしてきた。だから、学園っていうこの場所は、あいつにとって良い刺激になるだろう。
お前もあいつと似て、やると決めたことは誰にも頼らずに、自分の手で護ることに固執する。そこが悪いところだ。だが、その猪突猛進ぶり、ンでその意志の強さは、お前にしかない事だ。それを、あいつに教えてやればいい。
…まだお前にもあいつにも分からないだろうが、戦う理由を他者に預けすぎたヤツは、ある時ぱったりと弱くなるモンなンだよ」
「……………ならわたしは……、まず、何をすればいいのだろう」
ニーナの力の抜けた問いに、ウォルターはやはりあきれ顔で言った。
「だから、知れば良いんじゃねぇの? 初歩は相手を知るところからだろう」
「そ、そうか!」
やや頭の冷えた様子で、ニーナは勢いよく飛び出していった。
恐らくは、生徒会長……カリアンのもとへ行くのだろう。
そのニーナの背を見届け、ウォルターは着替えをはじめる。
自嘲気味な笑みを浮かべながら。
「諭すなんて、オレの性分じゃねぇンだがなぁ」
それもまた青春か? などとガラにもない事を考えつつ、機関掃除へと向かった。