明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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不機嫌な医者、響く声

 

「あー…もう…なんで元気なのに患者用の服着て寝させられてるンだよ、オレは」

 

 病院着でベッドに入り上半身を起こしているウォルターは、忌々しそうに目の前の椅子に座るティアリスを睨んだ。

 しかしそんなウォルターよりも更に不機嫌な顔をするティアリスが口を開く。

 

「お前のせいだろ。勝手に退院するなど、医者であるおれが許さん」

「いやいや、ちゃんと生徒会通しただろ?」

 

 だからいいだろうと言わんばかりの顔をして、ウォルターはそう言った。だが、ティアリスは苛立たしそうに眉根を寄せて、ウォルターの背を見る。

 傷痕が目を凝らせば見えるほどに治っている背を見ながら、ティアリスが背を叩きつつ言った。

 

「知らん。……それと、なんで手術もしてないのに怪我が完治してるんだ、お前は」

「痛い、叩くな。なんで治ってるっていわれりゃあ……オレだからだよ」

「……殴るぞ」

「医者の暴力だめ絶対」

 

 そう言ったら持っていたカルテを止めたボードを投げつけられた。

 丁度角が額に直撃して悶えている間に、ティアリスはカルテを拾いなおして口を開く。

 

「…話を戻すぞ。ともかく精密検査の具合を考えてお前を3日間ここに拘留する。その後は2日間運動、夜更かし、過度な甘味摂取は禁止。3日間についてだが、朝は…」

「え。……なにその徹底した生活スケジュール管理。運動夜更かしは妥協したとしても……甘味摂取はオレの心の癒やしなンだけ、」

「うるさい、異論は認めん。お前はこのくらいしても足らん位だ。お前は話を聞かないからな。後、甘味については過度な摂取をするなと言っただけだ。お前、調子のいい時はそれに乗じてホールふたつくらい余裕で食べるだろ」

 

 ティアリスが嘆息しながら呟いた言葉に、ウォルターは入院着を着直しながら困惑した顔で頭を振る。

 

「…いやいや、甘味類がわりと好きなのは認めるが、だからってそこまでオレ非常識じゃ…」

「その口は閉じておけ。運動に関してだが、バイトも禁止だ。お前、機関掃除だっただろ。夜更かし関連になる上、全身運動になる。2日間は休みの届けを出しておけ」

「…………………………」

「……聞いてるのか?」

「聞いてる、聞いてるよティアリス。そんなに睨むなよ」

 

 ウォルターは苦笑交じりにティアリスに軽く返し、それでも溜息を吐かれて苦笑した。入学当初からの馴染みだが、ここまでずけずけと言われてはさすがに何も言えない。

 苦笑したウォルターも、そう考えて溜息を吐いた。その溜息をうなだれだととったらしいティアリスはカルテを強く叩いて言う。

 

「お前…、そんなふうだからいつまでたっても怪我にばかりするんだ」

「そんなこと言われても、怪我する時は怪我するモンだろ」

 

 あっけらかんとしてウォルターがそう発言した。しかしその言葉はティアリスにとって不服なものだったらしい。その話題にティアリスは先程から浮かべていた笑みを更に深め、低く重低音の声音になった。

 

「なにか言ったか」

「…いえなんでもありませぬ」

 

 ウォルターは頬が引きつりそうになるのをこらえながらティアリスから視線を逸らした。

 別に悪いなんて言わない、思わない。ただ、真っ黒な笑みを浮かべられると流石にたじろぐ。

 

「本当デス」

「…そんな目で見るな。大体、誰のせいで怒っていると思ってるんだ」

「はーい」

「素直でよろしい。…くらいやがれ」

「あたらんよ」

 

 さすがに2度目のカルテボードには当たらない。

 カルテボードを避けて掴むが、その代わり額に拳が飛んできて、あたった。手からするりとカルテボードが落ちる。

 

「お前、頭以外は健康体の癖にこういう所は反応鈍いな」

「前半部余計だろ。後半部もだけど」

「要するにしゃべるな、ってか? 入院期間を伸ばしてもいいんだぞ」

「や、それは勘弁…」

「なら反論するな」

 

 ティアリスに呆れたように言われ、打たれた額を押さえながらウォルターは肩を竦めて苦笑した。そんなウォルターに溜息を吐き、ティアリスは落ちたカルテを拾いながら叩く。

 

「大体お前はたるんでる。そんな風だからいつまでたっても怪我が減らないんだ」

「そんな事言われても……困る」

「真顔か。……まぁいいが、先程おれが言ったことは最低限守れ。5日後、検査するからごまかしても無駄だ。良いな?」

「了―解」

 

 頭の後ろで手を組みながら軽い調子でウォルターが頷くと、やはりため息混じりにティアリスがウォルターに釘を差した。

 

「まったく……それとウォルター、面倒は起こすなよ。生徒会がそろそろやつれきる頃だろう」

「いやいや、最近はオレのせいじゃないだろ」

「正当に暴れられる理由があるからな」

「冷ややか。驚く程冷ややか。小隊の後輩思い出す」

 

 ウォルターはふらふらといまどこにいるかわからない鳶色の髪の後輩を思い浮かべる。しかしそんな言葉にも耳を貸さず、ティアリスは呆れきった顔でウォルターを睨むように見た。

 

「とにかくおれは行くが、おとなしくしていろよ」

「……………………」

「……聞いているのか?」

「…キイテマス…」

 

 頭をぎりりとティアリスに掴まれ、ウォルターはしぶしぶ返事を返した。先程より大きな溜息を吐きながらティアリスは踵を返し、部屋を退室していく。

 その背を見送って部屋にひとりとなったウォルターは、掴まれた頭を押さえながら溜息を吐き、枕に頭を落とした。

 

―――――前はティアリス、怒るのこらえてたンかね?

 

 レイフォンがきていた時はキレなかったのだから、そういうことなのだろうかと首を傾げる。

 まぁ、別にティアリスが素になろうとどうだろうと別にいいのだが、それにしても暇だとウォルターは1人溜息を吐く。

 落ち着いて寝転がれる時間というのは嬉しいが、これほど忙しかった中でのこれだと、寧ろ、暇。

 

(ウォルター、どうするの?)

(どうしようもないな。…しばらくはのんびりしようぜ)

(……そうだね)

 

 ルウは嬉しそうな雰囲気でそう言い、頷く。

 ウォルターも久々にゆったりした静かな時間に浸り、息を吐いてシーツを腰程まで引き上げた。頭の後ろで組んだ手で髪を弄びながら、ウォルターは白い天井を見上げる。

 見た所でなんの変わりもなく面白味のかけらもない天井を見つめていたウォルターは、ようやく変化を見つけた。

 

「珍客だな」

「……その言い方、気に入らないわ」

 

 透き通った女性の声が部屋に反響した。

 

 


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