「…………………………」
「どうしたんだい?」
「べつに」
不機嫌なウォルターの表情。それに気付いたサヴァリスはそう呟いた。
ここは再びマイアス。
深夜になってしまったマイアスでは、老生体……ただの1期だが、それを相手に騒然としていた。リーリン以外の一般人は全員シェルターに逃げ込んでいる。
まだ、リーリンは機関部に居る。そしてその機関部にはツェルニ十七小隊の隊長でもあるニーナ・アントークが居た。
(居なければ行くンだけどなぁ)
ここマイアスの電子精霊である、小鳥のような姿をしたマイアスが狼面衆に追われているということもすでに知っている。
そしてマイアスがリーリンとともにいることも。
(マーフェスが変に干渉し始めなければいいんだが…)
(あぁ、それはそうだね…。でも……どうだろう。狼面衆も動き出した。あの…なんだっけ、クズな男にリーリン・マーフェスも接触したわけでしょ? 干渉しないわけはないと思うけど…)
(はぁ……いろいろな意味を込めて、面倒くさいな)
(ま、しょうがないね)
ふぅ、と軽く溜息を吐き、隣にいるサヴァリスに声をかけた。視線は遠くに投げたまま。
「お前見えてるだろ。いつくる? あのヘタレ」
「キミも見えてるだろう? …もうすぐだね。相手する?」
「ンなわけ無いだろ。あンな雑魚相手にするだけ無駄、完全に無駄。絶対にヤだ」
ウォルターが眉を寄せて全面否定すると、サヴァリスはくつくつと笑い声を零す。
そんなサヴァリスに溜息を吐きながら、ウォルターは再び視線をこちらへ走る男へ向けた。
「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう! あの女、絶対にゆるさない」
「……へ~、ご大層な言葉ですこと」
嘲るような声音で、ウォルターは男……ロイ・エントリオへ声をかけた。
ロイの眼がウォルターとサヴァリスを捉え、驚愕に瞳を見開く。
「だ、誰だ…?!」
「まったく、情けない方ですね」
サヴァリスが蔑むような視線を彼に向け、ウォルターは飽きたという様子で腕を頭の後ろで組んだ。
飽き性なウォルターに苦笑しつつ、サヴァリスはロイの前へ移動した。逃げようとするロイの喉を、サヴァリスの手は掴む。
「え、どうすンのそれ。こっち見せンな」
「いやぁ、少し見てみたくなりまして」
「……なにを?」
ウォルターが片眉をあげて問うた。
その何処か面倒くさいという雰囲気の目立つウォルターに対して、サヴァリスは口角をあげる。
「この砕かれた心のまま、再び立ち上がれるのか、否か。僕はそれが見てみたい。……ただの興味ですよ」
「……アルセイフもどうか、気になるからか?」
「さて、どうでしょう? ……すべてはただの興味ですよ」
そう言って去っていったサヴァリスに、老生体の方は任せた。
天剣が無いとは言え、サヴァリスがあの程度の汚染獣に遅れをとるとは思えない。最もここがあの荒野ならそうもいかないのかもしれないが、ここはエア・フィルターの中だ。
そんな状態で、あの男を気にかけるような必要は微塵もない。それよりも、いまはこちらのほうが重要だ。
「……この都市は、堕ちなかったようだ」
「そうだな。お前らの思惑どおりにはならなかったな。……狼面衆」
背後に立たれた感覚はあった。だがウォルターは振り向かない。振り向こうと無駄だと分かっているからこそ、行動は起こさない。
狼面衆は見た所でその特徴を見極められる訳でも、狼面衆を全滅させられるわけでもない。
それならば特に構う必要も無い。いざというときは衝剄で一撃食らわせればいいだけのこと。
ルウだっている。戦闘になったとしても、逃しはしない。
「マイアス如き堕とせずとも、全ては変わらない。全ては、聖剣の名の元に進行していく」
「……オレはそれを阻む為に居ンだぜ? 忘れたか?」
「虚構に囲まれながらも世界を見る我らに対し、この小さき世界でもがく貴様、どちらが矮小な存在か……、貴様にはわかりきったことだろう」
「ほざけ。オレはオレの存在については分かってるつもりだ。…ゼロ領域っていうのは、そういうモンなンだからな」
「“足掻く存在”と共に存在する“愚者”。他は“足掻く存在”の強さに引き摺られ、依存するだけのただの“愚者”と成り果てる。貴様らの終末は目に見えている」
「オレも見えてるぜ。……お前らの終末が、な」
狼面衆の言葉にはっきりと言う。ウォルターの言葉に狼面衆は口を一瞬噤み、再び口を開く。
「“虚無の子”はすでに“虚無”ではない。運命の変動と貴様の影響で変わり始めている」
虚無の子。その言葉に、1人当てはまる存在はいるものの、ウォルターは自分の影響で変わり始めているという言葉を訝しんだ。
どういうことだと聞きたくもなったが、到底答えてもらえるとは思えない。
「……死にかけの存在は生にすがり、生きている存在は死を呼ぶ。因果なもの」
言葉だけを残して、狼面衆は姿を消した。ウォルターは剣帯から錬金鋼を引き抜き、復元しつつようやく後ろを振り返る。
銃に復元された錬金鋼が向けられたそこには、ただ漠々とした闇が広がるのみだ。
剄羅砲の発射音が響き、都市が揺れる。汚染獣は狙撃され、轟音を立てて崩れ落ちていく。
ウォルターは夜を裂く剄羅砲の光に眼を細め、錬金鋼を剣帯へしまいながら帰ってきたサヴァリスに声をかけた。
「おう、どうだった」
「…無駄だったよ。さすがウォルター、感づくのが早い事」
「だろ? ……まぁ、あいつはちょっと特殊かもだけど」
「そうかな…うーん…、まぁ、構わないけど。……さて、あっちの方は終わったかな?」
サヴァリスの視線が機関部の方へと向けられた。それなりに状況を把握しているウォルターは軽く息を吐く。
「…まだ、みたいだな。行くなら今のうち」
「……ウォルターは行かないのかい?」
「行かねぇ。オレは用事があるし」
「またそれね……。忙しいね、キミも」
「…まったくだ。じゃ、まぁまたあとで来ると思うけど…行くわ」
苦笑するサヴァリスにウォルターはひらりと手を振り、踵を返すと跳躍した。
(……そろそろ落ち着けるといいね、ウォルター)
「……あぁ」
ウォルターが発する不機嫌を感じたルウが、さり気なく声をかけた。
未だウォルターの雰囲気にいらだちはあるが、ルウの言葉に刺が無いようになるべく声を和らげて返事を返す。ルウも疲れた様子を声ににじませながらそういうと、ウォルターもそれに乗じてため息混じりに返事を返した。
疲れのせいか、ウォルターも縁空間を抜けるのが遅くなってきている。
(そろそろルウも辛いよな。連続で異界法則をつかってばかりで)
(うぅん、僕に肉体的疲れは無いからね。ウォルター程律儀に起きていないといけないってわけでもないし。寧ろ僕はウォルターの方が心配だよ)
だが、あまりそう悠長にも言っていられない。それはわかっている。
それでも狼面衆の言っていた一言が、ウォルターの中でひっかかっていた。
『“虚無の子”はすでに“虚無”ではない。運命の変動と貴様の影響で変わり始めている』
ウォルターの影響、そして運命の変動。“虚無”ではなくなった“虚無の子”。
一体、何を指してそう言っていたのか。狼面衆は何を知っているのか。
眉根を寄せてウォルターが思考に耽っていると、ルウがため息混じりにウォルターに声をかける。
(ウォルター、また難しい顔してるよ)
(え、あ、悪い)
(別に~。でも、あんまり思い悩まないでね、1人で。僕もいるんだから)
(……あぁ、さんきゅ……)
ウォルターは軽く笑みを浮かべ、ようやく見えた縁空間の切れ目へ、戦場に飛び込んだ。