明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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戸惑い

 

 それは、レイフォンが呟きをこぼしたのとほぼ同時。

 突如としてツェルニの空の空気が、変わった。

 新たに現れた巨大な来訪者……汚染獣のような風貌をしながらも、龍を思わせる威圧的な姿。

 生徒会棟の屋上でそれを目撃したレイフォンは、直感的に感じた。

 

―――――あれには、敵わない

 

 完全に次元が違う。違うものだ。

 汚染獣なんて脆弱なものとは違う。

 もっと、もっと……強大で…

 そう、あれこそが、世界の覇者と呼ぶにふさわしい威圧感を備えていた。

 

「人よ…境界を破ろうとする愚かなる人よ。なにゆえこの地に現れた?」

 

 それは、人の言葉を話した。声、といえども肉声ではなく、何処か機械的な声音だ。

 レイフォンは驚愕に表情を染める。咄嗟にフェリを建物の中へやったからこそいいが、これはおかしいと直感的に察していた。

 

 この汚染獣こそが、アルシェイラ・アルモニスの倒すべき存在ではないのか?

 この汚染獣こそが、ウォルター・ルレイスフォーンの目的に合致する存在ではないのか?

 そんなヤツが、何故このツェルニに?

 

 困惑する思考の中、レイフォンの眼は一瞬見慣れた姿を捉えた気がした。

 しかし眼を凝らしても、そこには汚染獣が居るだけでなにも居ない。

 

―――――いま、何かを……見たような

 

 酷く見慣れた姿を見た筈だ。しかし、汚染獣が浮かぶ空には何もない。

 小さく沈黙を挟み始めた汚染獣に、レイフォンは息を飲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ウォルターはぼうっと空中を見ていた。何処と無く視線を向け、なんとなく思考する。

 レイフォンと話している間に自分のことを話したことには今更なんとも思わないが、それでも自分が引きずっているのだと気づく。

 今更、何も変わりはしないのに。

 何故、幾度もあったことを未だ振り切れずに、ここにいる。

 

―――――オレは、どうするべきかな

 

 手が自然と剣帯に収まる錬金鋼へ伸びた。

 その持ち手を握りながら、ウォルターは小さくため息を吐く。

 落ち込んだウォルターの思考を叩くように、ルウの焦ったような声が反響した。

 

(ウォルター、ツェルニ上空にクラウドセル・分離マザーⅣ・ハルペーの反応だ!)

(ハルペー? …どうして、あいつが…)

 

 ここに?

 ハイアと汚染獣の後詰に待機して居たウォルターは、ルウの叫びにも似た声に思わず立ち上がり、考えるより先に身体は動き出していた。

 

「ウォルター、どうしたんさ?」

 

 突然立ち上がって走りだしたウォルターの後をハイアが追おうとするも、人混みに阻まれて見失う。

 ハイアの慌てた声も気に留めず、ウォルターは走る。ルウの“拒絶”が働き、ウォルターの姿は誰にも捉えられなくなった。

 足裏から空気を“拒絶”し、階段を上るようにウォルターは宙を走りハルペーを目指す。

 

「ウォルター?!」

 

 いきなりどうしたのか、誰にもわからない。

 ただ、彼が動き出したということは、彼の行動するべきことが起きたということ。外まで駆け出して上空を見たハイアは、ようやく状況を少しずつ飲み込み始めた。

 

「……空に、汚染獣……。……ウォルター、何か知ってるのかさ…?」

 

 呟いたところで、答えを返してくれる者はいない。

 

 

 

 

 

 

 

「ハルペー」

「……異民。何故我が領域への侵入を許した」

「なンのことだ?」

「ここは我が領域。人間の侵入を許した覚えはない。貴様が居て何故この事態が回避できないのだ」

 

 龍……ハルペーの機械音声には苛立ちが含まれていた。

 ウォルターもハルペーの事情は知っている。現在は世界の隅でオーロラ・フィールドを監視し、世界のゆらぎを観測している。

 そして彼の存在する場所はいわば、聖域。ハルペーのナノマシンにより、その場のみは草や花が咲き誇ることの出来る聖域。

 

「……オレだってまさかこうなるなんて思ってなかった。いま原因は究明中だ」

「…ならば急ぐのだな。……群れの長を我の元へよこせ。貴様はいらぬ」

「冷たいお言葉で。…了解。ならオレはさっさと働きますかね」

 

 ウォルターはツェルニに呼びかけるハルペーの横で肩を竦め、移動しようと足にちからを込め直した時だった。

 突き刺さるような視線を感じ、そちらへ視線を向ける。

 

(……アルセイフ?)

 

 視線の源には、鳶色の髪の後輩がいた。ウォルターが片眉を上げてそれを凝視していると、ルウもまたそちらへ意識を向けて怪訝そうに呟く。

 

(……見えてる筈はない。となれば、気配とかで感じたかな? …どっちかというと、あれは凝視してる感じか…)

(だよな。見える筈なんて無いし…)

 

 ルウの言葉に同意しながら、やはりレイフォンの方へ視線を向ける。気付いている筈はない。異界法則は“絶対”なのだから。

 ウォルターは息をひとつ吐いて再び都市を移動した。

 

 


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