明星の虚偽、常闇の真理   作:長閑

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“僕”と“レイフォン・アルセイフ”

 

 ほんの少しだけ口角をあげ、ウォルターはカリアンを見た。

 カリアンはひとつ息を吐いてから改めてウォルターに視線を向ける。

 

「そうだね、本題に入ろうか。こうしてツェルニに居てくれている。それが事実だね。……わたしが言いたいのはレイフォン君のことだ。次の汚染獣との接触まで1週間あるのでね、レイフォン君には休んで欲しいんだが…、いまの彼はおそらく誰のいうことも聞かないだろう。だからこそ、キミにレイフォン君を説得して欲しいと思っている」

「……果たして、オレなんかの説得をあいつが聞くかねぇ……?」

「聞く、聞かないではない。おそらくわたしの説得では、聞いてくれたとしてもキミ程の影響は無いと思うわけだよ」

「そうか? あんたが言おうとオレが言おうと同じだと思うンだが。……あんたがどう感じてンのかは知らねぇし、あいつがどういう状況なのかオレには分かンねぇからなんとも言い様がない訳なンだが……、おそらく、あんたでも変わらねぇと思うぜ、オレは」

 

 軽く肩を竦めてそう言うと、ウォルターは片眉を上げつつ笑みを浮かべる。

 だが、カリアンは軽く頭を振って真剣な眼差しを向けている。

 

「キミでないとだめだろう。きっとね」

「……はーぁ……、それもそれで面倒くせぇなぁ…」

「いまキミがすべきことはそういうことなんだろう。諦めてしたまえ」

「へぇへぇ。了解しましたよ」

 

 ウォルターは自嘲気味に笑みを浮かべて髪をかき回しつつ踵を返して、カリアンに背を向けた。

 歩き出そうと息を吐く。カリアンが口を開き、ウォルターはそれに足を止める。

 

「レイフォン君に、言っておいてくれないか?」

「……なにをだ」

「逃げるな、と。…他にわたしが言いたいことは、きっとキミも分かっているだろう」

「…………………まぁ…な」

 

 カリアンの眼を背中越しに見、ウォルターは再び頭を掻いた。

 言われずとも、きっと言いたい事は同じなのだろうが、あえてなにも言わないカリアンに肩を竦めてひらりと手を振った。

 

「わかってるよ。アルセイフを休ませられるなら、オレは好きなように言っていいンだな?」

「そういうことだね。……頼むよ」

 

 軽く頷いて、ウォルターは歩き出した。

 

 

 

 

 病院の外に出ると、ウォルターは重晶錬金鋼を展開させて念威端子を宙へ舞わせた。

 その念威端子を使い、レイフォンの剄の感覚を追う。

 

(……ウォルター、大丈夫?)

(……ん? 悪い、なンか言ったか?)

(大丈夫? って言ったんだよ。随分辛そうだし…、やっぱり代わろうか?)

 

 ルウが心配気にウォルターに声をかけてくる。

 事実、ウォルターの頬には汗が伝っていて、頭痛が思考を揺さぶり、視界が痛みで揺らぐ。

 純粋な武芸者でもなければ念威操者ですらないウォルターに、念威で細かな作業をする……それも通信ではなく、剄の波動を追うということは脳に酷く負荷をかける作業だ。

 ウォルターはその負荷により脳みそが沸くような錯覚を覚える。

 

(これ以上は危ないんじゃない?)

(まだ初めて5分と経ってない。まだ平気だ)

(倒れてからじゃ遅いんだよ。この後レイフォン・アルセイフを説得しなくちゃいけないのに、沸いた頭で出来るの?)

(……あと、2分。2分で見つけるから)

(……もう……)

 

 ルウは大きな溜息を吐いて、眉根を寄せた。

 そんなルウにウォルターは肩を竦め、それでも念威に集中する。

 

(……元々は、通信とか状況を薄ぼんやり把握する為だけにとったものでしょ? 意に沿わない使い方は、身体に多大な負荷をかけるって分かってるくせに…、どうしてそんなに頑張るのさ。…人間なんて言う、ばかばかしいヤツらの為なんかに……)

 

 ルウが苛立たしそうに舌打ち混じりでそう言った。

 念威に集中しているウォルターに、返答を返す余裕が無い事はわかりきっている為ルウも返事を期待しては居ない。

 だが、それでも言わずには居られなかった。

 

(……どうせ、レイフォン・アルセイフは“ウォルターが居る事”がどれだけ凄いかなんて、気付こうとはしないんだ。僕のウォルターが、この世界のためにすべてを懸けて戦っているのに……、なのにいつも、いつも文句ばかり。ウォルターに対して突っかかってばかり。心配かけてばかり。本当に、消してやりたい程僕はレイフォン・アルセイフが嫌いだ)

 

 “中”で膝を抱え込むようにして文句を言うルウは、ウォルターがレイフォンを見つけた時、本気で消してやろうかと考えていた。

 ルウにとってウォルターこそがすべてであり、ウォルターが頼むから、しているからこそ手伝っているだけで、そうでなければすべて消して終わらせる。

 それだけだ。

 だが、それでもそうしないのはウォルターが居るからで、ウォルターの意志を尊重したいというルウの思いからだ。

 しかしそれでも、ウォルターに仇なす存在は許容範囲外だ。

 たとえ現在ウォルターと活動を共にする存在であろうと、ウォルターに危害を加える相手にルウが慈悲を与える必要は無いし、庇い立てするような事は一切しない。

 そして、現時点でルウの中で最も評価が低いのはレイフォンだ。

 何故ならルウにとっては一番気に入らない存在だから。

 

(ウォルターがどれだけ、レイフォン・アルセイフという存在を気にかけているかなんて、あいつは気付きもしない。気づこうともしてない。……それが、何よりも腹立たしいんだ)

 

 レイフォン・アルセイフ。

 彼は孤児ということから“つながりをもたずに”生きてきた。

 そして不器用ながら生き、彼はその持ち前の不器用さによりすべてを失った。

 正直な所、ルウは彼の性格、というよりも彼自身の“性質”については親近感を覚えてすらいる。

 ルウもまた、自らの行いのために自らの肉体を失った存在であり、ただ“したいこと”があっただけで、その願いを叶えたくて躍起になっていただけだ。だが、そのせいで自分はこうなった。

 彼もまた願いを叶えるために躍起になり、都市を放逐されるという状況に陥った。

 同じような境遇だといえば、そうだろう。ルウが彼を批判するのを同属嫌悪だと言われれば、ある意味そうだと言えるが、ルウが嫌う決定的な理由が違うため、それは違うとも言える。

 ただ、ウォルターの邪魔をする。それがルウにとって気に入らない。それだけだ。

 

(……まぁ……ハイア・ライアも気に入らないけど、ね)

 

 ハイアに至ってはルウが大好きなウォルターにべたべたとくっつくのだ、気に入る筈がない。

 軽く溜息を吐き、ルウは残り時間の確認をする。

 

(……後30秒)

 

 聞こえていないであろう呟きを小さくもらす。ルウは静かに視線を横へと投げた。

 

「…………見つけた」

 

(ちぇっ、見つけちゃった)

(…悪かったな、見つけて)

(別にー? ……というか大丈夫? 酷い汗だけど)

 

 ウォルターは頬を伝う汗を手で拭い取り、息を吐く。

 

(平気だよ。このくらいは)

(…嘘つき。無理してるくせに…)

 

 ルウがウォルターを責めるような口調で鋭く言い放つが、それにも軽く苦笑して肩を竦める事しかしないウォルターにルウは眉を寄せる。

 だが、レイフォンの位置を把握したウォルターは跳躍し、屋根にあがり一気に駆け出した。

 屋根上を走るウォルターに、ルウは呆れ混じりの声音で話しかける。

 

(……本当、優しい“人間”になったよね)

 

「…そうか?」

 

(そうだよ。確かに、ウォルターって元々優しかったし、やる時はやる派の人だけどさ。昔はこんなにも優しくはなかったよ)

 

「…そうかねぇ…? ……あ、でもそう言われればそうかもなぁ。でもあれだ、そこまでじゃないと思うぞ。いまも」

 

 ウォルターが何気なくそう言うと、ルウから苦笑が返ってきた。

 

(そう言うのはキミだからでしょ)

 

「あー…、そう…だなぁ…」

 

(ウォルター、さっき頭沸かしたから頭回ってないよ…)

 

 ルウに言われてウォルターはやや頬をひきつらせてなんとなく眼を逸らす。その行動が無意味だとはわかりきっているが、せずには居られなかった。

 そんなウォルターにルウは肩を竦め、溜息を吐く。

 

(…ウォルター、本当に後で怒るからね)

 

「……いや、勘弁して……」

 

 ウォルターは頬をひきつらせたままそう言い、ルウは、つんっとそっぽを向いてしまう。

 そっぽを向かれたウォルターはなんと弁解しようか困り果てて居たが、それでもレイフォンの説得の為溜息を吐いた。

 

 


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