明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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混乱する都市達

 

 汚染獣襲撃の警報が鳴り響くマイアスで、リーリンは宙に浮かぶ光の球体を見つけた。

 鳥達が集まるその光に、リーリンは眼を奪われる。

 部屋の方を見に行ったサヴァリスが、ウォルターはいなかったと言った。

 何故いないのか……そうも考えたが、彼のことだから汚染獣と遭遇しようとも大丈夫であろうし、そうでなくともなんとかなるだろう。

 軽い思考でそう考え、リーリンは改めて空を見る。空に浮かぶ球体。まだ、そこにある。

 空を凝視するリーリンにサヴァリスが声をかけ、リーリンは空を指す。

 

「……僕には見えませんが」

 

 サヴァリスの言葉に、リーリンが眼を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ツェルニは嫌に静かだった。

 言えば、嵐の前の静けさとでも言うのだろうか。いつも賑やかな学園都市から、あの活気は消え失せていた。

 

「……静かだな」

 

(まるで、生存者の居る廃都市みたいだね……)

 

「この学園都市がここまで静かなのは、オレも初めてだ」

 

(そうだね。“獣”と居た時もこんなことなかった)

 

 ウォルターが経験した、ツェルニでの学園生活は今年で9年程になる。だが、こんな事は一度として経験したことが無かった。

 

「……運命が、回りだしているせいなのか……」

 

(かもね。…それにしてももう9年もここにいることになるんだ)

 

「…まぁ、それは…そうだな。……いきなりなンで?」

 

(なんとなく。ここで生活してた日が、どのくらいかってちょっと気になったんだ)

 

「…それならいいンだが…」

 

 ルウの言動に首を傾げながら、ウォルターはあたりを見渡す。

 一箇所、ざわめきに満ちている場所を見つけてウォルターはそちらへと足を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ざわめきの中心には、見知った顔が居た。

 そこは都市に待機している武芸者達が装備や準備を整えている場所で、武芸者である彼らが居てもおかしくはない。

 ウォルターの姿を見つけた暖色の髪の彼……ハイアは、こちらへ駆け寄って来た。

 

「ウォルター!」

「……ライア。丁度良かった。いまどうなってる?」

「あ、えっと…、特別編成隊っていう生徒で編成した汚染獣討伐チームが荒野に出てるさ。おれっち達がある程度教えこんだから、大丈夫だとは思うけど…」

「敵の規模は?」

「成体になりたての第一期。ちょうどいい肩慣らしにはなると思ってるけどさ」

「成程ね。……ま、そうだな。お前らが教導してくれたって言うなら、まぁ良しとますかね」

 

 ウォルターの言葉にハイアはほんの少しだけ頬をほころばせた、が、すぐさま表情を整えた。

 しかし、ウォルターはくつくつと笑い声を零す。

 

「…あッ、っちょ、ウォルター、見てたのかさ、いまの?!」

「丁度見た」

「あ、あ~…も~……。っちょ、ホントどうなんさ~…」

「そんなことを言われてもなぁ…。見ちまったモンは見ちまったし。しょうがねぇだろ」

「……笑いすぎさ、あんた……。…あぁ~も~…恥ずかしい」

「今更どんな羞恥心だよ」

 

 けらけらと笑うウォルターにハイアはムキになって声を張った。

 だがそんな抵抗もなんのその、ウォルターは笑いを零すばかりで特に反省の色は見られない。

 

「もー…ウォルターは、能天気過ぎさ」

「……お前だけだなぁ、そんなこと言うの」

「え? …そう…なのかさ? ……って、ちょっと、話逸らすのやめるさ」

「ありり、バレた?」

 

 ハイアは大きな溜息を吐いてふと「あれ?」と首を傾げた。

 自分しか言わない。それなら正直、嬉しいと思う。

 ウォルターはグレンダンに居た頃から、天剣授受者でありながらあらゆる仕事をこなして慌ただしい生活をしていた。いまでもこんな状況が立て続けに起きていては、疲れもとれないのだろう。

 だから、ほんの少しでもくつろいでくれているならそれはそれで嬉しい。が、ウォルターのことだからもしかしたら言われていない、もしくは聞いていないという事も考えられるので、あまりあてには出来ないが。

 

―――――うーん…。ウォルターって時々信じられないボケしてくるから…微妙さ…

 

 隣でけらけらと笑うウォルターを見ながら、やや困惑した顔でハイアは首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイフォンとフェリは生徒会棟の屋上に居た。汚染獣が近くにいるというのに、澄んだ青空が頭上にはある。

 

―――――ウォルターは、また何処かへ行ってしまって…居ないのかな

 

 あの時、ウォルターに手を眼前に被せられたところまでは覚えている。

 しかしそこから先はなにも覚えていない。

 気がつけばベッドの上で、錬金鋼はすべて手元になかった。慌てて食事を運んできてくれた者に話を聞けば、会長が預かっているとの事。剣帯は腰に巻き付いているのに、ある筈のない重みが無いことは何処かレイフォンを落ち着かない気分にさせる。

 いまはポケットに入っている腕輪だけがレイフォンに重みを与えていた。

 

「……自信をなくしています。いまの僕は、剣を持てない」

 

 レイフォンはため息混じりにそう言って屋上の鉄柵に体重を預け、空を見た。

 何処か哀愁を漂わせるようなレイフォンの背に、フェリは声をかける。

 

「イオ先輩に、何か言われましたか?」

「……まぁ、おなじみの説教をくらいましたよ。相変わらず手厳しいです」

「…なにを言われたんですか?」

 

 レイフォンは要点をかいつまんでフェリに内容を伝える。彼らしいですね、と言ってフェリは息を吐いた。

 

「……わかってるんですよ。僕が子供だということは。あぁやってウォルターに少し言われただけで、すぐに熱くなって感情的になることも。彼の思考回路が卓越しているとかあるかもですけど…、それ以上にやっぱり、僕が子供だということのほうがあからさまになって」

「…………あなたは、イオ先輩に言われたことをどう思っているんですか?」

「…やっぱり…、正しいと思います。……いえ、正しいとは言い切れないでしょうけれど、それでも、彼の指摘は鋭いことだと思います」

 

 レイフォンはそう呟いて、ポケットから金の腕輪を取り出した。

 ウォルターに預けられたままで居る腕輪を弄びながら、何処か忌々しいという雰囲気で呟く。

 

「……あの人はいつも結局なにも教えてくれない。誰も自分の事情に近づけようとしない。他人に自分を気にかけさせない。……そのくせに、人の事ばかり気にかけている」

 

 そうだ。

 レイフォンがこのツェルニに来てすぐに幼生体が襲撃してきた時も、なんだかんだといって励ましてくれて、都市のために奔走していた。

 老生体と戦った時も、ニーナ達を気遣って口では酷いことを言いながら近寄せまいとしていた。

 廃都市の時も、崩落の被害にあったゴルネオ達やレイフォン、シャンテに攻撃を受けたフェリを気遣っていた。

 違法酒事件の時も、フェリを気遣いレイフォンを気遣って、学園都市の生徒を連れ去ろうとしたハイアまでも気遣っていた。

 合宿の時もそうだ。

 なにも言わず、ついてきてくれの一言も無くただ歩き出したレイフォンの意図を読み取って、彼もなにも言わずただついてきてくれた。

 巻き込まれた崩落事故においてもメイシェンを守り、気絶してしまったレイフォンを助けた。

 崩落事故の後にいきなり倒れこんで病院送りになってしまったにも関わらず、ウォルターはレイフォンにも誰にも“気にかける事”を許さなかった。

 

 そのくせに、自分はいつも他人を気にかけて、心配を続けている。

 そのくせに、それを決して外に出すことを許さず「いつもの笑み」を浮かべて、飄々と軽口を叩く。

 

―――――本人にきっと、そんなつもりはないのだろうけれど

 

 大きく溜息を吐く。だが、それでもいつもそうなのだと考えると、ウォルターの行動を無下にも出来ない。

 

「……そうですよ」

「レイフォン?」

 

 “本当に誰もが納得するような利己的な行動ばかりをしている”なら、罵れるのに。

 いつも、“ほんの少しでも、他人の為になることばかりしている”のだから。

 

「……だから、腹立たしいんです」

 

 レイフォンはひとり呟きをこぼした。

 

 


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