「っぐ、う……!」
レイフォンはカリアンを抱えて走っていた。
事は数時間前、突然ツェルニ上空に現れた汚染獣……後の紹介でクラウドセル・分離マザーⅣ・ハルペーと分かった、と接触したことだった。
群れの長は来いとの事だったため、レイフォンはカリアンと共にハルペーに接触し、会話を試みていたのだ。
彼の言う領域を抜けてすぐ、汚染獣に襲われた。
そこから約2時間の逃走劇を繰り広げ、ツェルニ間近となったところで起きたアクシデントにより、カリアンが意識を失ってしまった。
ランドローラーはすでにエネルギーが尽きている。ならば、後は走るしかない。
「くそっ!」
ツェルニの剄羅砲によりあらかた汚染獣は撃破されたが、まだ多くの汚染獣がこちらへ押し寄せてきていた。
汚染獣が後ろから迫り来る。その巨大な口腔に並ぶ牙をぎらつかせて、レイフォンを飲み込まんとする。
レイフォンが人間以上の速度で跳躍するのはたやすいが、ただの人間であるカリアンはその速度に耐えられないため、現状それを行う事は無理だ。
―――――どうする? どうする?
どうすればこの状況を打破出来る。
どうする? 一体、“彼”なら……
思考の隅で、そんなことを考えてしまう。
無意識のうちにそんなことを考えて、レイフォンは頭を振った。
「剣…はだめだ、となれば、鋼糸……」
そんなことを考えながら慌てていたせいだろうか。
注意力が散漫になっていたらしいレイフォンは、らしくないミスをする。
小さなおうとつに足を取られて身体が傾ぎ、バランスを失う。体勢を立て直そうとしている間にも、汚染獣の口腔がこちらへ迫ってくる。
唾液が糸をひく牙をずらりと並べ、レイフォンとカリアンの肉を引き裂こうと、食らいつこうとしている。
「っく……!」
この一体だけではない。
他にも汚染獣は居るのだ。
疾走を止めることは出来ない。
他の武芸者達は遠い。
“彼”は居ない。
“彼女”も居ない。
“僕”は、ここにただ一人
「あ、ああああああッ!!」
咄嗟に青石錬金鋼を構え、錬金鋼にある剄容量の限界など気にもせず集束出来るだけの剄を全力で錬金鋼に集束させ、振るう。
外力系衝剄の変化、霞楼。
レイフォンが振るった錬金鋼からは高密度の剄が放たれ、汚染獣とその後衛に居た汚染獣を巻き込む。だが、持っていた錬金鋼はぼろぼろと崩れていく。汚染獣はまだ押し寄せてくる。
―――――まずい
体勢が立て直しきれない。先程の剄技により身体の傾ぎにも拍車がかかった。
後列の汚染獣の口腔が眼前にさらされる。
恐怖はない。だが、なにも出来ない自分に腹が立つ。
―――――いいや、まだ、まだだ!!
レイフォンは諦めない。
諦めるわけにはいかない。こんなところで、死んでたまるものか。踏ん張って、反撃しろ。
動け。ただ一歩を踏み出して、錬金鋼を振るう。自らが持てる技を放つ。ただそれだけだ。
ポケットに突っ込んだままだったウォルターの腕輪に剄を流し、手の中に剣を復元する。
もう一度、もう一度だ。
やれる。
汚染獣との接触まで、後数秒……
「…っと」
「……………………っ?!」
いきなり、レイフォンの足が地面から浮いた。
カリアンを抱える腕に込めるちからは緩めていないが、レイフォンは抱えられた。
先程復元した剣を掴んだはずのレイフォンの手はそれを掴んでおらず、レイフォンを担いだ男の手にある。
視界の横で、黒と赤の入り交じる髪が踊る。
視界の横で、不敵な笑みが戦闘時独特の鮮烈さをみせつける。
視界の横で、萌黄色の瞳に凶暴な光が宿る。
「……ウォルター」
ヘルメットにこもる、かすれた声で、その名を呼ぶ。
「よう。泣きそうなツラしてどうした? 寂しがり屋さんか、お前」
男……ウォルターは器用にレイフォンとカリアンを片腕で抱えて、更にはレイフォンに襲いかかっていた汚染獣を足で顎から蹴りあげていた。
ウォルターは刀を肩に担ぎ、口角をつり上げる。
「さて…やるか」
外力系衝剄を変化、
ウォルターが足で止めていた汚染獣の顎に衝剄をぶつけて身体を浮かせると、刀を振るい汚染獣を薙ぐ。そしてそれと同時に、集束させていた剄を放出する。その放出した剄が触れた汚染獣の鎧甲は即座塵と化す。
薙いだ刀を手の中で器用に回転させ、ウォルターは迫る汚染獣へ袈裟斬りに剄を乗せて振るう。
外力系衝剄を変化、
刀から放たれた剄は一直線に汚染獣へと向かい、その途中で四散し、その剄は汚染獣の鎧甲を食いちぎり汚染獣を屠る。広範囲の攻撃は多くの汚染獣を死滅させた。その四散する前の剄がちりちりと火花を散らし、火を噴く。
外力系衝剄を化錬変化、
発生した爆発の炎、そして爆風により後方から押し寄せてきていた汚染獣が弾き飛び、前方の汚染獣は鎧甲ごと吹き飛んだ。
ウォルターには珍しい剄技の応酬に、レイフォンは唖然として閑散としつつある戦場を見た。
「…このくらいやっとけば、一旦は大丈夫だな。アルセイフは会長さん抱えて走れ。ここはオレが引き受ける」
「…………ウォルター」
「…なンだよ? ほら、まだ汚染獣は居るンだ、行け」
―――――僕は
レイフォンはほんの少しだけ足元に目線を落とした。
ハルペーの元へ向かった帰り……2時間の逃走劇を繰り広げる前、カリアンに言われた事を思い出して、そこからウォルターに言われた言葉を思い出していた。
だが、考えれば考える程、自分が頼っている……依存している事に近いという事実のみが浮き彫りになって、情けないと胸を締め付けられるような思いにかられるだけだ。
彼の帰還に、こんなにも安堵している自分がいる。
―――――それでも僕は、僕だ
「アルセイフ?」
「……なんでもありません、行きます」
「あぁ」
怪訝なウォルターの表情に、レイフォンははっきりと言葉を返す。
はっきりとした返しにウォルターが浮かべた不敵な笑みを見ると、レイフォンは駆け出した。
一言で言えば、レイフォン・アルセイフは“その人”が居ないとなにも出来ない。だが、それでも、それがいまのレイフォン・アルセイフだ。
いまなら、そう言い切れる。
どれだけくだらないと、それが借り物だと罵られようと、これがレイフォン・アルセイフなのだ。
レイフォンは荒れた大地を駆ける。
すべき事をする、その為に、疾走る。
決意の宿り出したレイフォンの瞳に、探していた金色が映りこんだ。